21 困った幼女、みたいな反応やめて
本日はリビオとのデートである。
毎日のようにどこに行きたいと聞いてくるのがそろそろうるさかったので、適当に冒険者ギルドと答えてしまったのだ。
だって、リビオと言えば冒険者というイメージが根強いから、つい。
リビオ、大歓喜。俺も行きたかったんだよー! ってね。
だーかーらー、趣味が合うとかじゃない。ないってば、ねぇ、聞いてる?
「り、リビオ、速いよ。歩くの速いっ」
「え、あ! ごめん! うー、こういうところ、気が利かないんだよなぁ俺。ちょっと待って!」
手を引っ張るのはまぁ良いとして、もう少し五歳児の歩幅を考えてほしい。おかげで私は常に小走り。息が切れてしまったよ。ぜぇはぁ……。
息切れする私に、すかさず水を差しだしてくれたのはトマだ。今日も護衛の二人は徒歩で付いて来てくれています。あぁ、生き返る。
一方、立ち止まったリビオは大きく手を広げて深呼吸を繰り返していた。
それからくるっとこちらに向き直ると、キリッとした表情で手を差し出してくる。
「改めまして。お手をどうぞ、お姫様」
反対の手を腰の後ろに持っていき、まるで小さな紳士のような振る舞い。普段とのあまりの差に思わず噴き出して笑ってしまった。
「似合わないよ、リビオには」
「ししっ、やっぱり? 俺もそー思う!」
全く同じ顔をしたオリドなら違和感がないのに、リビオだとむず痒く見えるのが不思議。
ククッと笑いながらも差し出された手に私も手を乗せると、今度はさっきと違ってやんわりと包み込むように握ってくれた。
「でも、ルージュが笑ってくれたから、俺的には大成功!」
太陽のように笑うリビオに、これまでの人生で見てきたリビオを思い出す。いつだって周囲を明るくするような笑顔なんだよね。
こういうところ、憎めないよなー。そして貴族っぽくない。冒険者リビオを知っているから余計に。
それに、ちゃんと反省して今度はこちらに合わせて歩いてくれている。やればできる男である。
「実はさ、冒険者ギルドには俺の師匠がいるんだ。ルージュのこと、紹介したくって。つい急いじゃった」
「師匠? いつも剣を教えてくれる人じゃなくて?」
「それは騎士団から来てくれてて、日によって人が変わるんだよ。そうじゃなくてー、戦い方とか生き延び方とかを教えてくれる師匠なんだ! すげーデカいからビックリするかもしんないけど、良い人だから安心して!」
……ん? ちょっと待って?
いやいや、大きいってだけで判断はできないけど、なんとなく心当たりがある気がする。
もしかすると、リビオはすごい人を師匠にしているんじゃなかろうか。
「妹ぉ!? リビオに!? ほー、こんなかわいい子が!!」
「ちょ、声がデカいですよ、師匠! ルージュが怖がるでしょ!」
予想通りでした。
まぁ? 薄々そんな気がしていたから驚かないけどね? ただ、本当に大きいから威圧感がすごい。
「そうか? 怖がってるようには見えねぇが。なぁ? 嬢ちゃん」
「ビックリはした」
色んな意味でね!
だってこの人は、現冒険者ギルドのギルド長で……元勇者パーティーの最強の盾と言われている人だから!
