14.正常と惨状、トラウマ記憶法
先までの一連の騒ぎのせいで停止していた頭が冷静になり働いていく。先までの自分を鑑みてみる。あぁ、さっきまでの僕は低迷していたはずなのに、ちょっとした空気に酩酊して醜い己を忘れてしまっていた。自分に味方がいると勘違いしてしまっていた。
二度と忘れたくない。前にも言ったが、あんな醜態をもしもう一度晒してしまったら。確実に自死してしまうだろう。間間さんの言葉を借りると、葉っぱや枝。幹が変わろうが、結局根底からは変わらない。というものだ。表面が変わろうが、自分の根幹は変わってくれない。ブクブクと太らせた自尊心は勝手には痩せてくれそうにない。
あの気持ちを忘れないために、一つショックが必要だろう。
「…初代さん」
「どうしたの?」
「少し行きたいところがあるんです。付き合ってもらってもいいですか?」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。…多分教室だよね」
「はい」
そう、一度教室へ行き自分のやったことの愚かさを脳裏に焼き付けようと思う。あの教室では大量虐殺が行われていることは、校長の言葉で明確だった。いくらみんなに思い入れがないとはいえ、流石に人が死んでいるところを見たならショックだろう。それでこの思いを忘れないようにしなければいけない。
…これは正しい方法なのだろうか。いや、正しいかどうか。正常かどうかを考えられるなら僕はまだ正常だろう。
「わかりました。…でも多分誰かいるだろうし、もしそうだったら引き返しますよ?」
「はい、それで大丈夫です」
そして教室へと駆けていく。そういえば初代さんの下の名前聞き忘れてたな。まぁまた今度聞くことにしよう。
教室の目の前10メートル。気配と息を殺しながらゆっくりと近づいていく。
「さて、ここからは何かあるかもしれないから気を付けてね。」
「はい。何かあったら任せてもいいですか?」
「うん、そもそも私はここの学校の人たちを助けに来たんだから」
「そういえばそんなこと言ってましたね」
緊張しすぎないように、軽く話しながら教室のドアへと手を掛ける。外からは仲が見えないようになっているので、直接入るまでは中がどうなっているのかは分からない。
「それじゃあ開けますよ」
「うん、何かあったらちゃんと助けてあげる。でも、中で何かが起こっていた時の事。その時はすぐに本丸へ戻ろうね」
その言葉を心に留め、カラカラと扉を開いていく。それと同時に妙な悪寒がした。全身の細胞が、心が、木の根っこが、この先に干渉してはいけないと言ってくる。わかった。やめよう。そんな心持ちとは裏腹に、この先を見てみたい。これまでの自分を変えるためにも必要だ。脳がそんな命令を発してくる。
呼応するように体が動く。ドアを開ける手はすでに止まることなど考えていないらしい。結局の所好奇心に負けてしまったのだ。弱い自分が怖い。自分を抑えられない。
「…もく…。ころもく…。衣君?」
「ひゃいう?」
恒例行事。
急に声を掛けられて変な返事をしてしまう。
「大丈夫?少し苦しそうだったけど」
「だ、大丈夫です。ちょっと疲れたのかもしれませんね」
心配をかけないように、初代さんの方を向いて少しおどけて見せた。
「大丈夫じゃないようならいったん帰っても良いんですよ?」
「大丈夫です。あ、もうドアも結構開けましたしそろそろ中に入りましょう」
「…わかった。でも、この先は嫌な空気がするから本当に気を付けてね?」
ほとんど開け切ったドアの端から中を覗く。そこには惨状が広がっていた。
血に塗れた黒板、上半身のない死体、迸った肉塊、山積みにされた体、転がる眼球。僕の体と心を、逃げた時とは違う恐怖が渦巻く。体を支配するには十分だった。ただ、ここでも謎の好奇心が働いてしまい、人がいないのを確認し中へと入っていった。パシャパシャと血溜まりを進み、詰まれた山を見つめてしまった。少しそうしていると、死体の山の頂点になにか動くものを見つける。
「…なんだあれ」




