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「世界平和……? あの、さらに混乱するようなことを言うのは勘弁してほしいんですけど」
「そうだな。まずはお前の質問に答えよう。知りたいことには大抵答えられるはずだ。あぁ、まずはその格好を何とかしたほうがいいな」
「格好って……ってあっ!」
慌てて前を隠して、思わずその場にしゃがみこむ。そういえば俺は全裸だったんだ。指摘した本人はなんとも思ってないようだが、他人に全裸を見せるのは小学生以来なのでとても恥ずかしい。見せる相手が美人ならなおさらだ。
とはいえ、何とかするって言ったって、彼女が何か着るものを持っているようには見えない。
「ちょっと待ってろ」
そう短く呟くと、何もない空中にその綺麗な手を伸ばした。驚くべきことに指から肘のあたりまでが突然見えなくなった。まるで本人にだけ見える透明な袋があるかのように。
当たり前のように手をがさごそと動かすこと約30秒。伸ばしていた手を戻すと、年季の入った黒い布のようなものと靴が握られていた。
「これでいいか。大きさが合うか分からんが」
「おっと」
ひょいとこちらに投げられたそれを、広げて見てみる。それは魔法使いが着るような、いわゆるローブというやつだった。
「とりあえずそれを着てこい」
「あ、ありがとうございます!」
◇◆◇
「サイズは問題ないな。よし、では好きに質問してくれ」
「えっと、まず、俺は何故こんな所にいるんですか?」
ローブと靴を着て戻ると、早速質問タイムのはじまりだ。さっきのローブをどのように取り出したかという事も気になるが、自分の置かれた状況を把握するのが先決だ。
「お前が殺されて転移したからだよ。特別な短剣で心臓をグサッとな」
「殺された? 誰に? 理由は? 神も殺されて転生するんですか?」
「死なない神もいれば、死ぬ神もいるだろう。転生の件は後で説明する。逆にこちらからも聞きたいことがある。お前は転生という仕組みが何故存在しているか分かるか?」
「分からないです」
「魂とは人間の血液に似ている。人間の体を血液が巡るように、魂も異なる世界間を巡る。血液の流れが止まると人間が死ぬように、魂の流れが止まると世界が滅ぶ」
「滅ぶって言われても、ぴんと来ないんですが」
「そうだな、もう少し詳しく説明しよう。魂はある程度は同じ世界に留まって産まれてくる動物に憑依できる。だがそれは永遠ではない。長く同じ世界に留まり続けると魂が腐り始めるんだ。そんな状態で動物に憑依なんてできやしない。だから、産まれてくる動物は魂の抜け落ちた人形となる。人形には本能なんて存在しないから、食事をしない。眠らない。子孫を残さない」
「結構とんでもないですね……転生の存在理由は分かりましたけど、それとさっきの俺の質問に何の関係があるんですか?」
「『転生神』が消えれば転生なんて現象は発生しなくなり、魂の流れも止まる。つまり、お前を殺した奴……いや、正確には殺すように指示した奴は世界に滅んで欲しいんだ」
「殺すように指示した……? 俺を殺した奴と世界に滅んで欲しい奴は別なんですか?」
「そうだ。おそらく前者は世界が滅ぶなんて知らないだろう。後者が直接お前を殺さなかった理由は簡単だ。自力では『境界線』にたどり着けないからだ」
「その指示を出した奴は何者なんです? 世界を滅ぼして何がしたいんですか?」
「指示を出した奴の正体は『無機神』。こいつは自分に都合のいい世界が欲しいんだ」