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転生女神に捧げる狂騒曲 ~~天上貴族、かく語りき~~

 春はあけぼの、夏は夜。秋は夕暮れ、冬は(あした)


 そのような四季の移ろいゆく様は日本の情緒あふれる風物詩なれど、かような目まぐるしい変化に対応できずに右往左往するのも人世の常。


 天上貴族である青年:藤原ふじわら 啓泉けいせんも今回はその例にもれず、季節の変わり目に風邪をひいてしまい、体調を崩してしまうこととなっていた。


 この日もせっかくの休日を体調不良のまま終えることに対して、憂鬱な面持ちのまま終えるかと思われた。


 だが、当の本人である藤原はそんなことなどモノともしないと言わんばかりに朗らかかつ優雅な笑みを浮かべている。


 その理由は何かというと……。


「おじちゃん!!フウカとおにいちゃんといっしょに、マットでドシーン!しよう?」


 年の頃は3才だろうか。藤原の方を見上げながら声を掛けてきたのは、ブカブカの愛らしい猫耳フードが特徴的な”凛ちゃんパーカー”を着た一人の幼女であった。


 彼女の名前は望月もちづき 風花ふうか



 「ハイ、おじちゃんのすきなアメちゃんあげるね……」と言いながら自分の嫌いなレモン味を藤原に押しつけるという智謀を兼ね備えたこの幼女は、他家へと嫁いでいった姉が生んだ二人目の子供であり、藤原にとって姪にあたる存在である--!!



「おじちゃん!もうちょっとスマホで覚醒ぬらりマシン観たい!」



 もう片方から声を掛けてきたのは、小学1年生になる少年:望月もちづき 光蘭こうらん



「今日の昼、オレ、一輪車乗れるようになったんだよー!!」という破軍の星を宿す逸話を持つこの少年は、姉が生んだ最初の子であり、藤原にとって甥にあたる存在に他ならない--!!



 市井の者達の文化を知るために、録画していた『アイドルにしやがれ!!』という番組を観ている姉に変わって、藤原はにこやかに兄妹達の相手をしながら、マットがある座敷の部屋へと案内していく。









 ある程度スマホを視聴して満足した光蘭を真ん中に挟む形で風花の指示のもと、藤原達3人は川の字になって”おねんねごっこ”をすることになった。


 ……この風花のちょっとした無邪気な提案が、まさかあのような悲劇につながるとは、この時点で誰一人として予想だにしていなかった。


「フウカがにゃんこママで、にいちゃんがあかちゃんネコ、おじちゃんがにゃんこパパね!」


 そんな風花の提案を聴きながら、藤原が『ちょっとシスコン入ったお兄ちゃんが、目前で最愛の妹を叔父にNTRねとられる展開かな?』とぼんやり考えていたそのときである--!!





「にゃんこママのおっぱい、ちゅーちゅー!!」





 な、なんと、そんな言葉を唱えながら兄である光蘭が、妹であるはずの風花の胸元に飛びついていたのである--!!



 対する風花は最初「キャー!!」と声を上げたが、すぐに「よちよち……」と言いながら、胸元に顔を埋める光蘭の頭を撫でていく。


 そんな光景を目前にした藤原の胸に去来したのは、歓喜か、それとも興奮か。


 答えはどちらも”否”である。





(バ、バブみを感じてオギャる、だと……!?マ、マ、ママ~~~~~~~~ッ!!)





 バブみを感じてオギャる。


 それは良い年をした男性が年下の幼い少女に母性を感じる感情である。


 忙しない上に殺伐とした日常に疲れた男性が、守るべきはずのいたいけな少女にみっともなく癒しと甘えを求める。


 天上貴族たる藤原にとってそれは、『優雅さ』などとは程遠い感情であり、到底看過出来るモノではなかった。


 だが、そのように考えていた藤原の目前で起きているこの光景は、彼に居丈高に振る舞うことや安易な逃避に走ることを許さない質量を持った”現実”として確かに存在していた。





(このような幼子達に、人生に疲れ切ったサラリーマンのような真似をさせてしまうほど過酷な社会を”大人”である私達が押しつけてしまったというのか……!?)





