1. 執事と小間使い
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―シュクルト四十九年
ヴァンドール王国城
「新しい召使いが入ったんだって?女か?」
浮ついた同僚に訊かれて、執事はやれやれとため息をついた。
「どうしていつもそうやって下品な話し方をするんだ、ゲールズ」
「下品だって!失礼だな、それくらいしか楽しみがねぇんだからしょうがないだろう」
「男だったらよかったんだが」
「やっぱり女か!可愛いのか?」
にやにや笑いながら近づけてくる顔を押しやって、執事は眉をしかめると、つい先刻目にした新入りの姿を思い浮かべた。まとめ役の後について挨拶に回っている時のピンと伸びた背中が妙に目を引いた。一見地味だが、きっと磨くと光るタイプの娘だ。
「まぁまぁってところだな」
「お前がそう言うってことは相当じゃないか!これは昼過ぎが楽しみだな」
「だから女にモテないんだよ、あんたは」
「なんだって!?」
執事は腕を組んで壁にもたれかかり、背広の裏ポケットから煙草の箱を取り出した。今にも掴みかかろうとしていたゲールズはそれを見るなりコロリと態度を変え、手をもみながら「今日の掃除」と言った。要するに、執務室の掃除を代わりにやるから煙草を分けてくれということだ。執事は黙って一本渡してやって、くわえた煙草の先で指をパチンと鳴らした。火がともり、白い煙が細く立ち上る。
「いいよな、お前は。貴重な『火』のルクを持ってて顔もよくて、おまけに金持ち一家の出ときたもんだ。俺は不思議でなんないね、何で兵団に入らず、ここでしみったれた王族の世話なんぞしてるのかってよ」
「俺が使える火はせいぜい手の平サイズだ、戦いには向いてない」
「けっ、つまんねぇ奴。あーあ、俺も『共感』のルクなんかじゃなくて五大ルクの一つを持って生まれてたらなぁ!そうしたらもっとモテてたかもしれないのに。人の感覚を読み取るのが生まれつき得意、だなんて最低な人生だぜ!」
「おかげで医者と患者の優れた仲介役になれてるんだ、いいじゃないか」
「何もよくねぇ!痛みを受け取んの、ほんっとにきついんだぞ!おまけにやってくるのは怪我したブサイクな兵士の野郎ばっかりだ。ちくしょう、俺はただの使用人だってのに!」
思い切り顔をしかめるゲールズを見てけらけら笑いながら、執事は煙草の灰を地面に落とした。
城に小間使いとして雇われてから十三年になる。四男として生まれ、半ば追い出されるようにして城に来た少年を受け入れてくれたのが、この不真面目で堕落しきった、底抜けに明るい男だった。歳の差は一つ。年寄りの多い城の従業員の中で、唯一気を許して話ができる人間だ。
台所裏の扉を出て右手、廃棄されたごみの袋や欠けた煉瓦が積み重なった雑多な路地が二人の密かな休憩場所だ。決して綺麗ではないが、ここでなら誰にも気を遣わずに煙草を吸い、話ができる。我儘な王や王妃の顔色を窺う必要もない。
「と、そろそろ戻らないと」
執事は煙草を磨かれた革靴の踵でもみ消すと、服の皺を引っ張って伸ばした。
「ほんじゃ、俺ももう少ししたら戻る。王子様のペットに気をつけろよ、うっかり蹴躓きでもすれば王妃様がカンカンに怒るからな」
「どうも、気を付けるよ」
ひらひら手を振って、台所に繋がる扉を開けた。