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015.ギルドでひと悶着

 反射的に目を閉じた私は、目の前で何か、厭な音が響くのだろうと身構えていた。けど、次いで聞こえてきたのは、予想に反して困惑に満ちた叫び声だった。


「な、何だありゃぁ!?」

「おい、あのダリルが動けてねぇぞ!」

「ウソだろ……なんて魔力してりゃ、あんなことが出来るんだ!?」


 声からして、騒ぎを聞き付けて集まっていた冒険者の人たちのものだろう。

 ダリルというのは、多分剣を抜いたあの男の人だ。

 そのダリルさんが動けないということは……。

 恐る恐る目を開くと、そこには衝撃的な光景が広がっていた。


「やれやれ。こんな子どもに向けて剣を振るうなんて……躾がなっていないのは、アンタの方じゃないの?」


 つまらなそうに口を尖らせながら、宙に掌を向ける弟くん。

 その先には、何も無い筈の空中に縛られるようにして静止しているダリルさんの姿があった。

 何も見えないけれど、拘束されているのは確かなようで、ダリルさん本人は困惑したようにしながらも、何とかそこから逃れようともがいているように見えた。


「こいつは……驚いたな。高位の魔法使いでもなかなか見かけないぞ。ダリルのヤツを完全に無力化出来る拘束魔法の使い手とは」

「リズさんでも見たことないのか?」

「戦ったことくらいはあるさ。けど、そういうヤツは大抵中央に居るもんだ」


 グレイの問いかけに、リズさんは事もなげに答える。

 中央と言うと、王都とかかな。

 我がサンチェスター領は、そういう意味では王都からは離れている。と言っても田舎という意味じゃなくて、第二の首都、みたいな位置づけだ。

 王都に次ぐくらい富んでいる訳だけれど、それは治める人が公爵であるから、と言うよりもお父様がそこまで富ませたから公爵になった、という感じらしい。

 偉大なるお父様を持てて幸せである。色々学べるし。


 ……話が逸れた。

 富んでいる、という意味ではサンチェスター領は王都に当然劣っていない訳だけれど、魔法研究に関しては王都に少々劣っている。

 言い方が悪いか。どちらかと言えば、王都が進んでいるのだ。

 だから、高名な魔法使いの人は更なる高みを目指そうとすれば、自ずと王都にやって来ることになるのである。


「まさか、魔力の動きを不可視化させることが出来るレベルにあるとは……末恐ろしい子どもだな」

「? この程度で何言っているんだ?」


 ダリルさんの言葉が、心底理解出来ないとでも言うように、目を瞬く弟くん。

 その反応によって更に頭に血が上ったのか、ダリルさんの手に力が入った。


「この程度、か。……おい、少年。あまり大口を叩かないことだ。底が知れる」

「大口? 事実だけど」


 ダリルさんのコメカミに青筋が浮かぶ。

 あ、あの二人、根本的に合ってないんじゃないのかな!?

 やっぱり止めないと、ダリルさんの血管が心配だ。弾けそうだよ。


「リ、リズさん。止めなくて良いんですか?」

「ん? あー……止めるつもりだったんだけど、少し結果を見たくなった」

「え!?」


 クイとリズさんの腰布を引っ張ると、リズさんは視線だけを私に一瞬向けた。

 リズさんなら相当な実力者っぽいし止めてくれると思ったんだけど、そんなこともないらしい。

 周囲の人たちも、誰も止めようとしていない。えええ、何で!?


「グ、グレイ。ルカ。二人なら……」

「あの様子なら、ダリルも死なないだろ」

「そうですね。問題無いのではないでしょうか」

「そんなぁ……」


 二人に至っては、ダリルさんが負ける方向で考えてるらしい。

 私も、別にそこには同意するけど、だからってスルーして良い訳じゃない。

 そもそも、ゲームと違ってここは現実で、ここは公共の場だ。

 こんな乱闘騒ぎなんて、ギルド側だって不名誉と言うか、よろしくないんじゃないだろうか。どうして止めないの?

