15 初めての魔法は
とはいえ、どんな魔法を出せばいいのか見当もつかない。むむむ……。
ええい、いいや! このまま出しちゃえ-!
何も考えずに魔法を発動というごり押し。
すると、足下に魔法陣が浮かび上がって青白く光った。わ、これぞ魔法!
一体、どんな現象が起こるのかとドキドキしていたんだけど……何も考えないごり押しが良くなかったのか、光が収まって魔法陣が消えてもなんの現象も起こらなかった。あ、あれぇ……?
「これは、驚いたな」
だけど、ベル先生の反応は違った。驚いたように口元に緩く握った拳を当てながら目を丸くしている。
え、何も起きなかったのが? 劣等生すぎて驚いちゃったとか?
「ああ、何も変化が起きてないように見えたから不思議なのかな。んー、ちょっと、待ってね」
ぽかんとしたままの私に気付いたベル先生は我に返ってにこりと笑うと、おもむろに執務机に置いてあったティーカップを手に取る。
そしてそのまま手を離した。当然、カップは床に落ちて粉々になってしまう。
……何やってんの? それ、それってさぁ、すっごくお高いカップなんじゃないの? 金持ちのやることはわかんない。
この程度のカップならいくらでも買えると言いたいのか。それでも、以前までの人生で私が稼いだお金が半分はなくなるでしょうよ。
「今度は、この割れたカップに触れながらさっきの魔法を発動させてごらん。ああ、割れた破片で手を切らないようにね」
「? うん」
何も起きなかった魔法をなぜ割れたカップに? 割れたカップにだけ使える魔法だったりとか? そんなわけないか。
とにかく、一応ベル先生は国でトップの魔法使いだ。魔塔のトップだ。意味のないことはさせないだろう。
というわけで、再びさっきと同じように魔法を発動させてみた。
膝をついて床に転がるカップに指先で触れる。破片で手を切らないようにそーっと。それから魔法を発動。
先ほどと同じように魔法陣と青白い光が現れたかと思うと、今度はみるみるうちに触れていたカップが元の形に戻っていくではないか。お、おぉー!
「……割れてない。元通りだ」
「見せてごらん」
その場に座り込んで呆然としている私に、ベル先生が手を伸ばしてきた。
まだ状況を把握し切れていない私は言われるがままにカップを手渡す。
「うん、上手に戻っているね。おめでとう。初めての魔法の発動は成功だよ。いやぁ。すごい才能だなぁ」
ちゃんと魔法が発動したのはよくわかった。でも、もっとこう、わかりやすい説明を求む!
首を傾げたまま見つめていると、ベル先生は再び手を伸ばしてくる。
今度は私を立たせるためだろう。遠慮なく掴むと、力強くかつ優しく引っ張ってもらえたので簡単に立ち上がることができた。
「今、ルージュが発動したのは『時戻し』の魔法だよ」
「と、時戻し?」
あまりにも身近で心当たりのある魔法にドキッとしてしまう。
な、なんでそんな魔法が発動したんだろう。やめてよ、縁起でもない。
「僕は君に言ったよね。魔法を発動させてって。実はこれ、弟子みんなにやらせているんだ。するとね、一人一人違った魔法を見せてくれる」
なるほど。だからあえて魔法の指定をしなかったんだ。
曰く、大抵は一番最初に発動するのは、潜在的にその人の得意とする魔法か、最もイメージのつきやすい魔法になるらしい。
「ルージュの場合、きっと潜在的に時の魔法が適しているんだろうね。得意魔法が時魔法の人は初めてみたよ。いやぁ、驚いた!」
いえ、あの。これはとても言えないんだけど。
おそらく私の場合は「最もイメージのつきやすい魔法」の方かと……! 言えないけど。
厳密には魔法ではなく呪いらしんだけどね。でも嫌ってほど魂に刻み込まれた魔法のような現象であることに間違いはない。
無意識のうちにそれが魔法となって発動してしまったんだね……。
くっ、こうなることがわかっていたらありがちな魔法現象をイメージしながら発動させたのに!
「でも、ベル先生はどうして時戻しの魔法だってわかったの? 最初はなんにも起きなかったのに」
ただ、これはチャンスでもある。うまく質問すれば、死に戻りの呪いについての情報も聞けるかもしれない。ベル先生が知っていれば、だけど。
「ああ、それは魔法陣を見ればわかるから」
そう言いながら、ベル先生は本棚の前まで移動すると何やら本を探し始めた。数秒後、お目当ての本を見つけて手に取ると、私に手渡してくれる。
受け取った本をパラパラめくると色んな魔法についての説明が魔法陣の図とともに書かれていた。
説明や原理、魔法理論なんかも細かく書かれていて……正直、さっぱりわからない。
「あ、魔法によって魔法陣の図も違う?」
「そうだね。例えば同じ時魔法でも、止めたり、進めたり、戻したりと種類があるだろう? 似通った図にはなるけど、どれも違うんだよ」
確かに水魔法について書かれた部分は数十ページほどあって、水を出すにしても雨のように広範囲に出すか、ポットから出てくるように狭い範囲で出すかによっても図が微妙に違っている。
「威力に関しては魔力量で変わってくるんだけどね。魔法の発現の仕方は魔法陣の差で決まるんだ」
たとえば、雨を広範囲に降らせようと思ったとしても、魔力量が少なければ降る量も少ない。
逆にポットから出るように水を出そうとした時に魔力量が多すぎると、威力が強すぎてコップが割れたり場合によっては壁に穴が空くというわけ。
攻撃魔法なんかはこれを応用したものらしい。もっと射出を細くして威力を増して撃ったりとか。お、奥が深い。
「最初に発動した得意魔法以外は、まず魔法陣を覚えることから始めるんだよ。見たことがあってもうまく使えない魔法の方が多いからね。手数の多い魔法使いは暗記能力が高いということでもあるんだ」
ひぇ。魔法使いになればどんな魔法でも使えるってわけじゃないんだ。魔法陣を正確に描き、しっかり理解してないと発動しないってことなんだね。
五歳の私にできるのは、一つか二つが限度かな……? 大人になっても記憶力に自信があるとは言えないし、どんな魔法を覚えるのがいいかしっかり考えないとね。
「そんなに身構えなくてもいいよ。何度も魔法を撃てば身体で覚えるから。魔法陣を細かく覚えている人は案外少ないもんだよ」
「そう、なの? でも、ベル先生はさっき一目で時戻しの魔法だってわかったんでしょ? ベル先生も時魔法を使うの?」
私の質問に、ベル先生は時魔法は滅多に使わないな、と笑いながら答えた後、ウインクをしながら告げる。
「僕、魔法に関してはちょっと天才なんだよね」
もしかしなくても、ここの本に書かれている魔法は全部覚えている……? 下手したら、この本だけじゃないかもしれない。
魔力量だけじゃなく、暗記力も化け物級ってことか。それはもはや天才というか、変態と言った方がしっくりくるかもしれない。
でももちろんそんなことは言えないので、私は引きつった笑みを浮かべながら「ベル先生すごぉい!」としか言えなかった。
ベル先生はそれほどでもあるよ、と言いながらデレデレと笑う。なんかごめん。いや、本当にすごいと思ってるけどさ!