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110/110

110 戦況は悪くなかったはず


 まだ、動ける。けどかなり疲れた。


 私が時魔法で魔王の動きを止め、その隙にみんなが一斉攻撃を仕掛ける、という流れを一体何度繰り返したことだろう。


 魔王にも確実にダメージが入っているはずなのに、どこまでもしぶといというか一向に倒れる気配がない。


 急に動きがよくなったリビオにも疲労が滲んでいるのが見て取れた。もう、序盤で飛ばすから……。

 でも、私も人のこと言えないな。大規模な魔法を短時間で繰り返したせいで、息切れが酷い。


 魔力には余裕がある。ループを繰り返したせいで限界まで増えているからね、この魔力。その上、私専用の魔道具もあるからまだまだ大丈夫だ。

 体力は、そこまで動き回ってないからこっちも平気。余裕がある。


 なにが辛いって、精神力だよ……。

 集中力がさっきから長続きしなくなってる。眠いし、目の前がぼやけてきた。


「ルージュ、少し休みなさい」

「そういうわけには……と言いたいところだけど。うん、少し休憩する」

「いい子だね」


 当然、ベル先生にも見透かされちゃった。うん、今は無理をする時じゃない。


 魔王はめげもせずに私を狙ってくる。それも単調な攻撃ではなく、あらゆる隙をついて私を殺そうとしているのがわかった。


 こっわ。

 だというのに私がどこまでも落ち着いていられるのは、常に一番近くにベル先生がいるからだ。

 ベル先生だけではない。今や魔王と戦っている全ての人が、私を守ろうとがんばってくれている。


 その中には当然、負傷した人や重傷を負った人も……そして、亡くなった人もいるけど。


 心を痛めている場合じゃない。精神力を回復させなきゃ。

 それがわかっているから、ベル先生もそのことについては一切触れず、前向きな声ばかりかけてくれるのがありがたかった。


「大丈夫。ルージュがすごく頑張ってくれたおかげでだいぶ戦いやすくなったからね。見てごらん。戦場に来たばかりの時には一歩も動けなかった者たちも、今はみんな戦ってる」

「……ほんとだ」


 ゆるりと顔を上げると、ベル先生の言った通り戦いに参加している人が増えたような気がした。

 やられてしまって倒れている人もたくさんいるけど、まだまだ味方はいるんだって思うと胸が熱くなる。


 泣かない。自分のせいでみんなが傷付くだとか、そんなことは思わない。

 ここにいるのは、自らの意思で戦いに参加した人だけ。自分のせいで、だなんて烏滸がましいもん。


 彼らに敬意を。悔しさは力に変えるべきなんだ。


「ん、ルージュ。さらに朗報があるよ」

「え?」


 ベル先生は何かを察知して顔を上げると、すぐにこちらを向いて笑みを浮かべた。

 朗報……もしかして、またノアールが四天王を一人倒してくれたのかな。


 続きの言葉を待っていると、ベル先生がそれを答える前に離れた位置で空間が歪んだのが見えた。


 あっ、まさか……!


「っしゃーーーっ! 魔王戦、間に合ったぜ!」

「ジュン!」

「元気すぎるだろう、ジュン。こちらは満身創痍だというのに」

「にゃーにを言ってるのにゃ。まだまだ余力が残ってるくせにっ!」

「クローディーにラシダさんも……!」


 目の前が涙で歪む。ええい、泣かない。泣かないぞ! 嬉し涙だとしても泣かない!


「みんなっ、来てくれたってことは……!」


 イフリートを倒したってこと、だよね? 魔王に聞かれるから言えないけど!

 私の声が聞こえたのか、ラシダさんの耳がピクピク動いたかと思うと三人が順に振り向いた。


「ルージュ! 元気そうだな!!」


 ジュンが真っ先に駆け寄ってきてくれた。見知った心強い仲間の顔を見るだけでこんなにも嬉しい。

 おかげで精神力が一気に回復した気がするよ。仲間の力って偉大だ。


 駆け寄るジュンを迎え入れようと手を広げかけたその時、ジュンが標的を変えたのが視線でわかった。……あれっ?


