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店番をしていたリクオルが、こっくりこっくりと舟をこぐ。
と思ったらいきなり椅子から転げ落ちた。
「あーらら、リクオル大丈夫?」
まあ、体重の軽い妖精さんだから、このくらいじゃ怪我なんてしないだろうけど。
リクオルは、あいたた、と腰のあたりをさすりながら立ち上がった。
「暇だねえ、ジェルバちゃん。
カンコンドリが鳴いてるね。」
それを言うなら閑古鳥ね?
ちょっと、カンコンカンコンって鳴く変な鳥、想像しちゃったよ。
「お客さん、来ないねえ・・・」
リクオルがため息をつく。
こらこら、妖精さんにため息は似合わないよ?
「まあ、店やる前から依頼もそんなに来てなかったしね。」
わたしのほうは予想通りというか、まあ、こんなもんだろ、と思っていたので、それほどショックを受けてはいない。
今までにわたしに来た依頼といえば、知り合いがお情けで注文してくれたものばかり。
それも一巡したから、そろそろ打ち止めだ。
「ふん。いずれ妖精堂には王都の貴族がぞろぞろと列をなすんだからね?
そのときになったら、入荷なんてひと月待ちとかで、みんな商品を奪い合いするんだからね?」
あー、はいはい。
いつかそうなったらいいね。
わたしは無言でほうきとちりとりを手渡した。
「ちょっと、また粉いっぱい落ちてるから。
ちゃんと掃除しといてよね?」
「しょうがないだろ?
季節変わりなんだから。」
リクオルはブツブツ言いながら、そこらへんに飛び散った金色の粉を掃き集めた。
リクオルからは金色の粉が出ている。
普段はそれはだいたい空中で消えてしまうんだけど、年に二回ほど、粉の量が多すぎてところ構わず撒き散らす季節がある。まるで獣の毛が季節に応じて生え変わるように。
その金色の粉の正体は妖精の魔力の結晶らしい。
もちろん、人畜には無害だ。
王都では化粧品やら食品にまでも、妖精の粉入りのものがあると聞くけど・・・
一度リクオルがうちの香水にもこの粉を入れたら?みたいなこと言ってたけど、即座に却下した。
だってリクオルからこぼれ落ちた粉よ?
小さい頃から一緒にいてさんざん振り回されている身としては、いまさら妖精の粉にドリームは感じない。
せめてなんか効用でもあれば、とも思うけど、ただキラキラして綺麗ってだけでは、そんな余計なものは入れなくていいかな。
それに、いくら大量にあったって、いずれこれは消えてしまうものだから。
買ったときにはキラキラしてた香水が、しばらく置いておいたら色がくすんでた、ってなったら、香水自体が劣化したみたいじゃない。
ちりとりに集めた粉は、小屋の隅に置いてある箱にためてある。
まあ、キラキラして綺麗だといえば綺麗だし。ほっといても少しずつ消えていくから箱から溢れ出しはしない。
「はあ〜あ。この季節は眠くてしょうがないんだよね。」
ざざーっと箱のなかに金色の粉を流し入れて、リクオルは盛大なあくびをした。
抜毛、ならぬ、飛粉の季節は、やたらと眠くなるらしい。
「お客さんもいないし、寝てていいよ?」
「ジェルバちゃんは働いてるのに、昼寝なんてできないよ。」
リクオルは律儀に首をふる。
「かまわないよ?
今やってる調香はほとんど趣味みたいなものだし。
わたしは調香やってると楽しいから。」
お店に並べる香水はひととおり作ってしまったから、今やってるのは新しいのの試作だ。
「今なに作ってるの?」
「ひ・み・つ」
うっかり話してしまって、うまくできなかったら恥ずかしいから、そんなふうにごまかしたら、リクオルはちぇとつまらなさそうにソッポを向いた。
「つまんないなあ〜。誰でもいいから来ないかな~。」
金色の粉といっしょにリクオルはため息を零した。
その目がふとさっきの粉に止まる。
「ねえ、ジェルバちゃん、この粉って使い道ないんだよね?」
「まあ、今のところは。」
「じゃあ、好きにしていい?」
とりたてて問題も感じなかったし、どうぞ、と手で指し示す。
するとリクオルは久しぶりに見るようないきいきした目をして、やったぁ~、と呟いた。
あ。
あれは絶対ろくでもないことを思いついたに違いない。
わたしはちょっと後悔しかけたけど、すぐに、まあ、いいか、と思い直した。
ただでさえ眠くてしかたない季節なのに、こう暇じゃ、リクオルだってかわいそうだ。
ひたすら調香できて幸せだったわたしは、いつもより寛大になってて、で後になってそのことを悔やむはめになる。
危険なんてものは、こんな長閑な昼下りにも潜んでいるものなんだな。