18 そんなの辛いに決まってるじゃん
早速、ベル先生に許可を貰ったので、オリドと共に町へ向かう準備をすることに。
すでにオリドが私を連れて行きたいと話を通していたらしく、許可はあっさりと貰えた。行き当たりばったりではないところがさすがである。
もちろん、私たちには護衛がつく。ハウスにいた頃はもちろん、どの人生でも自由に一人でフラフラ歩いていたことを思うとなんだか不思議な気持ち。
こういうところで、自分が貴族の一員になったんだなぁって思い知らされるね。
ちなみに、護衛はエルファレス家で雇っている内の二人がついてきてくれることになった。
背が高い方がトマニエルで、ガタイの良い方がサミュエルというらしい。呼びにくいのでトマとサムと呼ばせていただく。
今後も、この二人がメインで私についてくれるという。あ、どうも、よろしくお願いします。
しかし一体、何人の護衛を雇っているんだろう。というか、使用人だけでもかなりの人数がいるよね。私はまだ侯爵家のすごさを理解しきれていない気がする。
町までは馬車で向かうらしい。徒歩じゃないんだ……。
貴族っていうのはいちいち面倒だな。屋敷は広いし町まで少し距離もあるから楽ではあるけど。
運動不足にならないのかな? でっぷりとしたお貴族様が多いのってそういうのが原因じゃない? ベル先生はシュッとしているけど、一応注意してあげよう。油断していると太っちゃうよって。
さて、馬車の中ではオリドと二人。ただ黙っているのも気まずいのでベル先生の部屋で見た映し絵の人物について話題を振ってみた。気になってたし。
「ビクター? ああ、父上の映し絵を見たんだね」
オリドはすぐにわかってくれた。まぁ、見たことがあるんだろうね。
ベル先生の親友というくらいだから、オリドやリビオなら会ったことがあるのかと思って聞いてみたんだけど。
「僕らも会ったことはないよ。リビオは彼を目標にするほど憧れているけどね」
会ったことはないらしい。忙しい人なのかな? その時の私はそう単純に考えていた。
「リビオの憧れの人なの?」
「あれ、聞いていない? あいつなら聞かなくても話していそうだけど」
うーん、そんな話は聞いてないと思うんだけど。
確かに、リビオなら聞いていないことまでベラベラ話しそうなものなのに。ビクターの名前はベル先生に聞いたのが初めてだ。
あ、でも憧れているって話だけならしていたかもしれない。
「勇者に憧れてるって話は聞いたよ」
「なんだ、聞いているじゃない。……あ、もしかしてビクターが勇者だってことは知らないのかな」
「ビクターが、勇者……?」
オリドがクスッと笑いながらそう言ったのを聞いて、数秒ほど固まってしまう。
……はっ! そうだよ、そうだ! ベル先生のとこでもどこかで聞いたことがあると思ってたら!
ビクターって、勇者の名前じゃん。
勇者ビクター・デミック。
平民の出で、突出した剣の腕前によって冒険者として一気に名を上げていった人物。
そして、聖剣を抜いた選ばれし勇者。そんなの、子どもでも知っている話である。
ただ、それがまさかベル先生の親友と同一人物だとは思わなかった。だってありふれた名前だったし、勇者には興味がなかったし。
何度も同じ人生を繰り返していても、記憶の容量には限度ってものがある。特に今は五歳の脳だからね。興味のない情報ほど忘れているんだよ。仕方ないの、うん。
「父上はね、勇者とともに魔王討伐の旅に出かけた仲間なんだ。元、だけどね」
「えっ、勇者パーティーにいたの? ベルせんせーが?」
これまた初耳である。
いや、まぁ? 天才魔法使いなら一緒に戦っていてもおかしくはない、か。
けど、それならもっと有名になってない? 今でもエルファレス侯爵や魔塔のトップってことで名前は有名だけど……勇者パーティーにいたって話は聞いたことがないけどな。
忘れているだけかな? いやー、初耳だと思う。たぶん。
「そう。本当なら、魔王討伐に向かう最後の旅にも父上は一緒に行くはずだったんだ」
「……行かなかったの? どうして?」
その口ぶりからすると、行かなかったってことだよね。そんな大事な戦いに行かないなんて、よっぽどの理由がありそう。
そう思っていたら、すぐに答えがわかった。
「僕らが生まれる直前だったから。父上は、母上を置いて旅には出られなかったんだよ」
あ……そっか。たった今、話が繋がった。
確かママは、双子を産む時は難産だったって言っていた。そのため、もう子どもを望むことはできないって。
それでも、後悔は一つもないし幸せだって言っていたんだよね。でも。
『……少しだけ心残りはあるけれど』
そう言って、ちょっぴり切なそうにしていたっけ。
触れてはいけない気がしてそれ以上は聞かなかったけど……このことだったのかもね。
自分のせいで、ベル先生が最後の戦いに行くことができなかったっていう思いが少しだけあるのかな。絶対にそんなわけないけど、心残りになってしまうのも無理はない気がする。
「出産間近の妻を置いていったらダメだって、勇者の方から強く言ったって聞いてるよ。絶対に連れて行かないって言われたとか。いい親友だよね。だから父上は、母上の側にいることを決めたんだって」
うわ、すっごくいい人じゃん勇者ビクター! これまで興味ないなんて思っていてごめん。
魔王には敗れてしまったけど……きっと彼なりに葛藤もあったんだろうな。今度はしっかり覚えておこう。
「だけどね、たぶん……あの時、自分が一緒だったら魔王を倒せていたかもしれないって。そう思って後悔する気持ちが少しあるんじゃないかなって思ってる。そんなこと、一度も口にしたことはないけどね」
……ああ。
あぁぁぁ、そっか。そうだよね。そりゃあそうだ。
魔王を倒せなかったどころか、その戦いで勇者を、大切な親友を失うことになってしまったんだもんね。
今ある家族の幸せを思えば後悔なんてしないだろうけど、そりゃあどうしても引っ掛かりは残る。
もしその場に自分がいたら、なんて……考えるなという方が無理な話だ。
これは後悔しちゃうよ。辛いなぁ……。
私の死に戻りでどうにか修正できる話なら良かったのに。
でもそれは無理だ。だって、私が生まれるよりも前の出来事だもん。私は、自分が五歳の時にしか戻れないからね。
やるせない。きっと今でも親友を思っているのだろう。
私も会いたかったな。勇者に憧れているというリビオはなおさら……。
「あ、だから余計に、リビオは冒険者になりたがっているのかな」
「単純だよね。自分がなりたいっていうのも大きいけど……父上や勇者の成せなかったことを代わりに、っていう気持ちもあると思うよ」
本当に単純。だけど、そんな話を聞かされちゃあ、無理だなんてますます言えない。思うことさえ申し訳なくなってしまうな。
でも、無理だ。魔王を倒すこともなければ、平和がこれ以上脅かされることもない。
魔王の勢力が増して、世界に危機が近付いていても、リセットされてしまうんだから。
ああ、複雑だ。過去最高に複雑だ。
ほんと、誰なの。死に戻っているヤツ。
いい加減、呪いの解き方を見付けていただきたいものだね。