 極限の悲憤が藤原の気高き精神を覆い尽くす。


 灼け付くような熱さを脳裏に感じながら--。





 こうして、天上貴族:藤原ふじわら 啓泉けいせんは憤死した--。









 奇妙な浮遊感に包まれていた。


 意識が鮮明になるのを感じながら、ここはどこか、一体どうやってここへ来たのか?などという疑問が浮かぶよりも先に藤原は一つの現実を確信していた。


(あぁ、そうか。私は命を落としたのだな……)


 甥の衝撃的な姿を目撃したことにより、発狂したあげくに無様なショック死を遂げる。


 そんな事実を再確認したところで、藤原はふと、一つの疑問に突き当たることとなる。


(そうだ、自分は確かに死んだはず。それならば、何故、このように思考することが出来ているんだ……?)


 当然とも言える矛盾に気づいた藤原が慌てて辺りを見渡すと、そこには一面の銀河の光景が広がっていた。


 神秘的な光景に思わずため息が出るが、咳はおさまっており、藤原は自身の体調が万全に近い状態になっている事を認識する。


(どうやら、服装も先程まで着ていたモノと変わりないようだが……この現象は一体……?)


 藤原がそのように思案していたそのときである。





「ようこそ、藤原 啓泉さん。貴方は私の権能によって、無事、異世界に転生することが決まりました」





 藤原が声のした方向に振り向くと、そこには長く伸ばした蒼髪が映える美しい女性が優雅に佇んでいた。


 彼女は身に纏った煌びやかな衣装の裾をつまみながら、流麗な仕草で藤原にお辞儀した。


「貴方は一体……?」


「申し遅れました、私は異世界の調整と魂の転生を司る女神:レムリアという者です。今回、不慮の出来事によって亡くなられた貴方の魂を、”転生”という形で再び世界のために役立てて頂きたいのです」


 女神レムリア、と名乗る女性の話を聞きながら、藤原は自分がどういう立場に置かれたのかを悟る。


 だが、それでもすべてを鵜呑みにするわけにもいかず、慎重に言葉を選びながら、浮かんだ疑問をレムリアに尋ねることにした。


「レムリア殿、と申されたか。世界の為に役立てて欲しい、と仰られるが、私はしがない天上貴族の末裔に過ぎぬ。何をさせたいおつもりかは存じ上げぬが、適任ならば他にいくらでもおられるのではありませんかな?」


「……フフフッ、謙遜は確かに人としての美徳に繋がりますが、それも過ぎれば慇懃無礼となるものですよ、啓泉様。貴方がそのような単純な存在ではない事は御自身で分かっているでしょうに」


 これまで見せた淑女のような印象とは裏腹に、クスクス、と童女のような笑みを浮かべるレムリア。


「藤原 啓泉様、貴方は天上貴族という生まれついての立場に甘んじることなく世界を旅して回り、数多の戦士との死闘を通じて彼らから”ことわり”を託された稀代の英傑。そのような偉大な魂を持つ方に対して、さらに私の権能による”神奏加護チート”を付与させれば、如何なる相手とはいえ、敵ではないはずです……!!」


 そうしてレムリアがパチン、と指を鳴らすと、藤原に見えやすいように大きなスクリーン状の画面が空間に出現した。


「今回、貴方に救済して頂くのは、この《レイティス》という世界です。この世界では現在、神の摂理に反した”魔族”と呼ばれる者達が”魔王”と呼ばれる強大な存在のもとで世界を蹂躙しており、その強さは”神奏加護”を与えられた転生勇者達だけではなく、私の前任であった転生の役割を担う女神や彼女を守護していた”神獣”をも討滅するほどです。……このままいけば、早晩この《レイティス》が魔王軍の手に堕ち、現在かの地で戦っているかつての英雄達の子孫や後続の転生勇者の方々が惨たらしい目に遭わされるのも時間の問題、と言っても過言ではありません……」


 悲し気に目を伏せるレムリア。


 だが、藤原は特に反応を見せることなく、ただ黙ってじっと話を聞いているようだった。


 明確な賛同は得ていないものの、それを肯定と受け取ったレムリアはそのまま話を続ける。


「そこで貴方には、私の転生処置のもと転生勇者の子孫にしてとある国の王子として生まれ直して頂き、悪逆非道の限りを尽くす魔王軍をその偉大な御力で征伐して頂きたいのです。そのために貴方をバックアップするための協力な”神奏加護”も惜しみなく提供させて頂くつもりです。」


