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叶わないならいっそ泡になって消えたりは……、しないよな?

 都内某所にあるマンションのリビングにて。


 会社員の佐藤ヒロシは、相変わらず深いため息を吐いていた。


「もうさ、俺のことは放っておいてくれよ……」


 悲壮感さえ漂う表情の先では、友人の山本アツシが穏やかに微笑んでいた。


「そんな、悲しいこと言わないでよ。僕たち、親友だろ?」


「親友は毎週毎週、ファンタジー生物を恋人候補として連れてこないと思うんだ……」


「うん。だから、ほら、今回は人間っぽさが八割増しくらいだよ」


「そうかもしれないけどさ……」


 ヒロシはアツシの隣にゆっくりと顔を向けた。


 流れるような黒髪。


 物憂げな表情の顔。


 とってつけたような魚の身体。



 そこにいたのは、まぎれもなく――


 


「……どう見ても、彼女、人魚だよね。しかも、和風タイプの」


「あ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛ぁぁぁぁ……」


「うわっ!? 鳴き声、怖っ!」




 ――水槽に入った、人面魚っぽいタイプの人魚だった。



「こっちのタイプの人魚は、声帯とか舌とかが発達してないから、こんな感じの声になるみたいだね」


「あのさ……、なんかもう、純粋に恐ろしいよ……」


「えぇ!? でも、人魚ってけっこうな瑞兆だよ!?」


「人魚のほうじゃなくて! いや、まあ、けっこう怖いけど……、ファンタジー生物をしれっとつれてくるお前のほうが恐ろしいんだよ!」


「まあまあ、そう言わずに。今回だって、ヒロシのことを思ってつれてきたんだから」


「俺のためを思って?」


「うん。さっきも、言った通り、人魚ってかなりの瑞兆だから、一緒にくらしてるといいことが多いんだよ」


「……たとえば?」


「あ゛ぁあ゛あ゛ぁ」


「うん、うん。『降水確率三十パーセントくらいのときにでかけても、なんだかんだで天気がもってくれることが多くなります』だって!」


「それは、地味にありがたいけど!」


「なら、いいじゃん。水はこのあいだ契約したウォーターサーバーのでいいし、食べ物だって市販の金魚用フードで大丈夫だから自立してるほうだよ」


「そんなこと言ったら、ぐり子のほうが自立してるだろ! この前、達筆な手紙と一緒に鹿肉とか送ってくれたし!」


「あ゛あ゛ぁぁ……」


「うん、そうだよね……。こら、ヒロシ! 女の子の前で、他の女の子の話をするのは、めっ、だよ!」


「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ヒロシが渾身の叫び声を上げると、人魚は悲しげな表情を浮かべた。


「あ゛ぁ……あ゛ぁぁ……」


「っ!? ダメだよ、ジュエルプリンセス喜美子さん! そんな、自暴自棄なこと言ったら!」


「ずいぶん、キラキラした名前だな!? ……ていうか、なんて言ったんだ?」


「えーとね、『この恋が叶わないのなら、私を薬にしてください』って……」


「え……、薬?」


「うん。ほら、人魚の肉を食べて不老不死になった、なんて伝説もあるでしょ?」


「ああ、なんかのマンガで読んだかも……」


「そう。それでね、実際のところ人魚って、不死まではいかないけど、滋養強壮の薬くらいにはなるんだよ」


「え……、まさか、命をかけてまで俺のことを……」


 戸惑うヒロシに向かって、ジュエルプリンセス喜美子はニコリと微笑んだ。



 そして――




「あ゛あ゛ぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁ!」


「剥がれちゃったウロコで作った薬で、不眠不休で働いてもまったく疲れない疲れない身体になってください! だって」




 ――わりと命に別状がないうえに、ありがた迷惑な言葉を言い放った。



「……薬とかいらないから、帰れ」


「えぇ!? せっかくならもらっておこうよ! うちの会社でも、三日くらいは余裕で徹夜できるからって、社員たちがありがたがって使ってるよ!? ね、ジュエルプリンセス喜美子さん!」


「あ゛あ゛ぁあ゛ぁ!」


「こんの……、労働者の敵どもめぇぇぇぇ!!」


 かくして、リビングの中には、今日も悲痛な叫び声が響いたのだった。

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