6. 鐘の音が、少ない?
サナは城に向かって歩き始めた。近衛兵団兵士は、城の西側の塔に一人ひとつずつ居室を持つ。サナも兵団見習いを卒業すると同時に部屋を貸し与えられ、そこに住んでいる。多忙の父親とはほとんど上司と部下という立場でしか会えず、二つ年上の兄に至っては今どこにいるのかすらよく分からない。それでも、アーラをはじめとする兵団の仲間たちが家族同然だから、少しも寂しいと感じたことはない。
ただ、母には会いたいと思うことがある。七歳の頃に亡くなってしまったが、とても美しく聡明な人だった。
時計塔の鐘が、低く荘厳な音を立てて鳴った。鐘は一日に五回鳴り、城下街の人々の生活を規則正しく整えている。早朝、昼と朝の間、昼、夕方、そして夜の始め。これがちょうど五つ目だ。
その時、サナは違和感を覚えた。鐘の数が、少ない。
はっと顔を上げて周りを見回し、耳をすませた。すべてが静まり返っている。時間が止まっている。修復作業の音も、人の声も一切しない。サナは振り返り、石像のように中途半端な姿勢で固まった商人の肩を叩いたが、彼は動き出そうとしなかった。
「私のルクが、効かない?」
サナは走り出した。道にいる人々は皆固まって動かない。唯一の救いは、サナの肩でシークが小さなあくびをしたことだった。シークも時間の停止には巻き込まれなかったようだ。
サナの額に汗が浮かんだ。ルクが効かないならどうすることもできない。甲高い音がし始めたと思ったら耳鳴りだった。とにかく、自分以外に動ける人を見つけるしかない。心当たりがあった。城へ走る。
近道をすべく、薄暗い路地裏に駆け込んだ瞬間、サナは何かに衝突してよろめいた。何度かまばたきして目が慣れると、ぶつかった相手は地面から体を起こそうとしていた。動いている。安堵のため息が漏れた。
「ごめんなさい、大丈夫?」
声をかけると、肩がびくりと跳ねた。恐る恐る顔を上げて、サナを見る。
「あなた、名前は?」
「……」
自分を見つめ返す目の奥に怯えを感じ取り、サナは膝をついて目線の高さを合わせた。
「私の名前はサナ。ムラェラ・サナ。発音の難しい名前でしょ。近衛兵団の団員だよ。兵団のことは知ってる?」
「はい」
その声を聞いて、サナは目の前の人が少年であることを理解した。かなり中性的な顔立ちだ。
「僕は……ラン」
「あなたは動けるんだ、よかった。今、街の人たちがみんな動かなくなっていて――」
そう言いかけて、サナは口をつぐんだ。遠くからまた喧騒が聞こえ始めたことに気が付いたのだ。
また時間が進み始めている。
サナは訳も分からないまま、少年に目の前の疑問をぶつけた。
「……ラン、ここで何をしてたの?」
ランは顔を歪ませた。
「爺やと一緒に、城に行くところだったんです。でも、黒い魔物たちが空から襲ってきて、混乱に巻き込まれて爺やとはぐれてしまいました。必死に走っていて、気がついたらここに」
「そう……それなら、私と一緒に城に向かうのはどうかな。何が起こるか分からない時だし、元々城に行くつもりだったからちょうどいい。立てる?」
ランは何とか立ち上がった。かなり疲れているらしく、顔色が青ざめている。背はサナと同じくらいだ。首から細い鎖が見えた。ペンダントか何かを付けているようだ。膝下まで覆うマントを身につけているせいで、はっきりとは見えなかった。