入学式
全国に6校ある能力高校は、名前から分かるように能力者のための学校である。
しかし、全ての能力を持つ者が能力高校に進学するというわけではない。能力の種類や将来の夢などの理由で一般の高校に進学する者も多い。
能力高校には能力の強化や使い方、将来どのように能力使えるのかなど、専門のカリキュラムがある。
東京都立能力高校、通称東能高校は、日本の中枢部ということもあり、6校ある能力高校の中で一番生徒数が多く規模もでかく、卒業生には有名な能力者も多い。面積は通常の高校の10倍あり、都市部からは少し離れているが、電車やバスなど交通機関が多くあるためアクセスには困らない。また学校内には、遠くから通う生徒のために寮が設備されており、全校生徒の約8割以上の生徒が寮に入り高校生活を送っている。
そして現在ーーー
「新入生のみなさん、入学おめでとう。本校、東京都立能力高校は、能力の向上と社会を担う能力者を育てることに力を入れーーー」
東能高校の入学式の最中である。本年度の新入生数は、去年と同じ400人。
観月 和久も東能高校の新入生の1人である。和久の容姿は、黒髪のどこにでもいるような生徒。目立たないという言葉がよく似合う。和久はあくびが出そうになるのを抑え、校長の話を聞いていた。
(あー、眠い。やっぱ昨日回収屋の仕事するんじゃなかったな。寝ちゃいそう)
そう思いながら、顔には眠そうな雰囲気を一切出さずに和久は前を向く。この東能高校に入学する学生は誰しも己の能力の向上や能力のレベルを上げるなど理由を持っている。しかし和久がこの学校に入学したのには、特に理由はない。敢えて理由を言うなら、なんとなく家から遠くないし、この学校でいいかなと思ったからだ。裏の世界では「回収屋」という名で知られ、指名手配されている和久だが、普段は普通に生活をしている。そのため、誰も和久が「回収屋」ということは知らない。和久はただ普通に能力高校に通い、普通に卒業するだけでいいと思っている。できれば、楽しい高校生活が嬉しいが。
和久が横の席見ると、そこの席には生徒がいない。
(入学式から遅刻か。なかなか根性のある人だな)
和久は今はいない隣の席の人物に対して心の中で感想を漏らす。
「ーーー現在、能力を悪用する者が増え、能力による犯罪も少なくありません。そのため新入生のみなさんが、このような者から社会を守る存在になることを信じています。学校側も精一杯、皆さんが学び、成長することを支えていきます。終わりに新入生みなさんの充実した学校生活を願って式辞といたします」
校長の長い話が終わってからは、あっという間に入学式は終わり、これから新入生はそれぞれの教室に移動した後自己紹介などを含めたHRを行うらしい。教室へ向かう途中、同じ中学なのか一緒に話している生徒がいたが、和久にはそういう者はいないので、一人で黙って自分の教室へ向かった。和久は、10組まであるクラスの4組だ。
黒板に席順が書いてあるため和久は自分の番号を探す。席は番号順に窓側から廊下側に向かって1番から6番その後ろに7番から12番となっており、7人の列が4つ、6人の列が2つある。和久は38番であるため、窓側から2列目の一番後ろの席だ。先程入学式で隣の席だった37番の生徒はまだ来ていないようだ。自分の席に座りしばらく大人しく待っていると、教室に30代くらいの男の教師が入ってきた。
「お前ら、全員自分の席につけー。…よし、全員座ったな。じゃあまず初めに、俺の自己紹介をするな。今日からこのクラスの担任になった田ヶ原 隆行だ。能力は狼男、レベルはB。よろしく」
レベルB。能力高校の教師だったら妥当なところだろう。
国ごとで多少差はあるが、世界の殆どの能力者のレベルはCかD。能力高校に通う前の学生のレベルは例外もあるが殆どがDである。当然レベルが高くなれば、そのレベルを持つ能力者の人数も少なくなり、レベルBは世界の能力者のうち3割、レベルAは1割弱というところだ。レベルSなどもってのほかで世界に100人いるかどうか。そのうち5人が「八雲」にいるという噂があるが。
