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008.第二王子はクール?

「カチューシャ。もう、危ないことをしてはならないよ」

「も、申し訳ございませんでした、お父様……」


 会場に戻った途端、鬼の形相のお父様に発見、拘束された後、淡々と説教を受けた私は、精神的にもの凄いダメージを受けていた。

 ガックリと肩を落とした私の横には、多分マンガとかであれば、ズーン、みたいな擬音語が燦然と輝いていることだろう。あと背景はベタ。

 お父様は、とても怒っていた一方で、すごく安心したように息をついていて、本当に申し訳なく感じた。ごめんなさい……。


「だが、一人にして済まなかった。カチューシャは他の子らよりも随分と大人びているから。私も、一人で置いても大丈夫だろうと、甘い判断を下してしまったようだ。陛下からも叱られた」

「え? 陛下って……王様から、お父様が怒られちゃったんですか?」

「ああ」


 不愉快そうに眉を寄せるお父様。でも、この表情は決して不愉快に思ってる訳ではない。どちらかと言えば、自分を省みているのだろう。

 って、お父様の表情講座をしている場合じゃない。私は頭を振る。

 ゲームでは……特に私のプレイしたお気楽モードでは、「王様」というキャラクターは、殆ど登場していなかった。

 最初のチュートリアルは担当していたような気がするけど、本当に一瞬で……正直、あまり記憶に残っていない。

 ただ、一応王位に就いて長い、という知識はある。ゲーム本編の時点で、少なくとも20年以上は王位に居るようなことを言っていたような……。つまり、今現在の王様は、ゲームに登場する王様と、同一人物と考えて良いはず。


(でも、子どもを一人で会場に置いて行った臣下を怒るような、優しい人って印象は無かったんだけどなぁ……?)


 私は、疑問符を浮かべて眉を寄せる。

 確かに、王様本人の登場が少なかったせいで、あまりキャラクターは把握出来ていないけれど、ううん、寧ろ登場が少ないからこそ、王子たちから伝え聞いた人物像が、私の中で凝り固まっている。

 第三王子曰く「すぐ怒る」人。第二王子曰く「厳しい」人。第一王子曰く「理想が高過ぎる」人……らしい。

 あまり深く考えたことがなかったけれど、良く考えると、伝聞による印象しか無かったのだから、思っていた雰囲気と異なっていても、おかしいことはないのかもしれない。

 ……ダメだなぁ、私。最近、ゲームと違う話が出て来ると、すぐ考え込んじゃったりして。死にたくないから、当然かもしれないけど。


「気にするな。お前のせいではないさ」

「は、はい」


 お父様が、軽くポンポンと私の頭を叩く。

 私が難しい顔をしているから、お父様が怒られたことが自分のせいだと責めているのだ、と思って慰めてくれたのだろう。優しい人だなぁ、お父様。顔怖いけど。

 ほっこりして頬を緩めていると、お父様が小さく頷いて言った。


「カチューシャのことだ。彼らに話しかけるタイミングを待つ為に、この場を離れたのだろう? ほら、そろそろ波も引いて来たようだ。ご挨拶してきなさい」


 促されて会場を見渡してみると、確かに、あれだけ固まっていた2か所が、少しだけバラけ始めていた。それでもまだ、結構な数が居るには居るけど、あれより少なくなることは、きっと無いのだろう。

 私は、背中を軽く押すお父様に頷き返すと、歩き出した。

 ふと、お父様のサポートに徹するルカと目が合うと、優しげに微笑むのが見えた。全幅の信頼を置かれているのは嬉しいけど、出来れば一緒に来て欲しいなぁ、と思うのは、さっきの事態があるからだろう。

 い、行きますけどね、一人でも!


 ところでこのお茶会、どういった意図によるものなのか、参加者は保護者同伴だけれど、王子たちとの接触においては、必ず一人で、というルールがあるらしい。

 小学校高学年くらいの子ならともかくとして、私みたいに5、6歳の子に、それは厳しくないだろうか?

