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012.灯台もと暗し

 ひとまず、日常の死亡フラグについてはルカに一任して、次に来るだろう大きな死亡フラグ回収イベントへの対策の為に、神子力を鍛えることに決めてから数日。

 ルカの使用人ネットワーク兼悪魔パワーによる調査が行われていたんだけど、全然私を鍛えてくれそうな人は見つかっていない。

 この際、「初級魔法講座」みたいな子供向けのでも良いんだけどな。

 日々、普通の貴族令嬢的お稽古ごとに励みながら、私は溜息をついていた。


「仕方ないだろ。サンチェスター公たちに内密にしてる以上、条件が厳しくなるのは当然なんだからさ」

「そうだよねぇ……」


 私の自室でのお茶の時間に付き合ってくれながら、グレイも疲れた様子で呟く。

 ルカの調査が芳しくないからか、グレイもまた使用人修行の合間を縫って、暗殺者としての伝手で色々調べてくれているようなのだ。

 二人に働かせて、私だけ何もしないのはイヤなので、出来れば手伝いたいんだけど、二人には既に何度も却下されている。

 その理由が、エカテリーナが一人で家から出れば即死。

 だから、私としても引き下がるしかないんだよね。……でも、こうして疲れてる姿を見ると、とても申し訳ない。死にやすくてごめんねぇぇ……。


「でも、お父様は本当に私が邪神にとって重要な存在って分かってるのかな? やっぱり、打ち明けても良いんじゃ……」

「ダメに決まってるだろ」


 私の言葉に、グレイが眉をしかめる。


「確かに、ゲームに旦那様は登場してなかった。でも、居たって考える方が自然だし、居たとしたらエカテリーナが邪神の封印に大きく寄与してることに気づく筈だ」

「お父様が、王様と結構仲良かったから?」

「そうだな。ただでさえ公爵って言う高い地位にある人だし、知ろうと思えば、幾らでも知れる環境にあったと思うんだ。それに普通、我が子に神子の力が宿ってるってなったら、調べるだろ?」


 それはどうだろう?

 誰も彼もが、その理由を考えるとは限らない。何か良く分かんないけど、うちの子天才! みたいな思考の人だって居るだろうし。

 ……ただ、グレイが言っているのは私のお父様の話だ。

 なら、普通に調べていそう、というのは同感だし、否定する理由も無い。私は頷いた。


「で、邪神に対する影響力に気付いたとしたら……それを周知してエカテリーナを守らないのは不自然だ」


 ゲームのエカテリーナは、公爵令嬢として尊敬は集めていたけど、神子としての力は噂にもなっていなかった。

 そもそも、本人もその影響力を知らなかったのではないだろうか。そんな描写無かったもの。

 だとしたら、仮に一部の人がその力に気付いていたとすると、ゲームにおいては情報規制が行われていた、と考えるのが自然である。


「でも、もしそうだとしても私はお父様を悪い人だとは思えないし……思いたくないな」

「……そりゃあ、前世の記憶があるって言っても、今の父親だもんな。気持ちは分かるよ」


 グレイが申し訳なさそうに眉を下げたから、私は軽く首を横に振った。

 ただの日常会話なら怒ったかもしれないけど、一歩間違えば死ぬような人生を歩いている時に、家族を疑われたからと言って怒る程、間抜けじゃない。多分。


「どっちにしても、邪神の欠片への対抗策が樹立出来れば、そこまで怯えなくて良くなるだろうから、もうしばらくの辛抱だ。元気出せよ」

「うん。ありがとう」

「俺も、もうひと頑張りするかなー。ちょっと良さそうなヤツの噂は聞こえてきたからなー」


 そう言うグレイは、かなり疲れが溜まっているような表情に見える。ルカに使用人として引き立てられてから毎日、使用人スキルを磨く為にかなりこき使われているから無理もないか。

