上・芽生えた想い
クリスマス前3日でこれ書けって……無茶だろ……
楽しいから書くけどね!!!ラブコメってこんなに書いててムズムズするのかと知りながら、ムズムズしながら書いてました。
【11/28】
季節は冬、11月に入った辺りから急に冷え込んだ外気が開け放たれた窓から吹き込み、少女の黒髪を揺らした。
「ねぇ、寒いから窓閉めて貰えませんか?」
少女は近くのベッドを整理している白衣の女性に声をかける。
振り返った女性は少女に一瞬悲しそうな視線を送ると、作業する手は止めることなく「ダメよ、換気は大事なの」と返事を返す。
少女は「ふーん」とつまらなそうに声をだし、少しせき込むと窓の外に見える曇り空を見上げた。
学校のみんなはどうしているだろうか、家に植えた花は無事に咲いただろうか…様々な考えが浮かびそうになる心を、少女は自らの意思で押さえ込んだ。
『欲張ってはいけない』
少女はそう決めていた。二ヶ月前、この部屋に入ったその日に。
何を想っても、何を願っても、それはきっと叶わないのだから。
叶わない夢を見るほど悲しいことは無いと少女は考えていた。
あれからもう二ヶ月経つのだ、今日もカレンダーの数字は最後のバツ印に近づいた。
毎日、カレンダーと窓の外を眺め、毎日入れ替わる白衣の人達とほんの少しの会話をかわし、眠るだけ。
この病院に入院する少女、瀬名 雪華
にとって、もう当たり前になりかけた一日がまた過ぎていこうとしていた…
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【11/29】
11月も終わりに近づき、クリスマスや年末年始に向けた話題で騒ぎ始めたクラスメイトを遠目に眺め、此花 灯弥は手にしていた本に視線を戻す。
二ヶ月前にクラスメイトの一人が倒れ、長期の入院期間に入ったにもかかわらず、何故何も変わらないように明るく振る舞えるのか灯弥には理解出来なかった。
瀬名はあれ以来連絡も情報もなく、教室の窓際後ろから2番目、灯弥の隣はこの二ヶ月間ずっとぽっかりと空いていた。
消えてしまいそうな不思議な雰囲気を持っていた彼女は本当に唐突にその姿を消した。
クラスメイト達が居なくなった彼女を心配したのは最初の三日間だけ、そのあとは「あ、いないね」程度で済むようになり、一ヶ月を超えたあたりからは、話題にすら上がらなくなった。
何故忘れられるのか、いや、きっと彼らも忘れてはいないのだろう。
居ないやつは話題にしても盛り上がらない、別に仲良かった訳でもない、そんな人間を話題にするのは無駄なことだとでも思っているのだろうか…
灯弥が自分の気持ちに気づき始めたのは、瀬名が話題に上がらなくなった頃だった。
居なくなった瀬名が頭から離れなくなったのだと自覚した、なんだか彼女の笑顔が見たくなった。
(……………好きなんだな、俺)
淡く自覚した恋心に若干顔を赤らめつつ、瀬名を想って空を見上げた。
その空は、今後の不安を煽るように、雲に覆われていた…
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【11/30】side瀬名
またカレンダーが進んだ。
バツ印が付けられたのは12月26日。
もう見慣れたその数字には、また近づいたな、程度の感情しか抱かなくなった自分にまた絶望感を感じながら用意された朝食を口に運ぶ。
二ヶ月前、学校で突然倒れ、病院に運ばれた後、目を覚ました雪華に医者から告げられた言葉は、彼女が人生を諦めるには十分すぎる衝撃をもっていた。
その言葉を雪華ははっきりと覚えていた。
「肺癌です。全身にいくつも転移しており、回復を見込むにはあまりにも発見が遅すぎました……」
枕元で母親が崩れ落ち、父親も頭を抱えた。
二人の表情は寝ていた雪華からはっきり見え、現実の厳しさを若干17歳の雪華に叩きつけたのだった。
それから二ヶ月。
両親はよく見舞いにやって来て、雪華に優しい笑顔を向けた。
それが悲しみを誤魔化すためのものだと分かっているからこそ、雪華は両親に対して笑顔を返すしかなかった。
両親は言う、直ぐに良くなるよ!と。
(そんな訳ないじゃん)
両親は言う、妹の流華も家で待ってるからね!と。
(Twitter見る限り遊び歩いてるようにしか見えないけど…)
早く自分を諦めて、妹の将来を見てあげて欲しい。雪華はずっとそう思っていた。
自分ばかり優遇されていたせいで、流華は夜遊びを覚えてしまった。
なら自分が居なくなれば、両親は流華をちゃんと見てあげられるのではないか……?
雪華はずっとそう思い続けていた。
そんなことを思いだしながら箸を動かしていると、カツンと硬い音がなり、雪華は自分がもう朝食を食べ終わっていた事に気づく。
実際のところ、飲み込むのもつらくなっており食事すら楽しく感じられないのだが。
白衣の人達=看護師さんに声をかけて皿を片付けて貰うと、また何も無くなったベッドの上と窓の外を眺める時間がやってくる。
(あと一ヶ月で全部終わる。あと少しで私は…)
偶然にも運命の日の前日はクリスマス。
街ゆく人達の幸せと引き換えにこの生を終えることが出来るなら、それもいいのかもしれない。
瀬名 雪華は、そんなことを考え始めていた……
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【12月1日】side此花
(瀬名って何処の病院に居るんだ?)
