ホノオノヤクソク
木々が細断され破片が津波のように迫る。
「……っ」
一瞬で詠唱し、魔法が姿を見せる。
目の前に指向性爆発が起こり、それを弾き飛ばす。
「ミナ……僕は、……はぁ」
言う気が失せた。
イリーガルさえ居ればどんな敵だろうが問題ないが、あいつはミナへの干渉はあまりしない。死のうが大怪我しようがどうでもいいようなふうで。
それでも気付けばミナが一緒に行動しているのはあいつだ。
自分ではない。最初の友達、イリーガルに会うまではずっと一緒に行動してきたのに。
「……どうでもいいや。僕は僕がやりたいように今までやってきた、だったらこれからも」
左手を空に掲げる。
月明かりが金色に降り注ぐ夜が、青白く変異して気温が一気に下がる。
「おいで、ヴィルジナル」
優しく甘い呼び声。
誘われるように、誘われる冷気の塊がはらりはらりと大地に降りたち、触れたそのすべてを凍てつかせ停止させる。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そんな中、杖に引っ張られ大空を飛ぶラズリーが見える。その杖はまっすぐに仙崎を目掛けて落ち、手に収まる。
「ぎゃぃっ! ……はひゅぃ」
「ラズリー。動かないでね」
「ひゃい」
思い切り地面に叩き付けられ、動こうにも動けず涙目で座り込む。
「糸使いねえ……それも蜘蛛の糸と同じような、ね。それだけ分かれば、もう僕に負けはない」
水を放って糸もろとも凍らせてしまえば簡単に砕けるだろう。砕けずとも氷がついてしまえば斬るよりも叩くことになる。脅威は大した物じゃない。
一歩踏み出せば地面に深紅のラインが走り、向こう側が赤く、紅く、白く、青く、黒く……溶け始めた。
「……え、ちょっと待ってよそれ予想外だけど!?」
はらりはらり落ちる冷気の塊は意味をなさず、高温になった炎は目に見えない。いくら水の魔法を撃ち込もうが地面に落ちる前に瞬間的に蒸発し、冷却も追い付かない。
終いには呼び寄せた極大の冷気が熱に負けて霧散してしまう。
「なにさこれ……呪結界ってこんなに……。さすが、禁術指定されるだけはあるか」
でも、だから?
たかが刻印魔法だろう?
エレメントを用いた脆弱な魔法より強くても、魔術ベースの本当のマホウには及ばない。
誰かが言った、もっとも簡単な魔法は願いだと。
大切な人が無事に帰って来ますように。そう思うだけのことが、ほんの小さなその思いでも、思いの力こそが魔法だと。
「邪魔するな、言ったはずだが」
焦熱の地獄からイリーガルが現れる。熱風に煽られるパーカーの下は血で染まっていた。
「ミナは」
「糸の使い手は焼け死んだ」
「ミナ、は」
「まだ戦っている」
「誰と!」
「お前の元相棒を連れていたやつだ」
「サクラちゃんを……なら芳幸? それは君の想定かい?」
「想定外だ。あいつはあれで死んだはずだ、出てこない存在のはず」
「殺し切れてなかった、そうじゃないのかい」
「いいや。確かに殺した、サクラは奪い返した」
ひらりと花びらが舞い、ふわりと光になって消える。
「……幽霊」
「どうだか」
「で、なんで助けないの」
「勝率のあるアンノウンに対してはなるべく一人で当たる、それが基本だ。経験は未来の糧、次へと繋ぐ力だ」
「そうかい……それが潰えるかも知れないのに、それでも放っておくのかい」
「死なねえ、いや、死ねない。何度殺したってどこかに現れる、排除できない、そして死にたいのに死ねない。いい加減、解放してやろうとか思えないか?」
「ミナがそれを望むのなら、だけどね、僕も僕の我が儘があるからね」
「そうか、なら……いっそ、全員殺した場合ってのも作るか」
イリーガルから蒼い光が溢れる。
「なんで君がそれを」
知っている。それはミナが本気を出したときの色、制限無しの破壊を振りまく合図。
「アトリ、ツグミ、シンセシス、アナリシス――」
名を呼ぶごとに蒼く透明な刃が現れイリーガルを囲んでいく。それはミナが振るっていた、ミナが打った刀の名。他の誰か持っていることなんてあり得ない、唯一無二のもの。
「それはミナの」
「アレに深入りするな。アレはお前の相棒なんて枠にはめ込んでいいモノじゃない」
「アレって、ミナを物みたいに言うのはやめてくれないかな」
「実際人形だ。物みたいなもんだし、人として扱うことは不正解だ」
「どういう……」
「もとは空っぽの人形、対象を観測して映し鏡みたいな行動をするだけのな」
「ミナはちゃんとした人だ! 映し鏡じゃないし、いままでミナは自分で」
「今は、な」
すっと、反応できないほどの速さでイリーガルが斬り込んで――




