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013.お母様のお叱りタイム

「兄さん、本当にそれで地の適正出てたの? もう少しふんばりが利かないとおかしいと思うんだけど。寧ろ、スピードが10歳にしてはそこそこだったし、風の適正の方が高いんじゃない?」


 子どもが持つには長い木製の剣を肩に添え、つまらなそうに言う一人の少年。

 その言葉は、私と同じくらいの年の男の子が兄に向って言うことにはとても思えないようなもので、私とグレイは、彼こそが噂になっていた「冒険者ギルドにレアな魔法薬を持ち込んだ少年」なのだと理解した。

 ……自分でも言ってたしね。隠す気あったんじゃなかったのかな?


「なぁ、これ、どういう状況なんだよ? 兄弟ゲンカか?」

「それにしてはなかなか……アグレッシブだね」


 窓ガラスには、無残にも大きな穴が開いてしまっている。

 破片も、室内にかなり散乱しているし……と、言うよりも、本当にあのお兄さんの方が吹き飛ばされて来たのなら、身体は大丈夫なのだろうか。

 ハッとした私は、様子を見に階下へ向かおうとして、グレイに留められた。


「ちょっと待った」

「えっ、何で? 心配だし、見に行かないと」


 グレイは、眉をひそめる私に、一応だ、と言って苦笑した。


「別に、アイツらが刺客だ何だとは思ってないけど、様子は見ておくべきだと思わないか? 特にこういう、想定外のイベントに関してはな」

「それもそうか……」


 私は、確かに考えなしに突入するのは良くないかもしれないと、グレイの言葉に納得する。

 一体どんな行動が、私にとっての死亡フラグに繋がるのか分からないのだから、注意しないと。そう考えると、却って危険度の高いイベントの方が読み易いのかもしれない。何か複雑な気持ち。


「何の音ですか!?」


 様子を窺っていると、わらわらと使用人の人たちが集まって来た。

 そりゃあ、あれだけ大きな音がしてたんだから、気付かない筈が無かった。

 私がわざわざ行く必要も無いだろう。我が家の使用人たちは皆、優秀なのだ。


「サム! ジム! アナタたち、何てことをっ!」

「母さん!」


 使用人が、事後処理の為に必要なのか、破片の落ちた位置などの記録を始めた辺りで、女の人の大声が男の子たちを呼んだ。

 それは、クラシカルなメイド服に身を包んだ女性で、間違いなく、我が家のメイドの一人だった。

 確か、我が家に珍しい庶民の出で、旦那さんと別れてシングルマザーという事情があるから、唯一敷地内の小屋を家として貸し与えられてる人じゃなかったかな。お母様が、彼女は色々大変なのよ、と言っていた気がする。お母様も結構な悪役令嬢風の顔立ちだけど、とても心優しい人なのだ。

 名前は……えっと、ポーラさん、だったよね。


「まさか、お屋敷のガラスを割ってしまうだなんて……」


 私の居る位置からも、彼女の愕然とした表情が見えた。

 寝耳に水どころか、寝耳に必殺技を食らう程度の衝撃だろう。私は、彼女の気持ちを想像するしか出来ないけど、あの表情からして、そう外れていないと思う。


「オレじゃない! ジムが悪いんだっ」


 ムッとしたように弟を指す、未だに尻餅をついたままの兄。

 それを見て、ポーラさんはキッと眉を吊り上げた。とても怖い。


「サム! 言い訳は要らないわ。それよりも、旦那様に謝罪に行くわよ!」

「オレは悪くない! ジムが変な魔法使って割ったんだ!!」


 私たちは、彼が室内で座り込んでいるところからしか見ていないから、事の発端は分からない。ただ、そう的外れな言い訳ではないように思える。私たちの目には、彼が吹き飛ばされて来て、倒れ込んでいたように見えたし、そうなるのだとしたら、やったのはその反対方向に立つ弟の方だと考えるのは自然だろうし。

 ……まぁ、だからと言って弟くんだけが絶対的に悪い、とは判断出来ないと思うけどね。お兄さん、弟くんのことすっごく恨めしげに見てるから、私情が挟まって無いようにも見えないもの。


