10 ハグにつぐハグ
並べられた食事を全て食べ終えた私は、ようやく一息が付けた心地だった。
思えば昨日は夕食も食べずに寝ちゃったから。すごくお腹が空いていたみたい。
「こんなにお腹いっぱい食べたの、初めて」
椅子の背凭れに思い切り寄りかかりつつお腹をさする。お行儀が悪いかもしれないけれど、今更だ。ああ、幸せ。
そんな怠惰な私を見て、エルファレス家の皆さんはなんとも言えない表情を浮かべていた。
いや、だって本当になんとも言えない顔してるんだもん。
涙ぐんでいたり、微笑んでいたり。それ、どういう感情? まぁいいや。悪感情じゃなさそうだし。たぶん。
だってさー、こんなに美味しいご飯はどの人生含めても初めてだったんだもん。がっついてしまった自覚はあるよ? マナーを学んだら直すので今日の所は許してください。
「ルージュ! これからは毎日、いや毎食! お腹いっぱい食べていいんだからな! 足りなかったら俺のを分けてやるし!」
「落ち着けリビオ。そんなに食べさせてもお腹を壊すかもしれないだろ。でもルージュ、遠慮はいらないからね。僕はいつでもおやつをあげられるように、お菓子を持ち歩くことにするよ」
双子くんたちからは予想の斜め上からの言葉をかけられた。……餌付けかな?
「ママとは毎日お茶の時間を過ごしましょ。たくさんおやつを用意しますからね、ルージュ」
「マ、マ……?」
「そうよ。貴女はもう私とベルナールの娘だもの」
当たり前のようにそう言ってくれるのがくすぐったい。無償の愛を注がれるのって、心がムズムズするんだよ。
ハウスのシスターたちもそうだったな。子どもたちみんなを本当の子どもみたいに叱って、抱き締めて、おやすみのキスをして。
母親ような存在だったけど、お母さんやママだなんて呼び方はしたことがなかったなぁ。たぶんだけど、どこのヴィヴァンハウスでも同じ方針だと思う。
望みは薄くとも、もしかしたらいつか他の誰かを「母」と呼ぶかもしれないから、かな。
つまり奥様は、確かに今の私の母になるわけで。
うーん、ママか。お母様、よりは呼びやすいかもしれない。
それにベル先生をパパと呼ぶより、リビオをお兄ちゃんと呼ぶよりずっと簡単な気がした。
「あ、ありがとう。えっと……ママ?」
「まぁ……!」
奥様改めママは感激したように目をウルウルさせている。そんなに嬉しいことなのかな? 見ず知らずの子どもからママって呼ばれて。
いや、まぁ、人の気持ちなんてわからないよね。喜んでくれるならそれでいい。
私も、この人なら喜ばせたいって思うし。
「る、ルージュ! どうして僕のことはパパって呼んでくれないんだい!?」
あ、面倒臭い人が面倒臭い主張をしている。えー、いやー、だって、ねぇ?
「僕は? お兄ちゃんでいいんだよ?」
「オリドは……お兄ちゃんかも?」
「なんで! 俺は!? 俺はぁ!?」
続けてふんわり微笑むオリドに言われて答えると、今度はリビオが面倒臭い人になった。
うん、間違いない。リビオの性格は父親似で、オリドは母親似だね。
悪いけど、私はがっつかれると距離を取りたくなるタイプなのだ。ママやお兄ちゃんくらい落ち着いている人には頼りたくなる。
だからといって、ベル先生やリビオを信頼してないってわけじゃない。
「呼び方は、イメージだから。みんな同じ家族……なんでしょ?」
そこに優劣はない。だけど、初日から「家族」って言葉を使うのはもじもじしちゃう。調子に乗りすぎたかな?
言ってて恥ずかしくなってきたので俯いていると、急にリビオが思い切りハグしてきた。ぐぇっ。
「そうだよな! 俺らはもう家族だ! ずーっと家族だからな!」
加えて耳元で叫ばれてちょっと、いやだいぶうるさい。
でも。まぁ、悪くは、ないけど……。
リビオの腕の中でされるがままになっていたら、今度はオリドまでハグしてきた。うぐ、さらに苦しくなった! でもリビオより優しめ!
「僕、ルージュのこと守ってあげるよ」
「俺だって守る!」
「じゃあ、ママはルージュも、オリドとリビオのことも守るわね」
さらにママがハグに参戦してきた。三人を包み込むようにふんわりと腕を回してくれた瞬間、お花のようなとてもいい香りがした。
「なら、パパはママも入れた全員を守るよ」
さらにさらに、ママも含めて包み込むようにベル先生がギュッと抱き締めてきた。意外と大きいんだな、ベル先生。
私を中心にしてギュウギュウと抱き締め合う図。
なんだこれ? 食堂でやることではなくない?
「……ふふっ、あははっ」
しかも誰もなーんにも言わないの。使用人の皆さんもにこにこ微笑んでいるだけだし、呆れたような顔をしている人は誰もいない。
もう笑うしかないじゃん。笑っちゃうよ、こんなの。
「ああ、ようやく笑ってくれたね。改めて、ようこそわが家へ。ルージュ・エルファレス」
ベル先生の低くて柔らかな声が響くと同時に、全員が抱き締める腕の力をほんの少しずつ強めた。
ちょっと苦しかったけど、私もみんなの腕に触れてギュッと抱き締めた。
いつか私はまた五歳に戻される。この記憶だってみんなの中から消えてしまう。
それはわかっていたけれど、この優しさと温もりに抗える気がしなくて、つい浸ってしまった。
彼らと家族になれて、幸せだと思った。