003.エカテリーナの死亡事情
「おはようございます、お嬢様」
「……おはようございます、お嬢様」
「え? あの、どうなってるんですか??」
私と同じように、ゲーム『エリュシオン・サーガ~命儚し、恋せよ乙女~』のプレイヤーで、そのキャラクターに転生してしまった、グレイさんという暗殺者と、センセーショナルな出会いを果たした日の翌日。
件のグレイさんが、昨日の暗殺者スタイルとは打って変わって、清潔感に溢れた使用人スタイルで、朝の挨拶をして来た。えーっと、何これどういう状況??
「お嬢様。こちらの少年は、僕がスカウト致しました。本日より、お嬢様付きの使用人……僕の補佐となりますので、よろしくお願い申し上げます」
「え?」
「ああ、既に旦那様には許可を頂いておりますので、ご安心を」
ニコニコと、爽やかな笑顔で、私にグレイさんを紹介する彼は、ルカ。
2、3年前くらいから、私専属の使用人をしてくれている、優しいお兄さんだ。
怒ると怖いけど、その分信頼出来る人だと思っている。
「よ、よろしくね?」
「はい、お嬢様。グレイと言います。よろしくお願いします」
引きつった笑みで、私に名乗ってくれるグレイさん。
うん、名前は知ってるんだけどね。聞きたいのは、そういうことじゃなくてね。
そう言いたいけど、流石に話の内容が内容なので、堂々と尋ねられない。
私は、困惑気味に朝食に入って、それから、ルカの指示通り、いつものお稽古に勤しんだ。
……そして、たっぷり半日が経過した頃。
ようやくお稽古を終えた私は、グレイさんと二人きりになれる時間を手に入れ、早速尋ねることにした。
「グレイさん。これ、どういうことですか?」
昨日、ルカが実は、私の知らない攻略対象者だった、と告げた直後、グレイさんは一旦帰る、と言って私の部屋を後にした。
その時、「ルカが居るなら大丈夫」と、良く分からないことを言っていたから、もしかすると、私を助ける代わりに養って、という約束は無しになったのかも、とさえ思った。
でも、こうして今日、姿を見せてくれたから、それは杞憂だったんだろうとは分かったけど……状況が全然把握出来ないよ!
「俺にも分からない……どうしてこうなった?」
「昨日、あんなにやり込んでたって自信満々だったのに、早速フラグ管理失敗したんですか?」
疑うように問いかけると、グレイさんは涙目で眉を吊り上げた。
あれ、怒らせちゃったかな。
ちょっと腰が引けた私に、グレイさんはまくし立てるように叫んだ。
「そりゃ、失敗もするさ! 幾らなんでも、本編でまったく接点の無かったエカテリーナとルカに繋がりがあるどころか、滅茶苦茶ルカの好感度が高くなってるなんて思うかよぉ!!」
「こ、好感度? そう言えば、ルカが攻略対象者だって言ってましたね。昨日」
「知らなきゃ、どうやってこんな状況に出来るんだよ! おかしいだろ!?」
「そんなこと言われても……」
私は、アスルヴェリアでスタートする以外のルートを、まだやったことがない。
グレイさんは、ルカが獣王国で仲間になるって言ってたっけ。
……でも、どういうことなんだろう?
ルカは、2年か、3年前くらいにウチに仕えるようになったけど、詳しい経緯は分からない。気付いたら、お嬢様ーって言って、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれてたって感じだからだ。
そこに文句を言われても困る。
「あー、ハイハイ。お嬢様は、全然サッパリ分かんないって言うんでしょ? 昨日の今日でも、もう大体把握しましたよ。その辺の事情は」
「いやぁ……面目ないです」
グレイさんは、思い切り叫んだせいか、肩を上下させつつも、やがて仕方なさそうに溜息をついた。
何か色々諦めたっぽい溜息を聞くと、肩身が狭い。
「ま、良いや。昨日相談出来なかった分も、今話しちゃおう」
「よろしくお願いします」
「えーと、どこから話せば良いかな」
グレイさんは、トントンとコメカミを叩きながら目を伏せる。
しばらくその状態で考えている様子だったけど、目を開くと、もうすっかり落ち着いている様子で、静かに言葉を発した。
「まずは、俺たちの共通の目的について。これは良いよな?」
「はい。エンディングまで、無事に生き残ることです!」
「その通り。現状についても、もう大丈夫だと思うけど、一応。俺たちは、今どんな状態にある?」
「私たちは、前世でプレイしていたゲーム『エリュシオン・サーガ』の、登場人物に生まれ変わってしまいました。しかも、彼らは割とすぐ死にます」
改めて口に出すと、絶望的な状況な気がする。
せめて、没落エンドの時とか、バットエンドの時だけ死ぬ、ってくらいだったら避けるのも簡単だったかもしれないのに。
訳の分からないタイミングの、強制死亡エンドだけは止めて欲しかった。
グレイさんは、私の言葉に頷くと、言葉を続ける。
「それで、俺は生まれてから割とすぐに、俺が「グレイ」になってるって気付いたから、グレイルートの死亡フラグを折るか、折る一歩手前になるように下準備を重ねて来た」
凄いな、グレイさん。
見た目からすると、私より少し年上っぽいとは言っても、まだ子どもというのは変わらないのに、どうやってそれだけ行動出来たんだろう。
中身が、それなりの年齢だとしても、難しいと思うから、単純に、グレイさんが行動力のある人、ということなんだろう。尊敬しちゃうなぁ。
「それでも、この世界にある死亡フラグは、グレイルートだけじゃなく、全体に散りばめられてるから、流石に他のルートに関しては、俺も手が出せなかった」
他の人のルートに入ろうとしていたにしても、ゲームではRPG要素も多いにあるから、絶対に本命以外のキャラクターも使用することになる。
その流れで、グレイさん、或いはエカテリーナのエピソードが発生することもあるし、他のキャラクターのエピソード内で、何故か私たちが死ぬこともあるのだ。
何と言う、とばっちりエンド……!!
