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リナとザンナ

 もし魔法が使えたら。

 愛される魔法を。

 裏切られるのことのない紅い契約を。


 “神は平等な愛を”


 平等な愛なんていらない。自分にだけ向けられる特別な愛が欲しい。それさえあれば満たされる。


 なのに、どうして。


「この力で皆を幸せにしたいの」


 君は僕を見てくれないの。




 *




 森の奥、人の立ち入らない場所。

 青い屋根の屋敷。快晴。

 台所で芋の皮を剥くザンナは慣れた手つきで包丁を動かしていた。

 口の端をはじめとした身体中の傷は随分と昔につけたもの。


 ふと勝手口の向こうから聞こえてきた心地いい歌声にザンナが手を止める。それが愛しい人の声だと分かると自然と耳を澄ませていた。




 夢でみたの、愛しい子よ

 あなたの愛らしい素敵な笑顔

 蝶が歌うの 聞こえるでしょう?

 きっとあなたを呼んでいる

 空想の世界で遊ぶのには飽きたでしょう?

 私もあなたに会いたいの

 怖くないわ ここはあなたのお家だから




 魔法の呪文。花を咲かせる優しい呪文。

 彼女は森の監督官だから、きっと花を増やしているのだろう。

 幼い頃は芽を出すだけで魔力を使い切っていたのに今では立派な大木を育ててしまうのだから、時間の経過を感じざるをえない。

 兄妹のように一緒にいた僕も、彼女と同じように成長しているのだろうか。


「ふふっ、やっぱりここにいた」


 いつの間に来たのか、ヒョコッと顔を出して嬉しそうに笑う彼女。

 淡い桃色のワンピースと茶色の三つ編みが陽に包まれて柔らかく見える。

 ドキリと心臓が鳴った。

 まさか来るなんて思わなかった。


「今日は早めの昼食作りなんだね。私も手伝うよ」


 そう言って入ってくるリナ。

 バクバクと心臓がうるさい。

 僕はフイっと目を逸らした。

 もっといい言い方があっただろうに。


「これは僕の仕事だから」


 そう冷たく言い放って僕は皮剥きを再開させた。あくまでも僕は料理人であって、そして拾われた身だ。リナはこの家の実娘であって僕が簡単に慣れ親しんではいけない存在。

 毎日のように突きつけられるんだ、天と地ほどもある僕と彼女の存在価値を。

 彼女は純粋で聡明で、森に愛される監督官で、そして僕は…僕には何もない。

 ずっと自分に言い聞かせているはずなのに、ズキンズキンと心臓の音が心を傷つける。

 リナは一瞬戸惑ったような顔をして、それから泣きそうな顔で笑った。


「邪魔しちゃってごめんね」


 傷ついたのはリナの方だ。


 でも言えない。

 邪魔なんかじゃないって、ごめんねって、口が動かない。

 リナは逃げるように台所を出て行った。

 僕は包丁を動かす手を止めて、それから深いため息を吐いた。


 どうすればいいのか分からない。


 リナとの距離をとるようになったのは、ここ最近の話だった。




 *




 夜、台所。

 洗い物をするザンナの背後に1つの影。


「マイスウィートエンジェル」


「…。」


「マイスウィートエンジェルぅ!」


「…。」


「マイスウィートぉぉおおおお!エンジェルぅぅううううう!!」


「…。」


「my sweet angel ?」


「…頑固デスネ」


「お互い様じゃないかぁ」


 キラリとした瞳で格好つけるのは家主であるアイスト。こう見えても森の監督官。

 ザンナは彼女が背中に背負っている杖に気づき、近くに置いておいたタオルで手を拭いた。


「またですか」

「最近多いみたいでね」


 放火魔、あるいは魔女狩りか。ここ最近やけに森に火がつけられる。


 先に歩くアイストの後につづく。外に出てすぐ、アイストが杖を手に持った。アイストは年の離れた妹であるリナと同じ魔法使いだが、その魔法には縛りがある。


