009.第三王子は無邪気
「キャァア! マイユ様ァ!!」
(悲鳴!? 第三王子のところ!?)
さぁ、お次は第三王子へご挨拶だ。今度こそ、想定通りに動くぞ!
……と、気合いを入れ直した直後、人だかりの向こう側から、女の人の悲鳴が聞こえてきた。私はすぐさま声のした方向へと駆け出す。
「そんな所、危ないです! 早く下りて来てくださいィ!!」
人だかりを縫うように抜けると、その先に、慌てた様子で空を見上げて叫ぶ、ポニーテールの女の人が見えた。
女の人だけど、男性用の使用人服を着ている。見覚えはない人だけど、発言内容からしても、第三王子付きの使用人の人なのだろう。
(木しか見えないけど……まさか、登ってるの?)
人だかりの外側からでも目立って見えていた、美しいアーモンドの木。
栽培用じゃなくて、観賞用のそれに、一体どうして王子が登ろうと思うのか。
あり得ないことだとは思うけど、相手はあの第三王子だ。寧ろ普通のことかもしれない。
そう思った直後、私はようやく木の上に、その小さな姿を見つけた。
「下りないよぉ! だって、きもちーんだもん。リヴもおいでよー」
「そ、そう仰らないで! オリヴィアを困らせないでくださいまし!」
オロオロしている女の人――オリヴィアさんって言うのかな?――をからかうように、木の上で無邪気に笑うグレーの髪の男の子。
あの笑顔には見覚えがある。第三王子だ。
――ヴォルトマイユ・ファナ・アスルヴェリア王子殿下。
彼は、上二人とはまた違う母親から生まれた子どもだ。
順番から言えば、第二王子のお母さんが正妃で一番上、妾扱いだった第一王子のお母さんが最後になるから、この三人の中なら真ん中になる。
因みに、ゲームでは殆ど出てなかったけど、他にも奥さんは居て、そちらには姫しか居ないらしい。
王位継承権の順位は、第三位。傍から見れば、かなり上の方に当たると思うけれど、本人は何処吹く風。
今見てもそんな感じだけど、それはまだ子どもだから……と、いう訳でもなく、ゲーム本編の頃にも、大体こんな風に遊び歩いている。
真面目な主人公が、そんな第三王子の我儘に振り回されながらも、国を、引いては世界を救う為に奔走して行く姿に、王子は惹かれて行く。
……第三王子のルートは、大体そんな感じのストーリーだ。
(にしても、思った以上にそのまんまだなぁ、第三王子……)
オリヴィアさんの悲鳴が凄かったから、てっきり大変なことになっているんだと思ったけど、見た限りでは不安定な枝に腰かけている、という訳でもないし、問題無いだろう。
体外的な問題はあるかもしれないけれど、それは私には関係の無い話だ。
「お客さま方のご挨拶を受けるのも、王族としての立派な務めなのですよ、マイユ様ァ!」
「知ってるよぉー。だから、ずーっと座ってたじゃないかぁ」
「もう少しの辛抱ですので!」
「えぇー? おれには、まだずーっとかかるようにしか見えないけどなぁ?」
主従の仁義無き押し問答が続いている。
お父様も言っていたけれど、確か第三王子はこの時点で5歳。私と同い年だ。
使用人を振り回してるし、常識の無い行動を取っているけど、言っている内容は大人びているようにも聞こえる。お気楽モードではそう感じなかったけど、もしかすると裏ではかなり色々考えているキャラクターだったのかもしれない。
私は、そんなことをのんびりと考えながら、彼が下りて来るまでは少し休憩することにしようと、近くの椅子に腰かけた。
「おれは今、ここに座ってたいの! 挨拶なんて、兄上たちがやってれば良いじゃないか」
「そんなこと仰らないでくださいませ!」
「じゃあ、ここまで登って来てくれる子の挨拶だけ聞くよ」
「そんなご無体な!」
オリヴィアさんの声に、悲壮感が混じり始めた。か、可哀想に。
それこそ、間に割って入って庇ってあげたい気持ちになるけど……我慢だ。
良く考えてもみれば、自分の意見を聞いてもらいたい、なんて考え自体が貴族的ではない。相手が誰であれ、事前に聞いてもらえる場を用意した上で発言するのがマスト。それ以外は、ただの子どもの我儘になる。
首は、決して自分の意図と異なる方には振らせないように持って行く。それが貴族的会話なのだ。殺伐……。
そんな中で、ゴリゴリ押し通しちゃったから目立ったのだ。反省しないと。
「まぁ、あちらをご覧になって!」
「あの素敵な殿方は、どちらのお家の方でいらっしゃいますの?」
「え? あの方が、噂の……」
ふと、別の方向から黄色い声が上がった。
最初は、第二王子のところが盛りあがったのかな、と思ったけど、視線を向けてギョッとする。
第一王子が、もの凄く良い笑顔で手を振っていたのだ。……私に向かって。
「やぁ、麗しきレディ。隣に座っても良いかな?」
「え、ええ。勿論でございますわ」
しかも第一王子は、真っ直ぐ私の座っている席までやって来ると、隣の椅子に手をかけた。私は、慌てて一礼する。
私たちは、ここで初対面、ということになる。外せない。あらゆる意味で。
「私は、サンチェスター公が一子、エカテリーナにございます。お見知りおきを……」
「ああ。僕は、ヴァルトハイル・クロア・アスルヴェリアだ。よろしく」
第一王子は、妙に恭しい態度で、そっと私の手を取ると軽く甲に口付ける。
その行為自体は、挨拶として捉えられるかもしれないが、やっているのは、あの、第一王子だ。当然ながら、あり得ない行為だし、滅茶苦茶目立つ。
いやいやいやいや!! おかしい!!
