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002.協力者はニート志望

「貴様……いや、キミも、プレイヤーだったのか!」

「えっ?」

「そっかー、良かったー! ようやく会えたー!!」


 ドキドキと、立ち居振る舞いについて悩んでいる間に、暗殺者は……彼は、ナイフを懐にしまうと、パッと満面の笑みを浮かべて、私に抱きついて来た。いや、ナイフ当たって痛いです。


「俺、気付いたら、エリサガのグレイになっちゃっててさ。あ、初めまして。俺、グレイです。知ってると思うけど。だから、ここで待っててくれたんだろ?」

「え? あの、どういうことですか?」

「あれ、知らないの??」


 ペラペラーッと、事情を話す彼に、もう殺意は感じられない。

 ひとまず胸を撫で下ろすも、状況についていけない。

 目を白黒させる私を、彼は不思議そうに見ている。


「鬼畜モードで開始すると、エカテリーナが5歳の春祭りの夜、宴を抜けて自室に戻ると、暗殺者グレイと遭遇して、仲間に入れるってイベントが追加されるだろ? まぁ、過去の回想シーンで、一瞬しか出ないけどさ」


 さも知ってて当然のように言われるけど、知らないよそんなの!

 そもそも、私、グレイって人も知らないよ!


「私、お気楽モードしかプレイしていないので……」

「え、ウソ!? それで、良く今まで生きてたなー」

「……え?」


 何か、彼……グレイさんから、衝撃的な言葉が聞こえた様な。


「普通モードですら、エカテリーナの過去の死亡フラグ、もの凄いことになってるんだぞ。リアルでエカテリーナやってたら、絶対既に死んでるって。……だから俺、もしかしたらエカテリーナは、俺と同じなんじゃないかと思って、ストーリー通り会いに来たんだよ」

「……私がこの時点で生きてるのって、どの程度奇跡的なんですか?」

「んー、相当だよ。ここが、アスルヴェリアで開始する世界なら、世話係決定までの1週間の選択肢の半分で死んでたことになる。他国スタートなら、いつ死ぬかは分岐によるけど……それでも、5歳まで生きてるのは珍しいかな」

「ひぇえ!!」


 だから、何でこのシナリオは、エカテリーナの死亡エピソードに、遡及するの!

 おかしいでしょ、未来の選択肢が過去を変えるって!!


「しかも、ご丁寧に毎度死亡状況が違うし、説明までしてくれる」

「スタッフのエカテリーナへの歪んだ愛を見てる気がします!!」


 ヒドイ、ヒド過ぎるよ、スタッフ!

 私は思わず、その場に崩れ落ちる。有り得んぞ、このゲーム!


「せめて、悪役令嬢としてくらい使ってくれても良いじゃない!」

「ホントだよな。因みに、死んでた場合、王子様ルートはクリア不可になる」

「どういう因果関係なの!?」


 知ってたけど。それは、知ってたけど!!

 改めて他人の口から聞くとヒドイ。

 嘆く私を眺めつつ、グレイさんは少し間を置くと、口を開いた。


「俺、ここまでグレイとしてロールして来たけど、どうやらこの世界、ゲームより更に複雑に出来てるみたいなんだ」

「え?」

「ゲーム本編に登場しないとおかしいヤツが、既に死んでたりするんだよ」

「え!?」


 彼は、何が言いたいんだろう。

 首を傾げる私に、彼は更に言葉を続ける。


「キミさ、今の様子を見るに、あんまりゲーム、詳しくないんだろ」

「そう……かもしれません」

「でも、当然生き残りたいよな」

「は、はい! この際、流刑エンドでも構わないから、死にたくないです!!」

「だよな」


 ニコーッと満面の笑みを浮かべたグレイさんは、私の両手を握りしめる。

 そして、静かに告げた。


「俺を、雇う気ない?」

「どういうこと……?」

「俺も、死にたくないんだ。キミは知らないっぽいけど、グレイも結構面倒な立ち位置でさ。エカテリーナほどじゃないけど、すぐ死ぬんだ」

「……ああ」


 暗殺者ってポジションから言って、想像がつく。


「出来る限り、ゲームの生存ルートに即した形で、話を進めたい。普通のゲームなら、歪めた方が楽だろうけど……これはさ、全部が複雑に絡んでるから、下手なことしたら死にそうで怖いし」

