016.ギルド前でひと悶着
また全然進みませんでした……短いです。
「さて。じゃあ、とりあえず一旦戻りましょうか」
「おー。事後処理は任しといて良いぜ。ただ、また後で事情は聞かせてくれよな」
話はついたし、もうギルドに居る意味は無いかな、ということで私たちはお兄さんのサムくんを探しながら家に戻ることになった。
……のだけれど、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「おーっと。悪いが、そうはいかないぞ」
今度は誰ですか!?
聞き慣れない声が私たちを引き留めた。
恐る恐る声のした方を向くと、全身をゆったりとしたローブで包んだ暗い緑色の髪の男の人が立っていた。
周囲の人たちは、その人を避けるように場所を譲っている。偉い人だろうか。
「げっ、ロバート!」
「げっ……じゃないぞ、リズくん。君が居ながらにして、どうしてあんな騒ぎを見過ごしたのだ。まったく……」
呆れた様な視線をリズさんに向けるその人は、私に気づくと、ふっと微笑んでその場にしゃがんだ。そして、私と目線を合わせると、優しげに口を開いた。
「小さなレディ、驚かせてすまないね。俺の名はロバート。このギルドでサブマスターをしている」
「あ……私は、エカテリーナ・サンチェスターですわ。ミスター」
「そうか。年齢の割にとてもしっかりしているレディだね。では、君に問おうか」
どうも、私をこの場における重要な証人であると認識しているらしい。
私は視線を逸らしたくなったけど、ロバートさんの強い視線がそれを許さない。
そもそも、公爵令嬢として、許されないだろうけれど。
「はい、何なりと」
「ありがとう。……この場で起きた騒ぎは、君の家の者が関わっていると聞いたが、俺はどう受け止めれば良い?」
ロバートさんはニコニコしているけれど、私は冷や汗ダラダラだ。
だって、これってどう答えたら良いの?
ジムくんが我が家の関係者であると知られているのなら、もしかして家の問題になってしまうのだろうか。
もし、その結果が私の答えにかかっているとすれば?
「エカテリーナ嬢?」
「失礼致しますが、ロバートさん。お嬢様に代わり、私がお答え致しましょう」
「ん? 君がか?」
ルカが、私を庇うように前に出てくれた。
そうしてくれると、正直有り難いけど、ロバートさんからの値踏みするような視線に、ちょっと落胆の色が浮かんだのを感じ取って、私は頑張ることに決めた。
「ルカ。大丈夫よ、私。答えられるわ」
「お嬢様……これは、余計なことを致しました」
「いいえ。嬉しかった。ありがとう、ルカ」
「勿体ないお言葉」
ルカは、少しだけ心配そうにしていたけれど、すぐに引いてくれた。
ロバートさんは興味深そうにジッと私を見つめている。
深呼吸しよう、深呼吸。
一瞬だけ見たグレイは、小さく頷いてくれていた。今すぐ死亡フラグが立つことはないだろう。
「おい、ロバート。流石にエカが可哀想だ。この程度の騒ぎ別にどうってことないんだし、見逃してやっても良いんじゃねぇか?」
「リズくん。少し黙って」
「うっ……わ、分かったよぉ」
リズさんは、私を庇ってくれるようだったけど、ロバートさんに言い負かされてた。リズさんよりも偉い人なのかな、ロバートさん。
まだ若そうなのに、サブマスターだなんて凄いもんね。有能なんだよね。
「ありがとうございます、リズさん。私、大丈夫です」
「エカぁ……」
申し訳なさそうなリズさんに、私は微笑み返す。
そして、重い口を開いた。
「正直に申し上げますと、私どもも子細を把握しかねております。状況を確認してから判断したく存じます。よろしければ、一日お待ち頂けないでしょうか?」
「ふーん、なるほどなぁ」
「……如何でしょう?」
見つめ合う時間が、どうにも苦痛だ。
ただでさえ何をどうしたら死亡フラグから逃れられるのかと頭を悩ませていると言うのに。私が内心で悲鳴を上げている後ろからは、何か能天気なやり取りが聞こえて来るし。
「お嬢様、何か大変そうだね」
「はぁ? オマエさぁ、誰のせいだと思ってんだよ」
「俺のせいって言いたいの? 俺は寧ろ被害者だって言ってるじゃないか」
「結果だけみりゃ、オマエの過剰防衛感が否めないけどな」
「……二人とも、静かにしてくれませんか」
ジムくんは、全っ然微塵も反省してないし、グレイは一見叱ってくれてるようだけど、あれ単純に遊んでるだけっぽいし。
ルカだけだよ、私の味方は。お願いだから、二人のことお願いね。
「ま、及第点かな」
「え?」
「正直すぎるのはちょっと気になるが、まぁまだ5歳との話だし、十分だろう」
「あ、あの。何の話でしょう……?」
ロバートさんが、急にニコッと笑って私の頭を撫で出した。
及第点とは? 確かに、見極められてる感じはしたけど。
混乱する私に、ロバートさんは優しく教えてくれる。
「なに、俺はここに来るまでに状況は理解していたさ。エカテリーナ嬢が悪くないことは知っている」
「私を責任者だと判断したから私に対応を尋ねられたのでは?」
「俺はあのダリルを閉口させた幼き女傑と言葉を交わしてみたかっただけさ」
「じょ、女傑……」
何だか心外なあだ名を付けられた気がする。
微妙な気持ちが顔に出ていたのか、ロバートさんは笑っていた。
「まぁね。君が幼稚な理由で引き上げようとするのであれば、それなりの対応はするつもりだったが……」
「えっ!?」
「ただでさえ、そちらの子を止めるのは難しそうなのだ。それがサンチェスター家所縁の者とあらば、そう無茶も出来ない。となれば、正面切って抗議して泣き寝入り、しかやることはあるまい?」
茶目っ気たっぷりに言ってるけど、これって要するにサンチェスター家の威光をゴリ押ししてれば、ギルドとしては何の叱責も出来なかったけど、それやってたらサンチェスター家への信頼が落ちたかもしれないよーって意味だよね?
