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014.ジムを探して

 窓ガラス大破事件から数日後。

 ようやく私たちは、噂の少年と話す機会を得た。

 本当は、すぐにでも接触したかったんだけど、ポーラさんが彼らに自宅謹慎を命じた、という事情もあって、なかなかタイミングがつかめなかったのだ。

 そんな中で、ルカがポーラさんをそれとなく説得してくれたお陰で、今日こうして面会出来ることになったのだ。ルカ様様である。


「しかし、お嬢様のお言葉とは言え、信じ難いですね。まさか、サンチェスター邸にそれ程の魔法使いが潜伏していたなんて……」


 この面会の立役者は、私とグレイから事の顛末を聞いて以来落ち込んでいた。

 信じられない、とか。まさか、と呟いている姿は、宛ら幽鬼のようである。


「魔力の流れに敏感なルカの目を掻い潜れてたってだけで、もう十分すぎるくらい期待出来るよな!」

「ええ、そうですね。その通りですね」


 能天気なグレイの言葉に、ルカは同意してはいるけれど、腑に落ちてはいないようだ。何かフォローの言葉を考えないと、こんなルカ、痛々しくて見ていられない。と私は頭を悩ませる。

 けれど、何の言葉も浮かばないでいる内に、庭園を抜けた。


「あの小屋が?」


 抜けた先に、すぐそれらしい小屋を見つけた。簡素だけど上品な木造の小屋。

 美しく整えられた庭園を見渡せる位置に建つそれには、懐かしさが感じられた。


「こちらに、ポーラ親子が住んでおります。今は子ども2人だけ在宅の筈です」


 ルカが、気落ちした様子を隠して、普段通りの隙の無い笑顔を湛えながらそう説明した。……いや、本当にルカが痛々しくて辛いんですけど。

 私は思わず助けを求めて、こっそりグレイに視線を送ったけど、グレイはその辺にはあまり気が回らないようで、何故か親指を立てられた。その意味は分からないけど、伝わって無いなっていうのは分かったかな!


「もしもし。サム、ジム。ルカです。お嬢様をお連れしたので、開けてください」


 申し訳程度に設置された、小ぶりのノッカーが、鈍い音を立てる。

 そう大きくない小屋だし、多分これで十分役目を果たしている筈だ。

 でも、一向に住人は姿を見せない。

 私たちは、揃って顔を見合わせた。


「居ないのかな?」

「いえ。妙ですね。事前に来る時間は連絡しておいたのですが……」

「居留守じゃないのか?」


 グレイの言葉を受けて、ルカは怪訝そうにしながら目を閉じて掌を扉に当てた。

 しばらくそのままの体勢で居たルカは、やがてゆっくりと手を放し、首を横に振った。


「中に生き物の気配はありませんね。魔法で隠れているかも、と思い確認致しましたが、それもありませんでした」

「そうなの? じゃあ、会いたくなくて逃げた? 何で?」


 どうしたら、会ったこともない相手に苦手意識を持たれることがあるだろうか。

 ゲームのエカテリーナが苦手がられたりしていたのは、あくまでも周囲と関わりを持つようになってからだ。流石に、今の段階でそうなっているとは思いたくない。


「もし、あのレベルの魔法使いが本気で隠れてたら、ルカで見つけられるのかよ?」

「ちょ、ちょっとグレイ!」


 とんでもない歯に衣着せぬ物言いだ。

 ただでさえルカは邸内に魔法使いが居たことを認識すら出来ていなかったことを悔やんでいるのに。

 私が慌ててルカの方を見ると、彼は不思議とさっきまでより元気の出たような顔で笑っていた。


「当然です。僕は、エカテリーナお嬢様の使用人ですよ? それがお嬢様の為とあらば、例え神に刃を立てろとて、必ず成功させてみせましょう」


 何でちょっとドヤ顔?


「る、ルカは大袈裟だなぁ……」

「いや、それ感情論じゃないの?」

「悪魔は基本的には精神体。意志の力が最も重要なので、感情論、大いに結構でございます」


 呆れたように呟いたグレイに、ルカは不敵に口元を緩める。

 思わず目を逸らしちゃったけど、あの、何でそんな無駄に色気あるんでしょう?


