22 未来はわからないものだよ、本当に
やや不機嫌になったけど、冒険者ギルドの見学はなかなか楽しいものだった。強面の筋肉達磨が多い印象だったけど、見た目に反して全員が優しかったし。
まぁ、ギルド長が側にいたからいい顔をしていただけって線が濃厚ではある。
というか、バンさんは本当にすごい人のはずなんだよ? それなのに、リビオったらあまりにも気安い。リビオも侯爵家の息子だからいい、のか……? うっかり私も流されそうになるから気を付けたい。
とか言っておきながら、結果的に流されて、今はギルド長室でお茶なんかいただいちゃってるんだけどね。
お、お仕事の邪魔にならないのだろうか。後で怒られても幼女だからわかりませんで押し通そう。
「なーなー、師匠。勇者の話聞かせてくれよー」
「おいおい、またかよ。飽きねぇなぁ」
「いくら聞いても飽きないよ!」
お菓子を頬張りながら、リビオが楽しそうに話をねだっている。雰囲気的に、いつものことなんだなってのがわかった。
バンさんは呆れ顔で答えた後、ちらりと視線をこちらに向けた。
「ルージュは聞いてて面白くねぇかもしれないだろ」
こちらに話を振ってきましたか。
んー、バンさん的には何度も話してうんざりかもしれないけど……私はちょっと興味ある。
遠慮なく放り込んだ口の中いっぱいのクッキーを咀嚼して、ゴクンと飲み込むと、私はお茶のカップを手に取りながらしれっと答えた。
「英雄譚しか知らないから、元仲間の話は聞いてみたいかも」
「ほら! ほら!!」
私が同意を示したことで、リビオの目がさらにキラキラ輝いた。別に肩を持ったわけじゃない。純粋に聞いてみたいと私も思っただけ。
バンさんは仕方ねぇなと言いつつ、話し始めてくれた。面倒見がいいんだろうなぁ。
彼から聞く勇者の話は、聞いたことのある英雄譚のイメージとはかなりかけ離れたものだった。
イメージと同じだったのは、ものすごく強い剣の使い手だったことや、困っている人を放っておけない人だ、ということ。
「ビクターは本来、勇者だなんてそんなキラキラした立場が似合うような男じゃなくてな。口数が少なくて陰気な男だったんだよ」
だから、仲間になんの相談もなしに村を一つ救ったり、一人で勝手に進路を外れて遭難者を助けたりすることも多かったのだそう。
やってることは素晴らしいことだけど、仲間に報告はしようよ……! 元々はソロで活動していたらしく、報告や連絡を怠りがちだったみたい。
そのことでよくケンカしたんだ、とバンさんは陽気に笑った。
その後も、バンさんは日常での勇者ビクターの話を面白おかしく話して聞かせてくれた。
リビオはすでに何度も聞いているのか、時々ネタバラシしてくるのをやめてもらいたい。
「魔王戦で敗色濃厚になった時。ビクターはな、自分が最もピンチだったっていうのに……一つしかない緊急帰還用の魔道具を起動させてから、俺たち仲間の方に放り投げるようなクソ野郎なんだ」
話しの流れが、だんだんと深いところまできた気がする。心なしかバンさんはしんみりとしているし、悔しさが隠しきれていない。
なるほどね。勇者ビクターは自分の命よりも仲間を助けることを選んだんだ。
「俺たちも相当なクソだがな。すぐにでも助けに向かうべきだとわかっていたのに、情けねぇことに怪我で誰も動けなくてよ。あの時、すぐにでも誰かがベルに連絡できていれば、ビクターを助けに行ってもらえたかもしれねぇってのに。それすらできなかったのさ」
勇者が死んだと知ったのは、それから五日後のことだったという。
気を失っていた仲間の内、バンさんが最もはやく目覚めてベル先生に連絡したんだって。
話を聞いた場所にベル先生が向かった時には、当然ながらビクターの姿はなかった。
記憶を読み取る魔法を使い、その場で起きたことを見たベル先生は、ビクターの身体の中心を魔王の手が貫いた瞬間を確認したらしい。
……そんな生々しい記憶を見てしまったんだ。
辛かっただろうな。悔しかっただろうな。