こ、ここ、これって、話してくれてるだけ随分と親切ってことになるよね?だって、普通なら私の行動に対して評価はしても、それを教えてくれるようなことはないもの。
私が顔を青ざめていると、ロバートさんは楽しげに目を細めていた。
「ご期待に添えまして……よろしゅうございました」
「それにしても……キミはまだ社交界にデビューしてもいないというのに、華があるレディだね。俺も、あと一回り若ければお相手頂きたかったものだ」
「それはどういう意味でしょう?」
「ふふ、あと十年ちょっと後の予行練習、かな?」
チュッと音を立てて私の手の甲に唇を落とす姿は優雅で、洗練されている。
ときめきでドキッとすべきシーンなのかもしれないけど、私の頭は今、自分の行動による結果の大きさに慄いていて、正直それどころじゃなかった。多分、完全に無表情だと思う。
そんな私よりも、寧ろ周囲の方がザワついている。
「おや。エカテリーナ嬢には、まだ少し早かったかな。男女の機微についても、是非とも学んでくれたまえ。……あと、リズくん。武器を引いてくれないか」
「おいロバートこの野郎。いつからロリコンになった。エカから離れやがれ」
「俺はいつだって紳士だよ、リズくんやめてちょっと刃先喰い込んでる」
リズさんが真顔でギリギリと歯を噛み締めながら器用に大剣をコンパクトに動かして、刃先をロバートさんの首に突き付けていた。ちょっと切れてるよ、あれぇ!
「あ、あの、それで私はギルドに対してどうしたら良いでしょう?」
「ああ、そうだね。とりあえず家に戻って、彼に子細を確認すると良い。それから、時間が出来たら伝えに来てもらえるとありがたい。エカテリーナ嬢御自らお越し頂ければ光栄だがね、彼ら使用人の誰かでも構わないよ」
だからリズくん剣を引いて、と言うロバートさんはとても情けないけど、言ってる内容は把握した。私は頷くと、ジムくんの方を振り向いた。
「じゃあ、そろそろ帰るから、その前に一度、ロバートさんたちに謝って行きましょう」
「ええ、何で俺に言う……わ、分かった」
笑顔を向けたら、ジムくんはサッと顔を青ざめて了承してくれた。
奥様に似てるって聞こえたけど、どうして急にそんなこと言うのかな。親子なんだから当たり前なのにね。
「それでは、大変ご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ございませんでした」
「ごめんなさい」
私たちに合わせて、グレイとルカも頭を下げてくれた気配がした。
こういう時、仲間って良いよね。なんて。
「エカテリーナ嬢、ここで謝罪をしても構わなかったのかな?」
「ええ。今の謝罪は、騒ぎを大きくしてしまったことへの謝罪です。騒ぎを起こした責任の有無についての意志表示ではありませんので」
「……ふふ、そうか。やはり君は、興味深いレディだね。またすぐに会えることを期待しているよ」
やっぱり親切な人だ、ロバートさんて。
黙ってあげ足を取って私たちに責任を押しつけたって良かった筈なのに。
私はホッと息をつきながら、リズさんにも笑顔を向けた。
「リズさんも、ご迷惑をおかけしました」
「アタシは構わないよ。それよりアンタとはもっと話してみたいから、また来いよ!」
「はいっ」
「あ、グレ坊もついでになー」
「ヒデェ! 俺はついでか!?」
俺のが付き合い長いのにと、ぶつくさ文句を言っていたグレイ、ちょっと可哀想。そんな視線を向けたら睨まれたけど、無視しよう。
「あー! ようやく見つけたぞ、コイツー!」
「この声って……」
「うわ、兄さん……」
ギルドを出て、数歩も歩かない内にまた絡まれた、と思ったら、その声はジムくんのお兄さん、サムくんだった。
滅茶苦茶疲れてる顔してるのが、私と目が合うと一瞬で青ざめる。
……ねぇ、兄弟二人して失礼じゃない?
「おっ、おおお、お嬢様っ!? オレ、間に合わなかったのかーっ! スミマセンスミマセンーッ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
もの凄い勢いで駆け寄って来たかと思うと、額を地面に打ち付けんばかりの勢いで頭を下げるサムくん。おかしいな、この国に土下座文化なんて無かったと思うんだけど。
「落ち着いてください、サム。ジムは捕獲したので、一緒に屋敷へ戻りましょう」
「え? 捕獲?」
目をパチクリと瞬くサムくんに、ジムくんは不満そうではあるけれど、頷いてみせていた。すると、サムくんはあの日のケンカの様子は何処へやら、心底ホッとしたように情けない笑顔を浮かべた。
よ、良かったねサムくん。君の心中お察しするよ……。
「まぁ、家に帰ったら事情聴取だけどな」
「じじょーちょうしゅ……聞き慣れない言葉だが……はっ!! や、やっぱり怒られるのか!?」
「……はぁ。俺も、兄さんくらい能天気になりたかったな」
「いや、ジムも十分能天気だろ」
「え!?」
何だかまとまりの無い一行になったけど、とりあえずこのメンバーでジムくんから素性とか事情とか聞いた上で、私の先生になってくれるよう頼まないと。
私は、忘れかけていた目的を再認識すると、グッと拳を握った。
あんまり上手くいきそうな気がしないのは……気のせいだと信じよう!