10.完全無欠の人間?
「…はあぁぁぁぁぁぁ!怖かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!ほら、早く逃げましょう!!」
いきなり初代さんがしゃがみ込み大きな声を上げる。教室から400mくらいしか離れていないからそんな大声上げたら聞こえてしまうかもしれない。
少し走り、考える。
「あの、初代さんでいいですか?」
「いいですよ。どうしました?」
「さっきの状態怖かったんですよね。何で逃げなかったんですか?」
純粋に理解できなかった。
「え、うーん…。そうですね、そんなことを考えてなかった。それだけだと思います。」
理由を聞いても理解できない。
「え、じゃあ…」
「いったん話はここまでにして走ることに集中しましょう。そろそろ味方のところに着きますよ」
「…はい」
何であんな状態で頭が回ったのか。そこも気になったが、ここまでにして後にしよう。自分にできないことができる人間に対しての興味なんて尽きないものだ。
先までいた教室のことなんて気にならなかった。
「…さて、着きました…ってあれ?ここで待っといてって言ったはずなんですけど…」
そう言うと初代さんは教室の中を何かを探すように見渡す。
「誰かと待ち合わせしてたんですか?」
「はい。でも見当たらないですよね」
それにしても、うちの学校にこんな空き教室がるなんて。あるものといえば机と椅子と冷蔵庫だけ。
ん?冷蔵庫?そんなもの教室にあるわけがない。とは言い切れないけど、基本的にはないもののはず。
「…これですか?」
初代さんが首を傾げて聞いてくる。またわからない雰囲気が出ていたらしい。これじゃあ僕が無能なのがばれてしまう。そんなことを考えているうちに説明を始める。
「これはいつでもここへ逃げられるようにうちの部隊が置いておいたものです。このほかにも点々と避難所を置いているんですよ」
「部隊って何ですか?」
「あぁ、そういえば、部隊のことを話してなかったですね。私はNo-Nameという部隊に属しています。簡単に活動内容を説明すると、異能の人たちから普通の人たちを助ける活動をしています。今回ここの学校に来たのも隊の活動の一端ですね」
「のーねーむ?」
「私が属している部隊は名前がないんです。名前があると愛着がわいてしまうから…という理由ですね」
「愛着?」
さっきから保育園児並みの質問しかすることができない。いや、頭が足りてないだけなのだが。
「そうなんです。うちの部隊は入隊するも脱隊するも自由な隊なんです」
「なんでそんな孔子みたいな…」
さっきからバカみたいな発言ばかりだったので、ちょっと頭よさそうなところも見せておこう。
「?どういうことですか?」
「いや、往く者は追わず来る者は拒まずって言葉があるじゃないですか。」
「孟子の事ですか?」
しまった、すごい落ち込んできた。
「いや、えっと、間違っていたってことを知れたのって素晴らしいじゃないですか!無知の知って言葉があるくらいですし!」
さらにフォローもされてしまった。惨めすぎる。でもしかし、無知の知って自分が無知である事を知るってことじゃなかったか?
そんな気がするが、さっき間違えてしまった僕はそんなことも指摘できない。
「あ、無知の知ってそんな意味じゃなかったですね。私も間違えちゃいました。」
そう言って照れ笑いをする。ここまでで一連のフォローだったらしい。どれだけできた人間なのだろう。可愛いし。
「ま、まぁそんなことは置いておいて、そういえば聞きたいことがあるんじゃなかったんですか?」
「…。いや、忘れちゃいました。」
いくら興味が尽きなくともここで質問するようなことではない。流石にそこは弁えている。恥を恥で上塗りするほど馬鹿ではない。
「そうですか?ならいいんですけど…。それにしても凡はどこ行ったんだろう」
「もしかしたらさっきの部外者たちを倒しに行ってたりしてるかもしれませんね。」
「あの子なら本当にやりそうなんだよなぁ…え、異能が複数いたんですか?」
おっと。
これは予想外の部分に食いついた。そこに関しての返しは何にも考えていない。とりあえず普通に答えよう。
「はい。六人はいましたね、いやうちのクラスの人も合わせたら七人かな?」
「…ごめん、ちょっとここで待ってて下さい!私は教室見てきます!」
「え。」
突然顔をシリアスに戻して避難所から出ようとする。ここで僕一人になるの?一人になったところを狙われたら嫌だ。
初代さんの腰巾着として生きていきたい。腰巾着の名に恥じぬように荷物持ちでもしたいくらいだ。
「待ってください!僕も…」
思い留まる。僕は教室に行ってもいいのか?もう過去の遺物にしておいたほうがいいんじゃないか?
…弱すぎる。前もっていた張りぼてで建前の虚勢くらいは取り戻してもいいのかもしれない。今僕には何もかもが足りていない。
自尊心も、罪の意識も、自分の意思も。自分すらも。
「…?どうしました?言いたいこと、思い出しました?」
「思い出しました。あなたはどうしてそんな勇気があるんですか?あんなに怖かったのに。その人にもう一度会うかもしれないのに、もっと怖い人がいるかもしれないのに、どうして足が動くんですか?」
「そうですね…後で何かあったとき悔やむより、今動いて頑張ったほうが絶対いいから。かな?」
いや、どうだろうな?そうじゃないかな?口に出した後も手を顎にあてながら悩み続ける。この人は何でこんなに卑屈なのだろうか。自分に自信がないのだろうか。こんなにも偉大なのに。実際に力があるのに。美しいのに。自分があるのに。
まるで光と影のようで。
昨日と明日のようで。
さっきと今のようで。
さっきまでの僕と対照してしまう。悲しくなってしまう。悔しくなってしまう。
「そうなんですね」
「うん。じゃあ私行ってくるから、ちゃんと待ってて下さいね」
「はい」
「…クラスに戻りたいんですか?」
「え?」
見透かされているのか。それとも僕が顔に出やすいのか。それはさておいて、どうなんだろうか。自分の腹の内が探れない。心の内が読めない。
「わからない、です」
精一杯。
「もし行きたいとしても、絶対に来ないで下さいね?さっき噺さんと交渉したので、葦名君が生きてるのが知れたらどんな目に合うか」
そうだった。僕はもともと行けないんだ。良かった。
何の良かったなのだろう。
何が良かったのだろう。
不純な安堵。人間としての不十分な所から来る安堵。
あぁ。駄目だ。
駄目だ 駄目だ 駄目だ。
このままじゃ駄目だ。
またこの感覚。さっき味わったばっかりの嫌悪感に焦燥感。底知れぬ沼に落ちていく感覚。
「わかりました。ここで待ってれば良いんですよね」
「うん。ごめんなさい。大事な一歩を潰しちゃったみたいで」
「…?いや、大丈夫です」
「じゃあ改めて行ってきますね」
そう言って扉に手を掛ける。
窓が割れる。