「ルカの心意気は分かったけど、どうするよ? 居ないんじゃ話が進まないぞ」

「お嬢様、如何致しましょうか?」

「え、私が決めるの?」

「あー、良いと思うぜ。正直、俺たちが動くより、よっぽどフラグ立ちそうだし」

「そう言われると気が重いなぁ……」


 とは言え、このまま事態が停滞するよりも、何らかのフラグが立ってくれた方が良いのかな。出来れば、死亡フラグ以外で。そう思いながら、私は軽く腕を組む。


 今のところ、彼らについて私たちが持っている情報は、「サンチェスター邸で働くメイドの子どもである」ことと、どうやら弟くんの方が「超レアな魔法薬をギルドに定期的に持ち込んでいる子どもである」ことの二つか。

 後者はほぼ確定とは言っても、正しく言えば未確認だけどね。


「とりあえず、ここに居ないのならギルドに行ってみない?」

「ああ、良さそうだな。けど、どうだ? ギルドは当然だけど町にあるぞ。俺とルカだけで行くか?」


 グレイが、ルカに尋ねる。

 私の死亡フラグ問題的にも、公爵令嬢的にも、その辺の判断は一人では出来ない。今の場合は、世話役のルカの判断が優先される。

 それについては私も納得している……とは言っても、目の前で置いて行く、と告げられたら、流石に駄々をこねたくもなるかもしれないけれど。


「そうですね。今日は我々が二人ともお嬢様と一緒ですし……問題無いでしょう」

「本当に!?」


 思わず笑顔になってしまう。

 確かに、私の事情から考えると町が危険なのは分かってる。けど、折角好きなゲームに限りなく似た世界に居るんだから、やっぱり町を探検したりしたいもの。

 今まで家を出たのは、あの王子様たちとのお茶会くらいなものだから、余計に。


「俺も危険な目に遭わせるつもりはないけど……大丈夫なのか? 旦那様とか、奥様とか、怒らない?」

「ええ。僕は雇われる際に、惜しみなく実力をアピールしたので、僕が良ければ外出も問題ないと、既に許可は頂いています」

「ルカのスペックがヤベェ! 流石、悪魔のクセにどの勢力圏内でも平然と歩ける唯一の男!」

「褒められている気がしませんね」

「ルカ、頼りになるね。ありがとう!」

「お嬢様にお褒め頂けるとは……身に余る光栄でございます!」

「……俺とエカテリーナに対する態度の違い……」


 何かちょっとグレイが落ち込んでたけど、あれは身から出た錆、自業自得というものだ。スルーしよう。


「よーし! じゃあ早速、冒険者ギルドへ出発ー!」

「おー!」


 こうして私たちは、勇んで町へと向かった。


□□□


「おお……冒険者ギルドだ……!」


 ルカが準備してくれた馬車で町まで下りて、少しだけ歩くとすぐに冒険者ギルドの看板が見えた。

 想像していたよりもずっと清潔感に溢れた、白っぽい石造りの建物に、お洒落な看板。

 これは、冒険者に絡まれるテンプレイベントは起きなそうだ。


「だよなぁ。初めて直接見ると、やっぱ感動するよなぁ」

「グレイは来たことあるの?」

「当たり前だろ。俺はお前と違って庶民だから、ギルド眺めに来るチャンスなんて幾らでもあったんだよ」


 何となく、グレイは元々暗殺者だったみたいだから、そういう自由とは縁遠いのかなーと思ってたけど、流石に失礼だったな。反省反省。

 多分、ファンタジー世界だから、暗殺者の組織にもそれなりに真っ当なところもあるんだよね、きっと。……うん、いや。考えたらダメな奴かもしれない。


「普通ならここから手分けして聞き込みってところだろうけど、エカテリーナを一人にしたら危ないから、固まって動くぞ」

「そうですね。お嬢様、どうぞ我々の間にお願い致します」

「う、うん」


 なかなか本人に言えないようなことを考えていたらいつの間にか、前にグレイ、後ろにルカが陣取っていた。手を握ったりしてる訳じゃないけど、何だか妙に守られている感じが強くして、ちょっと恥ずかしい。

