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短編

声真似配信者の俺、大人気VTuberの影武者になる

作者: 剃り残し

 ベッドからもぞもぞと起き上がる。すでに時間は平日の夕方。どうせ誰にも会わないので寝ぐせで重力に逆らっている髪の毛はそのままで歯磨きだけを済ませる。


 寝起きなので「あーあー」と声出しをして喉の調子をチェック。うん、悪くない。


 すぐさまパソコンを立ち上げ『ニヤニヤ動画』で生配信を開始。タイトルは『声真似やります』。


 即座に常連リスナーがやってくる。同接はいつも30人くらい。新規はたまに増えるけれど、その分既存の人が離れていくので30人を超えることは滅多にない。まぁただの趣味だから別にいいのだけど。元フリーター、現ニート。それが若干20歳の俺の日本社会における肩書きなのだから。


『予定から2時間遅刻は草』


『エマネコさん寝坊?』


「いやぁ……寝てたわぁ……」


『草』


「やっぱニート最高だよ。この時間まで寝てられるしさぁ」


『せまゆきの声で言ってみてよ』


「これ日本ではあんまり知られてないんですけどぉ〜ニートって最高なんですよ。何がいいかってやっぱり毎日好きな時間に起きられるんですね。それって正社員でもフリーターでも出来ないことじゃないですかぁ」


『似てるwww』


『せまゆきメーカー使った?』


「使ってないわ。声真似って書いてるやん」


『あすにゃんやってよ』


「えー……寝起きで出るかな……」


 地声はガッツリ男だがあすにゃんは女の子声なので結構コンディションに左右されがちだ。失敗するととんでもないおじさんが降臨する。


「はっ、早く有料会員なってくださいよぉ!」


『クオリティ高すぎて草』


 意外と出たようだ。


『カラメールとの絡み懐かしいわぁ』


「そんな奴もいたなぁ……」


 カラメールはかつて俺と同じようにニヤニヤ動画で生配信をしていた所謂生主。配信の分野も同じで雑談やゲーム、声真似なんかをメインにやっていた女性配信者だ。一緒にアニメキャラの声真似で言わなさそうなセリフを掛け合いで漫才チックにやっていたりした。同接は50人くらいだったけど。もうそれも5年前の話。相手の顔も年齢も知らないが、中学生だった俺は何の抵抗もなくカラメールと絡めた。


 昔は良くコラボや裏で一緒にオンラインゲームをしていたのだが、同時に受けたVTuberのオーディションでカラメールは合格、俺は不合格となり、道がくっきりと分かれてしまった。


 カラメールは春日かすがスカという名前で大手事務所からVTuberデビューした。それが一年前の話だ。


 春日スカの人気はかなりのもので、既にチャンネル登録者が100万人に届きそうというところまでいっているし、同接は俺の1000倍、3万人は軽く集めている。


 事務所の方針なのか、デビューが確定した日以降、相互フォローになっているカラメールのSNSアカウントは動いていないし、カラメール名義では配信もしていない。かなり忙しいらしく、連絡もほとんど取らなくなってしまった。