 そんな不満が顔に出たのか、ルカが優しく肩を撫でてくれる。


「お嬢様。そうご心配にならずとも大丈夫ですよ」

「何で?」

「我々はか弱い一般人ですので。仮にこの騒ぎが問題になったとて、見過ごしたことを責められる謂われはございませんから」

「良い笑顔で言うことじゃないよ、それー!?」


 ルカは、自分たちに火の粉がかからないと確信しているから、傍観体勢に入っていたらしい。何てことだ! こんなところで、悪魔の片鱗を見るとは。

 言葉を失くす私に、グレイが更にトドメを刺すようなことを口走る。


「ぶっちゃけ、俺ら関係ないしなー」

「あんまりだよっ!!」


 関係無いなんてことがあるだろうか。

 確かに、弟くんとはまだ知り合ってすら無い仲だけど、自分の子が騒ぎを起こした、なんて聞いたら、我が家のメイドさんが今度こそ倒れてしまう。

 窓ガラス割っただけ――ポーラさんにとってはだけじゃないんだろうけど――で、それこそ切腹しかねない勢いだったみたいだし。

 駄目だよ、やっぱり止めないと!


「良いだろう。少々大人の本気と言うものを見せてやる」

「そっちのが大口じゃないの? 俺も忙しいんだけどなぁ。早く帰らないと家に居ないことがバレて、叱られるんだ」

「舐めた口を!」


 だからと言って、無力な5歳児にどうこの場を治めろと言うのか。

 頭を悩ませている間に、ダリルさんの剣が発光を始めた。

 絶対あれ何か技出すつもりでしょう!?


「月光斬!」


 ダリルさんが叫ぶと同時に、彼の周囲でバチバチと何かを絶ち切るような歪な音が響く。不安を煽るような音が弾けて消えると、解放されたらしく床に降り立ったダリルさんが、その手の剣を大きく薙いだ。

 するとそこから、弟くんに向けて目に見える程の衝撃波が発生した。

 周囲にあった机や椅子を薙ぎ倒しながら、凄い勢いで弟くんに迫って行く。


「しょうがないなぁ。……ほいっと」


 溜息混じりに呟いた弟くんが、パチンと指を鳴らす。

 それは衝撃波が彼を飲み込む直前のことで、まさに間一髪。目と鼻の先で、衝撃波はかき消えた。……ん?


「なっ……」


 ダリルさんも絶句しているけれど、観客たちもそれは皆同じだった。

 仮に、あの幼い少年がダリルさんと張り合えるだけ強いのだとしても、少なくとも弾くとか避けるとか、そうした結果を予想していただろうに、まさかの無効化。そりゃあ言葉も失うだろう。

 いやいやいや、チートだよこれチート。


「じゃあ、お返し」


 弟くんは、イタズラっぽく口の端を上げると、もう一度指を鳴らした。

 その音に応えるように、何も無い空間から突然、さっき見た衝撃波が現れる。そして、そのまま今度は反対にダリルさんに向けて進みだした。


「反射? 少しはやるようだが、それは下策だぞ」


 ダリルさんが同じ構えを取って、再び衝撃波を発生させる。

 同じ勢いをぶつけて、相殺するつもりなのだろう。

 それ、余波とかヤバくないのかな?

 不安に思った時には、冒険者の人たちが手早く動いて、それぞれに防御態勢を取っていた。明らかに素人らしい人たちを庇うように立っている人もいる。どうやら、このギルドの人たちは良い人たちのようだ。


「下策、ねぇ。お兄さんにこれを相殺出来るかな?」


 重ねて指が鳴らされる。

 それと同時に、同じ衝撃波が再び発生して、先んじて飛んで行ってダリルさんの衝撃波とぶつかり合ったところに追い打ちをかける。

 どうやら、反射していた訳ではないらしい。コピー的なものだろうか。


「まさかっ……れ、連続だと!?」


 ダリルさんの方が押され、やがて弾けるように双方向の衝撃波の二つが消えた。

 残ったのは、ダリルさんの方へ襲いかかる波。

 驚きつつもダリルさんは素早くそれに対応すべく体勢を整えるが、やはり予想外だった為かその動きは鈍い。

 間に合わない!