 ここでレムリアは今までに見せた事のない茶目っ気ある表情を僅かに浮かべて、言葉を続ける。


「並の転生者では到底太刀打ち出来ない魔王軍ではありますが、転生前から既に強大な権能を有しておられる啓泉様に"神奏加護"が加われば敵ではありません!!……そうなれば、現地の人々から"稀代の英雄"として崇められる事は間違いありません。如何ですか?異世界(レイティス)を救ってもらってよろしいですか?」


 レムリアの話を聞いて熟考していたらしい藤原がゆっくりとまぶたを開く。


(……勿体つけてはいますが、彼も所詮は流されやすいくせに"揺るぎない信念"とやらをないものねだりしているだけの哀れな"現代人"のはず。単純なまでに分かりやすい大義名分と、自身へと最大限にもたらされる利益を提示すれば、簡単にこちら側になびくはず……!!)


 "異世界転生"の役割を担う女神として、数多の現代人を観察し関わってきたレムリアだからこそ出来た"名誉欲"と"利益"という両側から攻めた巧みな交渉術。


 そんな彼女の見事な手腕に応えるかのように、藤原がおもむろに口を開く。


「……レムリア殿。確かに貴方に従って異世界転生とやらをすれば、村一番の器量良しの娘をあてがわれた末に陵辱風な純愛に満ちた家庭を築き上げたり、『で、出た~~~!!異世界特有ののじゃ口調幼女魔王!www』などと、"てんぷれ"なるものをあげつらっただけで何故か得意気になっている他の後続転生勇者を張り倒したり、現代人を必要以上に持て囃す中世白人達ばかりの異世界の中で唯一見つけ出した黒人の青年から『チガウ、チガウ、ケイセン!!ソウイウ事ジャナインダ!目ニ見エテイルノハ、Be-hype.全テ嘘ッパチナンダ!!』といったセンスに関する叱咤を受けるという斬新な体験を得る事も、私にとって不可能ではないだろう……」


 女神:レムリアは咄嗟に「そこまで言ってないでしょう……?」とか「人間として色々こじらせすぎじゃないの?」いう言葉を言いかけたが、すんでのところで呑み込む。


 思い込みで話していようが結局、レムリアの意図した通り異世界(レイティス)に転生さえしてくれたら良いのだ。


 だが、ここでレムリアは見過ごす事の出来ない一つの大きな違和感に突き当たる事になる……。


(何故、藤原 啓泉という人間がこれほどまで異世界転生の事情に詳しいの……?)


 藤原 啓泉といえば”優雅さ”や”風光明媚”というモノをひけらかす天上貴族の代名詞のような存在のはずである。


 そのような人物であるはずの彼が、どうしてここまで俗世に疲れ切った現代人が束の間に夢見るような”異世界転生”というモノに対して詳しいのか。


 レムリアがそんな思考をまとめきるよりも早く、藤原は驚くべき言葉を口にする--!!


「だが、レムリア殿。例えどのような歓待や栄誉が私に用意されていたとしても、私は”異世界転生”とやらには応じない」


 今度こそレムリアは自身が女神という上位存在であることを忘れて、人の子に過ぎぬはずの藤原が放った言葉に対して絶句した。


 それはそうだろう。


 他の者では得られないような破格の条件を出されておきながらそれを拒否するなど、並の神経があれば到底とらないような選択だったからだ。


 だが、当の本人である藤原は彼女の驚愕に対しても何らおくびを示さない。


 果たして、この男の本質はたんなる愚物か、それとも……


「ふむ、実はレムリア殿。私は以前から度々このような書物を趣味がてら読んでいてね。異世界転生や転移とやらがどういうものなのか、という予習は大体出来ているのだよ」


 そういって、藤原は懐から『石田三成の水攻めに遭いそうな異世界スナック のぼう』や『35歳無職童貞やけど、異世界でボチボチ元気にやっとるわ。~~母さん、俺のこと産んでくれてありがとな!~~』といった異世界転生や転移などを取り扱った分厚い書籍をいくつか取り出した。