 サンチェスター家は公爵の地位を持っているだけあって、使用人のレベルは高いらしい。だから、見習いだろうが何だろうが、使用人に求められるものはかなり高いのだ。

 そんな厳しい状況にあって、疲れた顔は見せても、文句は言っても、根を上げたりしないどころか、更に調査に行こうとしてくれてるグレイには頭が下がる。

 ……グレイ、ニートになりたいって言ってるわりに、頑張り屋さんだよね……。


「……な、何だよその目はぁ」

「何でも無いよ。それより、ちょっと良さそうな人の噂ってどんなの?」


 何となく、グレイはそういうこと言われるのが嫌いそうだなぁ、と思って、私は無理矢理話題を逸らした。

 私の意図なんて伝わってたみたいで、グレイは訝しげに眉をひそめていたけど、すぐに軽く息をついて、話題転換に乗ってくれた。

 うーん、良い人だよねぇ、グレイ。


「最近冒険者ギルドに、かなり質の良い魔法薬が大量に持ち込まれていてな」

「魔法薬?」


 この世界にも、ファンタジーに良くある感じで冒険者ギルドが存在する。

 ゲームでは、そこから腕利きの冒険者を雇って、一緒に冒険することが出来た。

 因みに、イベントで仲間になる人たちには少ないけど、その人たちにも個別のルートが用意されていたらしい。

 その人たちも含めると、本当に100じゃきかないルートが存在することになる。今更ながら、恐ろしいゲームだ。

 ……あ。因みに、私が認識してた攻略対象者34人は、お気楽モードのみの話で、難易度が上がるごとにもっと増えるらしいので、あしからず。


 そんな冒険者ギルドは、モンスターの素材、武具、薬などの買い取り業務も行っている。

 ひとつの場所に留まらない冒険者は、一般の市場で物を売ることが出来ないことになっている。それは経済的な事情によるものらしいけれど、私は良く知らない。

 とりあえず、ギルドに薬を持ち込んだ人は冒険者、と考えていれば良いだろう。


 そして、魔法薬は、文字通り魔法によって生成された薬のことだ。

 普通の薬の方が、多く市場に出回っているし、町にある薬屋さんで、魔法薬を扱う店は殆どない。

 町の人たちも、生活に使う程度の魔法は結構気軽に習得しているようだけど、魔法薬は相当に専門的な知識と、技術が要るらしい。

 公爵家で生まれ育っていても、本物は見たことが無い。

 そんなレアな物が売りに出されれば、それは話題にもなるだろう。


「偉大な薬師の家を襲撃した盗賊を倒した冒険者の人たちが持ち込んだとか?」

「一回だけならそうだろうけど、定期的に売りに来るらしいんだ」

「そんなことあるの?」


 それはかなり信じ難い。

 そもそも、作り手が少ないだけじゃなくて、大量生産にも向かないからこそ、レアなんじゃないだろうか。


「あり得ない、と思うが、まぁそれはこの辺に世界レベルの薬師がやって来たってことで片付ければ良いだろ。俺がその噂に目を付けた理由は他にある」

「他? 魔法薬作れる薬師さんってだけで、十分師事したいけど……」


 首を傾げる私に、グレイはしたり顔で頷いてみせる。


「魔法薬を届けに来たのが、エカテリーナと同い年くらいの男の子だったそうなんだが」

「えっ、弟子かな?」


 弟子が要るとなれば、確かに頼みやすいかもしれない。

 それに、弟子が同じ年くらいと言うことは、子どもだからと言って断られる可能性は低くなる。

 ……まぁ、弟子は一人で良いって言われるかもしれないけどね。


「そいつ……平然と空間魔法使ってたんだ」

「え?」

「空間魔法だぞ、空間魔法。別名異次元リュック。この世界で、女神様しか使えないってゲームで説明されてた、あの」

「えええっ!?」


 異次元リュックと言えば、ゲームで言うアイテム画面のことだ。

 見た目には、神子様が学校に通ってる時に使ってた普通のリュックサック。でも、女神様の不思議な力で、何個でもアイテムを入れられて、しかも中に入れた物の時間が止まって、食べ物もいつまでも腐らないようになったと言う、とんでもないご都合主義アイテムだ。

 そんな物を……じゃない、普通のカバンに、そんな魔法をかけられる普通の人が要る筈ない!

 私は、思わず悲鳴を上げてしまう。心配したメイドさんたちが部屋に駆けこんで来てしまって、平謝りして退室してもらった。大変だった。……じゃなくて!


「だって、その子は女神様じゃないでしょう? な、何でそんな魔法……はっ! もしかして、師匠相当優秀なのかな!?」


 目を白黒させる私に、グレイが妙に複雑そうな笑顔を浮かべた。


「そいつの説明によれば、「薬は師匠が作った」「カバンにも師匠が魔法をかけた」って言ってるらしいけど……」

「それならきっと、優秀なんて枠にとらわれないレベルで凄い人なんだろうね! ……何で、微妙そうな顔してるの?」

「俺は、何か違う方向を思ってる。……だから、確認が取れ次第教えるよ。もう少し待ってくれ」

「? 良く分からないけど、分かった」


 頷いた私に、グレイは悪いな、と小さく笑った。

 何だか感情が死んでいるように見えるのは、気のせいでしょうか?