 そんなカラメールだが、俺のニヤニヤ動画のチャンネルはずっと有料会員を継続してくれている。単に放置しているだけなのかもしれないけれど、それだけが唯一の繋がりだ。


 ふと配信の裏でSNSを開く。すると、ちょうど昨日、カラメールから久しぶりにメッセージが来ていた。


『おひさ! ちょっと通話できる? 暇な時で。ま、ニートだからいつでも暇そうだけどw』


 元々こういう言葉をぶつけあう関係だったので単芝でも一切イラっとしない。


『いつでもいいぞ』


『じゃあ今から?』


 今からって……配信中なんだけど。とはいえ、忙しいだろうから向こうの予定に合わせる他ない。


「急用できたから配信また夜にやるわ。ほんじゃ!」


 そんな訳で生配信を終了。カラメールに『いいぞ』と送ると、すぐにカラメールから通話がかかってきた。


「おっす! 久しぶりだねぇ。一年ぶりくらい?」


 前と変わっていないキンキン声。すごく懐かしくなる。


「そうだな。忙しいの?」


「うーん……ボチボチかな」


「そりゃ良かったよ」


「あー……でね、ちょっと相談なんだけど……菩薩ぼさつノヴァって知ってる?」


「いや……知らんけど」


「まじか!? 春日スカは!?」


「そりゃお前だろ。知ってるに決まってるよ」


「あはは……ちょっとこれ見てみてよ」


 送られてきたのは配信サイトのURL。開くと菩薩ノヴァのゲーム配信のアーカイブ動画が流れ始めた。


『ギャハハハ! ほれほれぇ! ザコザコぉ! ザーコ!』


 聞こえてきたのは男の声。なんだか品の無い喋り方だ。声はいいのに勿体ない気がしてしまう。


「はぁ……で、何?」


「こいつの真似、出来る?」


「声真似?」


「そ。やってみてよ」


「えぇ……こんな頭悪そうな話し方出来るかよ……」


「いいからやってみてって」


 言われるがまま喉をチューニング。何となく鼻にかけて喋れば似そうな感じはしていた。


「ギャ……ギャハッ……ギャハハハ! ほれほれぇ! ザコザコぉ! ザーコ!」


「おぉ! めっちゃ似てんじゃん! マジで音とか流してないよね!?」


「そりゃそうだよ。声真似でズルしないのは前からだろ」


 何より自信がある分野。ここでズルはしないのは二人でコラボしていた時からの暗黙の了解だ。


「そりゃそうだよねぇ……うん。エマネコって今何してんの?」


 同窓会でキラキラ人生を歩んでいる陽キャに聞かれた気分で、どうにも見栄を張りたくなってしまう。


「ば……バイト」


「うそつけー。知ってんだからなー」


「じゃあ聞くなよ」


「なんて言うのか気になってさ」


 画面の向こうではしてやったりと笑っているのだろう。カラメールの顔は知らないし、オフ会はしたことがないので会った事もない。


 実は美少女でした! なんてこともあるだろうし逆にとんでもない不細工かもしれない。それは実際にカラメールに会うまで分からないし今後も会う事はないのだろうから、未来永劫分からないまま。シュレーディンガーのなんたらだ。カラメールは永遠に美少女であり、醜女でもある。観測するまではどちらなのか分からない。


 いやでも仮に美少女だとするとこれはご褒美なんじゃないだろうか。美少女に「俺はニートです」と告白して笑われる。今この瞬間、俺の心にMが目覚めた。


「ニートだよ! ニート! 笑えよ!」


「わっ……笑えはしないかな……ほら、友達だし」


 俺の性癖を見透かしたのか、引き気味にそう突き放される。


「で、何?」


「あのさぁ……ノヴァの影武者、やってみない?」


「影武者ぁ!?」


 ◆


 詳細は事務所で、と言われたので翌日に事務所を訪問する事になった。


 そして待ち合わせ時間、事務所の最寄り駅の入り口でカラメールと待ち合わせなのだが、どこを探してもそれっぽい人がいない。


 特徴は『赤色のニットにチェックのロングスカート。髪の毛はポニテ。スタイルは普通』。


 目の前で柱にもたれかかっている人は『赤色のニットにチェックのロングスカート。髪の毛はポニテ』は条件を満たしている。


 ただ、スタイルが該当しないのだ。『赤色のニットにチェックのロングスカート。髪の毛はポニテ。チビで貧乳』と書かれていればおそらくこの人だろうと予測がつく。目の前にいる人は140センチ台だろうか。


 だが滅茶苦茶に可愛い。『赤色のニットにチェックのロングスカート。髪の毛はポニテ。チビで貧乳の美少女』だったら確実にこの人がカラメールだろう。


 このご時世、万が一があるので人違いはしたくない。


 慎重になり、脳内で議論に議論を重ねて検討を重ね続けた結果、SNSからメッセージを送る事にした。


『駅に来たんだけどさ……赤色のニットにチェックのロングスカート。髪の毛はポニテ。チビで貧乳。ならいるんだけど、その人?』


 美少女は照れ臭いので省略。何せ中学生の頃からの知り合いなので今更そんな事を言い合える関係ではない。


 目の前にいた美少女はキョロキョロと辺りを見回し、やがて俺と目が合う。


 すると、ズカズカと大股で俺の方へ歩いてきた。


「オイ殺すぞ」


 ドスのきいた声ではあるが、確かにカラメールの地声だ。


「えっ……な、何ですか!?」


 適当に地声から離れた声でそう言うとカラメールは顔を赤らめる。


「あっ……いや……す、すみません! 知り合いに似てて……」


 何度も頭を下げる姿が滑稽でつい吹き出してしまった。


 頭を上げると同時に俺をジト目で見てくる。


「はぁ……一応これがオフで初めて会うんだよね?」


「そうだよなぁ……」


 歳は高校生くらいに見える。今更ながら本当にカラメールが人間として存在していたと実感してきた。


谷中莉子やなか りこ。よろしく。莉子でいいよ。なんか変な感じだわぁ……昔からの知り合いなのに初めて会った感覚でさ」


 そう言ってカラメールは笑いながら手を差し出してきた。


「あー……ジェームズボンド」


「いや、そういうのいいから。まだキミ若いよね? オッサンみたいなジョーク言うんだね」


蒲生彩人がもう あやと。今年で二十歳」


「お! じゃあ私が一個上なのかぁ」


「まじかよ……こうこうせ――」


「オイ殺すぞ」


「こ……殺すって言葉と事務所って言葉の親和性は結構高いよな……あははは……」


 大丈夫だよね? 事務所に行ったら組長とか出てこないよね?


