学年別個人戦5
1日目が終わった。
1日目で198人いた生徒が半分になり、2日目でまたその半分になる。
和久と圭介はAコート、大雅はBコートだ。2日目の今日は、3人とも試合は午後なので観客席で試合の観戦をしている。ちなみに、大雅の取り巻き2人は、大雅の隣にいた和久の顔を見ると、顔をしかめてどこかへいってしまった。(和久は目があったのでニッコリとその2人に笑いかけてあげた)
そして大雅は、その容姿と身体能力測定、クラス対抗模擬戦の結果などから、かなり注目されており、周りの視線を集めている。本人は特に気にすることなく、普段通りだが周りの生徒は、チラチラとこちらを見たり、コソコソと噂話をする。
いつもなら注目されるのは大雅1人だけなのだが、しかし今日は大雅だけではない。
大雅と一緒にいる和久、圭介も同様だ。
和久や大雅といるときは、言動の煩さが目立つ圭介だが、能力や身体能力など普通の生徒より頭一つ抜き出ている。確かに大雅程では無いが、1回戦では優勢を保ったまま、余裕を持って勝利している。
そして和久はサポート系能力者であるのに、戦闘系能力者に勝利している。ナイフ捌きと体術のレベルは高く、そして何よりその両方を効率よく使う頭の回転の速さ。その容姿からは想像できない戦闘能力に驚いた者は多い。
そんな3人が一緒にいるのだ。目立たないはずは無い。そして当然のように圭介は自分の目立ち様にはしゃいでいる。
「なあ!もしかして俺結構有名人?いやー、モテるってのもつらいねー」
「幻聴じゃない?」
「気のせいだろ」
上から和久、大雅の順である。
「ちょっ、な、なんか和久ならわかるんだけど、最近大雅俺への態度雑じゃね?!」
僕ならいいんだ、というツッコミを和久は飲み込んでおいた。
「そんなことはないぞ。あ、そういえば和久。昨日の個人戦凄かったな。た…親戚も和久のこと褒めてた」
(大雅くん隊長って言いかけてたな。まぁ、普段はそう呼んでるんだろう)
そう思いながら和久はにこりと笑う。
「親戚って昨日の誠二さんと美由紀さんだよね。いやー、他人に褒められるとお世辞でも嬉しいね」
えっ、大雅、ちょっ無視?などというBGMは無視。それにしても。八雲の人間に褒められるとかほんと、笑える。
「いや、お世辞なんかじゃないぞ。実際俺も和久の戦闘凄いって思ったし」
「確かに和久のは凄かったなー。会場も戦闘系がサポート系に負けたってちょっとざわついてたしな。まぁ、最後の顔面にナイフは見ててこっちがドキドキしたけど。相手の降参の声ほとんど悲鳴だったじゃん」
戦闘系にサポート系が勝つことは別段珍しくはないが、和久達はこの高校にきて間もない。能力や武器の使い方から、体術までまだまだ学び始めたばかりなのだ。
だからこの頃の能力者同士の戦闘の勝利は能力の強さだけで決まることが多い。
「ふふふ、戦いには少しのスリルが必要だよ?圭介くん」
「こえーよ!このドSが!」
「心外な!僕は人畜無害なごく普通の男子高校生だって言ってるじゃん」
「前もそう言ってたけど、お前人畜無害の正反対の人間だよ!……俺、絶対将来和久みたいにならないようにするわ。人に優しくして、沢山の人を助ける能力者になる…それでモテたい!」
最後一言で全て台無しだ。
「わあ、まるで僕が圭介くんに優しくないみたいじゃないか。まぁ、だけど圭介くんは、将来どんなに沢山人を助けても、女性からはモテなさそうだね。うるさいから」
「ねえ、和久それ暴言だよな?俺、傷ついたんだけど!」
「煩い、大声出さないで。そういうとこじゃない?」
和久と圭介2人で騒いでいると、2人のすぐ近くで暫く口を閉ざしていた大雅がポツリと声を出した。
「……将来、か」
「ん、将来?いきなりどうした?大雅」
思わずこぼれてしまったように、大雅の口から出た言葉。
その言葉に首を傾げる圭介の隣で和久はすっと静かに目を細めた。
「あ、いや…別にたいしたことじゃないんだが…。みんな将来について考えてんだなって思って」
高校生という時期にあたって、将来というキーワードは大きい。誰だって将来に希望、願望、不安など持ち、悩み進んでいく。
だがそれはあくまで『普通』の高校生であれば。
ではここで1人の少年の話をしよう。
