大工救済
俺が魔物の受け渡しを終えると、リコがにこにこと満面の笑みを浮かべる。
「スライムの体液が大量に取れました。ハルトの報酬はかなりの金額になるでしょう。すでにこの領で10本の指に入るお金持ちですわ。」
今まで貯めてた分と、今回のスライム素材を合わせるとかなりの額になるだろう。
リコが何かを企んでいる気がする。
「そ、そっか。でもまだ報酬を受け取って無いからな。とりあえず買い出しをしてダンジョンに行ってくる。」
リコは満面の笑みを崩さない。
「はい、お気を付けて。」
◇
ギルド
一か月後、俺はいつものように素材を受け渡した。
「ハルト、投資のお願いをしたいのですわ。」
いきなり本題に入る。
もう俺に対して様子を伺うそぶりが無いな。
「投資?」
「今すぐに街はずれの木材加工場に来て欲しいのですわ。」
俺とリコはすぐに大工の元へと向かう。
「今日は学校は休みなのか?」
「そうですね。なので今日はたくさん働けますわ!」
リコは目をキラキラと輝かせた。
リコは貴族だ。
成人するまでは、その気になれば働かなくても暮らしていけると思うが?
「ホワイト家って子供でも働かせるような家訓があるのか?」
「それはありませんが、良く学んでみんなを助けるという方針があるのですわ。それにおじいさま、領主は王家の手伝いで忙しく、人が居ないのですわ。」
「だから笑顔の人が多いのか。」
「着きましたわ。」
「そうじゃねーぜ。木を切る時はもっと角度をつけな。それじゃただ疲れちまう。」
ゲンさんが周りの指導を行っていた。
「スライムを討伐したおかげで森が平和になり、木材産業が活性化しているのです。その為、孤児や難民の雇用を確保しようとしていますわ。」
「投資と言うのは?何をしたいんだ?」
「ここにハウス工房を建設するための投資をお願いしたいのです。工房を建てることで、スキルレベルの低い孤児や難民の方に仕事を与えることが出来ますわ。」
この国では、工房や工場で家を作り、ストレージスキルで家を運び設置するのが一般的だ。
ハウス工房を建てることで、効率よく家を作れるようになり、収益は改善される。
「工房の建設費用は3000万ゴールドですが、少しでも投資をお願いしたいのですわ。」
「全部出すぞ。3000万ならあるからな。」
そう、俺は投資に興味があった。
だが、今までお金が無くて出来なかったのだ。
「あ、ありがとうございます!ゲンさんを呼んできますわ。」
「いや大丈夫だ。仕事の邪魔になるだろ!」
聞いてないな。
ゲンさんが走ってこっちに向かってくる。
「ハルト!投資してもらえるって話は本当か!?」
俺の両肩を掴む。
「本当だ。」
「ありがとよ!おい!作業は中止だ!こっちに来やがれ!」
ぞろぞろと大工と木こりが集まってくる。
「ハルトがハウス工房を作るための金を投資してくれるぜ。おめーら全員頭を下げな!」
「「ありがとうございます!」」
全員が兵士のように揃って頭を下げる。
「頭を上げてくれ!」
しかしみんな頭を下げ続けたまま上げる気配が無い。
「すぐにギルドに戻ってリコと金の受け渡しをしてくる。」
「ふふ、英雄になりましたわね。」
俺が後ろを振り返るとまだ頭を下げ続けている。
「あの対応をされるとやりにくいな。」
リコは口を押えて笑い続けた。
金の受け渡しを済ませ、俺はすぐにダンジョンへと戻った。
◇
酒場
冒険者がハルトの話で盛り上がる。
「聞いたか?ハルトの奴、ハウス工房に3000万ゴールド投資したみたいだぜ。」
「うんうん、知ってるよ。もう工房が建てられて利益をあげてるみたいだね。」
「ハルトか。あいつ変わってるよな。酒も飲まず、遊びもしねー。」
「ハルトにお酒は早いよ!」
「まあ、酒はいいとして、それだけじゃねー。たまにダンジョンで見かけると、楽しそうに魔物を狩ってる。しかも毎日のようにダンジョンに入り浸ってる。ある意味異常だぜ。」
多くの冒険者は依頼を終えるとしばらく酒場に入り浸り、だらだらと過ごすものが多い。
「確かに普通じゃないかもね。」
「ゲンの顔を見ないな。あのおっさん最近何してるんだ?」
「ゲンさんは大工の新入りの子につきっきりで指導してるんだよ。様子を見に行ったら楽しそうにしてたよ。」
「さすが大工レベル6!レベル6になるやつはどこか変わってるよな。」
レベル6以上の職業スキル保持者は特別視される。
大工レベル5まで上げれば名工と呼ばれるが、レベル6以上はそのさらに上の存在だ。壁を越えた者として一目置かれる。
「・・・・・」
「・・・・・」
「ねえ、明日からダンジョンで合宿してみない?」
「そうだな。それも良いかもな。」
こうしてダンジョン合宿はプチブームを迎える。
ギルド
「ハルト、お帰りなさいませ。」