 不思議に思うけれど、塊に近付いて行けば行く程、貴族社会の本気を感じて、納得した。


「恐れ入ります、殿下。私は……」

「本日は、お招きにあずかりまして、誠に感謝申し上げます……」


 大人だ。下手すると、私よりもずっと、笑顔の張りつけ方が上手い。

 言ってしまえば、丸暗記した文章を、必死に読みあげているだけ、という感は否めないけど、それでも十分良いと思う。

 いやー、凄いね。今どきの子どもって。……私も子どもだけどね。


「それでは、お次の方。前へお願い致します」


 若干どうでも良いことを考えながら、のんびりと第二王子グループの中に佇んでいると、人だかりを交通整理していたらしい少年から声がかかる。

 顔も名前も分からないから、ゲームには出ていないか、モブ扱いだったんだろうけど、彼は多分、第二王子付きの使用人だ。

 何だか、キビキビしていて、生真面目そうな子だなぁ。

 そんなことを思いつつも、私はなるべく令嬢らしく前へ進み出て頭を下げた。


「お初にお目にかかります。サンチェスター家長女、エカテリーナにございます。このような場をお与え頂けましたこと、恐悦至極に存じます」

「……ああ。ヴェルトライズ・リレン・アスルヴェリアだ」


 ひと際豪奢な椅子に腰かけた、私より少し年上の少年。

 サラサラの銀髪は艶やかで、品の良い顔立ちも相まって、まさしく「王子様」といった風体の子だ。

 けれど、その本来強い輝きを放つだろう赤い瞳は、何にも興味はない、と言わんばかりに伏せられている。

 私に対する抑揚のない名乗りも、そうした印象を強めていた。


(うーん、第二王子だ。間違いない)


 名乗ってくれているのだから、それに疑いは無いんだけど、ゲームで見ていた印象とそう変わらない雰囲気で居てくれると、こんなにホッとするものなのだろうかと感慨深くなってしまう。


 ――ヴェルトライズ・リレン・アスルヴェリア第二王子殿下。


 彼は、第一王子と違って、国王と正妃の間に生まれた王子だ。

 その影響で、幼い頃からヨイショされて育って来ていて、そのことに、違和感を抱いている。

 自分のやること成すこと、すべてが褒められ、怒られることも無く、漫然と過ごす日々に、やがて心は死んでしまった。とは、彼本人の談である。

 表情は死んでるし、コミュ力も何もあったものじゃないくらいだけど、それでも彼は、ずっと「王子様」として期待に応えようとして来ている。

 その為、民たちからの評判も良く、そのことが余計に兄弟との軋轢を深くしていることにも気付いていて、どうにも出来ない自分を嫌っている。

 そんな彼は、良いことをしたら褒め、悪いことをしたら注意してくれる、異世界から来た主人公に強く惹かれて行って、やがて閉鎖的な貴族社会に立ち向かう勇気を得る。

 ……と、まぁそんな感じのキャラクターだ。


 第二王子殿下は、キャラクター的には好きだ。

 最初の鬱々した感じから、自信にあふれて、王子様然としていく流れも良いし。

 ただなぁ……第二王子ルートに入ってしまうと、私こと悪役令嬢エカテリーナが、100%死んでしまうのが気になって、微妙な印象になっている。

 他のルートだと、何とか流刑エンドで済むところも無くは無いけど、とにかく第二王子ルートは、典型的な悪役令嬢っぷりに拍車がかかっているのだ。

 お気楽モードですらそういう印象だったけど、グレイさんから聞いた話によると他モードだと、もっとヤバいらしい。そりゃ死ぬよね。


「あの。失礼ですが、ミス・サンチェスター」

「え?」


 じっと第二王子を見つめていると、困惑したような声がかけられる。

 第二王子ではなく、そのやや後ろに立つ、使用人の子の言葉だった。


「他に何か、仰るようなことはないのでしょうか?」

「言うこと、ですか……」

「無いのならば結構です。次の方に順番をお譲り頂ければ、それで」


 困惑する5歳児に対して、なかなか厳しいことを言う子だなぁ。

 私は、呆気に取られながらも、確かに名乗るだけで話を終えようとするのはおかしいか、と考え直す。

 こういう時、自分や領地について猛アピールするのが一般的らしいけど、それもどうなのだろう。

 さっき第一王子と団長に、変に関わってしまった手前、出来れば第二王子に対しては、当たり障りなくやり過ごしたい気持ちが強いんだよね。


「それでは、一つだけよろしいでしょうか?」

「如何致しましょう、殿下」

「……許可する」

「かしこまりました。それでは、ミス・サンチェスター、どうぞ」

「ええ」


 心底面倒臭そうに頬杖をついて、適当に頷く第二王子。

 それでもサマになっているのだから凄い。

 何なら、その美しさに目を奪われて、令嬢たちがほぅ、と溜息をついたのが聞こえたからね。美しいって罪ですね。本当に。


「ヴェルトライズ王子殿下におかれましては、その御心に安らぎが訪れますように、ささやかながらお祈り申し上げますわ」

「え……」


 さて、ひと言言ったし立ち去ろうかなー、と思ったら、第二王子から不思議そうな声が漏れて来た。

 何で不思議そうなんだろう?