「おだまりなさい」


 ピシャリと言い放たれたポーラさんの言葉に、お兄さんの身体はビクッと遠目に見ても分かるくらい跳ねた。

 ポーラさんは、どちらかと言えば小柄で、可愛らしいタイプの女性だ。でも、今は般若の如き恐ろしげなオーラを放っている。本当に怖い。


「ジム」


 鋭い視線が、弟くんにも向けられる。

 お兄さんに対する時は、あんなに堂々としていたのに、今は若干顔色が悪いように見受けられる。

 やっぱり、どんなに才能があろうが、母には勝てないんだね。分かります。


「貴方も来なさい。二人の言い分は後できちんと聞くけれど、お屋敷のガラスを割ってしまったことは、許されないこと。母さんも謝るけれど、アナタたちも謝らないとならないわ」

「う……わ、分かった。ごめんなさい」

「謝罪が必要なのは、私に対してじゃないわ」


 弟くんの顔色が、見るからに悪くなる。

 流石はポーラさん。いや、私ポーラさんのこと、良く知らないけど。


「……何事ですの?」

「お、奥様っ」


 ひとまずお父様へ報告に向かうことで場が収束しようとした時、凛とした美しい声音が、そう大きくない筈なのに耳に刺さるように響いた。

 声のした方へと視線を向けると、作り物めいた美しさを湛える金髪の女性が玄関ホールの方から歩いて来ていた。


 ――ヴァレリア・サンチェスター。私の、お母様である。


「子細の説明を」

「かしこまりました」


 氷像の方が、余程温かい笑みを浮かべている、と評される程、冷たい表情を浮かべていることの多いお母様は、散乱したガラスに視線を向けると、僅かながら眉間にしわを寄せた。……ように見えた。ちょっと遠いから自信無いけど。

 そして、チラリとポーラさんに視線を向けてひと言、指示を下す。

 ポーラさんは恐縮しきったように、下げていた頭を上げた。

 ……ところで、良く見たらポーラさんが子ども二人に頭を下げさせてるんだけど、いつの間に? ガッと後頭部を掴んでるけど、さっきまで結構距離開いてたよね? あれ?


「我が子、サムとジムが兄弟ゲンカの末、此方の窓ガラスを割ってしまいました。大変申し訳ございません。私の教育が至りませんでした」

「母さん! だから、オレは……」

「しっ!」

「いてっ」


 不満そうなお兄さんが、頭を上げてポーラさんに文句を言おうとして、また頭を下げさせられた。あ、あれは痛いぞ。


「そう。ポーラ……貴女、本当に哀れですわ。このように愚かな子の為に、ただでさえ少ない身を削らねばならないなんて……」


 蔑むように目を細めるお母様。

 何とも悪役然とした物言いと姿に、隣のグレイまでもが絶句していた。

 あ、そう言えばグレイ、お母様のことちゃんと見るの、初めてだったっけ。


「なっ、何言ってるんだテメェ! 母さんは哀れなんかじゃ……痛いっ!」

「サム! 奥様に何て口をきくの! 奥様、この子はまだ幼いのです。どうか、ご容赦くださいませ!」

「……愚かな子どもは、私は嫌いですわ。そのように下劣な物言いの我が身を少しは振り返ってみたら如何? その程度の知能では、振り返ってみても意味など無いかもしれませんけれどね。おほほ」

「くっ……くそぉっ……!!」


 扇子を開いて口を覆い、たおやかに笑うお母様。

 その微笑みは多くの人を震えあがらせ、一部の人を歓喜させる、とは良く言ったものだ。

 社交界の大輪の青薔薇、と呼ばれた魅力は、今も健在である。若いしね。


「なぁ、エカテリーナ」

「ん?」

「何あの人。ビックリするくらいゲームのエカテリーナそっくりなんだけど」


 ビクビクしながら、微かな声で私に尋ねるグレイ。

 可哀想なくらい顔が青いんだけど、大丈夫?

