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100 うさぎのぬいぐるみは背負わないからね


 いろいろと恨みや怒りが渦巻く話し合いもひと段落し、まずは一度解散となったことでようやく私はベル先生と二人になれた。


 以前、私が過ごしていた部屋に向かいドアを閉めたところでベル先生が防音と防壁の魔法をサッとかける。まったく、いつ見ても無駄のない素早い魔法展開だよ。


「ベル先生?」

「んー、判断が難しいな。これは謝るところかい?」

「私も怒るべきか悩んでる。けどやっぱり怒る!」

「ははは、まいったな。甘んじて受け入れよう」


 さあどうぞ、と軽く肩をすくめたベル先生は、黙って私の出方を待った。

 まったく。この態度が困るんだよ。怒ると決めたからには怒るけど。


 ベル先生に座ってというと、素直に床に座ったので、私はその前に仁王立ちしてやった。

 私を見上げてくるその目がやたらと優しくて、愛おしげで、決心が鈍りそうになるけどちゃんと言う。


「ママのことは気にならないの? リビオ……はすぐ会えるけど、オリドは? 直前で勝手に作戦を変更して、みんなが困るじゃん」

「おっしゃる通りだね」

「ベル先生の無茶ぶりに慣れている人たちはいいけど、騎士団の人たちはすごく困るよ。それをフォローするオリドはもっと大変だよ、きっと」

「あー、オリドに甘えすぎている自覚はあるな。あの子はすぐに任せてって言ってくれるから」


 目に浮かぶ。そして、オリドのほうから「後のことは僕に任せて行って」と言う姿も簡単に想像できた。


 それでも、言わずにはいられない。だって今ベル先生に怒れるのは私しかいないんだもん。


「カミーユに関してはね、僕のほうが離れがたかった。けど叱られたんだ」

「叱られた?」

「そう。過去は自分を優先したのだから、今度は逆を選ぶべきだって。これ以上私の罪悪感を増やさないで、って」


 うっ、ママからそんなことを言われたら私だって何も言えなくなっちゃうじゃないか。ママもわかっててその言葉を選んだんだろうな。

 ベル先生が、一番言われたくない言葉をあえて選んだのだ。


 そんなの、もうママのためにやるしかないじゃん。進むしかない。


「絶対に生きて帰らなきゃじゃん」

「そうだね」

「ただ生きて帰ればいいんじゃないよ。無事に! 元気で帰らなきゃ!」

「ああ、その通りだ」


 ちょっとでもケガをしていたり、具合が悪そうだったりしたらママが心配するもん。

 再会したときに流す涙は、みんな無事でよかったねっていう喜びの涙しか許されない。


 私は腰に手を当てて、強気に言ってやった。


「それが達成できたら、許してあげる」

「お安い御用だね。パパに任せなさい」


 あまりにも自信満々に言うので、仕方がないから説教はここで終わりにしてあげる。

 私が右手を差し出すと、ベル先生は嬉しそうに笑ってその手を掴んでくれた。うん、これで約束成立ね!


 出発は五日後。身軽で簡単に移動ができる私たちは、残りの日数を最後の確認と訓練に費やした。


 冒険者たちや騎士も、一度には無理だから五日かけて近くまで転移していく予定だって言っていたっけ。

 事前に四天王をそれぞれ離れた場所に、という計画を聞いた時は難しそうだなって思ったけど、実際はそれほど苦労しなかったらしい。


 なぜなら、四天王はみんな元から単独行動をする者たちらしいからね。四天王同士も仲がいいわけではないんだって。なんとなく想像はつく。

 だからどちらかというと居場所を見つけるのにすごく苦労したのだとか。見つけたらその後、見失わないように見張るのも。


 だっていつ見張りに気づかれるかわかんないもんね。ひやひやしていただろうなぁ。

 その点もうまくごまかせるよう、見張りを担当する者は頻繁に変えていたという。同じ人物の見張りはバレやすいからとのこと。


 オリドもその作戦の提案者の一人らしい。優秀な兄である。


 たくさんの人が魔王討伐に向けて動いてる。

 以前は、勇者パーティーに委ねられた戦いを、今度は国中の人たちみんなで。


 もっと早くにそうしていたら、勇者ビクターも死なずにすんだのかな、なんて……どうしてもそう思ってしまうけれど。

 勇者と聖剣って、本当に信用されていたんだなってつくづく思うよ。盲信ともいう。


「それにしても、重い」


 今は、ノアールから預かった聖剣を持つ訓練をしている。

 もう少し背が高ければ腰に帯剣できたのかもしれないけど、私の身長じゃちょっと難しい。


 すぐに抜刀できないというデメリットはあるけど、背中に背負うことにした。

 手で持つよりマシだけど、やっぱり重い。こんなの持ったまま戦えないよ。確実にスピードは落ちるし。


「というわけで軽量化、と」

「お、鮮やかなお手並みだね、ルージュ」

「師匠の教えがいいのかもね」

「うれしいことを言ってくれるようになったねぇ」


 デレッとだらしなく笑うベル先生を見て、ちょっと気恥ずかしくなる。冗談を真面目に受け止められると、こっちが照れるからやめてほしい。


 本当は空間魔法で別の空間にしまっておきたかったんだけど、戦いでは何が起きるかわからない。万が一、魔法が使えないなんて状態になったら聖剣を取り出せないからね。

 肌身離さず身に着けておくのが確実ってわけ。


 とはいえ、ほとんど重さを感じなくなっただけで邪魔な感覚は残る。

 というわけで、これを身に着けたまま動き回ることに慣れなくちゃ。


「もっとかわいい武器だったらよかったのになぁ。剣だなんて無骨なもの、ルージュに持たせたくないよ。うさぎのぬいぐるみとかにできないかな」

「うさぎのぬいぐるみでどうやって戦うっていうの。というか、そんなの背負いたくないんだけど? 私もうすぐ成人になるんだよ? 小さい子どもじゃないの!」

「小さい子どもじゃなくたって、僕の子どもに変わりはないさ。いつまでたっても娘はかわいい。かわいい子にはかわいいものを持たせたい。ね? 何も変じゃない」

「屁理屈はこんなところでも発揮するんだ……能力の無駄遣いだよ、ベル先生」


 たとえばその理屈が通ったとして、戦場でうさぎのぬいぐるみを振り回す図はどう考えてもおかしいでしょ。


 けどまぁ、せめて短剣くらいであれとは思うけどね。ま、言っても仕方ないことだ。


「よし、次は聖剣で心臓を突き刺す練習する!」

「……実際そうなのだけれど、あまり娘からそんな物騒な言葉は聞きたくなかったなぁ」


 それも仕方ないでしょ! いざという時に人間を刺せなかったら全てが水の泡なんだから!


 私の訓練に手を貸してくれたベル先生は、結局ずっと口を尖らせたままだった。もう、いつまでも拗ねないでよね!


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