「ぐああっ!!」


 ――バチン!


 激しい音を立てて、衝撃波がダリルさんにぶつかった。

 辛うじて構えた剣に当たったようだけど、それがどの程度衝撃を減らすことが出来るのか、私には分からない。

 息も忘れて見入っていると、ダリルさんの細い身体が宙に舞い上がり、後ろの壁にまで弾き飛ばされ、ガツンと痛そうな音を立ててぶつかった。

 そのまま、床に倒れ伏すダリルさんは、それでもすぐに身体を持ち上げた。


「ぐっ……私は、この程度では、倒れないぞ……!」

「あれ? 結構丈夫なんだ。見たところ剣士みたいだけど、盾役の方が向いてるんじゃない?」


 本当に驚いたように言うものだから、ダリルさんが更に眉間の皺を深くする。

 そりゃ怒るよ! 私が言うことじゃないかもしれないけど、そりゃ怒るよ!!


「すぐにその癇に障る顔を絶望に染め上げてやる……!」

「それはイヤだよ。と言うか、流石にもう無理でしょ? これ以上動くようなら……仕方ないから、眠ってもらおうかな」


 まさか、これ以上やるつもりなのだろうか。

 ダリルさんの方は、多分口だけだと思う。フラフラしてるし、衝撃波が多分、それだけ凄かったのだろう。恐らく彼には、もう何も出来ない。

 だと言うのに、弟くんの方は意識が無くなる程度の攻撃を加えようとしている。

 あの様子からして、殺すつもりではないだろうし、殺すつもりなら周囲の人たちだって流石に止めに入るだろうけど……幾らなんでもやり過ぎだ。


「お嬢様っ」


 私は、ルカの静止を振り切って前へと進み出る。

 そして、ダリルさんの目の前に立ち、バッと両手を横に広げて、弟くんを見た。


「あれ? キミは、何処かで……」

「これ以上の私闘は、この私の目が黒い内は許しませんよ!」


 周囲が俄かにザワつき始める。

 あんまり目立つのは、死亡フラグ的に危ないと思うけど、これは見過ごせない。

 誰も止めないのなら、私がやるしかないものっ。

 私は、未だかつてない程、使命感に燃えていた。


「えーと、誰?」

「誰でも良いです。今重要なのは、貴方がこの人に攻撃を加えようとしていることですよ!」

「いや、だってその人、まだやるつもりみたいだから、ちょっと眠ってもらおうとしてるだけだよ」


 何が悪いのか分からない、と言わんばかりの物言いに、私は眉を吊り上げる。

 どうしてあのポーラさんから、こんな子が生まれるのか意味が分からないっ。


「ちょっとも何もありません。もう勝負はついています」

「まだ、だ。少女よ、戦う術の無い弱者が入るべき場では無い。下がりなさい」


 ポンと後ろから肩を叩かれる。

 いや、当の本人が止めないでよ!?

 私は反射的に振り返って睨みつける。


「今この場における弱者は貴方です! 現実を見なさい、現実をっ」

「な……んだと……!?」


 何だかショックを受けているようだが、構っていられない。

 見た目には大した怪我を負っているようには見えないけど、それなら寧ろ内臓とかが心配だ。ここは鞭打って身体を動かすような場面じゃないはずだ。


「私にはまだ出せる技があり、相手は立っている。戦いは終わっていないのだぞ」

「勝負はついていない、まだ本気出してない、なんて言ってるヒマがあったら再戦の約束でもつけて身体を治してください。大人げないですよ」

「お、大人げない……」


 とうとうダリルさんが静止したので、私は再び弟くんに視線を向ける。

 彼は、状況についていけずに困惑しているようだった。


「さぁ、貴方も。この人に謝ってください」

「え!? 俺の方が被害者だぞ。その人が絡んで来たんだ」

「それもこれも、貴方の態度が原因です!」

「ええー?」


 何ですか、その不満そうな顔は!