 二人とも、普段から守ってくれてるんだろうけど、何だろうね。強く実感したってことかな。


「ごめんくださーい」


 慣れた感じで、迷い無くズンズンとギルドに入って行くグレイに、私はちょっと必死に付いて行く。

 グレイだって私のことを気にかけてくれてるだろうし、後ろにはルカも控えてるから、迷子になるようなことは無いと思うけど、こういう時ってちょっと不安になるよね。

 そんな私の気持ちを察したように、後ろからルカが優しく肩を叩いてくれて、振り向くとホッとするような笑顔が見えた。私、守られてるなぁ。少し心苦しい。


「おう、グレ坊じゃねぇか!」

「あ、リズさんだ。丁度良いところに」


 フレンドリーな感じでグレイに話しかけて来たのは、逞しい筋肉が凄い、褐色肌の女の人だった。

 真っ赤なベリーショートの髪に、狼みたいに鋭い金色の目が雄々しい。見るからに頼りになりそうな女戦士、といった印象の人だ。腰から下はしっかりとした鎧を付けているようだけど、上はスポーツブラ的な軽装だ。町に居るからだろうか?

 ふと背を見ると、長い柄が見えた。恐らく大剣だろう。ゲームなどでは良く見るけど、実際に見ると圧迫感が凄い。良くこんなもの振り回して戦えるものだ。


「あん? 何だ、生意気にもガールフレンド連れて来やがったのか! カーッ、羨ましいねぇ」

「そんなんじゃねーよ」


 からかうように笑うお姉さんに、グレイはムッとしたように答える。

 それがまた面白かったのか、お姉さんは更に楽しげに笑った。

 こ、これは悪循環なのでは?私は、そっとグレイの服の裾を引っ張った。


「あの、知り合い?」

「え? ああ、悪い悪い。この人、凄腕の冒険者として有名なエリザベスさん。俺はリズさんって呼んでる」

「おう、よろしくな!」


 ニカッと、歯を見せて笑うお姉さん……リズさん。

 こういうタイプの人は、前世でも周囲には居なかったから、ちょっと緊張してしまう。

 そんな気持ちが伝わったのか、リズさんは少し考えるような仕草をすると、急に私の肩を掴んだ。


「アタシら、同じ女同士じゃねぇか。そう肩肘張んなよ。仲良くしようぜ!」

「あっ、は、はいっ。よろしくお願い致します」

「硬ぇ、硬ぇ。その雰囲気からして、アンタ貴族のお嬢様なんだろ? 駄目駄目。町に出たんなら、もっと砕けねぇと浮いちまうぞ」


 多分、面倒見の良い優しいお姉さんなんだろう。

 ただ、この距離の詰め方には慣れてないから、ちょっと目が回る。

 オロオロする私に、リズさんは不満そうだ。


「グレ坊。こんなお上品なのとドコで知り合ったんだよ? オマエの知り合いにしちゃ、大人しすぎるぞ」

「俺の知り合いに文句付けるなよ。……彼女はエカテリーナ。俺、この間からこの子の家に仕えてるんだ。んで、こっちが上司のルカ」

「あ? エカテリーナって言やぁ、ココの領主様の子どもと同じ名前じゃねぇか。おい、まさか」


 豪快な印象だったけど、凄腕の冒険者だからか、かなり頭の回る人みたいだ。

 良くそことすぐに結び付けたなぁ。私が鈍いだけで、普通分かるのかな。


「はー、マジか。アタシも箔が付いたもんだぜ。まさか、公爵家のお嬢様と知り合いになれるとはな」

「そんなことより、リズさん。聞きたいことがあるんだ」

「ん、何だ? 分かる範囲でなら答えてやるぜ。アタシとグレ坊の仲だからな」


 そう言いながら、リズさんはクイッと親指で空いているテーブルを指した。

 座ろう、ということだろう。けど、グレイは軽く首を横に振った。


「いや、そんな長い話じゃないんだ」

「なら、アレか。最近ギルドに出入りしてる生意気な小僧の話だな?」