その少年が幼い頃は世間で言う『普通』の子供だった。だがその『普通』はある日突然なくなった。とある能力者のテロ行為によって。
さっきまで隣で笑っていた両親は、目の前で動かなくなった。
しかし幸運にも少年は、再び家族と言える存在を手に入れることができた。呆然と佇む少年を保護したのは、この国を陰ながら支える特殊部隊、通称「八雲」の当時下っ端だった現隊長と副隊長の2人。
そんな2人に保護された少年はその2人の背を見て成長し、そして当然のようにその背を追った。
能力の使い方、体術などを教わり毎日努力をしていたら、いつのまにかその2つの背に手が届くところまで来た。元々少年には才能があったからなのかもしれない。最年少で「八雲」に属し、そして隊長、副隊長に続く実力者の名を手に入れた。
そしてかつて『普通』だった少年は、普通ではなくなった。
だが現在その少年は、自身が失った『普通』がそこ彼処に存在している環境に身を置くことになった。
今までとは違う環境。周りの人々はその『普通』を持っていて自分だけが持っていない。自分が『普通』ではないと嫌でも突きつけられる。
少年は『普通』ではない自分やその環境か嫌いでは無い。むしろ自分から望んで進んだ道であり後悔など微塵もしていない。これからもその道を進んでいくのだと、決意していた。
血生臭い世界であっても今までのように「八雲」に属し、正体を隠し仲間と共に日本を守る。それでいいと思っていた。
でも高校という今まで経験したことのない所に入ってからは、その決意が揺らぐ。周りの普通の高校生、同級生が眩しく見える。自分も一緒にいるはずなのに、薄い霧が視界を覆う。その霧から抜け出そうともがくけど、熱くて近づけない。
けど初めてできた同世代の友人はその霧の向こうにいる。八雲の仲間とは違う友人達が霧の向こうで笑ってる。お前もこっちに来いよって呼んでいる。
このまま卒業したら、自分は元の生活に戻ってしまうのか。もうこの友人達とは会うことができなくなるのか。会うことができても、自分はずっと正体を隠しながら友人達に嘘をつき続けるのか。
眩しい。熱い。
けど近付きたい。
八雲にいたい。日本を護りたい。たくさんの人を護りたい。
だけど友人達と一緒にいたい。一緒に笑いあいたい。
少年は初めての感情に戸惑った。だからこそ、友人達が口に出した「将来」という言葉に反応してしまった。
(ってとこなんだろうなぁ、大雅くん)
和久は「将来」という言葉に反応した大雅を見て内心ほくそ笑んだ。
大雅が時々自分や圭介を眩しそうに見ているのを知っていた。今までの生活とのギャップにどこか戸惑っていることも。
ちなみに大雅の過去は、裏で有名な情報屋から聞いた。金さえ払えば、どんな情報でも教えてくれる。うん、素晴らしいね。やっぱりお金は素敵だと実感する。好きなことを好きなだけして、お金貰って。
こんな生活をしてる和久にとって、大雅の悩みははっきり言って下らないと思うし、興味がない。
なんでそんなことで悩むのだろうか。
なんで『普通』にそんなにも憧れるのか。
そもそも世間一般が定義する『普通』とは何なのか。
『普通』に憧れるということは、『普通』を知っていると言うこと。
明るい場所で生きている人々は『普通』の輪から自分が外れることを嫌う。
だけどそれは、明るい場所に生きている人間だけ。眩しいと思うのは、その眩しさを知っているから。
和久のように裏の世界で生きる人間に言わせれば、そんな『普通』どうでもいい。普通に飽きた者、普通を嫌うもの、普通を知らない者。そもそも裏で生きる人間は自分の意思で裏の世界にいるのであって、よく物語でいる脅されていていたり、表の世界に守るものがあるなどそんな最終回で実はいい奴だったーーーというお涙頂戴なやつなど殆どいない。
そんな奴はすぐ死ぬし、殺される。どんなに隠していても、ボロが出る。だって裏にいる人間なんて、頭のおかしいやつらだ。もちろん和久自身もそうだし、和久が常識人だと思ってるクロだって表で生きる人間から見れば相当狂ってる。クロは金のために躊躇いもなく人を殺すし、犯罪を犯す。これで普通ですなんて言ったら、表の人間が可哀想になる。頭がおかしい奴らばっかりの中で、上で言ったような実はいい奴っていう人間は目立つ。そんな奴信用するわけないだろ?