「だから、ストーリー通り、雇って欲しいと?」

「まぁね。その代わり、キミの死亡フラグ対策に協力するよ。俺は、鬼畜モードでコンプリートするくらいやり込んでたから、役に立つと思うよ!」

「す、凄いです!!」


 確かに、そこまで知識のあるグレイさんが協力してくれるのなら、心強い。

 目を輝かせる私に、グレイさんは深く頷いた。


「だから、俺のこと雇ってよ。そんで、俺が無事にキミを生かすことが出来たら、終わった後、俺のこと養って!」

「……はい?」


 何か、最後に訳の分からないお願いごとが付属していたような。

 目を点にする私に、グレイさんはニコニコと笑いかける。


「俺、元々働きたくないタイプなんだよね。今は、死ぬかもしれないから頑張ってるけど、本来ならイヤなんだよ」

「は、はぁ……」

「このままじゃ、生き残っても、明日をも知れぬ毎日、汗水たらして働き続ける未来が待ってるだろ?それはなー、って思うのさ」

「…………」

「その点、キミを助けて恩を売れば、キミはお金持ちのままだし、俺はキミの援助でニート生活。最高だろ?」

「……グレイさん、もしかして、前世結構ダメな人でした?」

「え? そんなことないと思うけど」


 いや、多分、絶対、ダメな人だったと思う。

 私の従兄弟程度にはダメだね。間違いない。


 ……でも、グレイさんがダメな人かどうかと、協力者として相応しいかは、別の話になる。

 寧ろ、グレイさんが、あんなに時間を使うゲームを、コンプリートしていたことは、幸いと言えるだろう。

 私は、色々な苦言を全部飲み込んで、頷いた。


「分かりました。目的はどうであれ……貴方が私を助けてくれる、という提案は、とてもありがたいものです。是非、よろしくお願いします」

「ホントに? やったね!」


 心の底から嬉しそうに笑うグレイさんは、悪い人には見えない。

 それどころか、今は救いの神様にさえ見える。


「あの、ところでなんですけど」

「うん。何?」

「グレイさん、本当に暗殺者……なんですよね?」

「今日を境に抜けて来るから平気だよー」

「……え?」


 乙女ゲームだと、暗殺者と恋人になると、終盤に、結構簡単に組織を抜ける。

 でも、それを普通に見てしまうのは、それが物語だからだ。

 リアルでそれって、簡単に出来るようなものなんだろうか。

 不安に思ったのが顔に出たのか、グレイさんは困ったように笑った。


「あー、ごめんな。心配かけちゃった?」

「ええと……今の私は、ただの子どもなので。国の闇的な組織に、立ち向かえはしないよなぁ、と思いまして」

「そりゃそうだ。けど、ホントに心配要らないよ。俺ルートも完璧に把握してるから、組織を根こそぎ潰す程度の情報だったら、三つや四つ、持ってるんだ」


 ……ん?

 それって、笑顔で言うようなことですかね。

 顔を引きつらせる私に、グレイさんは事もなげに説明してくれる。


「転生したって思い出してから、すぐに行動して情報収集も終わらせてるしね。俺ルートの死亡フラグの破壊は、完璧に出来るよ」

「お、おぉー……!!」


 何と言う頼もしさ!!


「……ま、俺ルートの死亡フラグを折るだけじゃ、俺の安全が確保出来ないってのが、哀しいところだけどね」

「それは、何と言うか……ご愁傷様です」

「キミほどじゃないから平気だよ」

「ふぐっ」


 なかなかのダメージを叩きだしてくれちゃうグレイさん。

 も、もう勘弁してくださいぃー……。

 ヘコむ私を横目に、近くにあった椅子を引き寄せ、腰を下ろすグレイさん。

 何か、ナチュラルにポットからお茶淹れてますけど、それ、私のですよ。


「もう夜だし、詳しい話は明日……と、言いたいところだけど、そんなことしてたら、キミが死んじゃうかもしれないから、先に幾つか状況の擦り合わせをしておきたいんだけど、良いかな?」

「い、良いかなって言うか、もう完全に居座る気ですよね、グレイさん」

「あははー」


 死にたくないんだから、歓迎すべきことよね。うん。

 私は、やや無理矢理納得すると、一緒のテーブルについた。

 チラリと窓の外を見ると、まだホールから明かりと笑い声が漏れている。

 とりあえず、もうしばらくはこうして話していても、バレないだろう。


「じゃあ、まず一つ目。キミは、このゲームってどのくらいプレイしてたの?」

「お気楽モードで、5人分ですね」

「……え、5人? お気楽モードで?」

「はい。とりあえず、ハッピーエンドを見ました」


 私は、あまりバッドエンドが好きじゃなかったから、避けていたのだ。

 そう言うと、グレイさんの表情が、目に見えて落胆したような感じになる。

 失礼じゃないですか、その反応!?


