019.裏山へ行こう
何とか、ジムくんに魔法を教えてもらう約束を取り付けてから、数日が経ち、ようやくジムくんサムくんの謹慎が解けることになった。この日に合わせて、事前にお父様に外出許可を得ているから、これで思う存分魔法を教わることが出来る。
出来れば両親には心配をかけたくないので、二人には魔法を習う、とは伝えていない。子ども同士で外で遊んで来たい、とだけ言った。
因みに、外と言っても町では練習に適さないだろうということで、ジムくんの推薦を受けた我が家の敷地にある山に行くことになっている。
最初外出したいと伝えた時、私はもしかすると反対されるかもしれないと思って戦々恐々としていた。でも、予想よりもアッサリと許可は下りた。
但し、ルカの言うことを良く聞いて、グレイやジムくんの目の届く範囲に居ること、という条件が付いた。この条件は、別に私にとって苦ではない。そもそも私からすれば、3人は生命線のようなものだもの。
だけど冷静に考えてみれば、事情を知らない人からすれば、私たちはまだ幼い子どもである。良く任せる気になったなぁと、不思議に思う。それに、お父様の言い方。グレイはともかくとして、ジムくんの目の届く範囲に居ろ、というのは、些か妙ではないだろうか。
私とジムくんは同い年である。少なくとも、肉体年齢においては。それを、どちらかをお目付け役にするものだろうか? うーん、それともこの疑問自体、間違っているのだろうか。まぁ、確かに有り得なくはないか。
……長く考え過ぎて、良く分からなくなってきた。もう考えるのはやめておくことにしよう。
「それでジムくん。魔法の練習に丁度良い場所って、まだ遠いんですか?」
もう魔法のことに集中しよう、と決めた私は変わり映えのしない緑色と茶色で出来た景色を眺めながらジムくんに尋ねる。
山道と呼ぶ程に険しくは無いから、こうして話していても息は切れない。
空気も澄んでいて美味しいし、その点では既に修行環境としては最適な気もしていたけれど、流石に斜めっている場所で練習したくはない。
「いや、すぐそこだよ」
「そうなんですね、良かった」
「なぁ」
「はい?」
そこまで疲れないとは言っても、早く到着したいのも本当だ。
私は、そう目的地まで遠くはないと聞くと、ホッと息をついた。
それに、自然と笑みも零れる。だって、魔法が使えるようになるかもしれない状況で、喜ばないでいられる? ウキウキする私に、ふとジムくんが声をかける。
皆で連れ立って歩く中、それなりに会話はあったけど、ジムくんが私に話しかけて来るのは初めてで、少し意外だった。
私が首を傾げると、振り向いたジムくんと目が合った。
「お嬢様、俺と兄さんに対してずっと敬語でしゃべってるよな?」
「え? ああ、はい。サムくんは年上で、ジムくんは先生になるんですもの」
「んー……俺は、あんまり貴族文化には明るくないけど、それってあまり良くないんじゃないのか?」
……失礼ながら、これまた意外だ。
ジムくんは、私の世間体の心配をしてくれていたらしい。
そういうことが思い至るのなら、どうしてこう、他人の神経を逆撫でしていくスタイルなんだろう。
いや、そういうのは人それぞれだよね。心配してくれたことは嬉しいんだから、そこを重点的に受け入れていく方向にしよう。
私だって、別にジムくんに喧嘩を売りたい訳ではないのだ。
「そうかもしれませんね。……じゃあ、砕けて話しても良いの?」
「ああ、お嬢様が良いんなら。あと、「くん」も要らない。呼び捨てにしてくれ」
「分かった」
呼び捨ての方が楽ってことはないけど、敬語が要らないのは楽で良い。
本人が良いと言うのだから、ここはお言葉に甘えようではないか。
