8. 魔物の襲撃、ふたたび
ランは足元に広がる景色を見つめている。これほど高い場所なのに物怖じする様子がないことに、サナは感心した。内気そうに見えたが、度胸があるらしい。
「ところで、ランはいくつなの?」
「十七です」
「じゃあ、一つ年下だね」
不意に、ランのお腹が低く鳴った。思わず笑いだすと、ランも照れたように笑って振り返った。サナはその眦に親近感を覚えた。まるで子供のように笑う人だ。
腰の鞄から小さな包みを取り出す。
「こんな仕事用の携帯食で良ければ、食べる?」
「ありがとうございます。これ、何ですか?」
「ツァルツァの葉で包んだマルタの干し肉。保存食だから風味は劣るけど、慣れたらおいしいよ」
「マルタ……」
ランは干し肉をよくよく観察した後、思い切ったように一口齧った。
「美味しい」
「美味しい?そりゃ、騎士になる才能があるよ!独特の臭みがあるから、新人はなかなか食べ慣れなくて困るのに」
「そうなんですか?いくらでも食べられそうだけど」
ランはあっという間にぱくぱくと平らげてしまった。
シークがぐんと高度を上げた。白い鬣が夕日を反射して光っている。
「サナさんはいつから兵士なんですか?」
「サナでいい。十三歳の時からよ。本当は成人してからじゃないと兵士にはなれないんだけど、特別にね。ルクの訓練をしないといけなかったから」
「訓練って?」
「私は生まれた時からルクがあって、周りの術式を何でも手当たり次第に消してしまうから少しでも早く制御できるようにならなきゃいけなかったんだ」
「そうなんですか」
「ランは?どんなルクを持ってるの?」
「僕は……」
言いかけたその時、フォトゥルクが低い唸り声を上げた。サナははっと正面に目をこらした。何かがこちらに向かってくる。
「魔物!?」
細身の剣を抜き、斜め後ろに構えてサナは一瞬考えを巡らせた。全て討ち取ったはずの奴らがなぜここに?どこから?私が狙いか、それとも、
「サナ!後ろにもいます!」
ランの叫び声でサナは包囲されていることに気が付いた。十体はいる。防ぎきれないと即座に判断して、首にかけた笛を取ると吹き鳴らした。
「シーク、ごめん!」
シークが一声いなないて、勢いよく走り出した。城まで突っ切るつもりだ。
前から黒い魔物たちが襲い来る。むき出した牙が目の前いっぱいに迫った。間一髪、シークが高度を下げてかわした。しかし後ろから隊列を組むように飛びながらなおも追って来る。飛ぶ方角が逸れ、次第に城から離れていく。
「なんなの、一体……!!ラン、しっかりつかまって!」
サナは手綱を自分の胴にかけると体ごと向きを変え、背後に迫っていた敵に剣の切っ先を向けた。
「吹き飛べ!!」
サナの髪が銀色に輝き逆立った。剣から凄まじい光が放たれ、魔物たちが一気に消滅した。
「効いた!?これでっ……!」
勝利の笑みを浮かべて振り返ったその時、突如シークが力を失い、ぐらりと傾くなり落下し始めた。サナが攻撃したのと同時に一撃を喰らっていたのだ。
「あああああああああああぁっ!!!!!!」
激しい墜落音と共に強い衝撃を受け、サナは気を失った。