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スローライフ戦記  作者: 縁 ゐと
第一章・出会いはレンゲが立つレベルで
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マジカル異世界転移~女神さまは案外ひどい~

 気を失っていたらしく、気がつけば夜空を見上げていた。街の埃っぽいようなカビ臭いようなアスファルトの匂いとは違う、ちょっと土っぽい匂い。ついでに、背中が地味に痛い。凝りまくった背中や肩をミシパキいわせながら起き上がってみると、眼前には神社の境内のような光景が広がっている。地面は玉砂利。痛いわけだ。…いやマジでここどこだよ。

「あ、起きた」

「うおっ!?」

女子にあるまじき声が出てしまったじゃないか。といきなり背後に立っていやがったその人を見上げてみれば、やけに神々しい眩しいまでのものすごい麗人が見下ろしていた。

「ごめんなさいね、急ぐあまり速度を上げすぎてあなたを撥ねてしまったのよ」

「道路交通法ー!おまわりさーん!」

「ど?」

「サツに止められなかったんですかアンタ!!てかここどこですか!?」

「さつ?ごめんなさいね、最近の人の子の言葉は難しくてねぇ」

「アンタはバァさんですか!」

「ここは出雲よ~」

「会話のキャッチボールをしてくださいよ!!」

「ついでに言うと、私は弥都波能売神(ミヅハノメノカミ)よ。水に関する神をやらせてもらってるわ~」

「ご丁寧にどうも!」

会話のペースはグダグダだわ、神を自称するわ変な人だ。なんだか頭と胃のあたりが痛くなってきた気がする。頭痛と胃痛の原因なんて終業時間ギリギリに机にさりげなく置かれる、翌日提出の他人の仕事だけで結構だ。…ん?いずも…?出雲???

「なんで私そんなとこに居るんですか!?」

おかしい。明らかにおかしい。私が退勤してトコトコしていた帰り道は東京にあるはずなのだ。とあるホストを信仰している、まだマシな方の同僚が懇意にしていて退勤後に誘ってくれたことのある店は歌舞伎町にあったのだから。腕時計は退勤してからまだ二時間程度しか経っていないことを示している。東京から出雲へ、二時間で行くのはほぼ不可能だろう。

「牛車でこう、ばびゅーんとね?」

「牛車…牛車ァ!?」

「そう、牛車よ。知ってるのねぇ」

「や、それは知ってますけど…え、ほんとにそれ、牛…なんですよね……?」

「牛よ~。やけに鳴き声が猛々しいけど」

ほらアレ。と白魚のような細い指が示す方向を見てみれば、そこにいるのはスペインで祭りの名前に反して人間を追いかけまわしていそうな筋肉ムッキムキの牛だった。黒くつややかな毛並みで、息を吐くたびに鼻や口から上がる湯気。ブモォォン、という鳴き声が族のエンジン音に似ている気がする。

「う、し…?」

「多分牛~」

「持ち主のアンタも分かってねぇのかよ!」

突っ込みどころが多すぎて息切れしてきた。そもそも十連勤明けなのだ。体力や精神力は尽きかけだ。

「おかしいわねぇ。魂だけのはずだから疲れなんて感じないはずなのだけど…あ、魂撥ねちゃったからかしら」

「…?」

弥都波能売神の方を振り返れば、気まずそうに視線がこちらを向かない。魂だけ。つまり、肉体から精神が離れてしまっている。そんなことがあるものなのだろうか。

「…私が死んでいるとでも言いたいんですか」

「ええ、残念ながら」

「…」

「帰せたら良かったのだけれど、魂が肉体から離れてから時間が経ちすぎてしまったの。早く気付いてあげられたら帰してあげられた。…謝って済むことじゃないけれど、ごめんなさい」

逸らされていた目が真摯にこちらを見ていた。

「…あなたが本当に神である証拠は?そして、私が魂だけって…」

「見せた方が分かりやすいかしら~」

弥都波能売神は手水舎の水を指先一本で浮き上がらせて、小さな川を作った。確認してみればそこには確かに川が存在したのだ。

「あなたが魂だけなのは、分かりやすく見せられないわ。でも、私が神だということは分かったでしょう?」

「まぁ…種も仕掛けも無さそうですから」

脳が情報を拒否している。認めてしまえば、死んだことも本当である可能性が一気に上昇してしまうのだ。

「あなたを元の場所に帰してしまうとひずみが生じて、世界全体が均衡を崩して打ち捨てられてしまうから別の世界に移すほかないのよ。移ってくれる…?」

「…現実は小説より奇なり、と言いますがまさかここまでとは」

頭痛と腹痛が一周回って精神が凪いできた。今ならすべてを許容できそうな気さえする。

「仕方ないでしょう。移ります」

「よかったわ。えーっと、移ってもらう世界には魔法なる術があるらしいの。(はなむけ)としてなにか加護を与えたいのだけど、私が贈れるのは水に係るものしかないのよねぇ…」

水と聞いて、脳裏に星が瞬く。そうだ、最近は常々田舎に引っ越ししてのんびり農業でもして暮らしたいと思っていたのだった。牧歌的な田舎で、野草や木々のにおいと鳥や虫の鳴き声、葉群れのざわめきに囲まれている生活。都会のような刺激的さはなくても、穏やかさに満ちた暮らし。そうだ、そんな生活にもとより憧れていたのだ。老後の余生っぽいとか言っちゃいけない。都会の喧騒には自然の音色こそが必要なのだ。

「水…最高じゃないですか…!田舎で農業やりたかったんです!おあつらえ向きじゃないですか!」

私は十連勤明けに加え徹夜明けでもあった。多少の無礼は許されたい。弥都波能売神は思い切り両手を取って振り回してしまったのに笑っていた。

「あらあら、嬉しいわねぇ」

えいっ、という軽い掛け声とともに女神の向こう側の鳥居が光っている。手を引かれて鳥居の前に立たされた。

「でっか…これを歩いてくぐればいいんですか?」

「いいえ?私が突き飛ばすわ。こうした方がいいって同僚が言ってたのよ~」

「えっ」

「いくわよ~」

するりと掌の中から白く華奢な手が逃げた。背中にそれが添えられる。

「こういう時なんて言うんだったかしら~?」

「ちょっ、待っ」

「思い出した!豚は出荷よ~!」

想像以上に強い力で押されて、足が宙に浮く。

「それはあまりに酷すぎません!?」

反発の声は、鳥居に吸い込まれてしまった。

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