 全員が猛アピールしてるって訳でもなさそうだし、適当にひと言添えれば普通だと思ったけど……な、何か間違えたのかな?

 ここは、さっさと撤退するが吉かもしれない!

 私は、さっと頭を下げると、逃げるように立ち去ろうとして……。


「それでは、御前を失礼致します」

「待て」

「っ……」


 ……失敗した。


「何故、君が私の心の安寧など願う必要がある?」

「必要性、ですか?」


 良く分からないけど、第二王子の心の琴線に触れるひと言だったのだろう。

 えー? これから大変になるけど、頑張ってねーって程度の意味だったんだけど、何かおかしかった?

 じっと見つめてみても、当然ながらモノローグは見えない。

 これがゲームだったら、どうして主人公には相手の気持ちが分からないんだろう、と不思議に思うところだけど、自分主観でこの王子様を相手にしてみると、コミュニケーションの難しさをより強く感じる。

 責めてごめんなさい、神子様。私にも、この人が何を考えてるかなんて分からなかったです。


「心配をすることも、身に余るような行為でしたでしょうか? でしたら、私の考えが至りませんでしたわ。お詫び申し上げます」

「ふん……王位継承者を案ずるのは当然、か……」


 自嘲するように呟く第二王子。

 でも、その言葉には違和感がある。

 確かに第二王子が王位を継承することになるエンディングは多い。

 ……多い、のだ。確定ではない。


「お言葉ですが、殿下」

「……もう良い。下がれ」

「私が案じたのは、第二王子でも、王位継承者でもございません」

「……何を言っている?」

「ミス・サンチェスター。殿下は下がれと仰いましたよ」


 使用人の男の子からも注意を受けてしまう。

 当然ながら、このような行為、許されることではないだろう。

 私にも、分かっている。リスクが高くなる。あらゆる意味で。

 でも、これを言わなければならないような気がした。


「ヴェルトライズ様。私は、貴方様の御身を、御心を、案じたのでございます」

「訳の分からないことを……ミス・サンチェスター。これ以上殿下のお言葉に従わないようでしたら……」

「申し訳ございません。出過ぎた真似を致しました。……それでは今度こそ、失礼致します……」


 第二王子本人は、信じられないものを見るような、複雑そうな表情をしていた。

 だから、使用人の男の子が代わりに、とばかりに私を睨んでいた。

 これ以上怒られては、堪ったものではない。

 そう思った私は、男の子の言葉を遮るようにして一礼すると、足早に立ち去る。


 というか、そもそも今の状況って、お父様にも見られてるよね。

 ……ひ、ひぃぃ!!

 よ、良く良く考えたら、私、結構首突っ込んじゃったよね!?

 あー、もうっ。何でこんなこと言っちゃったんだろう!


「えっ? で、殿下? 何を……」

「おい、君!」


 あれ? 何か、後ろが騒がしいなぁ。

 お茶会って言っても、祭りみたいなものだから、騒がしいのは当然か。

 何か疲れちゃったな。第三王子の列に並ぶ前に、お茶をいっぱい頂こうかしら。


「君! ……っ、ミス・サンチェスター!」

「えっ!?」

「呼び止めているのが聞こえないのか、君は」

「で、殿下……?」


 グンッと、強く腕が引かれて、後ろによろめいてしまう。

 バランスの崩れた身体を、誰かが支えた、と思ったら、耳元で声が聞こえた。

 ……何故か、第二王子の。あれ、第二王子が私の腕引っ張ったの?