何で、第一王子がこんな、フレンドリーな感じで接触して来るの!?
約束は……っ、約束は一体何処に!?
「…………」
「……ふっ」
顔をやや伏せて、咳を誤魔化すように手で口元を覆う第一王子。
だけど、私にはハッキリと見えた。その唇が、ニヤリと弧を描いたのが。
こっ、この人、私のことからかって遊んでるんだっ!?
周囲を見ると、第一王子であると分かった人々は、口ぐちに噂して、挨拶しに来ようとしない。尻ごみしているようだ。
つまり、しばらく逃げようがない? な、何てことだ!
「あーっ!! ハイル兄上だー!!」
ビクつきながら、次の言葉は重要だぞと思考を巡らせていた私の意識が、ギュッと現実に引き戻される。
緊張に満ちた空間を裂くような、明るい叫び声。
その声が、第三王子の物であると認識するよりも早く、彼は座っていた木から思い切り飛び降りた。
「ま、ままま、マイユ様ァ!!?」
悲鳴を上げるオリヴィアさん。でも、当の本人は、彼女には目もくれず、嬉しげに私たちの座ったテーブルの真横へと着地してみせる。
第三王子が座っていた木から、このテーブルまでは5メートルは離れているだろうか。飛び降りて、ここまで簡単に着地出来るはずがない。普通であれば。
(そう言えば、第三王子って、王子の中でも一番魔法の才能があるんだっけ)
目の前で見せつけられることになるとは思わなかった。
若干5歳にして、ここまで魔法を使いこなしているなんて。
私は、まだ魔法に関して習ったりはしていないから、所謂魔力の流れ、とかは分からない。でも、不思議な風は感じた。多分、これがそうなんだろう。
第三王子は、飛び降りると同時に、風の魔法を使って、自分の身体をここまで運んだのだ。
(良いなぁ、魔法。私も使ってみたいなぁ……って、寧ろ、使えるようにならないとマズイ、か)
私の死亡エンドの中には、純粋に戦力不足による死亡、という展開もある。
そうしたエンディングに対抗するには、私が一人でも戦えるようになっている必要があるだろう。
いつまでもルカに頼ってばかりいられる訳でもないのだ。戻ったら相談しよう。
「良かったー! 兄上も来てくれたんだねー!」
「ん……ヴォルトマイユか。何か用か?」
「おれ、もう挨拶飽きちゃったんだ。兄上、何かお話しようよー」
純粋に、兄と会えて嬉しい、という気持ちが滲むような笑顔を浮かべて、子犬のように第一王子の周りを跳ねる第三王子。
その姿は微笑ましくはあるけれど、第一王子の表情を見る限り、そう単純に受け取って良い場面でも無さそうだ。
周囲の人も、どこか複雑そうにしている。……う、うん。まぁね。継承権的なお話とかに繋がりますよね。
「悪いが、僕は王子の責務を果たすことで忙しい。日を改めてくれないか?」
「えー。ハイル兄上、いっつもそう言うじゃないかー」
王子の責務とか言いつつ、多分この人、この会が終わるまで、私の反応を見て楽しむつもりだわ。
思わずジトッと半目で睨みつけると、私の視線に気づいたのか、第一王子は心底楽しそうに目を細めた。
私は視線を切ると、溜息混じりに紅茶をすする。
……味が、味が楽しめないっ!
