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13 ママの娘は


 マドレーヌと小さなケーキ、ラスクやフルーツタルトを一切れ食べたところで落ち着いた私は、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちになりながら紅茶を飲んだ。


「お、お行儀が悪かった、よね? ごめんなさい……」

「あら、そんなに酷くなかったわ。むしろ五歳児にしてはとても綺麗に食べていると思うわよ。オリドやリビオが同じ年の頃は、もっとテーブルを汚していたもの」


 そう言われて少しだけ想像してみる。私と同じ年の頃、というと三年前かな? 今はたしか八歳だったはず。

 きっとリビオはもっとやんちゃで、オリドは……うーん、あんまり汚しているイメージないなぁ。


「もしかして、汚していたのはほとんどリビオだった?」

「ふふっ、勘が良いわね。その通りよ」

「やっぱり!」


 その光景が目に浮かぶよ。

 ママが言うには、ポロポロ溢すリビオをオリドがせっせとお世話していたらしい。オリドは根っからのお兄ちゃん気質なんだなぁ。


 それからしばらく他愛のない話を続けていたおかげで、私もようやく場の雰囲気に慣れてきた。


 いやぁ、これでも緊張していたんだよ。

 だってこんなにお上品な場所で、優雅にお茶会だなんてしたことないもん。バクバクお菓子を食べまくっていたけど。


 食器は高そうだし、ティーカップなんてすっごく薄くてちょっと力を込めただけで割れちゃいそうだし。飲みやすさにはビックリしたけど。


 そんな私の心情もお見通しだったのだろう。ママは優しく目を細めながら改まって口を開いた。


「貴女は急に貴族になったし、自分は貴族としてふさわしくないんじゃないかって気にしていると思うのだけれど……」


 ぎくり。その通りである。

 本当に、心の中が読めるんじゃないかってくらい言い当てるなぁ。どの人生でも、何を考えてるのかわからないってよく言われていたはずなんだけど。

 ママ、恐るべし。


「まだ五歳だもの。気にすることなんて何もないわ。周囲でうるさい声が聞こえてきたとしても、私やベルナールがしっかり牽制するから任せてちょうだい。貴女はただ、幸せを享受してくれればそれでいいのよ」


 そして、とても心強い。侯爵夫人ともなると、強くないとやっていけないのかもしれないな。

 貴族のことは私にはわからないけど、ママが只者じゃないことはわかる。


 幸せを享受、か。これから先、またやり直す度にママの娘になれたらずーっと幸せなのかな?


 ……それでいいのだろうか。この世界の時間は、いつまでたっても進まないままなのに。


「私、ちょっとくらい嫌な思いしたって平気だよ。その分、今はとても幸せだもん」


 魔王という存在がいるから、世界はずっと危機的状況だ。この周辺が平和なだけで。

 それは私が十八歳になる直前になっても変わらない。でもじわじわと魔王領は広がっていた。不穏な雰囲気は漂っていた。


 心から大人になりたいと思う。けど、大人になった時にこの世界はどうなっているんだろうという不安もある。


 リビオは仲間とともに、本当に魔王を倒すのかな。軍はどこまで通用するだろう。魔王が倒されて平和な世界になる日が来るんだったらいいけど、そうじゃなかったら?


 だから私はたまに、ループする人生を終わらせたい反面、このまま平和にも地獄にもならない今を繰り返した方がいいんじゃないかとも思ってしまうんだよね。


 どのみち、八方塞がりなのは変わんないから考えたって無駄なんだけど。


「やっぱり、賢いのね。聞いていた通りだわ」

「え?」


 油断すると悟りを開きそうになる私を現実に引き戻してくれたのは、ママからのドキッとする一言だった。

 ビックリした。魔王がどうのとか考えていたことはさすがにバレてないよね?


「難しい言葉を選んで話してみたの。でも貴女は全部、理解していたわよね?」


 あ、ああ、そういうことか。


 確かに、幼女は「牽制」だとか「享受」だなんて難しい言葉を知らないだろう。

 知らないよ? と、今さら誤魔化したって無駄だよね。ふぅ、シスターたちなら笑顔で誤魔化せるんだけどな。ママは無理だ。


「……おかしい?」


 なので路線変更をします。不安げに目を潤ませつつ、首を傾げて問う。この短時間でママの心を掴む行動は読めているのである。

 ただし、使えるのはママの娘という立場があってこそだ。そこ重要。


「っ、そんなことないわ! ルージュは、とても賢い……自慢の娘よっ!」


 案の定、ママもまた目を潤ませて声を詰まらせながらそう言ってくれた。

 え、そこまでの反応を見せるのは予想外。良心が痛む……!


「私ね、実はあんまり身体が丈夫じゃないの」

「え」


 さらに、ママからは衝撃的な事実を告げられる。さすがにこれ以上の言葉が出てこない。


「ああ、勘違いしないでね。普通に暮らす分には何の問題もないから。けれどね、身体が丈夫ではない私は……双子を産んだのよ」


 それだけで、ママが何を言いたいのかがわかった。


 きっと、一人産むのだって大変だったろうに、双子なんてもっと危険だったのでは……?


「難産だったわ。死にかけちゃった」


 やっぱり。えへ、とかわいらしく言ってるけど……笑いごとじゃないよ。本当はすごく大変だったんでしょ?

 ママを溺愛しているベル先生だって、きっと気が気じゃなかったんじゃないかな。


 それを思うと自然と眉尻が下がってしまう。だけどママはにっこり笑って話を続けた。


「大丈夫よ。ほら見て? 結果として今、私もオリドもリビオもとっても元気でしょう。けれど……さすがにもう、子どもは産めないのよ」


 そっか。そういう経緯があったんだね。


 実はずっと疑問に思っていたんだ。ママはまだ若いんだから、これから娘を産めばいいのにって。

 うまいこと女の子が生まれるかはわからないけど、チャンスはあるんじゃないかって。


 ハウス出身の私に対して、喜びすぎだと思った。いつか実の娘が生まれたら、私は邪魔にならないかって心配もしていたんだよ。


「だからね、ルージュ。貴女が娘になってくれて本当に嬉しいのよ。信じてくれる?」


 素直には喜べない。喜ぶことはできないけど、ママが心から私が来たことを喜んでいることは信じる。

 信じるしかないよ、こんなの。


「うん。私も、ママの娘になれて嬉しい」


 だから、こう答えるので精一杯。ママはまた嬉しそうに笑った。


「本当に後悔なんてないのよ? あ、でも……少しだけ心残りはあるけれど」

「心残り?」


 ママの言葉を拾って思わず首を傾げたけれど、ニコニコと微笑むだけでそれについて答えてはくれない。

 きっと、あまり話したくはないことなのかも。なら、私も聞かないでおこう。


「……もう一個だけ、食べてもいいかな?」

「あらら、ふふっ。ええ、いいわ。でも本当にあと一つだけよ?」

「うん」


 誤魔化すために何か言わなきゃ、と思って口をついて出たのは、ただの食いしん坊発言だったけど……ママはそれに乗ってクスクス笑ってくれた。


 たぶん、私の意図もお見通しなのだろうな。ママの優しさに、今は甘えることにしようと思う。


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