「あ、あの。私の言葉、それ程に殿下のお気に障りましたでしょうか……?」


 聞くという行為、それ自体が本来はあまり好ましいことではない。

 何しろ相手は、この国の王族だ。

 如何に公爵家の娘と言っても、そこまで自由は効かない。

 不安に思いながら第二王子を見ると、彼は何故か薄く微笑んだ。


「いや……心地良かった」

「え?」

「一つ、聞いて良いか?」

「も、勿論でございますわ。何なりと」


 心地良いって、何が? 殿下を心配する人は結構居るから、それじゃないよね。

 言葉を遮ってまで、意見を言ったこと……?

 …………。

 ……いやいや、まさかまさか。無いよね、うん無い。

 だって、別にイベント通りの神子様のセリフをなぞった訳でもないし、好意的に受け取られる所以なんて無いものね。

 主人公は可愛いから好意的に受け取るのも分かるけど、ほら、私、悪役令嬢ですし? 普通、蛇蝎のごとく嫌われてるしね。


「君は、我ら三兄弟の中で、私が最も王に相応しいと思うか?」


 よーし、大丈夫だ。このセリフは、ゲームには出て来ていない。

 類似のセリフも無かった。特に王子たちのルートに関しては、地獄の講座でやったから完璧だ。ま、まぁ、グレイさんの記憶頼りだったから、微妙なところもあるけど……大丈夫、大丈夫。ゲームに出て来てないなら、やっぱり私の勘違いだ。

 第二王子のフラグ立てちゃったかな、なんて私なんかがあり得ないのに、何で調子に乗った心配してたんだろう。あはは。


「失礼ながら私は、兄君も、弟君も、貴方様に劣るとは思いませんので、どなたが一番かは、申し上げることは出来かねますわ」

「! そうか」


 何で嬉しそうなの?

 内心首を傾げる私の手を優雅に取った第二王子は、ゲームでも見たことがないような、晴れやかな笑みを浮かべている。

 私、何か間違えましたでしょうか……。


「君の言葉は、心地良い。出来れば、もっと長く聞いていたいくらいだ……」

「わ、私如きの言葉で宜しければ、お望みの時にはいつでもお聞かせ致しますわ」

「! 本当か?」

「え? え、ええ……」


 グッと顔を近付けられる。

 え? あ、あのー?

 何これ、どうなってるの? わ、わ、訳が……訳が、分からないっ!!


「なら、次は私に会う為に来て欲しい。ミス・サンチェスター。そして願わくばずっと、その幼い心の君のままで居て欲しい」


 第二王子の掌が、そっと私の胸を撫でる。撫でると言っても、厭らしいことじゃなくて、ふんわりと、慈しむような動きだ。

 と言うか、幼い心って……何ですかね。私、中身高校生なのですが。足せばハタチ超えてますよ。

 ちょっとムッとしたのが、顔に出たのを感じたけど、第二王子はもっと嬉しそうに笑った。何故だ。


「殿下! あまりそうした行為は、褒められたものではございませんよ!」

「ああ。分かっているよ、ロマーニ。もう戻る」


 使用人の男の子……ロマーニさんて言うんだね。その人に注意された第二王子は、また少しつまらなそうな表情に戻った。

 私と視線を合わせる為に屈んでいた身体を起こすと、王子はもう一度私を見て微笑んだ。


「ミス・サンチェスター。素敵な時間をありがとう。それでは」

「え、ええ。御機嫌よう……」


 周囲のご令嬢たちが、ザワザワと何かを囁きながら視線を交わす。

 でも、その間を第二王子が自分の席に戻って行くとすぐに、好奇に満ちた声は、黄色い声へと戻って行った。

 私はしばらく呆然と、塊の中に消えて、見えなくなった背中を見つめていた。


「……な、何だったんだろう……??」


 良く分からないけど、ゲームとは違う何かを、起こしてしまった気がしてならず、心がザワつく。それは、嫌な予感なのか、それとも良い予感なのか。

 思い切り首を傾げた私は、とりあえず思考を放棄する為に、給仕の人に紅茶を入れてもらって、一気に呷った。


「よし、忘れよう」


 それだけ呟くと、私は第三王子の塊へと視線を移した。

 その途中で視界に入ったお父様は、とても微笑ましそうな顔をしていて、周囲の人が怯えきっていた。

 後ろに控えるルカは、大層不機嫌そうにしていて、やっぱり周囲の人が怯えていて、でも私と目が合うと嬉しそうに笑ってくれた。


 ……て言うか、二人が居る付近だけ人が避けてるの、何か凄いな。


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