「そこで俺は、協力者を探してたんだけど、難航してたんだ」
確かに、私も最初、私と同じような人は、他にも居るのかな? と思ったりはしても、探そうとは思わなかった。
何故なら、確認の手段が、直接確認する以外に無くて、大変過ぎるからだ。
居るかも分からない人を探すのに、途方も無い時間をかけられなかった。
「そんな時に、確率的には既に死んでてもおかしくないキャラクター、エカテリーナが、まだピンピンしてるって情報を聞いて、俺は確かめてみることにした。もしかしたら、俺と同じなんじゃないかと思ってな」
そう思われる程、エカテリーナが死に易いと言うことだろう。
軽く眩暈を覚えるわよ、エカテリーナ。
エカテリーナ、何故すぐ死んでしまうん……?
「で、昨夜に繋がる訳だ」
「結果的に、私たちは同士だった訳ですね」
「……予想外だったのは、思ったよりもエカテリーナに知識が無かったことと……ルカの存在だな」
「……ごめんなさい」
心底ガッカリしたような視線を向けられて、縮こまってしまう。
そ、そんなこと言われても……と、言い訳したい気持ちになるけど、いや、何か、仰る通りって気がして言えない。
「いや、良い。ルカが仲間って言うのは、考えようによっては最高なんだ。そもそも、ルカが居るからキミは、知識が無くても生き延びられてたんだと思うし」
「? どういうことですか?」
ルカが、私を知らず知らずの内に、死亡フラグから助けてくれていた?
そ、そうなのかな?
何だか、あまりにも傍に居ることが当たり前過ぎて、ピンと来ない。
いや、寧ろそれだけずっと一緒だったんだから、普通に守ってくれてたのかも?
「その前に。エカテリーナさ、5人クリアしてるって言ってただろ?誰?」
「はい。王子様3人と、サジェスくんと、団長です」
「あー……全員、アスルヴェリア。ナルホドなぁ」
その、妙に納得してるような表情は何ですか、グレイさん。
「公式サイトは見てたか?」
「一応見ましたけど……キャラクターが多過ぎて、正直把握しきれてません」
「誰を覚えてる? ああ、アスルヴェリア勢だけで良いや」
そうやって改めて聞かれると悩むなぁ。
キャラクターが多い上に、戦闘参加メンバーは、主人公を入れて4人までだから、あんまり使ってないキャラクターは、必然的に登場回数が減るのだ。
「えぇと……今言った5人と、将来エカテリーナの義弟になる予定のキリルくん、チャラ男ことエリック様、団長の部下の2人……ですね」
「名前覚えてるキャラクター少ないなぁ」
「私、気に入ったキャラクターしか使わないタイプだったので」
特に、こういう恋愛要素のあるゲームでは顕著だった。
クリアするまで、絶対に余所見はしない。一途なヒロインのが好きなのだ。
「俺……というか、グレイのことは知らなかったんだよな?」
「はい。多分、もし他に攻略対象者が居るとしても、私はお気楽モードで出て来る人しか分からないと思います」
「あと、他の国のキャラクターか」
「そうですね。何人かは知ってるんですけど……」
聖王国の良く血を吐く神官長補佐のマイス様とか、商業都市の冒険者、男の娘のセレノスちゃんとか、獣王国のモフモフ狼兄貴のウルファードさんとか、大森林の妖精、シャナ……なんだっけ?シャナくんとか、ドワーフのギンさんとか。
こうやって羅列すると、結構知ってる気がするけど、全然一部なんだよね。
そう考えると、結構えげつないゲームだよね。これ。
「うーん。つまり、キミは全然エリサガについて知らない、と言っても過言じゃないってことだな」
「ええっ!? そ、そこまでですか!?」
「まぁな。お気楽モードって、色んな伏線とか全部すっ飛ばして、恋愛要素だけ楽しむ為のモードみたいなものだからさ」
な、なるほど確かに!
