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004.友情エンドへの入り口

「それで、どうしてグレイさんは、使用人になってるんですか?」


 長々とした、「これから」に向けての話し合いにひと段落がついて、私は軽く首を傾げながら尋ねる。

 そもそも、最初に聞こうとしたのは、その辺りだった。

 何だか、もの凄いスケールの話が続いてたから、聞くのを忘れていた。


「あー……」


 グレイさんの顔が、一気にしおれる。

 い、イケメンが台無しですよ。


 ……あ、因みにグレイさんは、今は使用人服だから、ゴーグルはしていない。

 晒された顔は、攻略対象者というだけあって、大変整っていた。

 サラサラの濃紺の髪は、昨夜も見えていたけど、金色の猫みたいな目は、今日初めて見た。

 ちょっと三白眼っぽくて、イタズラっ子みたいな印象を受けるけど、それでもやっぱり、整っている、という印象の方が強い。イケメンってお得だよね。


「昨日、俺、状況を一人で整理するのと、身辺整理も終わらせて来ようと思って、一旦帰っただろ?」

「はい」

「その帰りに、ルカに捕獲されたんだ」

「えっ?」


「それで、尋問されて」

「ええっ!?」


「雇われた」

「その間に一体何が!!?」


 話のテンポの良さに、付いて行けないのは私だけだろうか。

 目を白黒させる私に対して、グレイさんの目は死んでいる。


「アイツ、マジで怖ぇーよ……。俺の事情、洗いざらい吐かされたし……」

「そ、それって、ルカも私が転生者だって、知っちゃったってことですか!?」


 何ということだ。

 こう見えても、結構一生懸命隠してたのに。

 前世の記憶があって、しかもこの世界が、ゲームの世界かもしれないなんて、気持ち悪がられるかと思って、怖かったのだ。

 だ、断じて、自分の中で整理がついてなくて話してなかっただけじゃないから!


「って言うか、俺が話す前から、ちょっと疑ってたっぽい」

「ひぇえ!?」


 ルカ、どれだけ優秀なのよ!?

 流石は攻略対象者!

 ……じゃない。それより、大きな疑問があった。

 私は、コホンと軽く咳払いをすると、再び問いかけた。


「それより、ルカが仲間であるのは最高、と言ってましたよね?」

「ああ、言ったな」

「幾ら優秀と言っても、ルカは普通の人間のはずです。どういうことですか?」

「……黙秘権を、行使します」

「何で!?」


 さっきまで、あんなにペラペラ喋ってくれてたのに。

 私が、激しいショックを受けるような内容まで。

 しかも、ショックを受ける私を、楽しそうに見つめながら。


「その辺は、ルカ本人に聞いてくれー」

「本人には聞きづらいですよ」

「それでも。……口止めされたんだよ」


 俺としたことがー、と呟くグレイさんの表情が死んでる。

 あれ、グレイさんって暗殺者だったよね?

 暗殺者の心を殺せる、ウチの使用人ってどうなってるの?