そう思っていると、今日も一緒にやって来ていたサムくんがジムに噛みついた。
「おい、ジム! オマエは敬語使えよ! お嬢様が気にしてないからって、オレは許さねぇからな」
「グレイも敬語じゃないけど」
「公式な場ではちゃんと使ってるけどな。あはは」
「グレイ、オマエもだよ! ルカを見習え、ルカを!」
ぷんぷん怒ってるサムくんは、まるで皆の保護者みたいだ。
ルカは除いて、確かにこの場で一番年上なんだなと思うと、少し可笑しい。
小さく笑いを零すと、サムくんは恥ずかしそうに頬をかいた。
「えーと、な、何かおかしかったですか?」
「いいえ。それより、私は敬語じゃないの、気にしてませんよ」
「けど! ……と、と言うか、オレへの敬語もいらないですから……」
「ふふ、分かった。ありがとう、サム」
「いえ!」
ニパッと、満面の笑みを浮かべるサム。
こうして見ると、最初の印象の方が間違っていたような気がして来る。
私は、そういえばあの時、一体何が起きてあんなことになったのか、聞いていなかったことを思い出した。
「ところで、あの時の喧嘩の原因って何だったの?」
「あの時ってどの時?」
「お嬢様がわざわざ聞くくらいだし、大きなケンカじゃないか?」
「窓、割っちゃった時の喧嘩だよ」
私の質問に、一瞬兄弟は心当たりがあり過ぎて分からない、というような表情をした。いや、確かに二人顔を合わせる度に喧嘩してる印象あるけどね。
「喧嘩じゃないよ。ただ、兄さんがオマエに魔法というものを教えてやろう、みたいに訳の分からないことを言って急に攻撃して来たから、仕方なく応戦しただけ」
「ウソつくなよ! あの時は、オマエが母さんの言いつけを破って勝手に屋敷の外に出ようとしてたから、止めただけだ」
要するに、日常茶飯事なのだろう。
微妙に熱を失った視線を思わず逸らすと、グレイも同じような顔をしていた。
「う、うん。大体分かったから良いよ。ありがとう」
「そう? 何なら記憶の再現魔法も……あ。着いた。目的地だよ」
「あそこが?」
ジムが、また何か危険なことを言い出しかけて、足を止めた。
目的地という言葉を受けて視線を上げると、木々が茂った中に、ひらけた空間が見えた。そこは平らで、十分なスペースがあるように見えた。
「本当だ。ピクニックにも良さそうだね!」
「次に来る時には準備致しましょう」
「ルカ仕切りのピクニックなら楽しそうだな!」
「グレイは自分で準備してくださいね」
「良い笑顔で言うこと酷っ!」
冗談めかしたことを言いながら、のんびりと辺りを歩き回るグレイ。落ち着きないなぁ、グレイは。ちょっと呆れる私の横でルカは軽くしゃがみ、地面に掌を押し当てて何かを確認していた。ルカはルカで真面目だなぁ。
……なんて、他人事みたいに考えてる場合じゃない。私だって、ちゃんと自分で死亡フラグに対応出来るようになるんだから。
「お嬢様。周囲に人の気配はありません。念の為、結界は準備させて頂きますが、ご安心頂いてよろしいかと」
「分かったわ、ありがとうルカ」
笑顔を向けると、ルカは嬉しそうに目を細める。
お礼を言っただけなのに、こんなに嬉しそうにされると、ちょっと恥ずかしいよね。っと、気持ちを切り替えないと。
「それじゃあ早速だけど、ご教授お願いしますジム先生!」
「え? 休憩しなくても大丈夫なの?」
私が一旦休憩するものだと思っていたのか、ジムは適当な木陰に腰を下ろしていた。私の言葉に、意外だと言わんばかりに目を瞬いている。
「無理はしてないから大丈夫。多少、無茶はしたいかなぁと思ってるけど」
「ふーん、そっか。ま、向上心があるのは良いんじゃないか?」
そう言うと、ジムは怠そうに立ち上がる。
……休憩したかったのは、寧ろジムなのでは。
「俺が教えれば良いのは、お嬢様だけだったよな?」