「いや、ホントさ、キミ……良く生きてるね」

「そんなに奇跡的なんですか!?」

「落ちて来た隕石が、ピンポイントでキミに当たる程度には奇跡的」

「良く分からないけど、凄そうですね!!」


 我ながら、愕然としてしまう。

 もしかすると私、結構運が良いんだろうか。

 今まで、特にその恩恵を受けていたような気がしないけど、生きてるだけで相当凄いんだとしたら、そこに全部運を費やしてたのかもしれない。


「お嬢様? まだ、起きてらっしゃるのですか?」

「あれ、ルカ?」

「!!?」


 私が呆然としていると、コンコンという、軽いノックの音が響いた。

 今の今まで、気配なんてなかったのに、今は廊下から光が漏れて来ていた。

 その声は、私の世話役をしている、ルカという男の子の物で、どう答えたものだろうかと悩んだ私は、グレイさんの方を見た。

 でも、さっきまでそこで、のんびり紅茶を飲んでいた彼の姿が見えない。

 流石は暗殺者、と思うべきなのか、既に紅茶を飲んでいた痕跡さえない。


(とりあえず、返事をした方が良いよね)


 死亡フラグについては、私も気になるけど、グレイさんが姿を隠した、ということは、今すぐどうこう、ということではないのだろう。

 楽観的かもしれないけど、考え過ぎても行動出来なくなる。

 私は、軽く深呼吸をしてから、扉を開いた。


「どうしたの?」

「やはり、起きていらっしゃったのですね。申し訳ございません。旦那様の給仕がございましたので、遅くなってしまいました」


 深々と頭を下げる彼の手には、私がいつも、寝る前に飲んでいるハーブティーがあった。

 そう言えば、今日はまだ飲んでいなかったな、と私はのんびり思った。

 正直、それどころじゃなかったから、忘れてたよ!


「ありがとう。丁度、眠れないなと思っていたの」

「いいえ、身に余るお言葉でございます。……ところで、お嬢様」


 スッと、ルカの青い目が鋭く細くなる。

 いつも優しいルカが怒ることは滅多にないけど、これは、その時に近い表情だ。

 私は、内心でヤベェ! とビクつくが、努めて冷静であるように微笑む。


「何?」

「僕が来る前に、誰かいらっしゃいました?」

「いいえ。まだ宴の最中じゃない。誰も来やしないわ」


 ルカは、私じゃなくて、何もない場所を睨みつけているように思える。

 ヒョエエ、これ、気付かれてるんじゃないの、グレイさん!


「……そうですね。よもや、このような時間帯に、淑女の部屋に押しかける無遠慮な男など、居るはずがありませんでしたね。申し訳ございません」

「そうよ」


 ニコーッと、優しい笑みが浮かぶ。

 いやいやいやいや、これバレてるバレてる!!

 ルカは、お父様が私につけてくれた世話役で、そう年は離れていない筈なのに、妙に大人っぽいと言うか、鋭いところのある子だ。

 暗殺者相手とは言え、気付いてもおかしくないだけの能力を持っている。


「ルカ。私、やっぱり今日は遠慮しておくわ。もう寝ようと思うから」

「おや、そうですか。畏まりました」


 ルカは、多分私の態度からも、何かを察しただろうけど、何を聞くこともなく、頭を下げた。

 そして、そのままもう一度だけ室内を睨みつけると、立ち去って行った。

 私は、それを確認すると、そっと扉を閉めた。


「……グレイさん? 帰っちゃった?」

「……あの、エカテリーナ、さん」


 どこからともなく、すぅっと姿を現したグレイさんは、呆然としたような雰囲気だった。

 ああ、ルカに睨まれた人って、大人でもこうなるんだよね。分かる分かる。

 そんなことを考えて、内心で同情していたら、急にカッと目が見開かれる。


「何で……なんっで、ルカが居るんだよ!!」

「し、シーッ!! バレちゃいますよ!!」


 気が狂ったように大声を上げるグレイさんの口を、慌てて抑える。

 折角ルカが空気読んでくれたのに!!


「……ごめん」


 少し時間を置いて、ようやく落ち着いたらしいグレイさんが、溜息混じりに頭を下げる。

 私は気にしてないけど、見つかったら危ないの、寧ろグレイさんなのでは。


「……もう一回聞くけど、キミ、ホンットーに、分かって無いの?」

「何をでしょう?」

「あからさまにキョトンってしてるよ! ウソだろ!? ああ、でも俺のことも知らなかったみたいだしな!」


 小声ながら、荒れた声を出すグレイさんの目は、若干涙目だ。

 泣く様な要素が、今の流れの中にあっただろうか。

 困惑する私に、グレイさんは、絶望しきった声音で呟いた。


「アイツは、ルカスウェド・アノルトン。獣王国で仲間になる、攻略対象者だよ。今の時点で、悪役令嬢エカテリーナへの接点は、ゼロの筈の、な!」

「……え?」


 ……そ、それ、ドウイウコトデスカー?


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