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「レヴィ、おいで」
「ほら、可愛いでしょう。今日のドレス、私が選んだんですよ」
煌びやかなシャンデリアの下、真っ赤なビロードのドレスを纏い、私は夜会の中心で笑う。
左右には、この国で王家に次ぐ血筋を持つ、バークリー公爵家の本家嫡男が二人。
周囲には伯爵家以上の上位貴族やその子息子女が集まり、私のドレスや、髪型や、アクセサリーを口々に褒めてくれる。
ヴァンパイアの姫。
初めに呼んだのは誰だったか、今や周辺諸国にまで轟く私の二つ名だ。
ルビーのように真っ赤な瞳、夏の雲のように豊かな金髪、キラリと尖った八重歯。
その容姿からヴァンパイアと呼ばれるのかと人間たちは考えているようだが、それは違う。
この世界には、ヴァンパイアと呼ばれる種族が存在する。
ヴァンパイアたちは人間よりも賢く、強く、そして人間には無い能力を持っている。
血を吸い、人間を魅了し、時に人間を傀儡にする力。
これらの特徴により、ヴァンパイアたちは各国の政治の中心にまで入り込み、人間たちを支配している。
そしてこの国、ウェルシェ王国のヴァンパイアを束ねている存在こそが、バークリー公爵家。
私の左右にいる男たちの家で、彼らは将来の指導者となる。
長男のランカートと、次男のミケーレ。
彼らは双子であり、十一年前、私は彼らに見初められてこの世界を知った。
私はただの人間だ。
それも弱小の子爵家で、本来このような上流階級の集まりに参加して良い存在ではない。
その上、今日のこの夜会は、ヴァンパイアだけの秘密の集会だ。
本来は存在を知る事すら許される筈がないのに、私は双子に連れられて、かれこれ十年以上、この集会に参加している。
ヴァンパイアたちは私に非常に優しい。
将来の奥方様として丁重に迎え、人間で下位貴族の私を褒め称し、可愛がってくれる。
彼らの尊重のお陰で、私はヴァンパイアだけでなく人間からも大切にされ、王族からも目を掛けられている。
だけど―…。
この生活に満足しているかと問われれば、全くそんな事はない。
逃げられるなら、今すぐ裸足で逃げ出したい。
だって、私は凡人なのだ。
姫なんて呼ばれても畏れ多くて落ち着かないし、褒め称されて平然と居られるほど自分に自信もない。
双子は横暴で粗雑だし、人間なんて食料 兼 労働力としか思っていないヴァンパイアたちに囲まれて平然と生活できる程図太くもない。
最近は王族との交流も増えてきたが、何かの間違いで首を飛ばされないかとヒヤヒヤしている。
こんな生活を七歳から、約十年。
もしかしたら本当は、既に順応して馴染んで然るべきなのかもしれない。
だけど、私が幼い頃から繰り返し見ていた夢が、私をこの世界に馴染ませてくれなかった。
その夢は、ある女性がこことは全く違う世界、日本という国で過ごした記録だった。
女性はその国では一般的な家庭に生まれた、旅行好きのありふれた大学生で、男の陰こそ無かったが、友人や仲間に恵まれて充実した日々を送っていた。
その女性の幼少期から、事故に遭って亡くなるまでを、私は頻繁に夢で見ていた。
私が九歳の頃、海で溺れた時から始まったその夢は、時系列こそバラバラだったが、女性のその時々の考えや感情まで伝わってきて、私を混乱させた。
いつしか夢の世界の常識や考えを内包してしまった私は、未だにこの現実に違和感や恐怖を感じる。
双子からも、貴族である事からも逃げて、一般人として貧しくとも普通の生活を過ごしたかった。
そんな私は幸いな事に、この生活から逃げる術を一つだけ知っていた。
そのヒントは、夢の中の女性が事故で死ぬ直前まで遊んでいた、乙女ゲームの内容。
『血と背徳の幻想曲』。
それは平凡な日本人の女の子が、ある日突然ヴァンパイアのいる異世界の王国に飛ばされてしまい、イケメンのヴァンパイアたちに囲われるというもの。
前触れもなくヴァンパイアの管理する森に現れた少女は、その変わった見た目と、彼らを惹きつける甘い香りを放っている事でヴァンパイアたちに気に入られた。
そして、管理責任者であった公爵家に引き取られ、公爵家の双子の息子や、世話役の従者、宰相の息子や王家の者など、様々なヴァンパイアたちに身体や心を求められる…。
夢の中の女性の世界は私の世界と似ても似つかなかったが、この乙女ゲームだけは、私の住む世界とそっくりだった。
そっくり、なんて話ではない。
このゲームには公爵家の双子も、旦那様も、屋敷の従者も、双子の友人も…皆、登場していた。
…―そして、私も。
主人公を虐める悪役令嬢として、私、レヴィ・ホーネットは、夢の中の乙女ゲームに登場していた。
夢の中の私は双子に気に入られたヒロインを妬ましく思い、虐め抜いた挙句、葬り去ろうとした事から、双子に捨てられ、家も没落させられていた。
もしこれが最近見た夢だったら、逃げ出したい欲望から出来た妄想だと思えただろう。
しかし、小さい頃からずっとそのゲームを知っていたのだ。
夢の中に出てきた登場人物と双子が実際に友達になり、夢の中の姿に合わせるように成長し、ゲーム内で故人となっていた者は死んだ。
このままいけば、ヒロインは、もうすぐ現れるのだ。
そして、私は双子に捨てられ、念願の一般人として過ごすことが出来る。
「レヴィ、あーん」
そんな事を考えている間に、双子の兄が、私の口に食べ物を運んできた。
大勢の貴族が見ている前でそんな事をされて、私は恥ずかしさでいっぱいになる。
しかし、断れば大変な目に合うのは目に見えている。
私は笑顔を作り直し、さもスプーンも持ちたくない傲慢なお嬢様みたいな所作で、差し出された物を口に含む。
あぁ、こんな見世物の愛玩動物を続けていたら、人間としての尊厳が涸れ果ててしまう。
もう嫌だった。
場違いな場所に飾り立てられ、独りよがりに可愛がられ、振り回されるのは。
ヒロインが双子のどちらかでも落とす事が出来たら、ヒロインに私の立場を押し付けられる。
(さぁ。やってきなさい、主人公)
全ては私の尊厳回復と、一般人人生のために―…!