「取り敢えず俺の自己紹介はこれくらいでいいか。じゃあ、番号1番から順番に自己紹介していってくれ。内容は、名前と能力とレベルでいいか。じゃあ1番 」
「は、はい!」
番号順にそれぞれが自己紹介をしていき、そろそろ和久の番号に近づいてきた。
「じゃあ、次。37番、間宮。……ん、いないのか?連絡はきてないし、無断欠席か。入学式早々なかなか根性がある奴だな」
担任も和久と同じことを思ったらしい。まず入学式早々遅刻なんてしたら、目立つから普通の奴はしない。そう考えると、多分普通の奴ではなさそうだ。
「…まあいい。しょうがないから飛ばして、次、38番、観月」
「はい」
和久は立ち上がり、口を開く。
「えーと、38番。観月 わ…」
和久が自分の名前を言っている途中で、教室の扉がパーンと大きな音を立てて開いた。そして扉の外には、膝に両手をつき俯き肩で息をしているひとりの男子生徒が立っている。和久は自分の番号を言ったあたりから、廊下からする足音に気づいていたので、それほど男子生徒の登場に驚きはしなかったが、他の人達はかなり驚いた顔でその男子生徒を見ているため、一応同じように驚いた顔をしておいた。
その男子生徒は、しばらく呼吸を整えた後顔を上げた。その男子生徒は、サラサラな黒髪で顔はかなり整っている。クラスの女子がコソコソと話しているので、これはかなりモテそうだ。そして口を開く。
「…間に合った?」
「遅刻だ」
担任が呆れた目で見ながら、答える。
「えーと、すみません」
「間宮 大雅だな。入学式遅刻とは、大した奴だ。派手な登場したついでにそこで自己紹介しろ。観月、悪いが先にこいつでもいいか?」
「は、はい、大丈夫です」
和久は周りから見ればいきなり登場した間宮 大雅に戸惑っているように見えるが、内心はそんなこと1ミリも思っておらず、他の人とは全く違う理由で驚いていた。
(これは驚いた。間宮大雅くんだっけ。彼、「八雲」のメンバーじゃないか。しかも「霧氷」か。同じくらいの年齢だとは思っていたけど、まさか同じ学校になるとは。それよりわざわざランクSの能力者がこの学校に通うとは、一体何があったのだろう)
実は和久は、一度大雅を見かけたことがある。もちろん和久は「回収屋」、大雅は「霧氷」としてだが。こちらが見ていたことに、霧氷は気づいていなかったようだが、和久はその時の霧氷の、背格好、雰囲気、振る舞いなどからどういう人物なのか予想していた。最初は下を向いていたため、大雅が霧氷だとは気づかなかったが、大雅が顔を上げて気づいた。基本八雲は、顔を隠しているため顔は知らないが、大雅の雰囲気が霧氷の出す強い能力者の雰囲気と同じだった。本人は隠しているし、多分気づいた者はいないと思うが。そう思うと、大雅の背格好が霧氷のと一致する。
「あー、遅れてすみません。間宮 大雅です。能力は、水を氷にする能力で、レベルはえーー…とDです。よろしくお願いします」
能力は流石に変えられないから、霧氷の時と同じだ。まあ、八雲のメンバーの能力を知っている者など、基本的にいないから、霧氷だとわかる者はいないだろう。レベルは流石に隠すか。Sって言いかけたみたいだが。
「ったく、今日は入学式だから取り敢えず見逃してやるが、今度やったら成績下げるからな。じゃあ、次。観月」
(えー。この次に自己紹介とかきつくない?殆どの人が、間宮くんに注目しているのに)
和久は内心苦笑いしながらも、2度目の自己紹介を始める。
「えーと。2度目になりますが、38番の観月 和久です。能力は、治癒。レベルはDです。よろしくお願いします」
自己紹介を終え座ると、左の席から視線を感じた。見てみると、間宮くんがこっちを申し訳なさそうな顔で見ていた。すると小さな声でごめんと謝ってきたので、和久はニコッと笑い小さな声で大丈夫だよと答えておいた。