000.突然のモテ期と、人生の終わり
【学園の二大王子から、同時に告白される】
以前、クラスの女子が、それを夢のようなシチュエーションだと語っていた。
それを聞いた私は、実に空気を読まないことに、「それ普通に厄介でしょ」なんて、夢もへったくれもないことを口走った覚えがある。
そんな乙女心の欠片もない私に、彼女は何故か興奮したように、「一之瀬さんみたいな超絶美少女だったら、リアル王子たちも同時に落とせるよ!」とか、訳の分からないことを言っていた。本当に意味が分からない。
訳が分からないなりに察するに、きっとあのセリフは、哀れな私への、フォローのつもりだったのだろう。
何しろ私は、どこを見ても平凡な、キングオブ凡人だ。
その凡人の私に、学園の王子とまで称されるイケメンが、しかも二人同時に、私に恋するなんて、夢物語だとしてもあり得ない。
――あり得ない……と、思っていた。
「一之瀬エリカさん。僕と、付き合ってください!」
「こんな奴より俺を選べ、一之瀬。幸せにしてやるから」
「……は?」
私は、思わず目を瞬く。
私の前に立つ、学園でも有名な王子様二人。
彼らが、何故か私相手に告白の練習を始めたのは、数分前のこと。
それから今まで、彼らは妙に必死に言葉を重ね、何度も告白を続けていた。
私みたいに、薄い繋がりの人間を練習相手に選ぶのは不思議だけど、きっと彼らの知り合いの中で、私が一番冷静に付き合えると思ったからだろう。
そう思って、私は適当に相槌を打ちながら、練習に付き合っていた。
……それが、何をどうしてだか、「告白の練習」が、どうやら「一之瀬エリカへの告白」に、シフトチェンジし始める。意味が、分からない。
「こ、これでも伝わりませんか? 僕は、一之瀬さん……貴女が、異性として……好きなんですが」
申し訳なさそうに眉を下げる、サラサラの明るい茶髪に、何処か品のある雰囲気が、まるで絵本の中の王子様のような男の子が、[月島ユウキ]くんと言う。
彼は一学年下で、その穏やかな性格と、整った優しげな顔立ち、落ち着いた立ち居振る舞いが相まって、学園の王子様に認定されている。
私とは、同じ生徒会に所属する先輩後輩の関係になる。
……でも、全っ然そんな雰囲気無かったけどなぁ? おかしいなぁ?
「俺は愛してる」
そして、何かあり得ない単語を口走る男の子が、同級生の[葛城マオ]くんだ。
彼もまた、学園の王子認定されているけど、月島くんとは真逆に、孤高のミステリアスな高嶺の花、として知られている。
恐ろしいくらい整った顔立ちは綺麗だけど、あまり表情を変えることが少ない彼は、何処となく冷たい印象を受ける。
私と話した時に、それなりに笑ってたから、「皆の前でも笑ったら、友だち出来るのに」と言ったら、もの凄く不愉快そうな顔をされたのを覚えている。
そんなことを言ったせいなのか、葛城くんは良く私の後を、子犬みたいについて回ってたけど……そんな雰囲気、無かったよなぁ。おかしいなぁ。
「えっと、何かの間違いじゃないんですか?」
「間違いじゃありませんよ!」
「この手の冗談は好きじゃない」
残念ながら、ドッキリの類でもなさそうだ。
待って、本当に何が起きてるの?
「因みに、人違いとか……」
「あり得ませんよ!」
「お前以外、興味なんてない」
……ちょっと、何ですかその熱っぽい視線は。
多分、内心に留まらずに、私は今、汗ダラダラだろう。
冗談じゃない。例え話なら、笑って流すことも出来るけれど、本気で、同時に学園の王子二人から告白されるとか、どんなイベントなんだ!
「一旦落ち着きましょう。二人は今、宇宙人の精神支配を受けているんです」
「お前が落ち着け」
「ふぐっ」
葛城くんから、脳天にチョップを食らう。ちょっとどころじゃなく痛い。
良く、好きだと告白した相手に、チョップなんて出来るなこの人。
……いや、この考えは危険だ。頭真っ白になる。
「言っておくけど、俺、本気だから。お前以外の女なんて、微塵も興味ない。抱き締めるのも、キスするのも、一之瀬が良い」
「ひぇっ!?」
やだ、ちょっとこの人、真昼間から一体何を言ってるの!?