 私はグッと拳を握る。

 是非とも一発殴ってあげたいところだけれど、私には戦う力は無い。


「えーと、ゴメンナサイ」

「気持ちが籠っていませんよ。そもそも貴方、何故怒られているのか分かっていますか?」


 少し間が開いた後、弟くんは溜息混じりに答えた。


「弱い者いじめをしてるから?」

「それもあります」

「よ、弱い者いじめ……!?」


 後ろから、またショックを受けたような声が聞こえたけど、それは無視だ。大丈夫。ダリルさんなら立ち直れます。人となり良く知らないけど。


「そもそも貴方、自分の力をひけらかしすぎです。それを基にした大きな態度がよろしくありません。だから、問題が起きるんです」

「見たように言うけど、だから君は誰なんだ? 君に怒られる筋合いはないと思うけど。他人なんだから」

「はぁ?」


 思わず地を這うような声が漏れた。

 まったく筋違いなところを指摘して、話を逸らそうとするなんておかしいんじゃないの。

 怒られてる内容に対して、まったく理解を示そうとしないなんて!

 だから、お母様はあんな風に怒っていたのか、と唐突に理解すると、私は仕方なしに溜息をついた。


「力を持つ者は、その力を行使し、弱者を守る責務があります」

「ん? あ、ああ。そうかもね」

「特に、驕り高ぶり、虐げるようなことをしてはなりません」

「何が言いたいんだ?」


 怪訝そうに首を傾げる彼に、私は強い視線を向ける。


「故に、私が貴方と同じことをするのは、貴方が先にそちらへ進路を取ったから、という貴方の理屈を適用させて頂きます」

「???」

「私には、貴方の行動へ口を出す権利、いえ手段があるんですよ」

「どういう意味?」


 私は短くルカを呼ぶ。

 ルカは、我が意を得たりとばかりに顔を輝かせながら口を開いた。

 ……何で顔を輝かせるのかな?


「こちらは、エカテリーナ様。貴方の母君が仕えるサンチェスター家のご令嬢です。貴方には直接的にお仕えする義務はありませんが……お分かりですよね? あまり、お嬢様に逆らうのは賢い選択とは言えませんよ」


 それを聞くと、周囲は喜色めき、弟くんは愕然とした。

 何なのその反応は。失礼な。


「きっ、汚いぞそれはっ!!」

「いやー、お前のが先にやったじゃないか。強いから、誰にも文句はつけさせないぞーって態度に出てたぞ」

「そんなこと、思ってもなかった!」

「問題は、どう考えていたか、ではなく、どう周囲に受けとめられたか、です」


 グレイとルカによる叱責を受けて、顔色を悪くする弟くん。

 ショックを受けているところ悪いけど、話はこれで終わりじゃないのだ。


「さぁ、あとは屋敷に戻ってじっくり伺いましょう。どうしてこんな騒ぎを起こす羽目になったのかを……ね」


 後に冒険者たちの間で、サンチェスター家のご令嬢を怒らせてはならない、という暗黙のルールが生まれる。それと言うのも、この時の私の顔が5歳には見えないくらい立派な女王様感が出ていたから、という理由によるものらしい。


 ……そんな蛇足は置いておいて、ここに来て何とか、私たちは噂の少年を捕獲するに至ったのだ。いやぁ、めでたいめでたい。……落ち込んでなんていませんよ?

R1.09.23.誤字修正

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