 一抹の不安を抱えながら莉子の案内で事務所へ向かうのだった。


 ◆


 事務所に入ると、早速会議室に通される。既に中には二人の人が座って俺達を待っていた。


 ツンツン髪の青年が机に脚を上げて座り、その隣には初老の男性が座っていた。


「社長、ノヴァ。連れて来たよ。話してたエマネコって人」


「おぉ……彼がそうなのかい。いやぁ……助かるよぉ」


 社長と呼ばれて反応したのは初老の男性。そうなるとツンツン髪の方が菩薩ノヴァだろう。


「ん゛っ……ま……よろじぐ」


 ツンツン髪の男の声はガスガスだ。


 莉子の案内で椅子に座ると、社長と呼ばれた男性が早速話しかけてくる。


「早速本題に入らせてもらうよ。時間もないからね。彼が菩薩ノヴァをやっているんだが喉の調子が悪くて一か月の間休むことになったんだ」


 社長はツンツン髪の男を指しながら言うので、このツンツン髪の男が菩薩ノヴァで確定した。


「はぁ……」


「菩薩ノヴァのチャンネル登録者は200万人。うちの稼ぎ頭でね。一か月も穴を開けるのは会社としては避けたいんだ」


「そこで影武者の役目って事ですか?」


 社長は顔をパッと明るくする。


「そうなんだ! 話が早くて助かるよぉ」


 要は俺が菩薩ノヴァのフリをして配信をするという事。事前に莉子が声真似をさせたのもこのためだったのだろう。


「いやでも……さすがにバレますよね? いくら似てても本人じゃないんですから……過去の話とか引っ張ってこられないですし、ゲームの腕前もトーク技術とかも必要ですよね?」


 菩薩ノヴァの声で話すと、全員が目を丸くする。


「ほっ……本当にそっくりじゃないか……」


「ん゛……ぞっぐりだな……」


「あぁ。君はもう喉を使っちゃダメなんだから。何かあったら音声ソフトに喋らせてって言ってるでしょ」


 ツンツン頭の男は手元にあるパソコンにカタカタと打ち込む。


「シャチョウ、コンナヤツニホントウニマカセルノカ? テイヘンダゾ。SNSノフォロワーニヒャクニンシカオラン」


 ゆっくりノヴァだぜ、よろしくな、みたいな音声。何なら一か月間これでいってみてもいいんじゃないかとすら思えてくる。


 ノヴァはエマネコのアカウントを見ているようだ。まぁ反論はできない。歴だけ長い底辺配信者だ。言い返せはしないが、イラっとはする。


「私も前世は底辺だったよ。皆が皆、いきなり跳ねるわけじゃないから。アンタとは違うの」


 莉子が助け舟を出してくれる。


「コンナヤツニツトマルノカ?」


「悪いけれど稼ぎ頭の菩薩ノヴァを休ませられないんだ。すまないねぇ」


 社長はノヴァの方を向いて話す。社長とは言いながらも、かなりノヴァに気を使っている様子だ。自分より一回りも二回りも若い人に目の前で机に足を上げるような態度を取られているのに一向に注意もしない。


 社長からしてもノヴァにそっぽを向かれると困るので強く出られないのだろう。パワーバランスとして、これがあるべきではない気もするが。


 社長は今度は俺の方を向く。


「こういう時はバーチャルの強みが出るよねぇ。普通の芸能人ならそっくりさんを使っても一発でバレるんだからさ。まぁとにかくだね。エマネコ君が代理でやっている間は『菩薩ノヴァ記憶喪失月間』という企画にするんだ。だから過去の配信の事を知らなくてもいい。ゲーム配信もこれまでのFPS系じゃなくてシミュレーションとか、MMORPGとか、そういうこれまでやっていない物に手を出してみたらいいかなって考えてる」