「……その子とはお話するのに?」
「彼女は客人だからな」
事もなげに言う第一王子に来る客は、実際少ない。と言うか、今のところは誰も居ない。故に、普通に話が出来る私と話をするのは、まぁ、自然と言えば自然だ。
だけど、私としては、下手に会話の量の比重を、第一王子に傾けたくないんだよなぁ。まだ、そこまで気にしなくて良いと、お父様は言っていたけれど、そうもいかないんじゃないだろうか。
チラリと、出来れば話をしたい相手である第三王子へと視線を向けると、彼は心底不満そうに頬を膨らませていた。
「おれより、その子が良いの?」
「……そういう問題ではないが、まぁ、そうかもしれないな」
「……あの、意味深に見つめるのはよして頂けませんか?」
「ん? 何のことだい?」
「大変申し訳ございませんが、私、貴方のこと苦手ですわ……」
「そうか、それは残念。僕は、そうして正直に口走ってしまう君の浅はかさが好きなんだがな」
「むぅぅ……」
第一王子は、もしかすると既に邪神から何らかの影響を受けてしまっているのではないだろうか。何で、こんな風に私に過剰に絡んで来るのだろう。
もしかすると、第三王子が不機嫌になる様を楽しもうとして? ……違うな。すっごい私のことしか見てないもんこの人。怖い。
「つまんない! もー、お前のせいだから!」
「えっ?」
「ハイル兄上が構ってくれないの、お前のせいだ! 責任とって!!」
「せ、責任ですか? 私の!?」
両手を突き上げた第三王子が、私のことを涙目で睨みつけて来る。
それ自体は、子どもの癇癪って感じで可愛いんだけど、その発言内容には物申したい。
第一王子が妙に私に絡んで来るのは、第一王子の自由意思によるものであって、断じて私のせいじゃないですから!
「……ふむ。そう取るか」
「ヴァルトハイル殿下。静かに分析しているお暇がおありでしたら、私の無実を証言して頂けませんか?」
「何故僕が? これは、君が蒔いた種ではないか」
「えっ」
「……ふふ。そのように愛らしい間抜け面を晒して良いのかな? サンチェスター公爵令嬢?」
「……ぐぬぬ」
ぼそりと、私にしか聞こえないくらい小さな声で呟いた第一王子。
これ、私の反応だけじゃなくて、やっぱり第三王子がどう出るかも確認しようとしてたでしょ!?
私は混乱と焦燥と、その他色んな感情を混ぜて、思い切り小さい声で苦言を呈した。でもまぁ、やっぱりと言うか、第一王子には何処吹く風だ。ウソでしょ、この状況私が治めないとならないの? 無理ですから、そんなの。
「責任! 取ってよ、ホラ」
「あっ、ヴォルトマイユ殿下!?」
グッと、第三王子の小さな手が私の腕を掴む。
これには流石に驚いた様子の第一王子に向かって、べーっと舌を出した第三王子は、そのまま空いている方の手をクルリと動かす。
それに合わせて、私の身体がふわりと浮いた。
……浮いた?
「なっ、なななっ、何ー!?」
「あははーっ。お空のお散歩ー。ハイル兄上、この子とお話続けたいなら、ここまでおいでーっ!」
「ほう。なかなか愉快な趣向だな」
混乱する私の身体を、向かい合うようにして抱き締めた状態で第三王子は空を飛ぶ。思ったより不安定ではないけれど、だからと言って足が付かない状況は落ち着かない。軽くパニックになりながら下を見ると、グングンと離れて行く。
ひ、ひぃぃぃ!!