 攻略対象者、という言葉が頭を過ぎる。……これ、絶対何かあるじゃない。


「あの優しいルカにも、何か裏の顔が……?」

「お呼びになられましたか、お嬢様?」

「ひぇえ!! る、ルカ!?」


 私が呟いた瞬間、耳元から、噂の本人の声が聞こえて来た。

 聞き慣れた声とは言え、突然のイケボは心臓に悪い。


「い、いつから居たの?」

「勿論、最初からでございます」

「最初!?」

「はい。お嬢様が、「グレイさん。これ、どういうことですか?」と、仰ったところからです」

「本当に最初だ!!」


 ようやく二人きりになれた、と思っていた時間は幻だったらしい。

 あれー、おかしいなぁ? 私もグレイさんも、辺りは確認したんだけどなぁ。

 ちょっと感情が抜け落ちそうな感覚に陥っていると、ルカが柔らかく微笑む。


「僕は、エカテリーナお嬢様の専属使用人ですから。いつ如何なる時にも、お側に侍るように心がけております」

「そこはかとなく、狂気さえ感じるよルカ!!」

「ふふ」

「爽やかに笑ってるけども!!」


 ……因みに、私はルカと、ここまで打ち解けた? 感じで話したことは、実は無かった。

 あまりの衝撃に、ちょっと取り乱してるな、私。

 ルカは、もっと空気を読む、普通に優しいお兄さんだと思ってたんだけど……。


「ところで、ルカは、私のこと不気味に思ったりしないの?」

「まさか。何故、そのように思われるのでしょう?」


 私の問いに、ルカはキョトンと目を瞬く。

 表情が読みとりにくいタイプではあるけど、これは多分、本当に驚いているんだろう。

 その様子を見て、私は小さく息をついた。


「だって、前世の記憶があるなんて、おかしいじゃない。しかも、この世界の物語が描かれたゲームがあるなんて」

「お嬢様」


 ルカは、優雅に膝をつくと、私の手を取って、私を見つめる。

 柔らかな青い瞳に見つめられると、少し落ち着く。


「前世なんて関係ありません。僕にとって、お嬢様はお嬢様です。それに、例えこの世界を創った存在が居たとして、それを認識出来なければ、それは神と同じ。何も気にするような問題ではないのですよ」


 小さな子どもに言い聞かせるような、穏やかな声で、私は泣きそうになった。

 張り詰めていた糸が切れたみたいだ。

 大丈夫。例え誰が私を気味悪がっても、ここに味方がいるなら、私は戦える。


「うん。そうだね、ありがとうルカ!」

「はい」

「……おーい、エカテリーナ。キミ、誤魔化されてるぞー」

「あれ?」


 グレイさんから、ジトッとした視線を頂戴して、ハッとする。

 そ、そう言えば、ルカにどう思われてるか気になっちゃって、忘れてた。

 ルカの正体? って言えば良いのかな。それを聞こうとしてたんだ。

 ……私、一体何回忘れるんだろう。


「失礼ですね。誤魔化すつもりはありませんよ」

「どうだか」

「君は僕に厳しいですね。まぁ、君の事情を鑑みれば、当然かもしれませんが」


 分かってる分かってる、とばかりに笑みを深めるルカに、グレイさんは苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。

 何か、完全に上下関係が形成されてるな、知らない間に……。


「さて、お嬢様。僕が居ると、何故お嬢様をお救い出来る確率が上がるか、その理由をお尋ねでしたね?」

「ええ、そうね」

「悪魔だからです」

「……え?」


 聞き間違いだろうか?

 今、何か更にとんでもない単語が聞こえて来たような……。


「ですから、悪魔です。その中でも、特に夢を好んで食べる種類の」

「…………」


 ――あくま?


「お嬢様は御存知でしょうが、悪魔は地下の世界に住んでいて、闇の力に親和性がある種族です。人、天使とは長年争い続けていますが、現在はひとまず冷戦状態にあり、時折人にちょっかいをかけることも……」