「リコ、そこはいらっしゃいませじゃないのか?」
「合ってますよ。ささ、魔物の受け渡しをするのですわ。」
リコが俺の背中を押してくる。
俺がストレージから魔物を出すと、リコが唸る。
「うーん、またハルトの持ってくる魔物の量が増えています。このままだとだんだん受け入れ処理が間に合わなくなってきますわ。」
俺は目を逸らして「気のせいだ。」と呟く。
「そういえば、ハウス工房はどうなったんだ?」
「もうとっくに完成してますよ。見に行くのですわ。」
「作り終わるの早くないか!?まだ一か月しか経って無いだろ?」
「ゲンさんの大工レベルは6です。新人さんの教育も早いペースで進んでいますわ。」
スキルレベルが高い方が教育能力も高くなるのだ。
もちろんあまりにも癖の強い人間の場合はスキルレベルが高くても教育に向かない。
「レベル6か!すごいな!ゲンさんはああ見えて面倒見がかなり良いから教育も早く進むよな。」
「ハルトも料理レベル6ですわね。」
「料理は誰でも作れるけど、家はスキルが無いと中々作れないからな。大工レベル6はうらやましいぞ。」
「うーん、ハルトの料理レベル6もすごいと思います。みんなの回復力をブーストできますし、」
「ブラック家では邪魔者扱いだったぞ。」
「ホワイト家としては、かなり評価が高いです。ダンジョンの魔物狩りに飽きたらいつでも声をかけてくださいね。料理人として高待遇で迎え入れる準備がありますわ。」
「その話は後でな。今はゲンさんの所に行こう。」
「そうですね。それでは見学に行きましょう。」
リコが俺の腕に絡みついてくる。
緊張するぞ。
「調子はどうですか?」
リコの言葉にゲンは笑顔で答える。
「おう、リコか!順調に進んでるぜ!」
「これで難民と孤児院の子供は全員仕事にありつけたのか?」
リコとゲンの表情が曇る。
ゲンは悔しそうにこめかみに力が入る。
「まだ足りません。木こりはなんとかなったのですが、大工の方の働き先がまだ不足していますわ。」
「工房を24時間稼働させることは出来ないか?」
「残念ですが、新人さんの教育が終わるまで難しいですわ。」
「工房より大きな工場を建てられないか?」
「家の需要はあるのですが、工場の建設には1億ゴールドかかります。出来れば工場が欲しいのですが・・・むずかしいですわ。」
1億か・・・
さすがに迷う。
というよりも、今1億ゴールドも持っていない。
俺とリコは歩いてギルドに戻る。
ゲンさんの悔しそうな表情が脳裏に焼き付く。
「ゲンさん、悔しそうだったな。」
「実は、工房を建てた時にたくさんの子供が集まってきたんです。大工になりたくて期待してきたんでしょうね。ですが、全員を受け入れることが出来なかったのですわ。ゲンさんは泣きながら悔しがっていましたわ。」
リコが受付に戻ると俺はすぐに金を取り出した。
カウンターにお金を置く。
「投資をしたい!これじゃ足りないけど、さっきの報酬も投資の利益も全部投資に回してくれ!俺はダンジョンに行ってくる!」
「お、お待ちください!」
ハルトはリコの制止を聞かず走ってダンジョンへと向かう。
「行ってしまいましたわ。」
「リコ、それいくらあるの?」
となりの受付嬢がお金の入った袋を見つめる。
「そうですね、今から計算してみますわ。」
・・・・・
「8768万ゴールドです。」
「ハルト君!まさか全部のお金を置いていったんじゃない!?」
「きっとそうですよ!」
この中途半端な金額。
全部のお金を出したに違いない。
「これだけあればすぐに建設を始めることが出来ますわ!」
「すぐにゲンさんを呼んでくるわ!」
「お願いしますわ!」
受付嬢はすぐにゲンの元へと向かう。
やってきたゲンにすぐ事情の説明がされた。
ゲンの顎がガタガタと震える。
「バカやろおぉ!ハルトの奴、無茶しやがって!目にゴミが入っちまったじゃねえかぁ!」
ゲンはかつてないほど号泣した。
ゲンが中心となり、驚くべき速さで工場を建設し、すぐに大工スキル持ちの孤児と難民の雇用が確保される。
ゲンの動きは覚醒したように工場を完成させる。
そして、生き生きした表情で新人を教育し、成長させる。
大工レベル6のゲンさんの指導は皆の大工レベルを急成長させる。
働き手が増加したことで、孤児院と難民を助けるための費用が減り、家の販売利益も上昇。
ホワイト家の収入は増加した。
今まで多くの木材を丸太のまま王都に販売していたが、加工済みの家を多く販売することで、利益率も増加する。
このことで、テイカーのパーティーメンバーであるリン・ハウスは窮地に立たされ、ブラック家の力を削ぐこととなる。
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