「怖い? でも、残念。責任とってもらうんだから、しばらくこのまんまだよー」
「お、落ちる落ちる落ちる落ちるっ!!」
ご機嫌な第三王子には悪いけれど、私はそれどころじゃない。
飛行機とか、ヘリコプターに乗っても怖くない。崖の上から下を覗き込むことも出来るし、ハシゴだって別に平気だ。
……ただ、魔法なんていう、自分の理解の範疇を越した存在に、安心感なんで微塵も感じられない。
ひと言で言えば……私は、魔法で空を飛んでいる状況に、激しい恐怖を覚えていたのだ。
「落ちる落ちるって……おれの魔法はスゴイって皆言ってるし、落ちたことだってないよ。しつれーだなぁ」
「ムリダメ怖い怖い怖い……!!」
「えぇー? ……って、そ、そんなに締めつけられたら苦しっ……こ、こんとろーるがっ」
ぎゅううと、目の前の第三王子の小さな身体に抱きつく。
命綱は彼しか居ないのだ。私も必死だから、状況なんて考えられない。
すると、私の願いとは裏腹に、何故か不安定さが増して来た。
「い、イヤぁぁ……」
「わっ、ちょっ……ち、力抜いて……っ」
ふわふわ、ふらふら。
上に行ったり、下に行ったり。
今、何処に居るのかも分からないまま、私はギュッと目を閉じ続ける。
怖い怖い怖いっ。
「……また、死んじゃうの……怖い……」
「え? っ……わ、分かった! お、下りるからぁっ」
第三王子が、何事かを叫んだ直後、私の足が地面を捉える。
私は、それでも不安に駆られて、そのまま抱きつき続ける。
「く、苦しい……も、もうとりあえず下りたから、はなしてよー……」
「……怖くない?」
「だいじょーぶだからぁ」
「……ほんとに?」
「ほんとだよー」
げんなりとした語調の王子に、申し訳なさを覚えた私は、恐る恐る彼から身体を離して、目を開いた。
すると、そこは普通じゃ上ることが出来ないだろう、屋根の上だった。
……地面じゃないじゃん。
若干不安に思ったけれど、足はしっかりと屋根についていて、あの不安定さは無くなっている。
私は、数度屋根を踏みつけて、そこが確かに安定していることを確かめると、ようやく息をついた。
「……こ、こわかった」
「お前……泣いてたのか?」
「え? あ、本当だ……」
第三王子が、ビックリしたように目を丸くして尋ねて来る。
そう言われて、私も初めて自分が泣いていたことに気付いた。
濡れた目元を袖で拭うと、私は取り繕うように微笑んだ。
「突然の事であったとは言え、はしたない所をお見せ致しました。申し訳ございません、殿下」
「な、何で謝るんだよぅ……」
第三王子は、唇を尖らせて視線を泳がせている。
流石に私が泣いたところを見て、バツが悪くなってしまったのだろう。
「私が、ご兄弟の語らいを邪魔してしまったことがキッカケでしたし、理由はどうであれ殿方に縋りついて泣くなんて、淑女のすることではございませんでしたわ。私の落ち度です」
「…………」
何と言ったら良いのか、困惑しているように見える。
でも、そもそも私だってどう反応したら良いかなんて分からない。
まさか、精神年齢で言えば20歳近い私が、5歳の男の子に縋りついて泣くなんて……淑女云々以前に、普通に恥ずかしいよ。
そっと俯いていると、第三王子が突然、私の手を握った。
驚いて顔を上げると、真っ赤な顔の王子と目が合った。
「ご、ごめんなさい! おれが悪かったんだ!」
「えっ、そんな……」
「おれ、あんまり上手く、兄上とお話出来なくて……あんなに楽しそうな兄上見るの、初めてで……その相手が、おれじゃなくて……何か、イヤだったんだ」
「殿下……」
「お前が怖がってるの、分かってたけど、ちょっとくらい怖い思いすれば良いって思って。でも、泣くなんて思わなかったんだ。だから……ごめんなさい」
……素直な良い子だ。
もう一度言おう。第三王子は、素直な良い子だ。
ゲームの頃にはすっかり捻くれていて、一見純粋そうだけど、凄く疑り深くて、真面目な主人公に内心反発しててイタズラして、って感じだった。
それが……今はまだ、こんなに真っ直ぐだったんだなぁ。
妙に感慨深く感じる。これが、母性をくすぐられる、ということなんだろうか。
「殿下は、私を許してくださいますか?」
「も、もう良いよ。おれが悪かったんだ」
「でしたら、私も殿下を許します。そのような立場には無いと思いますが……今だけは、おあいこ、ですわ」
「あいこ?」
「はい。謝り合ったので、これでこのお話はお仕舞いです」
にっこりと笑みを浮かべて、彼の握って来た掌を、もう一方の手で包む。
すると、第三王子は少しだけ驚いたように目を瞬いて、やがてギュッと更に強い力で手を握って、満面の笑みを浮かべた。
「分かった! じゃあ、おれたちもう友だちだな!」
「はい。……え、友だち?」
「違うのか?」
うっ……。どうして、子犬の耳のようなものが見えるんだろう。幻覚か。邪神の攻撃か。内心慄く私に、第三王子は更に顔を近づけて来る。
「違うのか?」
「ま、まさか! お友達ですわ、殿下」
「だろっ!」
哀しげな表情が、一瞬でまたご機嫌に戻る。
……あれー、これ、またやっちゃいました、私?