 私はその問いに軽く答えた。


「何って、私のお母様だよ?」

「それは知ってるけど! あの悪役っぷりなんなんだよ。エカテリーナのキャラ的な必要性無くなりそうなくらいキツいんだけど」

「そんなことないよ」


 首を横に振る私に、グレイは疑いの眼差しを向けて来る。

 失礼なことだ。私にもお母様にも。


「奥様!」


 お母様への誤解を解かないと。そう思って、私がグレイに滔々と語って聞かせようとした時、この空気を破るように大きな声が通った。

 それは、今まで黙っていた弟くんのもので、珍しく、お母様も驚いたように目を軽くだけど見開いていた。

 全員の視線が自分に集まったことを確認してから、彼は口を開いた。


「ガラスを割ってしまったのは、俺の責任です。だから、直します」

「え?」

「元通りになれば、何の問題もないですよね」


 あり得ないことを、何とも普通の顔で言ってのける。

 その場にいた全員が、彼の言っていることを理解出来ずに唖然としている様子だった。

 その言葉が達せられるのではないか、と思っていたのは、多分私とグレイの二人だけだっただろう。


「それじゃ、いきます」


 そう告げると、弟くんは淡々と何事かを呟き始めた。

 小声だから良く聞き取れないけど、ところどころ耳に届いた音は、理解出来ない文字の羅列のように聞こえた。

 もしかすると、これは詠唱というヤツだろうか。

 そう思った時、弟くんの身体の周りに、魔法陣のようなものが浮かび上がった。


「ま、まま、魔法陣だよ、グレイ!」

「あ、ああ。魔法陣は見たことあるけど、あのレベルは初めて見たな……!」


 魔法には、幾つか種類がある。

 ゲームでの説明によると、身体の中での魔力のコントロールのみで魔法効果を発動する無詠唱系、身体の中での魔力のコントロールに加えて決まった文言を口に出すことで魔法効果を発動する詠唱系、空気中に存在する魔力を一定の術式を描いた魔法陣によってコントロールし魔法効果を発動する魔法陣系などが存在する。


 そして通常魔法陣と言えば、魔力の込められたペンで地面や紙などにあらかじめ描いておいて、使用する際に自らの魔力を流すことで効果を発揮するものが多い。

 しかし、彼が披露しているのは、それらの総合的な技術だ。即ち、自分の身体の中の魔力をコントロールして魔法陣を空気中に描き出すことで、通常の魔法陣系よりもずっと高い効果を発揮する、難易度の高い魔法。

 もの凄く高い効果を発揮する以上に難しくて、コストパフォーマンスが悪いと廃れていった、古代遺産的な存在……つまり、普通使える訳のない魔法なのである。


「おお……見る見るうちにガラスが元に戻って行く……」

「き、奇跡だわ……」


 すぅっと、至るところに飛び散っていた破片たちが、それぞれ吸い寄せられるように元の場所に嵌めこまれて行く。

 その奇跡的な光景に、使用人たちは感銘を受けている様子だった。

 因みに、魔法は何でもかんでも出来る訳では無い。普通は。この世界にとっては、電気みたいなものだ。だから、皆の驚きは良く分かる。


「チートェ……」


 だけど、グレイがボソッと呟いた言葉には、聞こえなかった振りをした。

 今それにツッコミ入れたらいけないよ。多分。


「はい。元に戻りましたよ、奥様。如何でしょう?」


 分かりにくいけど、弟くんはドヤ顔をしているようだった。

 でも、その表情にも納得するくらい、窓は元通りの姿になっていた。

 今からここにやって来た人が窓を見ても、先ほどまで割れていたことなんて、きっと信じてくれないだろう。

 何なら、元々綺麗だったけど更に綺麗になってる気さえする。それは、気のせいかもしれないけど。


「……奥様?」


 弟くんが、何も言わないお母様を見て首を傾げている。

 他の使用人たちも、何ならさっきまで怒っていたお兄さんも、驚愕と畏怖で押し黙っているから、そんな感じで黙っているのなら弟くんも不思議には思わなかっただろう。

 けれど、お母様のその表情は、寧ろ苛立ちを抱えているように見える。

 多分、想定外の反応を受けて、驚いているんだ。弟くんは。


「あれ、どうしたんだ奥様? あまりの出来事にフリーズしちゃった?」

「ううん。あれは多分凄く……」


 グレイが、軽く首を傾げる。

 そう思うのも仕方が無い。多分、お母様の心境を正確に理解出来ているのは、私一人だろう。そして、私はそっと心の中で合掌した。


 ……弟くんは、やり方を間違えた。


「満足ですの?」

「え?」


 お母様の、綺麗だけれど冷え冷えとした声が響く。

 そう来るだろうなぁと分かっていた私でさえ、ちょっとビクッとした。

 真っ直ぐ言葉を向けられた弟くんの、心境たるや。


「他人に出来ぬ偉業を、軽々と成し得る自分は特別だから、許されるとでも?」

「そんなつもりでは……」


 褒められるとは思っていなかったかもしれないけど、叱られるとは思っていなかったのだろう。弟くんは目を白黒させている。

 お母様の表情は、限りなく無表情に近い。あれ、凄く怒ってますよ。


「口答えを許した覚えはございませんわ」

「っ」

「頭を上げて良いとも、私は言っておりません。それとも、貴方には私の意向に反するだけの力を持っていると?」


 こっ、こここ、怖いぃぃ!!