「ベルナァァァル! 歯ァ食いしばれやぁっ!!」

「ええ……?」


 ご立腹だ。いや、考えればわかることだった。

 勝手に、それも土壇場で予定を変えたんだもんね。

 ジュンだけでなく、クローディーやラシダさんも怒っているのは遠目でもわかった。わぁ、笑顔がこわぁい……。


「やぁ、ジュン。それにみんなも。ははは、やだなぁ。そんな怖い顔して。怒りはヤツにぶつけてくれよ」

「くっそ! ノーダメージかよっ! この化け物めっ」

「誉め言葉として受け取るよ」


 やはりというべきか、ジュンの拳はベル先生に届かなかった。

 直前で魔法に弾かれ、ジュンは後ろに飛ばされてバク宙してから着地している。


 まぁ、わかりやすく振りかぶっていたし、ジュンもジュンでベル先生が対処しやすい攻撃を仕掛けていたけどね。一応、状況を考慮しているっぽい。


「気持ちはわかるが、それどころではないぞ。ジュン」

「わぁってるよ。さっきからビリビリ嫌な気配だぜ」

「毛が逆立つにゃーっ! 不愉快っ!」


 うん、みんな魔王の威圧にも余裕そう。さすがだね。

 すでにイフリート戦をこなしてきた人たちが次から次へと転移してくるのが見える。


 なんて頼もしいの……! 希望が見えてき——


 次の瞬間、ビリビリと例の魔道具が震えた。そして、壊れて消える。


「え……? これって、ノアールの……」


 魔道具が発動するのは、ノアールに異変が起きた時。

 その瞬間、私はヤツの下に強制転移されて……暗黒騎士とのバトルになる手筈だった、よね?


 なのに、その魔道具が跡形もなく消えてしまった。


 どういう、こと? 見たところ転移もしてない、し……。


「あぁ……これは、最悪だね」

「嘘、でしょ……」


 思わずベル先生と声が重なってしまう。


 ジュンたちがやってきた時のように空間が歪んだかと思うと、そこから出てきたのは漆黒の鎧を纏った騎士。


 ううん、その前に歪んだ空間から落ちてきたのは、狼のような獣人と下半身が蛇の女の人……の、首から下だった。


 たぶん、というか絶対、四天王の残り二人だろう。

 氷狼人とラミアだったはず。


 血だまりが広がり、その光景から目が離せない。

 その間に、さらにベチャッと嫌な音をたてて二人の頭部だけが落ちて転がった。


 ミノタウルスを撃破したのはベル先生が感知したので知ってる。イフリートはジュンたちが。

 ジュンたちがやってきて気を取られているほんのわずかな時間で、ベル先生が感知する前に残り二人をほぼ同時に倒したってこと?


 たとえ二人が同じ場所にいたとしても……あまりにも早い。


 ま、まぁこれで四天王は全員倒した、ってことだけど……。

 決して喜べないのは、その光景があまりにも凄惨だから。

 それに、どうして魔王との決戦の場にノアールが現れたのかってこと。


 全身が粟立つ。とんでもない殺意がノアールから発せられていた。


「もうノアール、じゃないんだね」

「そのようだ。彼はすでに暗黒騎士。しかも、魔王によって引き寄せられたみたいだね」


 つまり、私たちはこの場で魔王と暗黒騎士を相手に戦わねばならないということだ。


 魔王だけで精一杯だったのに……! 


 私たちよりも先に、魔王はノアールに気付いて手を打ったのだろう。くっ、腹立たしい……っ!


「えっ、ちょっと待って。あれってまさか……」


 ラシダさんの声でハッと我に返る。

 指し示された先に顔を向け、目を凝らしてみると、暗黒騎士が反対の腕に何かを抱えているのが見えた。


 見覚えのある深緑のローブ。フードからカランと乾いた音を立てながらフクロウの仮面が落ちて来た。

 それとほぼ同時に暗黒騎士は抱えていた何かを、ううん、何者かを乱暴に地面に放り投げる。


 みるみる内に広がった血だまりの中で、倒れ伏すその人物の顔が露わになった。


 紫色の髪、目の下にくっきりと見えるクマ。


 誰もが彼に注目した。誰もが気を取られた一瞬だった。


「サイード……?」


 私がそう呟いたその瞬間、目の前に青白い顔が突如として現れる。

 それがなんなのか、理解が及ぶ前に脳内に地を這うような声が響いた。


 ——ロー……ズ……


 は、え……?

 突然襲ってくる衝撃と強烈な熱さ。


 ゆっくりと視線を落とすと、私の体に魔王の腕が突き刺さり、貫通しているようだった。


「ルージュっ!!!!」


 意識が遠のいていくのがわかる。

 あ、れ? まさか、私やられちゃったの……?


「が、はっ……」


 血の味。息も吸えない。

 嘘でしょ。私ここで死ぬの?

 ううん、ループしてしまう? ここまできて?


 いろんな人が私の名を呼んでくれている声が聞こえてきたけど、それも次第に遠のいていく。

 そんな中、脳内では地を這うような声が変わらない調子で声を響かせ続けてきた。


 ——ローズ……ローズ……。


 誰よ、その女……そしてお前は、誰?


 そんな抗議の声すら上げる暇もなく、私の意識はじわじわと沼の底に沈んでいった。


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