「ちょ、ちょっと待って! る、ルカが悪魔? え? 悪魔!?」


 もう、昨夜から聞かされる事情のアレコレが多過ぎて、許容量を超えて来た。

 混乱する私を余所に、グレイさんが不満そうな声を漏らした。


「言いたくなかったんじゃないのかよ?」

「知られたくなかったのは、君の言うところの、恋愛イベントとやらについてであって、僕の正体についてではありませんよ」

「あー……ハイハイ。ナルホドなぁ……」

「な、何ですかグレイさん!?」


 何故か、納得したような目線をもらう。


「私、今キャパシティー超えてて、混乱してるんだから、余計な情報増やさないでくださいよーっ!」

「ちょっ、ポカポカするなよ! 公爵令嬢だろう、キミ!?」

「うう~……」


 思わずグレイさんの方へ駆け寄って行って、ポカポカと胸を叩くけど、全然効いてなさそうだ。

 それに、もっともな御意見を賜ってしまう。

 く、悔しいー……何か分かんないけど、悔しいー。


「簡単に言えば、僕の、死に関する察知能力は、人よりもずっと優れていますからね。お嬢様をお守りするには、適任と言えるんですよ」

「そうなの?」

「ええ。実際、詳細は存じ上げませんでしたが、今までも、何度もお救いしておりましたよ」

「えっ!?」


 ルカが、事もなげに指を折り始める。

 曰く、作業中の穴にフラフラと向かって行ったとか。

 曰く、馬車が自然と崖に向かって行ったとか。

 曰く、賊が不自然な動きで私に向かって来たとか。

 ……数えるのも怖いくらい、列挙は続いた。


「グレイから聞いて納得しました。だから、この子は僕好みだったのだなぁ、と」

「好み?」

「ええ。僕、闇の感情を食べるのが大好きなんですよ。お嬢様の夢は、毎夜美味しく頂戴しております」

「ぶふっ!!」

「えっ、喰ってんの!?」


 良い笑顔で言うことじゃない。絶対違う。

 私は、信じられないものを見るような目でルカを見てしまう。

 もしかして私、襲われてたの、知らない内に??


「ああ、食べると言いましても、お嬢様には指一本触れていませんよ。お嬢様が眠りに落ちてさえいれば、部屋の外からでも食べられるんです」

「そうなんだ。良かった……のかな?」

「ほらー。これだもんなぁ。困っちゃうよなぁー」


 あー、ヤダヤダと肩をすくめるグレイさん。

 何だか、嫌な予感がして、視線だけグレイさんに向ける。

 すると、グレイさんは笑った。すっごく微妙な笑顔で。


「この辺のエピソード、かなり後半で出るんだ」

「……それはつまり、主人公が居ないのに、ルカの物語が進んでいると! そういう訳ですか……」

「あれ、何かズレてない?」

「え? 何かおかしかったですか?」


 二人で首を傾げていると、ルカが話を遮るように手を叩いた。

 そして、笑顔で提案する。


「僕の話はもう良いでしょう。それよりも、直近の行動方針を決めるべきではありませんか?」


 直近、かぁ。

 確かに、ルカの話も気になるし、まだまだ聞き足りないけど、ルカ自身が私の敵になったりするんじゃない限り、とりあえずは後回しで良い、かな。

 窺うようにグレイさんを見ると、彼もまた、頷いていた。


「そうだな。そうだと思う。ルカルートの死亡フラグは、まだ先のはずだし」

「昨日の話だと、まずはアスルヴェリア内の死亡フラグに繋がりそうな要素を排除していく、ということでしたよね」

「ああ。それも、結構急がないとマズイかもしれない」


 ……何か、当事者抜きで、結構話が進められている気がする。

 昨日、そんなに二人でお話してたの?

 グレイさんは、尋問されたって言ってたけど、本当に一体何が……?


