19 頼りない妹だけどさ
それからの買い物は、気分を変えるにはうってつけだった。どうにもならないことで悩んで、心配させても嫌だしね。
お貴族式買い物はなかなか面白かったよ。それ以上に緊張したけど。
だって、予算という考えがないんだもん。ビックリしちゃったよ。
どのくらいのものを買うの? って質問にひたすら首を傾げられた時は困った。だから直球で金額は? と聞くことになっちゃった。
「彼女が欲しがるものを贈りたいんだから、そんなの考えたことないよ」
ですってよ。
か、考えた方が良いよ……どうすんのさ、島が欲しいとか言われたら。聞く限りではそんなわがままお嬢様じゃないみたいだけども。
それとも、言われたら用意するのだろうか。……考えないようにしよっと。
はぁ、貴族の感覚に慣れるにはもう数百年ほど経験が必要な気がしてくる。絶対にごめんだけど。冗談にならなそうで笑えないし。
結局、プレゼントに選んだのは宝石箱にもなるオルゴールにした。これまでも、宝石やアクセサリーはいくつか贈ったことがあるって聞いたから、私が提案したのだ。
ちなみに、オルゴールは単純に私の趣味だ。好きなんだよね、あの音色。
「すごい。相談して良かったよ。宝石を入れる箱に目をつけるなんて……盲点だった」
「お役に立てて何より」
オルゴールの曲は、以前オリドが彼女に聞かせてあげたバイオリンの曲を選んだんだって。またお洒落な……。
バイオリンも弾けたんだ。イケメン侯爵への道を順調に辿っているよね、オリドは。
今度、婚約者のリュドミラちゃんのことも紹介してくれるらしい。
私の、未来の姉妹になる子なんだよね。そこまで人生を送る前に戻っちゃうけど。
……ちょっと、ますますこのループを終わらせたくなってきた。近頃は諦めモードになっちゃって、惰性で生きていたけど。
もう一度、足掻いてみてもいいかもしれない。せっかく魔法も習ったわけだしね。
「ね。オリドは将来エルファレス侯爵になるんだよね? 侯爵ってどんな仕事するの? 領地経営?」
「あー……それもあるにはあるんだけど。そっちはオマケというか、母上と執事のロイクが主に見てくれるよ」
なんでも、領地に関するあれこれについてはエルファレス家に代々使えるレストゥー家が担っているという。最終決定権はベル先生にあるらしいけど。
考えてみれば、ベル先生は魔塔の主でもある。領地のことにまで手が回らないのかもしれない。
ちなみに執事のロイクには息子がおり、ゆくゆくはその息子ヤニックが引き継いでくれる予定なのだとか。へぇ……優秀な人材が豊富だなぁ。
「でも、そうしたらオリドは将来何をするの?」
「あー。えっと。……参謀になろうと思って」
「さんぼー……」
参謀……怪しげな響きだ。一体オリドはどこへ向かっているのだろうか。
「軍に所属するつもりなんだ。とはいっても隊員になって戦うんじゃなくて、作戦を練ったりする方って言えばわかるかな」
それを聞いてピンときた。
オリドが軍に。そして未来では、魔王討伐のために軍が動き始めていた。
あ、あれはリビオの発案かと思っていたけど、そこにはオリドがいたんだ!
そっかぁ。この双子は、力を合わせて本気で魔王を倒そうとしているんだね。
「剣を振るのも嫌いじゃないけどね。頭を使う方が僕には合ってる」
確かにオリドは頭脳派って感じだよね。
さて、答えはわかっているけど念のため確認。
「どうして、さんぼーになりたいの?」
「魔王を倒すため、かな」
やっぱり、そうか。
「父上の無念を晴らしたいのは、リビオだけじゃないってことさ」
泣かせるじゃないか。ベル先生は良い息子をもったなぁ。このこと、知っているのかな? いや、知らないわけないか。
親として魔王討伐という危険な道を勧めることはないだろうから、黙認しているのかもしれない。ママはどうだろう? 複雑だろうなぁ……。
「私も、何か手伝える?」
気付いたら、そんなことを口にしていた。
当然、怖いから最前線に立つとかそういったことはできないよ? だって、絶対に敵わないヤツがいるから。二度と遭遇したくないし。
ただ、ヤツに二人が遭遇するかもしれないと思うと……ついね。
いくらリセットされるといっても、危険な目に遭わせたいわけがない。
「ルージュには、幸せに、笑って過ごしてもらえたら、それで十分だよ」
「……そういう口説き文句はリュドミラちゃんだけに言えばいいと思う」
「な、なんでよ? 大事な妹なんだからいいじゃないか」
オリドもやっぱりベル先生の子どもだな、と思い知らされるね。
やれやれ。リュドミラちゃんが将来、嫉妬で泣くことがないか心配だよ、もう。
……私は、どうするべきだろう。
リセットはされるよ? 二人がヤツに会う前に戻る可能性の方が高いし。
でも、万が一にも遭遇することがあったら? もしも今回に限って呪いが解けて、ループしなかったら?
記憶の中にあるヤツを思い出し、ゾクリと悪寒が走る。
漆黒の兜に鎧。明らかに只者ではないオーラを放ったヤツは、たった一振りで百もの軍勢を戦闘不能にしてしまった。
確か、暗黒騎士と呼ばれていたと思う。魔王の直属、四天王の一人だといわれているけど、その存在は謎の一言に尽きる。
神出鬼没で、魔王領周辺にしか姿を現さないらしいけど、魔王を倒すというのなら絶対にヤツとの戦いは避けられない。
いや、そもそもヤツを怖がってるようじゃ、魔王なんて倒せないのかもしれないけどさ。
でも。魔法をもっと使えるようになったら、少しでも助けになれないだろうか。会わなくても、何かしらの手助けができるかもしれないし……。
それに、ヤツ以外にも強敵はいるのだ。四天王というくらいだし、少なくともあと三人は恐ろしい幹部がいるはず。詳しくは知らないけど。
「妹だから、私も力になりたいんだよ」
正直、意味はないと思ってる。どうせループするし、危ない目には遭いたくないという保身もある。
でも、もしいつかループの元凶を突き止めて、その先も生きられることになったなら。
その時に今回の経験が何かの役に立つかもしれない。もしかしたら、魔王討伐の手助けになるかもしれないよね。
私のような無力な娘が何を大げさな、とは思うけどさ。
ベル先生が勧誘するほどの魔力はあるわけだし、ちょっとくらいは力になれるかもしれないし。
調子に乗ってるだけかもしれないけど……。
「……そっか。ありがとね、ルージュ」
「うん」
一度目を丸くしたオリドだったけど、すぐにふんわり微笑んで私の頭を撫でてくれる。さっきの逆だね。
そして、オリドも私が何かできるとは思っていないだろう。その気持ちがありがたいってやつだ。
いいのだ、それで。別に本気だと思われなくたって。
大事なのは、自分が何をするかなんだから。