 社長は意外と大真面目にこの一か月を乗り切ろうとしているらしい。


「はぁ……」


 そんなの受け入れられるわけねぇだろ! と、さすがに馬鹿げていると思い始めてきたところで、社長は指を一本立てる。


「百万円。一か月の報酬だよ」


「ひゃ……百万!?」


 無収入のニートにはとんでもない額だ。来年の税金、大丈夫かな? なんて余計な心配すらしてしまう。


 この金があればまだニートを継続できる。働いたら負けかなと思っているので、仕方無く働くなら高単価な仕事優先だ。


「分かってもらえたかな? 菩薩ノヴァっていうガワはそれだけの金を産むんだ。変な事をすれば即刻切るから、そこはよろしくね」


 社長は組長と呼ばれても差し支えない程に怖い目をして俺を見てくる。


「えっ……は……は……はい! や、やります……」


 百万円の圧倒的な魅力には抗えず、俺はこの無茶苦茶な計画を承諾してしまったのだった。


 ◆


 配信一日目。事務所の自社スタジオにやってくると既にスタッフがセッティングを終えていた。事務所のエースだけあってサポート体制は手厚い。


 この看板を背負うのでプレッシャーは感じる。社長直々に隣部屋で配信をみるそうだが、恐らく適性検査も兼ねているのだろう。ここでヘマをすれば恐らく速攻でクビ。全部をネタばらしして本物の菩薩ノヴァの休養を発表するはずだ。


 だから、なんとしても俺は今日の配信をやり遂げないといけない。百万円のために。


「配信始まりまーす。5秒前……4……3……」


 スタッフが指を折ってタイミングを教えてくれる。


「ど……ドーモ……菩薩ノヴァだボサ」


 もちろん本物はこんな話し方ではない。記憶喪失設定を最初に刷り込みたいのでこういうアドリブにしてみた。


 きちんと言葉は届いているだろうか。声に違和感を覚えられていないだろうか。不安な気持ちでコメント欄を見る。


『!?』


『喋り方草なんだ』


『こんボサ〜』


 誰も声には突っ込まない。いける。そう確信すると自信が湧いてきた。


「いやあ……実は記憶喪失になっちゃってさぁ……多分一ヶ月……くらいは記憶が無くなってそうなんだ。来月! 来月には記憶が戻るんだわ」


『既に語尾の個性失いかけてるボサよ』


『こりゃ明日には設定忘れてるやつだ』


 リスナーも好意的。今俺の声は何万もの人に届いている。


 それがたまらなく嬉しくて、配信にどんどんと身が入っていくのがわかった。


 ◆


 社長の試験も無事に通過。一週間もやっているとだいぶ慣れてきた。


 元々の声質が似ていたこともあるだろうけれど、喉に負担がかからない形で話せるので長時間のMMO配信もなんのその。


 今日は遂に俺が中の人になってから初めてのコラボ配信。相手は春日スカだ。内容はMMORPGのストーリー実況。前世ではよくやっていたので昔のカンを取り戻せば盛り上げられるだろう。


「おぉーい! ノヴァ! 記憶なくなったって本当!?」


 開口一番、スカが茶番を仕掛けてくる。


「あー……本当本当。もう参っちゃうよなぁ。親の顔も覚えてねぇんだもん」


『語尾忘れてますよ』


「いやもう語尾とかいらんて。そうだよな? クサ……スカ」


 最悪なタイミングで最悪な甘噛の仕方をしてしまった。


「クサ!? 女の子に臭いは絶対に言っちゃだめだよ」


「ほぉん……臭そうならいいのか?」


「臭そうも駄目でしょ!」


「臭いと臭そうならどっちが嫌だ? 片方だけ封印するよ」


「うーん……臭いは事実でしょ? 臭そうは印象でしょ? なんか臭そうの方が嫌じゃない?」


「じゃ、臭いはガンガンいうからな。臭いぞ、スカ」


「オイ殺すぞ」


『スカと臭いの単語は合わせたらイカンのよ』


『開幕からなんか臭うな……ウン臭事変!?』


『トロ?』


 スカのお陰で俺の甘噛もごまかせた。やっぱり昔からの馴染みなので話しやすい。何かが間違っていれば、こんな風に二人でガワを被って配信をしている世界線もあったのかもしれない、なんて感傷に浸ってしまう。


 そんなこんなでプロレスの掛け合いをしながらのMMORPG配信はこれまでの視聴者層に加え、新たなファン層を獲得し、なぜかこれまでの最高同接数を塗り替えてしまったのだった。春日スカ様々だ。