唐突にそんな事が頭に浮かんだ。
隣の席に座るはずの瀬名が居ないのは何だか心寂しく、好きだと自覚して以降、その気持ちが大きくなっているのは分かっていた灯弥だが、こんなことを考える日が来るとは流石に予測できて居らず、自分の変化に小さな驚きを抱いていた。
その驚きを誤魔化すように首を振って前を向くと、授業中、話すのを止めて灯弥を見ていた古典の教師とばっちり目が合った。
「あ」
「どうしたんだ此花?悩み事は結構だが…………集中せんかぁ!」
スパァンッ!と心地いい音とともに教科書ではたかれた灯弥の頭には小さなたんこぶが出来上がり、灯弥は顔に出さないながら痛みを堪えてその授業を乗り切ったのだった。
そして、何かを決心したかのように、スッキリした顔をしていたというのは、古典の教師の後日談である。
その日の放課後、職員室に灯弥は足を運んでいた。
「失礼します。2-B、此花です。清宮先生に質問をしに参りました。」
清宮先生、というのは灯弥のクラス担任である。
担当教科は英語だ。ちなみに美人だ。
英語が苦手な灯弥にとって、苦手な先生でもあった。
そんな苦手な人相手に質問に来たのには、理由があった。
「先生にひとつ質問があります。」
「なんだ此花、いつも寝ているか窓の外を眺めているお前が質問だなんて……明日は大雪か何かか?」
一言目からあんまりな言われように、思わず灯弥も苦笑を返す。
「最近はまだ真面目にやってるじゃないですか。ところで……」
一旦言葉を切って、灯弥は続ける。
「瀬名が……瀬名 雪華が入院している病院を教えてください!お願いします!」
職員室全体に響いたその声に、数人の生徒や教師が振り向いたが、そんなことは気にならなかった。
突然そんなことを聞きだした灯弥をしばらく見つめると、清宮は我慢出来ないとばかりに吹き出した。
「クッ……ハハっ、お前からそんなことを聞かれるとは、夢にも思ってなかったよ…。何だ?恋か?」
「え?……あと、えぇと………」
核心をつかれた灯弥はどもってしまった。
そんな様子を見て爆笑しながらも、清宮はメモ帳を取り出し、何かを書きなぐると破って灯弥にそれを握らせた。
「いいか此花。わざわざ聞きに来たお前の度胸に免じて、住所と部屋番号くらいは教えてやる。これは個人情報だ、本当は瀬名の御両親の許可無しには教えられないものだ。絶対に!広めたりしないようにな……」
その言葉に、灯弥は大きく頷くと職員室をあとにした。
この日を境に、灯弥が英語を真面目に勉強するようになり、少し成績を上げた話はまた別の機会に……
病院の住所を手に入れた灯弥が瀬名の見舞いに行くまでどれくらいかかるのかは、灯弥しか知らない。
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【12月10日】side瀬名
ほぼ末期の癌患者である雪華の病室は病棟3階の端にある個室で、看護師と担当医、そして両親以外が入ってきたことはなかった。
そんな病室のドアがいつもと違う音で開かれた。
まるで男の人が開けたような力の込め方を感じる速さで開かれたのがカーテン越しでも分かった。
思わず身構える雪華の耳に、聞こえるはずのない声が入って来る。
「失礼、します?瀬名、いるのか?」
「………!?」
信じられなかった。
聞こえてきたその声は隣の席だった此花君のものだったのだから。
クラスメイトがお見舞いに来たことは無かった。
担任の清宮先生がたまに顔を出すくらいだが、両親と一緒に来ていたはず。
同級生が一人で来るはずがない、そもそも、病院の住所も部屋の場所も清宮先生にしか教えていないのだ。
(何か理由があってこの場所を先生に聞いた?)
自分の考えを即座に否定する。
だってあの此花君が私なんかのお見舞いに来るなんて、理由が思い浮かばない。
実の所、雪華は中学2年の頃から此花に片思いをしていた。
いつもぼーっとしているけど冷静なところ、本を楽しそうに読むところ、他にも、彼のいい所を言い並べて行くくらいは出来るくらいに、此花のことが好きだった。
信じられない、と思いつつも、雪華の頬は真っ赤に染まっていた。
だが、枕元に置いていた手鏡を見て、その顔は蒼白になる。
癌の治療で薬を飲み続け、陽の光を浴びずに二ヶ月間病室にいた雪華の頬は痩せ、肌は不健康だと一目で分かるほどに白くなっていた。
(こんな顔見せる訳には行かない)
そう思っていると、先ほどより近く、カーテンの直ぐに向こうから此花の声がした。
「瀬名、いるのか?入っていいなら返事してくれ」
「ひゃい!い、います……あの、此花君、ですか?」
突然近づいた距離に思わず声が裏返る。
ヤバい!と取り乱す雪華の様子が伝わったのか、此花の声は優しく告げる。
「慌てなくていいからさ、瀬名のタイミングで入るから。」
ズルい、と雪華は思う。
こういう所が好きになってしまったのだ。
ここでそのセリフは蕩けてしまう。
そんな自分を戒めるように「希望を持たない!」と小さく呟いてマスクをはめると、雪華はカーテンに向かって「いいよ」と声をかけたのだった。
3話完結一括投稿です。ぜひ最後まで読んでいってください。また、末期の肺癌は声を出せなくなることもあるそうなのですが、作品の内容上、『大声が出せない、一切の激しい運動ができない』程度のレベルに症状を設定しています。気になる方もいるかもしれないので念のため……