 なるほど、これなら藤原が異世界転生に対して理解が早かったのも頷ける。


 だが、その一方でレムリアの中では、書籍化した作品を購入するほど異世界転生モノが好きなら、何故、自分の誘いをここまで頑なに拒むのか?という新たな疑問が生じていた。


 藤原はそんな彼女の疑問に答えるかのように、不敵な笑みを口元に浮かべながら手にした書物を懐へとしまい込む。


「……とまぁ、このような市井の者達の娯楽にも通じているのは確かに事実だがね。しかし、このような作品を愛読しているからと言って、現代に生きる皆が皆、すぐに異世界に移住するはず!と、判断するのは早計に過ぎるというモノだな、レムリア殿」


「……貴方の言っている事は全く訳が分からないですね、藤原 啓泉。それだけ理解が進んでいるなら、私の提案をはねつける愚かさだって、分かっているはず。つまらないプライドだけでその答えを選んだのなら、激しく後悔することになりますよ……!!」


「つまらないプライド、か。確かにそれも否定はせん。……だが、今の私にはそれよりも遥かに尊ぶべき”約束”が現世むこうにある。それを蔑ろにしたまま、他の場所に寄り道をするなど、前世の記憶を保持したまま無垢な子供を演じることよりも道理がならんよ、女神:レムリア」


 先程よりもはっきりとした明確な否定の言葉を紡ぐ藤原。


 それに対して、レムリアが訝しむような視線を投げかける。


「尊ぶべき”約束”ですって?それは貴方が現世に残してきた甥と姪のことですか?……ですが、そんな彼らが見せつけた光景に絶望して命を落としたからこそ、貴方は現在ここにこうしているわけであり、そんな人物がそれを未練とさえずるのは滑稽、だと思わないのですか?」


 あざけるようにぶつけられる女神からの問いかけ。


 ぐうの音も出ない正論を前に怯むかと思われたが、藤原は動じるどころか、瞳に強い意思を宿した状態で両手を勢いよく前方へ突き出す--!!


 ……いや、よく見てみると、なんと、突き出された藤原の両手の指の間には、細長い用紙がぎっしり挟み込まれているではないか!?





「女神:レムリア殿、貴方は何か思い違いをしているようだ。私の”約束”というのは甥っ子達との事ではなく、この都合30枚の申し込み用紙によって導かれる”侍武さぶらいぶ曙光すふぃあらいざー!!”のライブに他ならない……!!」





 ”侍武さぶらいぶ曙光すふぃあらいざー!!”。


 それは全国のさぶらい魂溢れる子供達から、血気盛んな傾奇者の若者、この作品ではライバル的ポジションであるはずの藤原のような天上貴族の子孫にまで、幅広い人気を誇る国民的作品である--!!


 物語の内容は、カリスマ的指導者の近藤局長を失い、存続が絶望的に困難な状態になった新選組に焦点が当てられる。


 多くの隊士が去っていく中、存続を図る9人の隊長武士娘達が再び新選組の新しいメンバーを集めるために『さぶらいどる』の頂点を決める大会:”侍武さぶらいぶ!”に出場するまでの姿を、ときに困難にぶつかりながらも、それでも仲間と協力しながら全力で挑戦していく、という形式で描かれている。


 閑話休題。


 藤原の言質通り、両手の指にぎっしり挟み込まれた合計30枚の”侍武さぶらいぶ曙光すふぃあらいざー!!”の申し込み用紙を視界に焼き付けながら、女神が驚愕に顔を歪ませる。


「……そ、それが貴方の尊ぶべき約束だとでも言うのですか!?あまりにも馬鹿げている!それは単なる申し込み用紙であり、当選した事を示すチケットでも何でもないではありませんか!!それに、例え貴方がライブに当選していたとしても、今の貴方は既に命を落として現世とは関わりを持つことを許されない存在のはず。……そんな貴方が私の申し出を断って転生を拒否したとしても、行き場を失ったまま何も出来ずにただ魂の消滅を待つだけだという事が何故分からないのですか!?」


「今貴方が申された事も重ねて”否”と言わせてもらおう。この30枚の申し込み用紙こそが私を尊い6日分の祭典に導く唯一の光であり、私の中では8月5・6、19・20、9月29・30の予定は既に埋まっている!!……と私は信じている。そんな状態の中で、たった一度現世に絶望したとはいえ、異世界転生などという片道切符に安易に手を伸ばすなど、絶対不可能な状態の中から『さぶらいどる』の頂点に立ち、新選組を存続させる未来を掴んだ9人の少女達に対する侮辱以外の何物でもないわッ!!」


 これまでの優雅な態度とは一転、藤原が瞳をカッ、と見開き、激しく一喝する。


 それは、天上貴族としての立場ではなく、一人の”さぶらいばー”として絶対に譲ることの出来ない最後の一線に他ならなかった。


「そして、そんな彼女達の生き様に心打たれた私だからこそ、女神の決めたルールとやらに安穏と乗っかるわけにはいかぬのは最早明白。……転生を断ればこのまま消滅を待つだけ、というのなら、その理を支配する女神:レムリアという存在を排し、力づくで現世に帰還してみせるのがこの私の示す”理”ぞ!!」


 瞬間、藤原の闘気が爆発的に膨れ上がる--!!