 もしお母様が悪役令嬢だったら、多分大抵のプレイヤーはコントローラーを投げていただろう。無理だよ、勝てないよ。

 恐ろしく整った顔に、鋭く青い瞳をギラつかせながら睨まれたら最後、死ぬ。

 心が。


「貴方の兄も相当の愚か者だと思いましたけれど、貴方はそれ以上ですわね。いえ、揃って私に反抗的な態度を崩さないところを見るに、同程度ですかしら」

「俺は、良かれと思って……」

「お黙りなさい。今言われたことも出来ないようなお馬鹿さんに、何かを言う権利などございませんことよ」


 横から強い視線を感じる。

 いや、本当だから。私のお母様、良い人だから。ちょっと物言いがアレだけど。


「跪いて赦しを乞いなさい。家族皆の穏やかな暮らしを守りたいのならば」


 ビシーッと畳んだ扇子を付きつけるお母様、滅茶苦茶格好良い。痺れる。

 何なら、睨みつけられた人も軒並み痺れてそうだ。震えてるもん。


「なぁ、エカテリーナ」

「何?」

「ここは……出て行ってあげた方が良いんじゃないか?」


 恐る恐るとしたグレイの提案に、私は苦笑を返した。


「そう見えないのは分かるけど、大丈夫だよ」

「いやー、だって、あれは切り抜けられないって」

「そうじゃなくて。お母様は優しい人だから大丈夫って意味よ」

「……言っちゃ悪いけど、まったく見えないぞ」


 おほほ、と高笑いをするお母様。似合いすぎてて怖い。

 でも、あれは蔑んでいるのではないのだ。


「……も、申し訳ございませんでした」

「貴方、私の言っている意味を理解出来まして?」

「…………」

「……フン。まぁ、そのひと言が聞くことが出来たので、良しと致しますわ。ああ、そちらの。貴方からは誠意を見せて頂いておりませんけれど?」

「ひっ! も、もも、申し訳、ありませんっ!!」


 二人から謝罪の言葉を受けると、お母様はニコリと微笑む。

 しっかりとルージュの引かれた唇は、蠱惑的に弧を描いている。


「これに懲りたのなら良く励みなさい。よろしいわね?」

「は、はいっ」

「はいぃっ」

「よろしい。……それでは、ポーラ。後のことは頼めますわね。旦那様には私からお伝えしておきますわ」

「奥様。ですが、旦那様にも是非謝罪を……」

「結構よ。この程度、大騒ぎする必要などありませんもの」


 ヒラリとスカートを翻して、お父様の執務室へ向けて歩き出すお母様。

 その背に、ポーラさんは感極まったように頭を下げていた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……っ」


 カツカツと、お母様のヒールが小気味良い音を立てる。

 それが、一旦止まった。

 そして、お母様の視線が階段へ……つまり、私たちが潜む場所へ向いた。


「品の無い行為は淑女として失格でしてよ」


 ひいっ!

 お母様は、ぽそっと小さく苦言を呈すると、今度こそ颯爽と立ち去って行った。

 窓ガラスは既に直っている。もう、あんな騒ぎが起きた現場だと言うことは、言われなければ分からないだろう。


「……あれの、何処が優しいの?」


 グレイが、引きつった笑みで呟く。

 それに私は、静かに答えた。


「お母様、ずっと「ごめんなさいは?」って言ってただけなんだよ。壊した物を直したからって、謝らなくて良い訳じゃないよって教えてくれてたの」

「……ん?」

「それに、大事にはしないって最後言ってたでしょう? 悪いようにはしないって意味だよ」

「……へ、へぇ?」


 ――ね、優しいでしょう?


 そう言ったのに、グレイは何だかずっと納得がいかないような顔をしていた。

 もうっ、本当さっきから失礼だよね。

 まぁ……気持ちは分かるけど。お母様、本当に恐ろしいから。お父様と一緒で。見た目が。


「と、とりあえず場は収まったみたいだし、早速アイツに接触してみるか!」

「うーん……日を改めた方が良くないかな? 結構ショック受けてるみたいだし」

「あー……それもそうか」


 グレイの提案に、私は首を傾げる。

 弟くんに視線を向けたグレイは、納得したように頷く。

 そして、私たちはどちらともなく部屋に戻って行った。


 何もしてないのに、どうしてかヒットポイントが激減した感じだよ……。

 あー、疲れた。


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