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23 ベルナール・エルファレスの所感


 あれほど濃く、膨大な魔力を感じたのは人生で二度目のことだった。


 一度目は、思い出したくもない魔王の魔力。

 僕は目の前で対峙したわけではないが、ビクターの記憶を探る時に間接的に触れただけで鳥肌がたったのを今でも鮮明に思い出せる。


 ビクターの末路を知ったのと同じ時だったから、動揺したせいで余計にそう思わされたという説もあるが……それにしても強烈だったのだ。


 禍々しく、絶対に許容してはならない悪の力。


 これを目の前で見せられながらも立ち向かった仲間たちの勇気は称賛に値するね。

 ビクターは……残念だったが、他の仲間たちはよく帰って来てくれたと思うよ。


 ただ、神経の図太い戦士のイアルバンや、何度も死線を潜り抜けているレンジャーのラシダはどうにか耐えられたが、僕の代わりに魔法使いとして向かったサイードは心を病み、あれ以来田舎の屋敷に引きこもって誰とも会おうとしない。


 僕も何度か訪問しているが、顔を見ることさえできない。ご家族が言うには、あの頃付き合いのあった人物には絶対に会おうとしないのだという。

 魔王のことを思い出してしまうからかな。無理もない。


 共に向かった仲間であれば、余計に会えないだろうな。いや、死地へ追いやることとなった元凶は僕だ。きっと僕のことも許せないだろう。


 彼には申し訳ないことをしてしまった。僕は天才だが、それ以上の大馬鹿者だ。弟子にあんな思いをさせるなんてね。


 僕さえ、一緒に行けていれば。


 いや、結果は変わらなかったかもしれない。こんなことを考えることさえ傲慢だな。「もし」のことなど考えたところで無意味だ。


「ベルせんせ?」


 目の前で魔法の練習をするオレンジ色の瞳と目が合う。


 いけない、今は「先生」の時間だったね。


「ああ、ごめんよルージュ。少し考えごとをしていただけさ。良い調子だよ、そのまま続けてごらん」

「はぁい」


 少しだけ不思議そうに首を傾げた少女、ルージュはすぐに気持ちを切り替えて再び魔法の練習をし始めた。


 いやぁ、まさかあの魔王と近い濃密な魔力の持ち主が、こんなに愛らしい女の子だったなんてね。人生最大級の驚きだよ。それこそ、魔王に出会った以上の。


 もちろん、魔力の質は魔王とは似ても似つかない。邪悪でしかない魔王の力とはまったく違う。


 ルージュの魔力は温かで、明るくて、美しく……そして、切ない。


 まるでルージュの瞳の色のような、日が沈む寸前の太陽そのものだというのが僕の印象だった。


 鳥肌が止まらなかった。どうしてもこの力の主を味方にしたかった。

 魔塔の者たちが慌てているのを全て放り投げて、単身で飛び出してしまうほど僕はこの魔力に夢中になってしまったのだ。


 だからこそか、魔力の発生源に心臓が早鐘を打ったのを覚えている。


 まさか、身寄りのない子どもたちの集まるヴィヴァンハウスだなんてね。魔王の手先が乗り込んだのかと一瞬だけ身構えてしまったよ。


 だけど、感じたのは美しくも切ない魔力。おそらく敵ではないとわかっていた。

 だがそれ以上に、こんなに幼いとはもっと思っていなかったね。


 真っ赤な髪に、夕日のようなオレンジの瞳を見た瞬間。あの魔力の持ち主にピッタリだと思った。

 見た目に反して大人びているところ、妙に冷めているところも、見事に魔力は現してくれている。


 歩くたびにぴょんぴょん揺れる少し癖のある髪、ご飯を食べる時の隠しきれない嬉しそうな表情、初めて笑ってくれた時の、ぎこちなくも愛らしい笑顔。


 それらも全部、魔力の質を見れば納得できる。

 彼女は裏表のない、とても普通で素直な女の子だということが。


 ただ一点、腑に落ちないのは……やたらと心を抉ってくる「切なさ」だった。


 こんなにも幼い子が持っていていいものじゃない。

 すでに人生を謳歌した老人のような、いやそれさえも超越したような。


 人生を諦め、世界を諦めたような。


 ……いや、気のせいだとは思うんだが。


 もしかしたら彼女の短い人生の中で、大きな何かがあって、ルージュは心を捕らえられているのかもしれない。


 そう思ったら、余計に愛おしく思えた。気付けば娘にならないかと口にしていた。