これが、勇者敗北の現実か。
敗れたということしか情報として知らなかったから、やっぱり衝撃的だ。さしものリビオも、この話の間は神妙な表情を浮かべている。
「おっと、しんみりしちまったな。これで話を終えるのはなんだし、ビクターのやらかしを話して終わりにしよう」
ハッと我に返ったバンさんはすぐに気持ちを切り替えて、ビクターが川で洗濯中に下着を流してしまい、暫くの間は下着を履かずに過ごす羽目になった話を笑いながら語ってくれた。
結果的に、その開放感に味を占めたビクターがその後も下着を履かなくなったという話まで、ゲラゲラ笑いながらね。
何を聞かされているんだ、私は。
ただこの話はリビオのツボらしく、場を盛り上げる鉄板ネタになっているっぽいんだよね。おかげでさっきまでの重くなりかけた雰囲気は綺麗になくなったし、結果オーライかな。
でも下着の話は女性の前ではしない方がいいと思う。幼女だからって好き勝手して。これだから男ってやつは……。
まぁ、いいけどね。リビオが生き生きとしている姿を見られたし。しょんぼりと沈んだ様子のリビオは、明かりの消えた照明みたいで調子が狂うし。
やっぱり、貴族って柄じゃないんだろうなって改めて思う。顔見知りが多いみたいだし、この頃からすでにリビオの道は決まっていたのかも。
オリドは軍で、リビオは市井で。
ここは将来、貴族も平民もみんなが力を合わせられる強い町になるのだ。
実際、いつだってこの町は平和そのものだった。それはひとえに、町に脅威が迫る前に対処していたからにすぎないのだろう。
たぶんだけどね。現場を見たことがないし、本当のところはわかんない。
でも、どの人生でも彼らが同じように目標を掲げて動いていたとするなら、間違いないと思う。
そんな世界の命運を分けかねない大きな渦の中に、今回は私自身が入りかけているわけだけど。
改めてすごいことになっちゃったな……。次の人生ではまた大人しくしていようかなって思っちゃう。
こんな規模の大きな話、私には手に負えないよ。
でも、まぁ。魔法を教わって、魔塔に行って、色々学んで。
何かできることがあると思えたら少しくらいは手伝いたいとは思うけど。オリドに言ったことも本心だ。
ただ、私は怖がりだから。危険なところには行きたくない。
あくまで裏方として。お世話になったみんなへの恩返しって感じで動けたらな、とは思うよ。
それに、本当だったらエルファレス家の娘になっていたかもしれない見知らぬ誰かのために、この席は譲らなきゃ。
本来、私はこの家の子どもになれるような身分じゃないんだから。
「んじゃ、俺たちはそろそろ行くよ! デートはまだまだこれからなんだから」
「デートだったのか?」
「そーだよ! 俺は将来、ルージュと結婚するんだから!!」
「……妹と結婚はできねーんじゃ? いや、血が繋がってないからできる、のか?」
「しないからね」
陽気に続けられる話に無理矢理入って即否定する私。バンさんはフラれてんじゃねぇか! と大笑いである。
「未来はわかんないだろ! 俺は諦めない!!」
「おー、その意気だ。がんばれよ、リビオ」
応援しないでよ、もう。
……未来はわからない、か。まったくもってその通りだよ。
同じように過ごしていても、起こる出来事が微妙に変わっていたりするからね。未来は本当にわからないってのは実感としてある。
「ルージュ、お手をどーぞっ」
本当はこの場所に立っていい私じゃない。今回は魔力暴走を起こしたせいでこうなっただけ。
大丈夫。エルファレス家の娘になるはずだった子の未来は私が守るよ。どうせまたリセットするんだもん。今回だけ。今回だけだから。
あれほど、ループに対してうんざりしていたのに、今になってそれを利用するなんてね。
ほーんと、未来はわかんない。
「ゆっくり歩いてね」
「うっ、もう同じ失敗はしないよ!」
だから。だからさ。
今生だけはこの手を取ろうと思う。エルファレス家の家族の愛情を、今生だけ。
惜しくなっても、必ず手離すからさ。