 結局のところ、女神:レムリアという存在はこの藤原 啓泉という青年の本質をどこまでも見誤っていたのだろう。


 どれだけ我を張った主張をしたところで、最後には天上貴族の名誉に恥じぬ振る舞いと解答を選びとるに違いない、という思惑がレムリアにはあった。


 だが、この青年は普段から”優雅さ”や”風光明媚”をひけらかしておきながら、異世界転生を題材にした娯楽小説を読み漁り、それでいながら現世に未練を残しすぎる”さぶらいばー”としての一面も持つとんでもない俗物だったのである--!!


 思惑が盛大に外れた上にここまでこじれてしまった以上、既に決裂は避けられないだろう。


 しかし、レムリアは魂の導きと転生を司る女神としての立場上、どうしても尋ねずにはいられなかった。



「……人の子、藤原 啓泉よ。もう一度だけ貴方に尋ねます。圧倒的な上位存在である女神の私が貴方と戦えば、多少有能な権能を保持しているとはいえ、人間に過ぎない貴方は魂の痕跡すら残さず消え去ることでしょう。……それでも、貴方は私に抗うというのですか?本当に現世に帰れると思っているのですか?」


 現在の藤原は女神である自分の権能によって、形を与えられた魂だけの存在である。


 その内に宿していた強大な権能は確かに今も有しているものの、レムリアを害する事の出来る可能性のある強大な”神滅魔導具”や他の無駄な物の持ち込みなどは、この魂だけの世界に持ち込むことを断じて許していないのだ。


 ゆえに、藤原は内包している”理”を有しているとはいえ、上位存在である女神としての圧倒的な力だけでなく強大な”神奏加護チート”を数多有する自分には敵うはずがない、とレムリアは判断していた。


 そのため、口ではあぁ言ってみたものの、強大な魂の持ち主である藤原を消滅させてしまうのではなく、洗脳に近い手段を取ってでも自分の”神奏加護”を付与させて、《レイティス》の魔王軍討伐の尖兵として利用してみせる、と意図を張り巡らせる。


(まぁ、それにここまで女神としての沽券を馬鹿にされた以上、少しばかり痛い目を見てもらわなければ、私も気が済みませんからね)


 打算だけではない、女神としてあるまじき昏き感情がレムリアの内から浮かび上がる。


 ……いや、それも上位に存在する者として、自分より下位に位置する者を玩具の如く扱おうとするのは長年支配者的な立ち位置にいた者として、ある種行きつく当然の心理と言えるのかもしれなかった。


 しかし、藤原はそんな悪意を前にしても、微塵も揺らぐ様子を見せず「”……今の私たちならきっとどこまでだって行ける!どんな夢だって叶えられる!”」と先史世界の言葉を紡ぎながら、レムリアへと静かに対峙する。


 果たして、彼の自信の根拠とは一体……。


 そして、そんな様子を目にしながらレムリアはふと、ある違和感へと思い至る。





(……この男、先程からどうやって異世界転生小説やライブの申し込み用紙を取り出していたの?)





 思えば、最初からおかしなことばかりだった。


 この空間は女神:レムリアによって作り出され、彼女が許した魂のみが存在出来る場所のはずである。


 ゆえに交渉やこれからの転生に不要である風邪の病原菌などは、現在の藤原を見て分かる通り持ち込まれていないが、当然そのような恩恵だけでなく、藤原の身を守るために必須といえる彼の秘蔵の神滅魔導具やレムリアにとって不要と判断された不純物なども、この空間に所持することを許されていないはずなのだ。


 しかし、藤原はレムリアが微塵も感知していなかった”異世界小説”と”ライブの申し込み用紙”という想定外の存在を2つも取り出し、全能の存在であるはずのレムリアを2度も驚愕させることに成功している。


 その事実に気づいたとき、女神レムリアの中に芽生えた僅かな違和感は途端に、得体の知れないモノに遭遇したという拭いがたい不快感へと変化していく--!!