だ、だだ、だって仕方ないよね! うん、仕方ない! こんな、泣きそうな男の子を裏切るなんて、そんな人でなしなこと、私出来ないもの!
「じゃー、ハイル兄上にも謝って来ないとー」
「そ、そうですわね」
とりあえず、忘れよう。今は気にしていても始まらないのだと、一体今日何度目かの言い訳を重ねると、第三王子と一緒に下を見る。
会場で、我関せず、静かに第一王子がお茶を飲んでいるのが見えた。何だあの人。そもそもこの事態ってあの人の影響じゃないのか。
そんなことを思っていたら、急に地を這うような声と、ガッ、ガッという何かがぶつかるような音が聞こえて来る。
「まーいーゆーさーまー……」
「こ、この声って……」
「リヴだ。今日はおそかったなー」
「リヴって、オリヴィアさ……」
「まぁぁいぃぃゆぅぅさぁぁまぁぁああ!!」
「いっ、やぁあああ!!??」
ふと更に下を見て、血走ったピンク色の目と目が合ってしまった。
それはともすればクリーチャーと見まがうばかりに、壁に手を突き刺しながら、ザクザクと私たちの居る場所まで登ってこようとしている、オリヴィアさんの目だった。
こっ、怖ぁぁああ!!
私は、思わず悲鳴を上げて腰を抜かしたけれど、第三王子は笑っていた。
何でも、身体能力によって第三王子付きになったと言う彼女は、見た目の華奢さに反して、とても力が強く、優秀な格闘家で、こうして第三王子が魔法で逃げたり隠れたりした場合、物理的に追いかけて来るのが常なのだとか。
いや、普通に怖いよ! 何でこの人、ゲームに登場してなかったの? 絶対強いじゃない!!
「はぁぁ。やっと追いつきましたぁ。……もー、マイユ様。癇癪も結構ですけれど、こんなに可憐なお嬢様を巻き込んではなりませんよぅ」
「はーい」
「あっ、エカテリーナ様。申し遅れました。私、マイユ様付きの使用人をしております、オリヴィアと申します。以後、お見知りおきを。……それと、この度はマイユ様が大変失礼なことを。殿下に代わって、私が謝罪させて頂きます」
壁を登って来る時の、血走った目は何処へやら。申し訳なさそうに微笑みかけて来るオリヴィアさんは、とても優しそうに見えた。
ビビリながらも首を横に振る私を見て、第三王子は笑って言った。
「もーおれ謝ったから、リヴは謝んなくていーんだもんね」
「そうですわね。謝罪は既に頂戴致しましたわ」
「ん? あ、あれ? マイユ様が謝った!? う、ウソでしょっ!?」
愕然としたオリヴィアさんに、第三王子はちょっとだけヘソを曲げたようだったけど、それでも我に返って喜ぶ彼女を見たら、すっかり元の調子に戻っていた。
そしてオリヴィアさんは、私たちが友だちになったのだと聞くと、とうとう泣きながら喜んでいた。
「まさか、マイユ様にご友人が出来るとは! 長生きはするものです……っ」
「お、オリヴィアさんも、そこまで変わらないではありませんか」
「エカテリーナ様! どうか……どうか、マイユ様を末永くよろしくお願い申し上げますっ! 私も、全力でサポートさせて頂きますのでぇっ」
「え? あ、は、はい」
「よろしくなー」
泣きまくるオリヴィアさんに背負われた私は、彼女に下ろしてもらって会場へと戻ることになった。
え、第三王子の魔法は怖いから嫌ですよ?
(……と言うか、これ、どういう状況なんだろう?)
泣きながら幼女を背負う少女が、壁に手を突き刺しながら下りて来るその横を、爆笑しながら幼子がふわふわと浮かびながら付いて来る。
こんな光景見たら、普通の人なら腰抜かすよ。
ふと見た会場から、結構な強い視線を頂戴した私は、それが多分、ルカと第一王子と第二王子だなーと気付くと、冷や汗を流す。
(そ、そそ、そんな目で私を見ないでーっ!!)
私の虚しい悲鳴は、頭の中に響き続けた。