7. 城へ、シークの背に乗って
二人は路地を抜けて、開けた煉瓦道に戻った。時間が止まっていたのが嘘のように、人々が行き交っていた。
人が少ない道端へ出ると、サナは「シーク」と呼び掛けた。うとうとと眠っていたフォトゥルクは瞬きして瞼を開け、出番だと分かると嬉しそうにサナの差し伸べた手に飛び降りた。ただし、鎧が覆っていない白く柔らかい手を傷つけないように、鉤爪を引っ込めておくことは忘れなかった。
サナは相棒を地面に下ろしてやると、ランに「下がって」と合図して自分も何歩か距離を取った。シークは伸びをするように体を伸ばし、ぐんぐん大きくなっていった。そして元の大きさまで戻ると、鬣を揺らしてサナと呆気に取られた少年の方に首を向けた。
「すごい……」
「フォトゥルクに乗るのは初めて?」
「見るのも初めてです」
「そっか。きっと気に入る。シーク、ランも乗せてあげて」
シークはサナとランの顔を交互に見比べると、足を折って背中を下げてあげた。サナはランを助けてフォトゥルクのふわふわした背中に乗せてやり、自分も後ろにひらりと飛び乗って手綱を取った。
その時、一人の少女が勢いよく手を振りながら駆けてきた。
「おーい!サナ!」
「アインス!無事でよかった」
埃と油で黒ずんだ作業服を着て、そばかすの散った顔にくりくりと丸い目をした少女は、サナを見上げて声を張り上げた。
「魔物なんかに負けはしないよ。シークの白い羽が見えてさ。どこに向かうの?」
「城!」
「お城?なら、気を付けた方がいいよ!さっき不穏な噂を聞いたんだ。家を壊された人々が集まって暴動寸前になっているとか、王様たちがどうだとか……そうだ、そんなら、これを持っていきなよ。キミ、紐の方を掴んで!」
アインスはところどころ穴のあいたズボンのポケットから何か紐のついたものを取り出して、ランに向けて投げ上げた。ランは受け取って、それをよく見た。小指ほどの大きさの、銀でできた枝だ。枝分かれした片方の先端に、小粒の珠がついている。サナが小さく感嘆の声をあげた。
「もしかしてそれ、『守り枝』?」
「そう!エトルーゼの枝を芯にして銀で包んで、私のルクを『付与』してもらった試作品だよ。この後、試しに使ってみようと思ってたんだけど、ちょうどよかったしお守り代わりにでも持ってってよね、お嬢ちゃん」
ランが聞き咎めて眉を吊り上げた。
「僕は男ですよ!」
「え?こりゃ失礼!」
サナがくすっと笑い、ランは頬を膨らませながら守り枝を首にかけた。その拍子に、鎖で胸元から下げていたものが見えた。ペンダントだ。ランの髪の色と同じ深紅の珠に、大きく長い尾を持つ生き物のような、不思議な銀色の模様が描かれている。ただ、珠はひび割れていた。
「ラン、そのペンダントも何か込めてあるもの?」
サナが何気なく訊ねると、ランは一瞬ひるんだような表情をして「ええ、まぁ」と言った。何か事情があるらしい。サナはそれ以上の詮索をやめて、親友の方を振り返った。親友はなぜか、驚いたように目をパチパチさせていた。
「ありがとね、アインス!また一緒にごはん食べよう。大智者様のご加護を!」
「あ……そうだね。ご加護を!」
アインスに手を振ると、サナはフォトゥルクの胴を軽く叩いた。
「城まで!」
シークは城を見上げ、勢いよく宙に前足をかけて走り出した。ランは振り落とされないようにしがみつきながらも、フォトゥルクの脚が力強く空を蹴るのを目を丸くして見つめた。
「仲がいいんですね」
「小さい時にはよく一緒に遊んでたんだ。私は仕事があるし、彼女は鍛冶屋の娘だからお互い忙しくて、なかなか話せなくなったけどね」
ゆっくりと沈んでいく日が橙色と赤色を帯びて二人の顔を照らした。雲が後ろへ流れていく。遠く山脈と川と小さな街並みが見えた。