それって日本語ですか、ちゃんと日本語話してますか!?
「か、葛城先輩!? それはちょっと、変態ですよ!」
「何、お前一之瀬相手にそういう気持ちにならないの? なら、諦めたら?」
「お断りです。僕は、一之瀬先輩を怖がらせたくないので、待つつもりですから」
「ふーん。そんなに余裕こいてる時間、無いと思うけどな。そもそも俺、一年待ったけど、何の進展もないし……」
「……そこだけは同情しますけど、僕は譲ったりしませんからね!」
いやいや、張本人をスルーして二人で喧嘩しないでくださいよ。
私は、小さく頬を引きつらせる。
こんな状況になるなんて、少しも思ってないから、対応の仕方が分からない。
「じ、人生初めての告白の現場で、まさかこんなことになるなんて……」
ぽつりと呟くと、二人から、「コイツ何言ってるの?」的な視線を向けられる。
え、何ですかその視線は。私、ウソついてないよ?
「一周回って流石だな、一之瀬。俺の1年間のアプローチを無かったことにするとか……あり得ねぇけど好き」
「葛城くんにアプローチなんてされたことないですよ、私?」
「……そういうところだよ」
「え?」
そういうって……何?
「僕も結構頑張ってたんですけど……そうですか……あれも無かったことに……」
「私、月島くんが生徒会の仕事頑張ってたの、認めてますけど……」
「何で僕が生徒会に入ったかとか……その辺り、察してくれては、無いんですよね……アハハ、はぁ……」
月島くんに至っては、何か落ち込んでるし。
もー、何なの?
「と、とりあえず、二人が私の恋人になりたいと言っているのは理解しました」
「!! はい」
「……そこを理解するのに、1年か……」
ちょっと、葛城くん。そこで遠い目をするのは、失礼じゃないでしょうか。
幾ら私でも、そのくらい理解出来ますよ。
……で、出来ますよ。
「でも私は、二人のことを、恋人候補として見たことがありません。なので、」
「仮で良いから付き合おう。本気になったら、ちゃんと付き合えば良い」
「何ですか、そのインモラルな提案は!?」
「そうです、それはズルイですよ葛城先輩!」
「ズルイとか、そういう問題ではないと思うんですが!?」
名案だ、とばかりに頷く葛城くんだけど、その提案は如何なものかと思います!
思うけど、そう思うのは、どうやら私だけみたいで、月島くんも、基本的には賛成みたい。何故ぇー!?
「分かりました! なら、お友達! お友達から始めましょう!!」
もうそれしかない! と、思って、やけくそ気味に叫ぶ。
その時、この微妙な空気をブチ壊すように、能天気な声が響いた。
「いたいたー。おー、エカー! 手伝ってくれぇー」
「く、クロ!?」
「由利先生、な」
へらり、と緩い笑顔を浮かべて現れたのは、私のクラスの副担任かつ、従兄弟の[由利黒斗]だった。
テキトーかつ不真面目な、反面教師系の人だけど、実はかなり優秀な人で、結構女子から人気があるらしい。
まぁ、若干天然パーマっぽい黒髪が可愛い、というのは分からなくもないけど。
「おい、由利。今は俺達で話してるところだからすっ込んでろ」
「由利先生って呼べって言ってるだろ、マオたん」
「おい、ふざけるなマオたんって何だキモイ」
「僕からもお願いします、先生。一生を左右する重要な話の途中なんです」
「えー。ケチなこと言うなよぅ、ユーきゅん」
「すみません気持ち悪いです」
「真顔!」
……私は、こんな感じの性格の男はお断りだけど。
この人、本当にアラサーで良いんだっけ?