「流石リズさん」


 やや呆れたように肩を竦めるグレイの後ろで、私は舌を巻いていた。

 リズさんはもしかすると、かなりの情報通なのかもしれない。


「アイツはなぁ……なんつーか、ギルドの方でもちょっと問題になっててなぁ」

「問題、ですか?」


 彼は、貴重な薬を売りに来ていただけの筈だ。

 それは、問題になるようなことだろうか。

 首を傾げる私の後ろで、ルカが小さく呟く。


「魔法薬を安易に持ち込み過ぎたことで、その扱いについて上層部の意見が割れ始めたのでしょう。後は、目を付ける輩が現れた、といったところでしょうか」

「そっちの……ルカだっけっか? 正解正解。大体そんな感じだ」

「どういうこと?」


 目を白黒させる情けない私である。

 若干、グレイが呆れた様な顔をした。い、言い返せない。


「何、そう難しい話じゃねぇよ。部外者のガキ共にポンポン喋ってるのが良い証拠だろ?」

「言われてみれば、内部情報ですよね」

「アハハ。まぁ、一応な」


 リズさんは面白そうに笑い声を上げると、右の口の端をニヤリと吊りあげた。

 そして、人差し指を立ててまるで先生のように尋ねて来た。


「じゃあ質問な。滅茶苦茶珍しい魔法薬が売りに来られたら、普通はどう思う?」

「嬉しい、でしょうか。それとも、ビックリするとか」

「それが1回だけなら、まぁそうだわな。どっちにしろ、偶然として片付けるだろう。珍しいこともあるもんだなーっつって」


 想像してみると、納得出来る話だ。

 どこかの遺跡で見つけたんだー、と言われても、それだけ貴重な物が目の前にあれば、信じるだろう。

 盗品の可能性もあるけど……多分、1回だけなら目をつぶるとか、そういう意味で良い、かな? チラッと見上げると、リズさんはイタズラっぽく目を細めていた。わ、分からない。


「なら、2回、3回って続いたらどう思う? しかも、入手先は明かせないと来たもんだ」


 そんなに貴重な物、ポンポン持って来るのはおかしいって思うよね。


「怪しむ……でしょうか。盗品の可能性も高まりますし」

「うん、そうだな。で、これが重要なんだが、ギルドにはお偉いサンが複数人居る。……ここまで言えば、敏いお嬢ちゃんなら分かるんじゃねぇか?」


 リズさんの金色の目に、試すような光が灯る。

 何か、ヘビに睨まれたカエルの気分だ。


「えっと、意見が割れて混乱する、ですか? このまま触れないで入荷を続けたい人と、暴きたい人と、犯罪の可能性があるなら止めたい人と……とか」


 指折り話すと、リズさんは満面の笑みを浮かべた。

 良かった。期待には応えられたみたいだ、と胸を撫で下ろすと勢い良く頭を撫でられた。ひぇぇ。


「アンタ、ちびっこいのにすげーアタマ良いな! アタシのガキん頃とは大違いだぜ。おう、グレ坊! オマエ、こんな子んトコで働けるなんて運が良いなぁ」

「だろ? 運の無い人生だけど、それだけは良かったと思ってるんだ」

「……失礼ですが、エリザベスさん。撫でるのを止めて頂けませんか? お嬢様の髪が乱れています」

「おっ、悪い悪い。ついなー」


 ルカの言葉で、何とか解放された私の頭はすっかりグチャグチャだ。

 令嬢としては失格だろうけど、でもちょっと嬉しかったな。

 ニコニコしていると、今度はリズさんはポンポンと軽く撫でてくれた。


「可愛いエカにもう一つオマケで説明してやろう。今言った、上層部の意見の対立が今一番デカい問題だ。ただ、他にも幾つか問題が起きてる。意見をまとめる為に、アタシらを初めとした冒険者に、そのガキの調査が命じられてんだが……一向に足取りがつかめねぇ」