「エカテリーナ。キミは、多分あと数日以内に、城に行くことになる」

「城……あっ。それは、私にも分かります。王子との初対面ですね。確か、エカテリーナが王子に恋をした時の話をしていた記憶があります」


 主人公が、各王子様ルートに入った時だけ、エカテリーナは、それぞれの王子様の婚約者設定で登場して、嫉妬が理由の暴言を吐く。

 正直なところ、この各王子様ルートのエカテリーナが、一番悪役令嬢として輝いている気がする。

 だって、他のルートだと、あんまりイジメてる感じがしなくて、小姑にしか見えないんだもの。


「ああ。ゲームのご都合主義的に、主人公が選んだ王子にひと目ぼれしてて、その王子の婚約者になる訳だ」

「でも、今は現実ですし、仮に私が、誰かの婚約者になったとしても、主人公がその人を好きになるとは限りませんよね?」

「そうだな。勿論、キミが王子にひと目ぼれするとも限らない訳だ」

「……そっちは無いと思います」


 ゲームのキャラクターとしては好きでも、実際に会ってひと目ぼれするとは思えない。

 何しろ、精神的には10歳近く年下なのだ。流石に子どもにしか見えない。


「ここで重要になるフラグは、王子を好きになること自体じゃない」

「? どういうことですか?」


 王子様への恋心を募らせて、挙句、身を滅ぼすパターンだから、エカテリーナが私なら、そんなことないと思うんだけど。

 首を傾げる私に、グレイさんが説明してくれる。


「エカテリーナが助かる為には、限りなく友情ハッピーエンドに近い条件を揃えておく必要があるのは分かるよな?」

「それは、何となく分かります」


 ここが、幾ら現実だと言っても、180度違う展開から、ハッピーエンドは迎えられないだろう、と思う。

 と、いうよりも、他のパターンは怖くて試せない。

 死んでしまったら、それで終わりだもの。


「あれ、条件が一つあってさ」

「何でしょう?」

「エカテリーナが、王子の内のどれかと婚約者であること」

「……何となく読めてましたけど、一体何故なんですか!?」


 友情を築くのに、友情にヒビを入れそうな要素を入れる必要性が分からない。

 頬をひきつらせる私。何でグレイさんはちょっと楽しそうなのよ。


「製作者の趣味だろ?」

「ああー!!」

「お嬢様、落ち着いてください」


 頭を抱えて奇声を上げる私に、ルカが飲み物を差し出してくれる。

 流石、ナイスタイミングです。落ち着きます。


「出来る範囲では、シナリオなぞった方が良いだろ。だから、出来ればここで、王子というか、王様たちに良い印象与えて、婚約者になる可能性を高めておきたい」

「そ、そうですね。えーと、ひと目ぼれもしないといけないんですか?」

「友情ルートの場合、婚約してるだけ」

「複雑ぅ!!」


 本当に頭が爆発しそうだ。

 呼吸が荒くなる私。いや、だから何でグレイさんちょっと楽しそうなの!


「多分、そういう折々には、邪神からの何らかの接触もあると思うから、ひとまず心を強く持ってくれ」

「えっ、アドバイスそれだけですか!?」

「うん。それ以外の目に見える危険は、ルカが何とかするよ」

「当然ですね」

「えっ、あっ、うん」


 納得がいかないのは気のせいだろうか……。


「そのパーティーが終わったら、やってもらいたいこともあるから、くれぐれも慎重にな」

「わ、分かりました。死なない為ですもんね!」

「あと、パーティーまでの間に、勉強な。エリサガの」

「へ?」


 顔を上げると、グレイさんの良い笑顔とぶつかった。

 勉強って……あの、私の思ってる勉強ですか?

 チラリとルカを見ると、ルカもまた、良い笑顔だった。


「エカテリーナは、特に知識が少なすぎる! そんなんじゃ、どうでも良いフラグに足をすくわれかねない。そしたら、俺もとばっちりで死にかねない! それを避ける為に、出来る限りの情報を教えるから、頑張って覚えてくれ!!」

「ぐ、グレイさんの出来る限りの情報量って……」


 滅茶苦茶キャラ数が多くて、分岐が多くて、エンディングが多いこのゲーム。

 その、ヘビーユーザーであるグレイさんの出来る限りの情報量。

 嫌な予感しかしない。


「セリフ暗記しろとは言わないから、せめて概要だけは覚えるんだ!」

「ひぇぇ!!」

「やらないと死ぬと思え!!」

「が、頑張りますー!!」


 それから、鬼コーチと化したグレイさんに、地獄の講座を受けさせられた。

 お陰さまで、直近の問題、ということで、我が国アスルヴェリア関連のイベントだけは、大体抑えられた。

 ……けど、出来ればもう二度とやりたくない。死んじゃう。


 とは言え、これも死なない為。

 失敗したら終わりの人生なんだから、泣きごとは駄目だよね。

 ……分かってる。分かってるから、二人とも笑顔で詰め寄って来ないでぇぇ!!

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