 ◆


 俺の契約期間もあと2日。


 今日も大盛況だったMMORPGのレアドロップ耐久配信を終えて家に帰ろうとすると、スタジオの入り口に社長が立っていた。


「お疲れ様です!」


「お疲れ様。ちょっと話があるんだけどいいかな?」


「え……は……はい」


 社長に連れられて空いている防音室に入る。


「なんですか?」


「実はだねぇ……菩薩ノヴァなんだけど、解雇することになったんだ」


「え……どういうことですか?」


「厳密には中の人が解雇。前に事務所で見たことあるだろう? 彼の素行が悪くてね。とてもじゃないがもう面倒を見きれないんだ。事務所の女の子に手を出すわ、マネージャーにパワハラをするわ、寝坊、遅刻、秘密情報の漏えい……とにかくやらかしが多くてね」


「はぁ……」


「どうかな? もし時間があるなら菩薩ノヴァをやってみないかい? この一ヶ月見ていたが、素行に問題は無いし、配信も真面目にやっている。悪い話じゃないと思うけれど……」


 確かに悪い話じゃない。俺のポリシーは働いたら負け。それでも菩薩ノヴァであればかなりの収入が見込めるし、数年やって荒稼ぎをするのも悪くないと思った。


「それは……嬉しいですけど元からいたファンって離れませんかね?」


「ある程度はそれも見込んでいるよ。ま、どういう形で中の人の入れ替わりを報告するかが大事になりそうだね。それは君が話を受けてくれるならこっちで考えるよ。で、どうする? やってみる?」


 この社長はあくまでビジネスしか見ていないんだろう。逆に言えばビジネスとして儲かるならきちんと手当はしてくれるはず。この一か月で手ごたえもつかめた。俺ならやれるはずだ。


「わ、分かりました。やります!」


 社長はニッコリと笑う。とはいえ、俺も何かをやらかせば簡単に切られる事に変わりはない。


 仕事が見つかった喜びと、これからの生活がどうなるのかという不安の2つが交差するのだった。


 ◆


 社長が先に防音室から出ていくと入れ替わりで莉子が入ってきた。寒いだろうにミニスカートにニーハイという出で立ちだ。


「よ」


「お……おう。その歳でニーハイはきつくないか?」


「オイ殺すぞ」


「これは事実だからいいだろ!」


「それでももっとやんわり言うもんだって……私だって一応女の子だし……っていう話をしに来たんじゃなくてさ。おめでと。試験合格」


「試験?」


「うん。ま、騙す形になっちゃったけどさ、本当は最初から二代目を探してたの。あいつ、本当に態度が悪くて。でも事務所のエースだから辞めさせるに辞めさせられない。そこで打った手がこれってわけ」


「まぁ……やれなくは無いんだろうけど、大変そうだよなぁ……安請け合いしない方が良かったかもな……」


 莉子は「ふふーん」と言って笑う。


「大変だよ。朝は早いし夜は遅い。もうとにかく大変なんだ。隣に優しい人が住んでたら違うんだろうなぁ……」


「お、じゃあ莉子のマンション教えてくれよ。ついでに部屋番号も」


「え!? いいの!? 隣に引っ越してくれるの!?」


「あぁ! そこだけは絶対に避ける! 隣に莉子を引かないようにな!」


「オイ殺すぞ」


「ジョ……ジョウダンナンダゼ」


「全く……でも本当、事務所が借り上げてる防音完璧なマンションの隣部屋がずっと空いててさぁ。そこに誰か入らないかなって」


 そう言いながら莉子はチラチラと俺を見てくる。確かに俺が今住んでいるアパートは配信向きじゃない。大きめの道に面していて車は通るわ壁は薄いわで、菩薩ノヴァとしての仕事を始めたら遅かれ早かれ引っ越しは余儀なくされるだろう。


「はぁ……いや、まぁ……そうだな」


「また前みたいにさぁ、しようよぉ! コラボ! オフコラボも! ま、コラボがなくても遊びに行くけどさ。マジで前にやってたネトゲサービス終了すんだって。一回やっとこうよ」


 莉子はニィと笑う。


 正直莉子とはこっちから距離を置いていた節もあった。キラキラした人気者の世界に一人だけ旅立って、俺が置いていかれた気持ちになっていたから。


 だけど、そっちの世界でも俺を忘れずにいてくれて、こうして引っ張り上げてくれた。


 それが嬉しくてつい莉子を抱きしめてしまう。


「莉子! ありがとうな!」


「わっ! ちょ! コロ……スケ……」


「あ……すまん!」


 勢いだったので慌てて莉子から離れる。莉子は顔を真っ赤にして笑っていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公とヒロインとの変わらぬ絆 [気になる点] もう少し配信中の描写がほしかったです [一言] Vの代替わりが現実にもあれば、某ライブの3期生、5期生は今でもフルメンバーでいられたかもしれ…
[一言] っぱ、コロスケなんだよなぁ!
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