5.新人間と明らかな狂言
~新登場人物~
噺
慕
二色
好野
束間
突拍子もない発言。
いつものおちゃらけた感じで雨晴が質問をする。
「異能って何すか?っていうかこれはいつもみたいな面白い話ですか?」
いつも通り可愛げのあるジェスチャーをしながら質問する。その透き通るような肌と、うるんだ瞳。あざとい動きで今まで男女問わず篭絡している。ただ、それは校長先生に効かなかったらしく、無表情で受け流された。
「いや、狂言じゃないですよ。異能というのは…まぁ実際にやってみたほうが早いですかね」
そういうと担任の顔を一瞬だけ掴み、離す。
「むっーーーっは!何をするんですか!」
「いや、少し。そういえば加嶋先生。この子の事知ってますか?」
そういうと校長先生は雨晴を指さす。
「なんでそんなことを…教え子の名前くらい覚えてますよ。えーと?あー、えーと、あれだ。…あれ?君、うちのクラスの子だっけ…?いや、でも、声は聞き覚えあるんだよなぁ…」
「え、先生?よく一緒に話してたじゃないすか」
そう言って雨晴は苦笑いを浮かべる。
その通り。この学校に入ってから加嶋と雨晴は休み時間も放課後の化学同好会でもずっと同じ空間に居て絶え間なく話しており、逆に話していない所をほとんど見たことがない。
先の雑談でも主に先生と話していたのは雨晴だ。
…これは噂の範疇を超えないのだが、あの二人は出来てるのではないかという噂も立っている。そんな相手の事を忘れることがあるのだろうか?
「いや、すまん!全く思い出せん…」
「え、いや…は?俺のこと忘れるって、え?」
周囲はざわめきを増す。
それとは同調するように葦名の心は踊り始める。
「今、私は加嶋先生から雨晴くんの名前と顔の記憶を取り去りました。こんな風な超常現象を起こすことができるのが異能です」
(異能?記憶を取り去る?なんだそれ?そんなことができるのか?そもそも俺は異能を持っているのか?)
そう。僕はこのような特別な存在になる機会を待っていた。
異能。
普通に考えたらあり得ない。
(異能を持っているかってどうしたらわかるんだろうか。聞いてみるか?)
「さて、先程申し上げた通り私は異能を持っている方を探しています。この中にいるはずなのですが…」
「校ty「あの」
質問しようとする葦名の声を遮り、優等生でうちのクラスで一番人気の束間が質問をする。そんなに僕の影って薄い?いや、そこは置いておいて。
勉強では主席入学、体育面では運動部顔負け。顔も校内トップだと言っていいほど整っていて、それこそ優等生の鏡である。
「すいません、校長先生。どうしたら自分が異能を持っているってわかるんですか?」
「あー、なるほど。あなたは持っていないようですね。残念です。噺さん、お願いします」
何を言っているのか分からなかった。そんな質問の仕方一つで異能を持っているのかどうかわかってしまうのか?
「えぇ…はーい」
そういうと後ろに控えた大人の中の一人が前に出てくる。かなり身長が高く、目測180cm。猫背気味なので正確な身長は測りきれなかった。
見た目的には細身で、ろくに整髪されていないのがわかる。あれは前が見えているのだろうか。
そんなどうでもいいことを気にしている間に、いつの間にか周りが静かになっていた。それもそうだろう。
いきなり180cm近い男がのそのそと歩いてきたら吃驚する。威圧感が皮をかぶって歩いているのと同じだ。
「はぁ…あー、そうだなぁ。名前は何ですか~?」
「え?あ、つ、束間です」
「つかまくんかぁ~。そうだなぁ、じゃあこうしようか」
と言って、頭に手を乗せたかと思うと上から押しつぶすようにして地面へと手を走らせた。教室内に地面を叩く音が鳴る。周りが静かなせいか、無駄に反響する。
気づくとそこには束間の姿はなかった。あるのは大きな布一枚。
静寂が破られる。ざわめきは悲鳴へと変わる。当たり前だ、人が一人消えて代わりに布が現れたのだから。
僕は恐怖を感じた。あともう少し自分の発言が早かったら、束間の発言が遅かったら。そう考えると自分も悲鳴を上げたくなる。そんな恐怖を押し殺し、思考を巡らせる。
(なんだ?今のは?束間はどこに行った?消えた?それともあの布切れになったのか?いや、死んだと考えたほうがいいか?)
すると周りの喧騒に便乗し、前に控えていたスーツ姿の子供が頬を紅潮させながら破裂した風船のように飛び跳ねはしゃぎ始める。
「ねぇねぇ!はーくんその布俺にちょーだい!」
「え、まぁ良いけど…。あんまりやだなぁ」
「えー、何で?」
「何となく?」
「え、じゃあいいじゃーん!ちょーだいよ!」
「じゃあいいや。なんかいらない気がしてきた」
「いぇーい!ありがと!」
そういうとそれを背中に身につける。
「じゃーん!ヒーロー!ちょうどマントなかったし丁度いいでしょ?」
「あー、良いんじゃない?なんかいい気がしてきた」
「噺、そんなに二色を甘やかさないで。後が大変なの」
と、後ろに控えていたスーツ姿の女が疲れた声で注意をする。きっとこの注意をするのは今回が初めてではないのだろう。
「は?うるさい屑。お前みたいなブスの意見はいい感じがしないんだ」
「はぁ?ブスだって?お前目がついてないの?」
確かにその女性は誰が見ても絶世の美女だと感じるほど端正な顔立ちをしている。人間の本能に訴えかけるような美しさがある。
さっきの雑な言葉遣いも罵詈も正しく感じてしまうほどだ。もしかしたらこの女性がいう事為すことが、すべてが正しいのかもしれない。
そう誤認してしまうほどに美しい。
「まぁまぁ、噺に慕。この場は収めて…」
と、少し困り顔をしながら糸目の男が間に入る。この状態を収めようとするという事は、おそらく常識人枠なのだろうか。
「あー、うんそうしたほうがいい気がしてきた。わかったよ、好野」
「…わかったわよ。好野が言うならそうするわ」
今にもおっぱじめてしまいそうな剣呑な空気が消え去り、続いて雑談に興じ始めた。
ただ、その雑談に混じらずに、一人だけ全く話さずに立ったまま動かない男がいる。
昭和のヤンキーみたいな罰点が書かれたマスクをしているのはその内向的な性格の一端なのかもしれない。
「はいはい皆さん、そこまでにして下さいね。そろそろちゃんと異能持ちを探しましょう」
「「「「はーい」」」」
校長がこの場を仕切る。さっきまではしゃいでいた少年もすぐに静かになった。もっとも、表情には不満が見えているが。
「異能持ちの方はいらっしゃいますか?出てこないとみんな束間くんみたいになってしまいますよ。大丈夫。私たち異能軍隊、Different Ability。通称DABは普通と違うからと言って、差別することはありません。むしろ多様性を認めている団体です。頭の悪い旧人間とは違ってね」
周りが一蹴される。
威圧感。
塗り固められた満面の笑みで、万遍なく地獄を見せる。畏敬の念すら抱いてしまいそうなほどに、その顔は道化じみていた。
いやぁ、やっとこの感じになってきたねぇ!