いつ裏切るかわからない不確定要素の多い奴なんて、いないほうがいい。
だから殺す。
裏の世界は表とはほど違い日の明かりなんてない真っ黒な世界だけど、その本質は単純だ。
欲望と金。
和久はそんな裏の世界が好きだ。
自分が人間として壊れているのを知っている。
これは他人がどうこうできることではないし、自分も今後変えるつもりはない。
和久と大雅が分かり合えることはこの先もないだろう。
どんなに大雅が和久のことを友達と思っていても、超えることのない分かり合えない線がある。
だからこそーーー
「将来?あー、確かにそういうの考えるようになるよなー。やっぱこの高校入ったからには、目指せレベルAの能力者!そして能力事務所に入って人を助ける!」
そんな大雅の内心を知らずいつもの調子でニカッと圭介が笑う。
「まあ、だけど本音は八雲とか憧れるよなー。絶対無理だけど。八雲の能力者なんて俺らとは次元が違うし」
「そうかな?意外と八雲の人とかそこらへんにいるんじゃない?普段は一般人みたいな」
大雅は和久の言葉にぴくりと反応しそうになったが、なんとか抑えたようだった。
「あー、そーかもなぁ。実際八雲ってメンバー誰一人顔も年齢すら分からないし。実は近所の人が八雲のメンバーでしたとかあったら面白そうだよな。あ、でもまだ近所の人が八雲のメンバーならいいけど、その人が犯罪者とかだと怖くね?前、そんなニュースあったよな。隣の部屋の女の人が、実は殺人鬼だったって言うやつ」
「あったねー、そんなニュース。一時期かなりテレビで報道されてたもんね」
一年ほど前のニュースのことを話題に出す圭介に対して、和久はその当時のことを思い出しながら返事をする。
その殺人鬼の女とは和久は直接会ったことはなかったが、噂は聞いていた。その女は殺すのはビジネスではなく趣味のタイプだったらしい。まぁ、捕まったのは残念だなとは思うけど、自分には関係ないことだ。
「そうそう、そのニュース。大雅も知ってるだろ?」
「…ああ、まぁ」
(知ってるも何も、八雲はその女についてかなり調べてたみたいだしね)
どうやら八雲はその殺人鬼の女から裏の情報を抜き出そうとしたらしい。しかし、その女はずっと狂ったように笑うばかりで、何の情報も出てこない。他にも女の携帯やパソコン、行動などを調べたがそれも収穫はなし。
それもそうだ。
そんなことで、見つかるような奴は裏では生きていけない。
「まぁ、そんな近くの人間が犯罪者なんてそうそう無いか!てか指名手配犯とかも都市伝説とか言われてて本当にいるかどうかわからないし、いたとしても八雲の能力者がいれば大丈夫だろ」
あははと圭介が笑う。
そんな圭介に大雅が少し顔を顰めたのを傍目に、和久は笑みを深めて言った。
「どうだろう。もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれないよ、指名手配犯」
(ーーーだからこそ、足掻いて、苦しんで、必死になって、僕を楽しませてよ。大雅くん)