「僕は周囲を見回っています」
「はいはーい! 俺も一緒にやりたい」
「お、オレが監督しないとだろ!」
ルカは緩やかな足取りでこの場を離れて行く。前にお城に行った時も言っていたけど、ある程度の距離だったら離れていても様子は窺えるらしいから、問題ないのだろう。
クールなルカの対応とは反対に、グレイは目を輝かせてその場で両手を上げて跳ねている。それを見て、慌てた様子でサムも片手を伸ばしていた。手を上げる必要は無いと思うけど、何だか愛嬌があるので、止めないでおこう。なんて言っても、すぐに下ろすことになったけどね。
「グレイと兄さんは、もうある程度魔法は使えるんじゃないの?」
面倒くさそうな表情をするジム。多分、二人が真面目に練習しようと言うタイプに見えないからだろう。隙あらば訳の分からない質問をしそうな気は、私もする。失礼だけど、外見による印象だけで言ってるから許して欲しい。
「だから、オレは監督だって」
「分かった分かった。じゃあ、黙って見てて。……で、グレイは?」
「俺は真っ当な生まれじゃないから、魔力検査受けてないんだ」
そう言えば、魔力検査にはそんな設定あったな、と思い出す。
魔力を測る為の専用の機械は、各地の中規模以上の教会にしか置かれてなくて、ある程度の子どもたちが固まって検査を受けるから、地下組織の子どもとか、奴隷とか、そうしたところに身を置く子どもの中には、魔力検査を受けられない子もいる……とか。
グレイの言葉を聞いて、改めてグレイが本当に暗殺稼業に身をやつしていたのだと実感する。変なところで実感してるかもしれないけど。
哀れみや同情とはちょっと違う、複雑な気持ちでグレイを見つめていると、軽く額を小突かれた。
「そんな顔するなよ。俺は今、十分楽しく生きてるからさ」
「……一緒に、頑張ろうね」
「まぁ、ほどほどにな」
グレイの笑顔を見ていると、力が湧いて来る気がする。
私は、やっとの思いで笑顔を返すと、再びジムへ視線を戻した。
「そうか、グレイは難しい過去を抱えてるみたいだな。だから、特殊な魔力を持ってるのか」
「えー、特殊とか言われると照れちゃうぜー」
「褒めてない。……じゃ、先に座学から始めるか」
グレイのあの様子からすると、本当はゲームの知識で、自分がどういった魔法を使えるのかは分かっているのだろう。
それでも敢えてジムに習おうとするのは、確認の為か、それともここが限りなく良く似ているだけで、まったくゲームとは違う世界だった時の為か。
どっちも、かな。もしかすると、それ以外もあるのかもしれない。
「テキトーな感じで座ってくれ」
「分かったわ」
「おうよー」
「あっ、お嬢様はちょっとジムから距離置いてくださいねっ!」
「う、うん?」
サムがドヤ顔で私とジムの間に入って来る。
そ、そんなに心配しなくても、間違いとかは起こらないと思うよ?
確かに、私たち肉体的には同い年だけど、まだ5歳だし。中身に至っちゃ、一体何歳違いなのか分からないくらいだ。普通に対象外だろう。
「生徒と教師を引き離す奴がどこにいるんだ。お嬢様はもうちょっとこっち」
「う、うん」
チョイチョイと手招きされたので、おずおずと距離を詰める。
それを、うぷぷと変な笑いを堪えるように手で口を覆うグレイは、とりあえず一発殴りたい。無理だろうけど。
というか、年齢以前にジムにはそういった感覚は備わってないと思うんだよね。バトルジャンキーっぽいし。
「よし、じゃあ授業開始だ」
気を取り直して、居住まいを整える。
必要に駆られてのこととは言え、異世界に転生したと言ったら、魔法は憧れるものだろう。私も、例外ではない。
少なからず高鳴る胸を押さえながら、私はジムを見つめていた。