結構楽にクリア出来たし、ずっと甘かったような気がする!!
「じゃあ、かなり基本的なところから行くけど」
「はい!」
「エカテリーナが、何で悪役令嬢って言われてるかって言うと、主人公をイジメるからってだけじゃなくて、普通にラスボス生み出す存在だからなんだ」
…………。
「……はい?」
「王子ルートやったなら、第一王子の話で、似たような展開になってたと思うけど、あれを突きつめて行くと、第一王子より、エカテリーナのがよっぽどヤバかったってオチになるんだよ」
「……はいぃぃ!!?」
な、何と言う激しいネタバレ!!
私は、愕然としながら、思わず大声を上げてしまう。
だ、だだだ、だって仕方ないよね、これ!
「ど、どどど、どういうことですか!? ラスボスって、各国の重要人物に宿った、邪神の欠片で、そいつが人々の闇の心を吸い取って復活して、世界を滅ぼしてしまうから、それを主人公が倒して……って感じでしたよね? それが、え、エカテリーナが生み出す??」
「正確に言えば、エカテリーナが死ぬことで、ラスボスが解放される」
「エカテリーナ、そこに関係あったんですか!?」
記憶が正しければ、女神様の言う、世界を脅かす虚無の深淵の正体は、かつて世界を滅びる一歩手前まで追い込んだ邪神の欠片だった。
女神様が、邪神を分割して、それぞれの種族の王たちに封じることで、世界を救ったけど、邪神の欠片は、まだ諦めていなかった。
封印の隙間から、徐々に自分の力を流して行って、虚無の深淵を生み出し、人々の心に邪心を芽生えさせて、力を取り戻して行った。
そして、女神様の力が弱まって来た時、自身を封じる人の心が弱まったり、邪心に染まったりすると、これ幸いにと自ら封印を破って世界に牙をむく。
……それを、主人公が、仲間たちと一緒に打ち倒すんだよね。
「邪神の欠片は、王族の血筋であれば、誰にでも宿れる。移動もし放題」
「それは、王子様3人プレイした時に見た気がします」
「なら、気付いても良さそうだけど、エカテリーナは、サンチェスター公爵令嬢。どういうことになる?」
私の……エカテリーナのお母様は、現国王の妹だ。
滅茶苦茶正統な王家の血筋である。
別の家に入ったから、凄く遠くはあるけど、一応王位継承権も持ってるし、エカテリーナ。
……最悪の回答しか導き出せない……。
「……お、王族の血を引いているので、邪神の欠片、入り放題?」
「そういうこと! ……と、言っても、エカテリーナに関してだけは、逆の意味も持ってる」
「逆?」
想定外の言葉がやって来た。
何なんですか、グレイさん。私を殺す気ですか?
もう既にパンク気味なんですけど。
「今5歳だから……1年後かな。1年後の、魔力検査で、エカテリーナは特殊な魔力持ちだと判明するんだ」
「特殊……ですか。それは、どういった?」
「救世の神子と同質の魔力を有してるんだ」
「ええっ!? チートじゃないですか!!」
「いや、めっちゃ弱いんだけどな」
「弱いの!?」
持ちあげられたと思ったら、突き落とされた気分だ。
どうなってるのよ、エカテリーナ。
「同質ってことは、虚無の深淵も倒せるってことですよね?」
「すんげー苦労するけど、一応倒せる。でも、その程度でも、もの凄い話なんだ。今のアスルヴェリアからすれば。だから、王子の内の誰かとの婚約話が確定する」
「えっと、邪神の欠片の封印を強める為に、より王族の血を濃くしたい……とか、そういうことですか?」
「ああ。神子の存在は、完全に伝説とされてるから、実際に劣化でも、神子が居れば、そりゃ取り込もうとするだろ?」
何か、辛い。死ぬって話も辛いけど、利用されるよ! って聞くと、結構精神的に来るのね。初めて知ったわ!!
天を仰ぐ私に、グレイさんは笑顔で続ける。Sかな?