 心配だなー、と思いながら、お茶菓子を進めようとする。


 その時、庭の方からガシャーン!と、大きな音が響いて来た。


「あれっ、何事!?」

「気を付けろ、エカテリーナ! ここでの対応が命取りになるかもしれないっ」

「こんなイベントもあったっけ!?」

「俺の知る限りでは無いけど!」


 今は、ルカが屋敷に居ない。

 ルカが、「本日は死の臭いが薄いので、グレイでも対応は可能でしょう。ご安心を、お嬢様」って言ってたから安心してたのに、あれは、危ないことが起きないって意味じゃなくて、危ないことが起きてもグレイが居れば平気って意味だったのかな!

 全力でビクつく私を背に庇い、グレイが周囲を油断無く探る。

 それに合わせて、私も恐る恐る視線を動かす。少なくとも、室内では何も起きていないようだ。


「音のした方向からして……庭か?」

「庭って、何か今日お祭りの予定だっけ? 違ったと思うけど……」

「ここは俺が確認して……」


 グレイが、振り返って私を見つめる。

 しばらく無言でそうしていると、やがて深い溜息を共に腕を引かれた。


「目を離した隙に死なれたら困るし、一緒に行こう」

「な、何か傷つく言い方だなぁ。……でも、ありがとう。よろしくお願いします」


 私の腕を掴んだ手をグイッと外して、私のとギュッと繋ぐ。

 すると、グレイは驚いたように目を丸くしていたけど、私が力を込めると、握り返してくれた。


「まー俺は暗殺者だから、片手が使えなくても問題ないけど……他の誰かに守ってもらう時は遠慮しとけよ」

「? そうなの?」

「そういうものなの。特に、あと……10年くらい経った頃には絶対な」

「?? 分かった」


 ぶっきら棒にそう言うグレイに、私は確かにと頷いた。

 私だって、これから戦うぞって時に片手が塞がってたら不安だもんね。

 それなのに見逃してくれるグレイ。やっぱり優しいなぁ。


「ほら、出るぞ」

「うんっ」


 そのまま、警戒しつつゆっくりと部屋を出て、廊下を進む。

 屋敷の中は、俄かにザワついていて、それが想定外の音だったのだと分かる。


「……あれか?」

「窓が割れたのかな」


 私の部屋は二階にあって、今は庭へ向かう為に、階段へやって来ていた。

 階段をそのまま真っ直ぐ下りて行けば、庭に出る扉へ繋がっている。

 私たちは、そのまま身体を伏せて庭の方を見た。

 すると、庭を観賞する為に、広々とすえ付けられた窓ガラスが割れていて、破片をまとった少年が室内に座りこんでいるのが見えた。


「……ダイナミックお邪魔します?」

「誰かに吹き飛ばされて来たんじゃないか?」


 そりゃそうか。

 状況を把握するのに一生懸命な為か、グレイは言葉少なだ。

 私も一緒になってその少年を見て、それからもし吹き飛ばされて来たのなら、それをした人が要る筈だと、視線を外へやった。


「なっ……んで、何なんだよこの魔法!? おかしいだろ、魔力検査もまだのガキのクセに!!」


 座り込んでいた少年が、突然怒鳴りつける。

 やっぱり、誰かとケンカでもしていたのだろうか。

 そう思った時、今の私よりもずっと高く、可愛らしい声音が、それに似つかわしくないふてぶてしさで響き渡った。


「おかしいのは兄さんの方だろ? こんなの、初歩も良いところだ。普通、3歳には使えるようになってる筈だけど」

「はぁ!? んなワケあるか!!」


 庭から中へと入って来たのは、バツが悪そうに頭をかく、幼い子どもだった。

 私と同じ年くらいの、クルクルと跳ねた茶色いクセ毛が特徴の、男の子。

 服装からして、ウチで働く誰かの子どもなのだろう。


「やっぱオマエ、おかしいぞジム! コソコソ町に出て、ギルドに行ったと思ったら大金を手にして……何なんだよ!!」

「ちょっとしたお小遣い稼ぎだよ。魔法薬って言っても初級だし、まさかあんな大金になると思わなかったんだ」

「どこがちょっとしただ! ふざけんなよっ。どこで盗んで来たんだっ」

「盗んでないよ。オレが作ったの」

「ウソつけっ!!」


 私とグレイは、思わず顔を見合わせる。

 えーと、何だっけ。私と同じ年くらいの男の子が、レアな魔法薬を持ち込んで? 女神様しか使えない筈の魔法を使って?


「……グレイ」

「……分かってるよエカテリーナ」


 私たちは視線を彼に戻すと、同時に溜息をついた。

 ……ごめん、ルカ。丁度良さそうな師匠役、見つけちゃったかもしれないよ。


「異次元リュックより、よっぽどご都合展開だよな……」


 それは言わない約束というヤツだよ、グレイ……。

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