サバクノハイキョ
肌寒いを通り越して痛いほどに寒い夜。
「ジ、シ、ショー」
「取りあえずあそこの廃墟まで頑張ろー」
「ゆびざきのがんがぐがないでしゅ」
「いい加減慣れよう? 砂漠って言うのは昼間暑くて夜寒い、基本だね」
平気な顔をしてやや早歩きの仙崎は、感じていた。ちょっと前に不埒な行いを相棒に働いた野郎の気配、諸事情あって敵対する白髪の気配、そして探し求めるミナの気配も。感じると言うより、そこに居るような気がすると言うことだが、仙崎の場合結構当たる。
「痛っ」
「なんか、ピリピリします」
「君がピリピリするなら僕は進まない方がいいってことなんだけどなぁ……ミナが居るかな、これは」
「お姉さんが?」
「ミナってねぇ、結構〝毒〟平気で撒くから」
「この白い粉みたいな」
「だね」
月明かりでも分かる。風に乗って淡く光る白い粉が飛んでいる。
「あのビル、かな」
「シショー、行きますよね」
「取りあえず迂回してね。まともに浴びると近づく前に僕が動けなくなる」
明るすぎる月明かりを頼りに二人は進む。
風の音に混じって人の存在を知らせる音が聞こえる。助けを呼ぶ叫び声、その声を仙崎は知っている。
「うーん、居るねえ。確定だね」
「変態の声ですよね?」
「そうだねぇ、助けないけど見に行ってみようか」
廃墟への途中、ボールのような影が見えた。
叫び声はそれが発していて、近づいて見れば……首から下を完全に埋められた男。
「助けろダサ男!」
昼間ミナを襲った変質者である。今までにも散々襲いかかっては返り討ちにあっているが、決して諦めない野郎だ。
「一言目がそれかい」
「それ以外になにがあるって?」
「君、状況が分かっていないようだね」
「埋められてんだよ掘れよ!」
「ミナに手を出したからだろう? 砂漠で生き埋めとか手間の掛かることする人、僕はミナ以外に知らないし」
「あと少しで入れることが出来たってのに」
「…………。」
仙崎は無言で砂を掬うと、もはや言葉を発する間も与えない速さで被せて被せてどんどん被せて埋めた。
砂。昼間灼熱の日差しに焼かれていても保温性は無いに等しくとても冷たい。そして昼間になれば焦熱地獄で蒸し焼きに。
「行こうかラズリー」
「はいシショー」
多分夜が明ける前に窒息死するだろうと、さっさと死んでしまえという考えさえも持たず何もなかったかのようにその場をあとにする。
彼にとっては単なる汚物処理にすぎない。これは殺人ではなく汚物を適切に埋めて処理したにすぎない。
廃墟に入ってしばらく進むと、やけに砂が抉られている場所があった。辿っていけば路地の中にボロボロの衣服が捨てられ、誰かがここにいて争いごとをしたことを伺わせる。
「足跡は残ってない……結構前、だろうけど今日の朝か昼か、それくらいかな」
「シショーシショー! あっちの方からピリピリが来ます!」
「廃ビル……結構あるけどどれ?」
「えっと、上の方がすっごい崩れてるアレです」
「なんか自然劣化じゃなくて爆解で上の方が崩れたような……」
月明かりに照らされたその廃ビルは、まだ崩れた面が綺麗。つまりはつい最近崩れた、崩された。
砂漠であればどれだけ高かろうが砂が積もり、ヤスリのような風に削られて丸くなるがまだそれがない。
「ミナ……居そうなんだけどあんなことするって結構やばいことしてそうな気がしなくもないし」
「お姉さんって爆弾作れるんですか」
「ニトロとか平気で作るし、刀とか自分で打つからねぇ」
「なんでも出来るんですね」
「なんでもしちゃうから逆に誰も寄り付かないんだけどね。それが原因か、図書室とか図書館とかの隅っこでよく見かけたのは覚えてる。あと不良連中に絡まれて一人で返り討ちにしたのも。あの時のミナ怖かったよー、火炎放射とか電撃とか……触ったところ瞬間的に凍らせたりして」
不良としても人気のないところで襲いかかった相手が危険人物とは思わないだろう。服の下にガス缶やバッテリーを隠して、点火装置やらなんやらと小型化した物を袖の中に通しているなど誰が考えようか。
「魔法も使えるんですか!?」
「魔法じゃないけど……」
そんなことを話しながら進んでいると、爆音と共に廃ビルが一気に崩れ落ちた。