これまでの人生でも名前は知っていたよ? チラッと見たこともある。
でも雲の上の存在というか、とにかくすごい人過ぎて接点はなかったのだ。
ただ、私が十歳になるかどうかくらいの年に、別の町に行っちゃったみたいで……つまり、こうして会うのは初めてということだ。
「ほら見ろ! いやぁ、ちびっ子に怖がられないってのはやっぱり嬉しいもんだな!!」
「師匠は恐怖で硬直してるだけの子にもそう言うじゃん!」
でも、ベル先生が勇者パーティーの一員だったと知った今、接点があるのも頷ける。彼にとっては元仲間の子どもってことだもんね。
「リビオ、本当に怖くないよ。それより、紹介してくれるんじゃなかったの?」
さて気を取り直して。改めて教えてもらおうじゃないか。
くいくいとリビオの服の裾を引っ張りながらそう言うと、リビオは少しだけ驚いたように目を丸くしてから頷いた。
「この人が俺の師匠で、この町の冒険者ギルド長だ! 師匠、この子は妹のルージュ!」
「イアルバン・エイモズだ。よろしくなぁ、ルージュ。俺のことはバンでいいぞ」
「よ、よろしく。バンさん?」
バンさんは屈んでくれたけど、あまりにも大きいからどのみち思い切り見上げる形になってしまう。
あまりに見上げすぎて、フラーっと後ろに倒れそうになってしまった。
「あはは、ルージュはまだ小さいから危ないな! 抱っこしてやろうか?」
「しないもん」
後ろから支えてくれたリビオが笑いながら、善意百バーセントでそんなことを言う。
悪気がなくてもチビを馬鹿にされた気がするので拒否します。
「仲が良いな? しかし、ベルのヤツ。そんなに娘が欲しかったのか? 養子まで取るなんて」
「あー、母さんが娘を欲しがってたからじゃないかな?」
「なるほど。あいつ、カミーユのためならなんでもするもんな……」
ベル先生の愛妻家ぶりは一部で有名なのかもしれない。人目を憚らず、どこででもちゅーするもんね。町の人みんなが知ってても不思議ではないかも。
けど、私を養子にした理由はそこじゃない。もしかしたら本当にいつかは娘を養子にする予定があったのかもしれないけど。
「ベルせんせは、私を魔塔の主の後継者にしたいって」
今さらだけど、本当は他の女の子がエルファレス家に来る予定だったとかない? 私が来てしまったから、その子はもうエルファレス家の一員になれないとか……?
あり得る! 未来を変えてしまったかもしれない!
あー、どうしよう。さすがにこれまでの人生で別の女の子が養子になってるかどうかなんてわからないや。
私のせいで、本当は幸せになるはずだった子の運命を変えちゃってたらどうしよう……。
こんなこと、誰にも相談できない。はぁ、考えても仕方ないのかな。
「……おい、ルージュ。今の話は本当か?」
一人で衝撃的な事実に気付いて落ち込んでいる間に、なにやらバンさんの反応が怖いことになっていた。
え? どうしたの? 何があった?
見れば、リビオも驚いたように口をパクパクさせている。あれー?
「今の話って……」
「ルージュを! ……魔塔の後継者にって話だ」
バンさんは大きな身体をさらに縮こませるようにして私の顔を覗き込むと、途中から思い切り小さな声でそう言った。
なんだかあまり人前でしてはいけない話、という雰囲気。なので空気を読んで私もヒソヒソ声で返す。
「本当だよ。前に魔力暴走を起こしたことがあって。それで」
「ああ、全部言わんでいい。だいたいわかった」
バンさんが人差し指を私の口の前に立ててきたので、途中で言葉を止めた。指太っ。
なるほどね、あんまり言っちゃダメってことか。そもそも、言いふらしたりするつもりはなかったけど。
すると、リビオがガシッと私の両肩を掴みながら困った顔で近付いてくる。わ、ビックリした。
「る、ルージュぅ、言っちゃダメだよ! ルージュが悪いヤツに狙われちゃうんだからね? 父さんに言われたでしょ?」
「うむ、やっかむヤツらや利用しようとするヤツなんかゴロゴロいるからな。聞いてたのが俺で良かったぜ」
二人は慌てたように周囲を見回しつつ、困ったように眉尻を下げてそんなことを言い出した。
……ちょっと。なんで私が「秘密を黙っていられない幼女」みたいな扱いを受けなきゃいけないわけ? ベル先生から口止めなんてされてないし!
「でも、変なヤツらからは俺が守ってやるからな!」
「男らしいじゃねぇか、リビオ! それでこそ弟子だ!」
「ルージュを守るのは当たり前だよ。危なっかしいからなー」
「この年齢の子どもってのはそういうもんだ。しっかり見てなきゃダメだぞ」
がははと大声で笑い合う二人を遠い目で眺める私。
こんなにもプライドをへし折られたのは初めてだ。
……ベル先生への好感度が思い切り下がった。けっ。