フタリノヤクソク
「シショーお姉さんたちがいません」
「え? 向こうの焚き火……なくなってる?」
ある日の夜。森の中で一晩を明かすことになったが、気付けばミナとイリーガルが姿を消していた。
森、とはいえ近くは断崖絶壁だ。間違っても二人一緒に落ちたとか言うことはないだろう。
「……索敵魔法に反応がない」
いや、それはもともとだ。ミナは姿を消すと見つけられない。
「シショー、探しに行きましょうよ」
「そうだね。戻ってくるかも知れないから、ラズリーはここにいて」
「はい」
仙崎はまっすぐに崖の方へと向かった。どうやって探そうか、ではなくそこにいると思ったからまっすぐに向かう。そもそもこの場で今日はやめようと言い出したのはイリーガル、そしてまだ行けると言った仙崎を止めたのはミナ。
わざわざこんな端の方で一晩を明かす必要なんて無い。仙崎の言うまま進めばほんの数キロ先にはひらけた場所がある、もし敵に見つかったときに包囲されてしまうような場所をなぜ選ぶ?
理由が分からない。それでも二人がここを選ぶのは、何かがあるからだろう。
「……また変な事してるんじゃ」
いつかは一人で変質者を締め上げて木に吊したりしていた。今回もだろうか?
考えてもミナの行動は予測が出来ない。あのイリーガルとか言うやつと出会ってから更に分からなくなった。あいつと出会ってから、ミナはどこか変わった。
どこか……いや、まるで別人だろう。
確かに考え方が変わったのを感じた。
あの時を境に思考の中心が自分ではなく彼、イリーガルが中心になっているような感じだ。
ふと、森の先に星空が見えた。そこは崖、大きな月の影となった二人が肩を寄せ合って座っていた。
「居たよ……しかもこの近距離で探査撃っても反応無しとか」
雰囲気的に割り込むような場面ではないと分かるが、かといってこのまま見なかったことにもしたくない。
「集音魔法……さすがに遮音結界とかは使えないだろうし」
そのまま隠れて聞き耳を立てる。
「あのまま進んでいたら死んでいた」
「それが警告で、変えられない結果?」
ミナが普通に喋っていた。それが驚きだった。今まで特定の条件が揃っていなければ声が出せなかったのに。
「どうだろうな? とりあえず予定通りの進みじゃないが、一年くらいは誤差の範囲でしかない」
「敵は? 死んだ状況、原因とか」
「糸の使い手だ。まるで蜘蛛だったな、粘着性のある糸、細く固い糸の二つを使う女。出会い頭にラズリーがバラバラにされて、それでこっちと同じようにワイヤーでも使ったかと思ったが……」
「絡め取られてやられた」
「いいや、風切りの音も無しに腕落とされて腱を斬られて首やられて終わった。魔力の糸じゃなくて物理的な糸だったからな、何回か死んでから……火の海にしてやって糸封じて殺した」
「何枚使った? 火の海なら」
「術札はねえ、ってことでこれだ」
月明かりを浴びて紅く煌めく指輪。
「……この記述は、召喚か」
「辺り一帯数日は火の海だ。呪結界系統で、呪焔結界。発動してすぐ逃げてもいいし、ぶっ殺してから離脱してもいい」
「分かった。あいつが邪魔しないようにくらい、サポートはしてくれるな?」
「構わん、直接戦闘に参加するとアレだがそれくらいは出来る」
「つー訳だ」
ミナが近くの石を拾い、ヒュッと。
拳くらいの石が飛んでくる。
「なんでバレる?」
「忘れるな、意識を向けたら分かるのは誰の得意技だ?」
「……ミナだね」
「そういうこと。聞いたろ、邪魔するなよ」
「死ぬかも知れないのに黙って見てろと? 僕は」
「黙れ。どうせ死ぬのは変わらない。余計なことしても意味ないんだ」
仙崎を置いて二人が歩いて行く。真っ暗で虫の鳴き声すら響かない森へと。
「イリーガル、時川のことだが」
「……諦めろ、あいつだけはどうにもならん。裏ボスだ、勝てんタイプのな」
「里村なら」
「負けたよあいつも」
「最大の障害はどうにもならないと……」
二人が遠くなる。
追いかけないと行けないはずなのに、追いかけられない。
「ミナ……君は、いったいいつから……」
光が、線が見え――