「でも、そんな劣化神子の力でも邪魔に思う存在が居る」
「邪神……ですね」
「そう。今現在、まぁ、誰も気付いてないと思うけど、アスルヴェリア王家の邪神の欠片……引いては邪神を抑え込んでるの、主にエカテリーナなんだわ」
「え!?」
な、なな、何と!
私、知らない間に、結構凄い効果を及ぼしてたの!?
「ま、だからどのシナリオにおいても、重点的に狙われてる訳」
「なんてこった……」
「ご愁傷様。けど、これで大体分からないか? エカテリーナが死にまくる理由」
「な、何となく……」
つまり、どのルートにおいても、私は常に邪神に狙われていて、隙あらば死ぬように仕向けられてる……ってことか。
ストーリー上では描かれてなくても、その事実自体が変えられる訳じゃないってことだね。
「って、いやー! 何で、私にそんな力があるのー!?」
「そこまでは、俺にも分からない。ただ、エカテリーナって、製作者から特に気に入られてる節があったから、そのせいかもな」
「ええっ!?」
「製作者に、闇落ち美少女推しの人居たからなー。主にその人じゃないか?」
「もっと真っ当に愛して欲しかった!!」
ズザッとその場に崩れ落ちる私。
その肩に、そっと優しく手が置かれる。
顔を上げると、グレイさんが笑ってた。
……何か、本当にSっぽい気がするんですが。
「つまり、エカテリーナに死んでもらったら、俺……というか、みんな困る訳だ」
「世界崩壊の危機を招くことになりますからね……」
「そう。で、俺としては、一番対策を練りやすいって理由で、出来ればストーリー通りに進めたかったんだが……」
「……る、ルカの存在ですか」
ビクビクしながら問うと、グレイさんは大きく頷いた。
ただでさえ、ゲームと違う展開になってるって言ってたのに、私が、無意識の内に、更に違う展開にしちゃってたってことだよね。
……そ、そんなつもりなかったって言うか、分からなかったんだけどね!?
「でも、さっきも言ったけど、ルカが居るのは、ある意味正解だと思う。アイツが味方なら、キミも俺も、もっと安全に生きていける!……多分!」
「えぇー……?」
私は、ルカのルートを知らない。
だから、正直グレイさんが、どうしてそんな風に言うのか、想像もつかない。
どんな理由が飛び出すのかと、私は固まりながら耳を澄ます。
「とは言え、ルカのことは、とりあえず置いておいてくれ。そんで、目下のところは、友情ルート……エカテリーナルートを目指そう!」
「え? ゆ、友情ルート??」
そう言えば、友情ルートもあるって聞いたことがある。
このゲームは、何だかんだと女性キャラクターも多数登場している。
中には、男性キャラクターより、ずっと格好良い人もいるとかいないとか。
……私は、あんまり覚えてないけど。
「聞いて喜べ! エカテリーナルートのハッピーエンドは何と……エカテリーナが死なない。どころか、全キャラクター生存が可能な、唯一のエンディングなんだ!!」
「な、何ですってー!!?」
も、盲点だった!!
まさか、エカテリーナ生存ルートが、自分自身のルートにあったなんて!!
……あれ? でも、何でそれを私は知らなかったんだろう?
内容のネタバレ自体はあんまり見てないけど、プレイヤーたちの感想は見てたから、てっきり、全員救うルートは無いんだと思ってたけど。
「言いたいことは分かる。何で、それが有名じゃないのか、だろ?」
「はい」
「ランダム要素が絡むんだ。しかも、鬼のような低確率の」
「えっ」
ランダム? この、リアルで命がかかってる状況で、運任せ?
「だから、実際に見た奴って、多分、変態か俺くらいだ」
「変態だったんですね、グレイさん」
「俺は変態じゃない」
ムスッとした表情になるグレイさん。
いや、でも、そもそも鬼畜モードでコンプリートしてる時点で、十分変態ですよ……。何時間使うと思ってるんですか。
ああ、そっか。グレイさん、最初からコンプリートしてるって言ってたもんね。
寧ろ、エカテリーナルートもプレイ済みって、分かってても良かったな、私。
「大丈夫だ。ランダムって言っても、発動条件は把握してる。しかも、今はキミの行動が、ある程度コントロール可能。つまり、発生確率はかなり高められる! ……はず!!」
「その、若干不安を煽って来るスタイル止められないんですか……?」
「一緒に頑張ろう、エカテリーナ! そんで、俺に平穏なニート生活をっ!!」
「スルーですか!?」
2人で、えいえいおー! と、右手を突き上げる。
まだまだ、分からないことは多いけど……な、何とかなりそう、かな?
不安しかないけど、1人じゃないし、頑張ってみよう。
よーし、やるぞぉー!!