「さあ、愛しい子たちよ。私達を運んでおくれ」


 彼女は転送魔法しか使えない。


 アイストが杖をつく。彼女の呪文に応えるように周囲の草が伸び、2人を包み込む。それから地面の中に引きずり込んで、木の根を避けながら目的地へと運んだ。


 2人がついた先は森の端。空が赤い。すでに何十本もの大木が火に焼かれている。その姿は熱さに悶えているようで心の奥がズキリと痛んだ。


「頼んだよ、ザンナ」


 ザンナは一歩前に出た。火をジッと見つめて、ゆっくりと息を吐く。それから大きな口を開けて思い切り空気を吸い込んだ。


 来い。残らず喰ってやる。


 火が木から剥がされる。ザンナの口に次々と吸い込まれ、黒焦げになった木だけが残る。腹がいっぱいになったら一度口を閉じて、そしてまた火を喰べる。それを何回か繰り返すと、火はあっという間に消え去った。


 …クソッ


「…やっぱり人間は嫌いだ」


 そう言って口元を拭ったザンナの目は怒りと悲しみが混じった複雑な色をしていた。







 ザンナが幼い頃、家が火事になった。

 ザンナは本能的に火を喰べた。家がなくならなくて良かった、ただそう安心した。しかし親は違った。


 気味が悪い。


 そう言ってザンナをゴミでも見るような目で見て、家から放り出した。


 それがキッカケだった。


 噂を聞きつけた住民に魔獣だからと石を投げられ、親が悪い行いをしたからだと牧師に蔑まされ、ザンナは傷だらけになりながら死を考え出した。手の横を通るネズミを見て、自分がつい最近までネズミを怖がっていたことを思い出した。しかし今じゃどうだ。人間の方が怖い。

 そんな居場所をなくしたザンナに手を差し伸べたのがアイストだった。


『うちに可愛い妹がいるから、遊び相手になってくれないかい?』


 正直拒否権なんてなかった。体はピクリとも動かなかったから。アイストに抱き抱えられて家までいって、それから看病をされるうちに住み着いていた。そこでリナと出会った。







「魔法が怖いんだ、仕方がないだろう?」


 この森に火をつける人間は、森の監督官である魔法使いですら認めておらず、悪魔だ魔女だと貶す。

 燃えてしまった木を見るアイストに怒りの感情は一欠片もなかった。むしろ哀れんでいるように見えた。


「まあ、口より先に手が出ているあたりが困ったものだけれど。言ってくれれば善処するんだけどなぁ」


 どうしたものか、と手を組んで悩むアイストはなんとも呑気だった。


 ザンナはそんな彼女を見て鼻で笑った。気づいた彼女がザンナの方を見る。


 時々思う。


「何でそんなに能天気でいられるのか不思議ですよ」


 優しいヒトに拾われてよかった、と。


 アイストはザンナの心中を察したのか、いないのか。フッと格好つけたように笑って空を見上げた。彼女の視線の先にあるのはもうすぐ満ちそうな三日月。


「月が何故満ち欠けするのか。そんなことを説くのはロマンに欠けるだろう?」


「はい?」


「ありのままでいたいと、そんな我儘さ」


 …はぁ。


 優しい。正直者。善人。

 裏返せばただの阿保。あるいは変態。


 僕はこのヒトに拾われてよかったのか、時々疑問に思うのだ。




 *




 歌が聴こえる。愛しい人の声。



 夢は意地悪に幻想ばかり見せる

 でも心地良いの どうしても

 触れる肌は温かく かける声は柔らかく

 花が気遣って嘘を吐く

 わかっているわ でも少しだけ

 意地悪な夢を見させて



 いつもとは違う切ない歌声に胸が騒つく。

 何かあったの、そう聞けたらどんなにいいか。

 しかし自ら作った壁を今更壊すなんてできない。


 窓の外の月は雲に覆われていて、切なさも喜びも心地よさも与えてくれない。



 リナが悲しいと僕も悲しい



 月はひどく意地悪だ。

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