2. 牢獄へ
塔の頂上に降りるとサナは即座にシークから飛び降りて、階段めがけて走り出した。
牢に駆けこむと姿を目にした囚人たちが一斉に檻にしがみついて喚き始める。それらを無視して全ての牢が正常に閉じられていることを確認すると、螺旋階段に引き返し下り始めた。
最上層は比較的罪の軽い者たちが収容されている。その下はもう少し罪の重い者たち、さらにその下は、と重くなっていき、最下層には王族と元老院、近衛兵団団長クラスの重鎮しか出入りが許されない重罪人が囚われている。
サナは立ち入ったことがなく、幼い頃に一度だけ父に連れられて外観の扉を見たことがあるだけだ。重厚な装飾の施された扉は何重もの術式で守られ、普通の人間が指一本でも触れると強力な反撃を受けると聞いた。
だが、彼女は別だ。この世界の人間が生まれつき備えている力である"ルク"、そしてそれを物や他者に適用した"術式"を、サナは消すことができる。彼女が牢の見回りに行くよう指示されたのは、深い信頼があってこそのことだ。
最下層に降りた瞬間、サナは絶句した。
あの分厚く守られていた扉が煉瓦造りの壁ごと大破し、その傍に数人の見張り兵が倒れている。駆け寄って見ると、皆一様に首の後ろを覆っている鎧がひび割れていた。首筋に強い一撃を受けたらしい。気絶しているだけで命は無事のようだ。
見張りの兵士たちはいずれも、厳しい鍛錬を積み、選別に選別を重ねて警護任務についた、兵団屈指の強者ばかりだったはず。相当のやり手の犯行に違いない、とサナは目星を付け、一瞬、単独行動を続けるべきか迷った。
しかし、事態は一刻を争う。万が一の時には命をかけてでも任務を遂行するのが、王族に忠誠を誓う近衛兵団だろう。
その時、一人の兵士が呻きながら体をゆっくりと起こした。サナが近寄ってかがむと、兵士は首を振って正気に返ろうとした。
「こ、これは……あなたは……団長の娘の!」
「動けますか?」
「大丈夫です……確か、牢獄から突然囚人が……」
兵士は崩壊した壁に気づくと、動揺してくぐもった声をあげた。
「私はこれから中の様子を確認しに行きます。一緒に来てもらえますか?」
「はっ!」
崩壊した壁に近寄ってみると、牢獄への立ち入りを防ぐ術は無事で、まだ残っているようだった。サナが手を伸ばしてそっと触れると、術はしゅわりと溶けて消えた。サナは覚悟を決めると腰に下げていた細身の剣を抜き、注意深く大破した壁の穴をくぐり中に入った。すぐ後を兵士がついていく。
ぴちょん、ぴちょん、と水の滴る音が薄暗い牢獄に響く。暗がりに目が慣れると、サナは囚人たちの雰囲気が上層までとはあまりに違うことに驚いた。
静まりかえっている。首を垂れて壁にもたれかかり、横を通り過ぎても微塵も動かない巨人。何かをぶつぶつと呟いている蔦に覆われた小男。脱走しようという意志や殺気はおろか、生気すら感じられない囚人達がかえって本能的な恐怖を与えた。
自らの鎧の軋む音までが大きく聞こえる。剣の柄を握り直し、最奥へ足を進めた。