2.孤独と人気、陰と陽
~名前の読み方~
与一…よいち
葦名衣…あしなころも
「あれ、もしもーし?聞こえてるかな~?」
「…」
話が通じないのかと思うくらいこっちの発言を無視してくる。こんな性格なのによくあんなに人気があるな。
「…与一さんですよね。全国的に目立ってるんだから知らないほうがおかしいですよ」
そう。この見た目の良い女はクラスの中でだけの人気者という訳ではないのだ。全校生徒からも
絶大な人気を博している。いや、これでは極小評価。
県民全ての人からの人気。これで過小評価。
日本人としての嗜みと言ってもいいほどの知名度を持っており、テレビにおいては裏かぶりという概念を初めて取り払った人間である。やっと正しく評価できた。
どの番組を見ても、どのチャンネルを見ても絶対にいるのだ。もし直接的に見ることがなくても必ず話題に上がる。
そんな化け物じみた知名度の一端は、役者としての人気だろう。僕はこいつの出ている作品を見たことはないが、周りから聞こえてくる話を聞いていると(盗み聞きではない)、
<あのシーン見た?!>
<みたみた!あれ本当にフィクション作品なのかよ!実体験をそのまま動画でとってるだけじゃねぇの?>
<臨死の実体験なんてねぇだろwまぁ言いたいことはわかるけどさ。あんなに死んでる演技上手いのは見たことないしな!>
だそうだ。
実際にその点が評価され、うちの学校に来ることが決まった時からうちの演劇部の部長になることが決まっているらしい。まぁこれは真偽不明だが。
「そうなんだ、良かった。一方的に知ってるだけだったらどうしようと思った」
「僕だったら一方的に知られてる感じがして嫌ですよ」
「確かにそうだね。じゃあ自己紹介してくれるの?」
「嫌です」
「知ってた。だってあんなに自分から孤立してるんだもん。まさか先生にまで喧嘩を売るとは思わなかったよ」
「そうですか。別に喧嘩売ったつもりはないですけどね」
「いや~。とんでもなく良い性格してるね。いつかクラス内で何か事件があったらいじめられちゃうよ?」
罪を擦り付けられるならまだしも、いじめられるっていうのはどういうことなのだろうか。
「そうですか。ご飯食べさせてください」
「もうちょっと話そうよ。この学校休み時間無駄に長いんだからさ」
この女が言う通り。うちの学校は休み時間が二時間近くあるので、昼食を取った後でも時間が有り余るのだ。
いつもはそのあり余った時間で僕は本を読んでいる。
「でさ、葦名君は結構クラスの中では目立ってると思うんだけど」
「…」
「みんな葦名君の事知ってると思うよ?あんなに人が嫌いなのにねぇ?」
昼食を食べていてもお構いなしに話してくる。流石にこのままじゃ困る。どうしたものか…。
「逆にあなたは目立ちたくないとか思ったことはないんですか?」
聞き心地の良い声から作られる面倒くさい質問が余りに煩わしいので、何か適当に質問をしてみる。
「ん?そんなのいっっっっっっつもだよ。人と関わるのでもう私の人生一杯なんだもん。ここに来てみようと思い立ったのも静かな食事がしたいっていう一心からだよ。クラスの中で弁当を食べようものならみんなから質問攻めに遭うし、食堂で食べようものなら周りから到底食べられない量の食券を渡されるし。それならと思って部室で食べてみたら先輩から『劇を見てほしい』って言われて劇の演出させられるし。放課後食べようと思ったら、部長としての仕事もあるし、夜はアニメの声優の仕事しないといけないし。いやぁ。入学が決まったときに演劇部の部長を務めてほしいとは言われたけどさ。まさか一年生から部長をやらされるとは思ってなかったよ。……あ!私が声優もやってるのは秘密ね」
こちらから質問したはずなのに自慢話を延々と聞かされた気分だ。
「じゃあ僕に話しかけないでくださいよ。精一杯ならいいじゃないですか」
「いや、君とは話したいんだよ」
「そうですか。僕は話したくないです」
「なんで話したいかというとさ。私と君は正反対に見えるんだよ」
「僕が陰気な人種って言いたいんですか?それともカリスマ性がないって言いたいんですか?」
「うーん。違うかな。陰と陽って意味では前者のほうはあってるかもしれないけどさ」
「そうですか。じゃあ僕昼ご飯食べますね」
「結構癇に障るような言い方したつもりなんだけど…反応薄いねぇ」
薄く笑いを顔に浮かばせる。それに対照して僕のただでさえ不満の多そうな顔が仏頂面へと近づいていく。
それでも無理やり話を続けてくるので、しばらく惰性で話に付き合い一通り話し終えた後
「まぁ今日は楽しかったよ。また明日」
と言って去っていった。また明日も来るのか…。いや、そもそもあの女ご飯食べたのか?食事のためにこの部屋に来たと言っていたはずなのにそんな素振りは一切なかった。
…どうでもいいか。そんなことより僕の本を読む時間が無くなってしまった。最悪だ。体は本でできている。そう言ってもおかしくないほど本に溺れている僕からしたら、今日この一日はそれだけで最悪な一日だ。
昼食を取り終え、残りの授業を受ける。その間に与一から何かしらアプローチがあるかもしれないと身構えていたが特に非日常なことは何もなく、いつも通りの一日を過ごすことになった。
アイドル的女の子って普通の人間じゃなくしたくなるよね。
因みに与一は葦名以外にはこんな当たり方しません。