プロローグ
私、水上桐花は雪だるま式に膨れ上がった仕事を何とか片して深夜にやっと帰路に就いたところだった。子供のころは素敵な大人になるもんだとばかり思っていたのに、気づけばブラック企業に入社して、パワハラセクハラスモハラモラハラetc…とこの世のすべてのハラスメントが服を着て歩いているような人間性を母胎に置いてきたようなクソ上司と、若い女をいびるのが趣味なお局、さらっと他人の背中に責任と面倒ごとを載せてくる同僚のカス、箸にも棒にもかからねぇかわいいだけの後輩なんかに囲まれて社畜になっていた。どうしてこんな目に。まぁ企業を見る目がなかったわけでございますが。知らねぇよ完全週休二日制と週休二日制の違いなんて。義務教育で教えとけやボケ。
盛りを過ぎて茶色く禿げた桜のような、灯りが減ってもの寂しい繁華街を横目に歩いていく。九月の、夏の気配が色濃く残る日差しに焼かれたアスファルトがまだまだ蒸し暑い熱気をじわじわ湧かせている。温暖化は日に日に進行中のようだ。いつか日本も沈没するんじゃなかろうか。そういえばツバルはどうなったのだろう。最近めっきり聞かないけれど。そんな益体もないことを考えながら家路を急ぐ。あービール飲みて―、コンビニあいてるかなぁ。
「あっっっっつ…」
太陽燦々の殺す気の暑さと残り香のような残暑は、種類こそ異なるが不快である。脳溶けそ。じんわり皮膚を湿らす汗も不快で思わず眉間に皺が寄る。太陽の殺意が年々増しているんじゃなかろうか。車も少ない深夜帯だというのに律儀に光っている青信号の横断歩道をだらだら渡っていると場違いな牛の鳴き声と獣臭がした気がして、何かを考える間もなく横殴りに吹っ飛ばされた。