 それを抜きにしても、この才能を放っておくわけにはいかない。彼女を引き取るのは僕の中で確定事項だった。


「できた」

「……できたね。うん、完璧だ」


 考えごとをしている間に、うんうん唸りながら魔力を練っていたルージュが火の魔法を成功させている。

 これまでは紙に書かないと成功しなかったのに。時間はかかったが、何も見ずに使えるようになるとは。


 普通、年単位で時間がかかるんだけどなぁ。しかも非の打ちどころもないほど完璧だ。


 魔力量を抜きにしても、あり得ないほどの才能だった。

 僕の代わりに魔王討伐へ向かった一番弟子のサイードよりやばい逸材だ。彼も数百年に一度現れるかどうかの天才だったけどね。


 僕は千年に一人の天才だが、ルージュは万年に一人の天才だった。


 人生何周もしてるんじゃないか? と冗談を言って笑いたくなる。

 でもそれくらい考え方も、魔力の使い方も、慣れているというか。いや、魔法自体はまさしく初心者なんだけどね。


 要するに、呑み込みの早さが異常。こんなにも僕を楽しませてくれる逸材は初めてだ。魔法研究の観点からしても絶対に手放したくない。


 あ、もちろん娘としての愛情の方が深いよ? 当然さ。カミーユが欲しがっていた娘をこんな形で迎えることになるとは思っていなかったけどね。


 僕もカミーユも、オリドとリビオには早く結婚してもらって、お嫁さんを実の娘と思ってかわいがれたら十分だって思ってた。

 ついでに、早いうちから孫を抱けたら最高だってね。


 特にオリドには五歳の婚約者がいる。いつか娘になるのだとすでにかわいがっていたが、そこはまだ余所様のお嬢様。

 カミーユが別れ際に、いつもさみしそうにしていたのが気になってはいた。


 だから、養女を迎えるのはどうかと何度か提案していたんだけどね。

 娘がほしいというだけで無理に迎えるのはその子どもにも失礼になる、とカミーユが断り続けていたんだ。


「やっと二つめだぁ……私、才能ないのかな?」

「何を言うんだい、ルージュ。君ほどの才能の持ち主を僕は見たことがないよ」

「ベルせんせ、相変わらず褒めるのが上手」


 だから目の前で、自身の凄さをまったく自覚していない愛らしい子を娘にできて、本当に幸せだ。

 なぜだか僕の言うことを信じてくれないのが気になるが。


 まぁ、ルージュに限ったことではないけれど。なぜか色んな人に「君の言うことはとても本気には見えない」とよく言われるんだよね。なんでだろう?

 そのくせ本当だと分かった時に、だから言っただろう? と言うと、なんとも言えない表情で僕を見つめてくるんだ。まったくもって理不尽だよ。


「そろそろ休憩にしよう。今日のおやつはエッグタルトだと聞いているよ」

「エッグタルト……!」


 ルージュは食べることが好きだ。特に甘いお菓子は大好物。

 本人は隠しているつもりなのかもしれないが、好物を前にすると彼女の淡々としたポーカーフェイスは崩れてしまう。


 それがまたとてもかわいい。非常にかわいい。こんなにかわいくて大丈夫だろうか? 変な虫がつかないか気を付けないと。

 リビオが射止めるならそれもそれで良い。ふむ、息子には頑張ってもらうしかないな。


 娘を持つ父親の気持ちを改めて知ったよ。「心配」ってのが増えるんだな。


「ところで。まだ魔塔で調べたいことについて話してはくれないのかな?」


 ルージュの気が緩んだところで、核心に迫る質問を繰り出す。大人げないだろう? 知っててやっているのさ。

 娘の気掛かりを解消したいと思うのは父として当然じゃないか。


「……まだ内緒」

「そうか。ならもう少し気長に待つよ」

「三日前もそう言ったよ、ベルせんせ」


 しかしガードは固い。しつこく聞きすぎなのかな、とも思うけれど……感覚として、ルージュにはこうして強引に接した方が良い気がするんだ。


 彼女には、誰にも言えない秘密というものがあるのだと思う。


 普段はそんな様子を見せないが、時折……どこかへ行ってしまうのではないかと思わせるような遠い目をするから。


 今後も注意深く見ておこう。ルージュが本当の意味で僕を頼れるように、僕をパパと呼んでくれるように。この先も精進しないとね。


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