「ようやく、気づいたようでおじゃるな、レムリア殿。こちらとしても待ちくたびれたところなので、そろそろ種明かしと参りましょうぞ!!」





 コココッ……!と優雅に笑いながら、藤原は両手に持っていた30枚分のチケットを盛大に宙へとぶちまける--!!


 ……女神との対峙、という絶望的な状況を前にして、藤原はとうとう乱心してしまったのだろうか?


 いや、それならば狂っているのは藤原の精神だけではなく、現在起きているこの光景まで疑わなければならないだろう。


 なんと、宙に舞った申し込み用紙の束が螺旋を描きながら藤原の真上で集約していったかと思うと、一つの雅な気品あふれる鉄扇へと変化していったのである!!


 これこそが、藤原の所有する神滅魔導具:日緋色金ヒヒイロカネ


 あらゆる形状に変化出来るというこの奇跡の宝具は定められた姿に戻ると、掲げられた主の手のひらへとストン、と納まっていく。


 そんな光景を見つめていたレムリアだったが、途端に藤原へと非難の声を上げる。


「なっ……日緋色金ですって!?……そんなはずがありません。私は貴方がこちらにそのようなモノを持ち込むことなど許していないのですから!」


 数多の”神奏加護チート”を有する女神とはいえ、このときばかりはレムリアの言い分の方に理があるだろう。


 なんせ、絶対安全なはずの場所で突如不意打ち的に危険物が姿を現したのだ。


 これで文句の一つも出ないという方がおかしいに決まっている。


 しかし、ありえないはずのこととはいえ、藤原が何にでも形状を変化出来る日緋色金をこの場に持ち込んでいなければ、先程からの”異世界小説”や”ライブの申し込み用紙”が出現した事の説明がつかないのもまた一つの事実。


 それに対してなおも非難するレムリアをいなしながら、藤原がおもむろに口を開く。


「何も秘密にせずにキチンと種明かしをすると言っているのだから、そう急かさないで頂きたいな、レムリア殿。……実を言うと私は、以前からこのような不測の事態に備えて、日緋色金ヒヒイロカネの一部を飲料に変化させてから、身体の中へと取り込んでいたのだよ……!!」


「……日緋色金ヒヒイロカネを取り込む、ですって?」


 神滅魔導具。


 それらの強大な聖遺物アーティファクトはその名に恥じず、神をも滅する事さえ可能とされる性能を誇ると言っても過言ではない代物である。


 そんな物騒な存在を人の身に取り込むなど正気の沙汰ではない、常軌を逸している、と判断されるのは当然の事であり、そのような事を試したりすれば、十中八九使用者の命を落とすことが分かりきっているはずである。


 しかし、海外で数多の強大な”理”を有する猛者達と戦いを繰り広げていた藤原にとって、危険は日常と隣り合わせであり、鉄扇の形を有する日緋色金がいつ不測の事態で手元から離れたとしても、最後の一手だけは打てるようにと、一部とはいえ新滅魔導具を自身の内部に取り込むという恐ろしい判断を実行してみせたのだ。


 その賭けに勝利し、藤原の肉体と融合を果たした日緋色金の一部は彼にとってまさに”一心同体”といえる存在であり、その効果は現在すでに証明されている通り、魂だけの状態になった藤原のもとでも見事に具現化されていた。


 藤原は日緋色金ヒヒイロカネに両手を重ね合わせ、再びその形を変じさせていく。


 鉄線の形を取っていた日緋色金は、主の意向に答えるかのように3本の侍武零怒さぶらい・ぶれいどへと姿を変えていく……。



「……さて、種明かしまで待たされた気はするものの、こちらの方も準備に随分と手間取ってしまったようであるな。お詫び、と言うのもおかしい話かもしれぬが、私としてもこれだけ時間をかけただけに見合う演目を貴方に披露出来る、と恥ずかしながら自負しているのだよ。……それでは、現世と異世界を舞台にした盛大な演奏を開始するミュージック・スタートとしよう……!!」



 今、両者の命運を賭けた一世一代の舞台の幕が開く……!!

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