「エカは手伝ってくれるよな? ネコ探し」
「ネコ? と言うか、エカって呼ばないでくれる?」
「えー? エカはエカだろ。それよか、ネコなんだけどさー。校長から預かってたワンパクなのが、ちょっと目を離したスキに逃げちまってよー」
何かあったらマズイんだ、と笑うクロは、言葉ほど気にした様子はない。
もしかして、私が困っているのを見つけて、助けに入ってくれたのだろうか。
テキトーな性格なのは確かだけど、意外とそういうところがあるのだ。クロは。
「もう、しょうがないなぁ」
「おっ。流石、エカ様女神様!」
「今度、棒アイスおごってよね」
「メロンソーダ味な、了解!」
クロが、能天気な笑みを深めながら、私の肩に腕を回すと、王子二人が、すっごく目を吊り上げた。
あれ、どうしたの。二人もアイスおごってもらいたかった?
私と目が合うと、すぐいつもの優しい笑顔に戻ったけど。何だったんだろ。
「先輩が手伝うなら、僕も手伝いますよ」
「俺も行く」
「え、でも悪いですよ」
「先輩と一緒に居られるなら、寧ろ役得ですから」
「……お前と、変態教師を二人に出来ないしな」
「変態教師?」
「え。何、お前ら俺のこと、そんな目で見てんの?」
ふわりと頬を染める月島くんとか、口元を緩める葛城くんとか。
どう見ても、下手なアイドルより格好良い、ものすんごいイケメンなのに、どうして私なんかに告白して、しかも、こうして一緒にいようとしてくれるんだろう。
これから、もっと一緒に居るようになれば、分かるんだろうか?
「あっ」
私が、見えない未来に首を捻っていると、ニャア、と小さい鳴き声が聞こえた。
言い争いに発展した3人には、聞こえていない様子だ。
声の感じからすると、近そうだし……ちょっと行ってみよう。
私は、3人を放置して、そっと声の方へ足を向ける。
「いた。ネコだ」
すると、予想より近くにネコの姿があった。
ネコは、裏門から出た、細い道路で毛づくろいをしている。
あそこは、車通りも少ないし、危険はそう無いだろうけど、心配だ。
早くクロに引き渡してあげないと。
そう思った私は、駆け足でネコに近付いて行く。
あと三歩、二歩、一歩……。
「捕まえた!」
何事もなく、ネコは私の腕の中に収まってくれた。
ホッと胸を撫で下ろした私は、視線を3人の方へ戻す。
そして、ネコの姿を見せようとした。
――……直後。
3人の顔が、一斉に真っ青になって、必死に私の方へ手を伸ばして、駆けて来るのが見えた。と、思った時には、私は宙に舞っていた。
何がなんだか分からなくて混乱する私に反して、ネコは、私の腕からはじき出されるようにして飛んで行ったけど、スタッと地面に着地していた。
それを見つめる私は、受け身なんて取れなくて、激しい衝撃と共に、地面に打ち付けられた。
「うっ!!」
感覚がない。何がなんだか、分からない。
ゴロゴロと転がっていって、何かにぶつかって止まって、ようやく、トラックが私を轢いたのだと分かった。
(どうして……?確かに、トラックなんて居なかったのに)
流石に、そこまでネコに夢中になってた訳じゃなかった。
あのトラックが、急に現れたとしか思えない。
おもえない。
わからない。
「一之瀬先輩!!」
「一之瀬ェ!!」
「もしもし、警察ですか!? 今、高校の裏で事故が!! 俺の……俺の従姉妹が轢かれて……!!」
あの、いつも飄々としていて余裕のあるクロが、焦ってるのが聞こえる。
どうして? ああ、わたしがひかれたから。
どうして、ひかれたの? とらっくに。わたしが。
意識が、急速に遠くなっていく中、私は最後にぼうっと、呟いた。
「……好きになってくれて、あり、が、と……」
本当は、嬉しかった。……ような、気がする。
それ以降の思考は、白く塗り潰される。
白、白、しろ、しろ……。
後には何も、残らなかった。
※主人公の従兄弟、由利黒斗先生は、作者の別連載『異世界×転生×etc.』第二部の主人公とほぼ同一設定です。
ただし、この連載の為に、かなり設定を変更していますので、別次元の同一人物、と解釈して頂ければよろしいかと思います。性格は一緒です。