「えっ?」


 それは、まさか謹慎していたからでは。


「もう二週間にはなるか? ったく、ギルド本部直轄の諜報部まで投入して情けねぇったらねぇ」


 違った。自宅謹慎になったのは、数日前だからね。


「つまり、リズさんにも行方が全然分からないと。そういう訳か」

「おう。長ったらしく説明したが、これはあくまでも何言ってるか分かんねーって顔してたエカへのサービスだからな。まとめて言やぁ、それだけのことだ」

「そ、そうなんですか!?」

「これは……本当に厄介ですね」


 肩を竦めるリズさん。本部直轄諜報部というのが、どれ程優秀なのか分からないけど、それなりの数が投入されていながらにして、正体すらつかめていないなんて、凄いな。

 ……考えてみれば、私たち凄い強運だな。家にいなければ、絶対見つけられなかったよこれ多分。今も見つけられて無いけど。


「寧ろ、戻って来るのを待ち構えた方が良いかもしれませんね」

「戻る? ああ、確かにな。あの様子だと、まだギルドには来るだろうからな」


 ルカとリズさんの間で、認識のズレが起きた。

 これに関しては仕方が無い。リズさんは、まさかその問題の人物が私の家に居る、なんて知らないのだから。

 ……と、思っていたらすぐにあれ? という顔になった。


「ん? おい、それってもしかして……」


 リズさんが多分、ルカの言葉の正確な意味を把握しかけて、確認しようと口を開いた時、裏口の方が突然騒がしくなった。


「おい、あのガキ……いや、お坊ちゃんのお越しだぞー!!」

「何ー!?」

「アイツ、何処に居たんだ!?」


 ドヤドヤと、何処に居たのか冒険者の人たちが外や別室や2階やらから集まって来た。一気に熱気が増して、少し目眩がした。


「騒がしいけど、何かあったのか?」


「! この声は……っ」


 人だかりのせいで見えないけど、良く通るその声には聞き覚えがある。

 私とグレイとルカは、揃って頷き合う。間違いない。探し人だ。


「……有名人でも来てるのかな」


 素っ頓狂なことを言い放つ少年の元へ、私たちは隙間を縫うようにして向かう。

 身体が小さいお陰か、幸いにも私はすんなりと最前列へと出ることが出来た。

 そして、その勢いのまま声をかけようとして……遮られた。


「少年。悪いが、これ以上このギルドで買い取りは受け付けられない。帰るんだ」

「何で? 薬、足りてないって聞いたけど」

「自分が怪しく見える、という自覚は無いのか。いや、良い。子どもなのだから、仕方あるまい」


 細身の男の人が、人だかりの前に立ち、男の子……ジムを見下ろしていた。

 穏やかな口調ではあるけど、どことなく怒りを交えた様な声だ。

 正面に立っている訳ではないのに、私が竦んでしまった。


「困るな。俺にはやりたいことがあるんだけど」

「悪いが、此方にも事情というものがある」

「……お兄さんじゃ話にならないよ。もっと偉い人は居ないの?」

「……何だと?」


 明らかに、男の人がカチンと来たように見えた。

 いや、そりゃそうだよね。何であの子、ケンカ売ってるの? 相手、大人だよ?


「どうやら躾が行き届いていないようだな、少年。私が代わりに躾けてやろう」

「躾なら足りてるよ。それこそ、母さんに毎日みっちり叱られてるくらいだ」

「そうか。母親に叱られて懲りていれば良かったと、後悔させてやる」


 え、あの男の人、何するつもり?相手は、私と同じ――ルカに聞いたら、ジムは私と同い年って言ってた――年の男の子相手に、あんなに怒気をぶつけて。

 もしかして、子ども嫌いなのかなあの人。

 血の気が引く思いで見つめていると、男の人はまさかの、腰の剣を抜くという暴挙に出た。ええええええ!?


「行くぞ!」


 行くぞじゃないよ!?

 これ、問題ですよ、問題じゃないんですか!?

 慌てる私の心境とは裏腹に、周囲の人たちは全然心配していないようだ。止める気配もない。ウソでしょぉぉぉ!!?


 ――そして私は、思わず目を閉じた。


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