学年別個人戦 4
ちょっとだけ物語の核心に近づくお話。
「こんにちは。観月和久です」
そう言って目の前でにこりと笑う少年は、どこにでもいるような普通の男子高校生だった。
***
八雲のメンバーである霧氷こと大雅は、俺と美由紀にとって年の離れた弟というより、息子のような存在である。
8年、いや今年で9年経つ。大雅の実の両親が亡くなり俺たちが大雅を保護をしてから。血を流して倒れる両親を目の前に呆然と佇んでいた7歳の少年が、今では八雲を高めていく立派な能力者になった。
あの頃の日本は今より確実に荒れていた。犯罪組織によるテロも多く、被害にあった人は多い。八雲やその他能力者事務所も対応にあたっていたが、それでも防げなかった事件も多い。オフィウクスの件だってそうだ。あの頃の自分たちは、まだ八雲に入ったばかりでこの世界の裏側を詳しく知らなかった。
だけどあの日、八雲によってオフィウクスが解体された日。俺と美由紀はこの世界の現実を知った。
始めに当時の幹部達だけがオフィウクスのアジトに襲撃していった。俺や美由紀といった下っ端は外で待機と命令されており、指示があるまでアジトの中には入れなかった。そして30分ほど経った。その時は誰もがずっと緊張状態で体感時間は3、4時間ほどだった。そしてアジトの中にいる当時の八雲の隊長から中に入って来いと指示があった。見張りのために何人かその場に残り、俺や美由紀といった八雲の面々はアジトに足を踏み入れた。
外見は町外れにある小さな不動産屋だった。どこにでもあるような、二階建てのビル。その地下にアジトが隠されるようにあった。中へ入ると組織の人間だろうか。何人か拘束されて床に倒れている。完全に気絶させられており、全員動く気配がない。
指示された奥の部屋に行くと、そこは書斎のような場所で本棚が壁に沿って並んでいた。そしてそのうちの1つが壁からずらされており、その後ろは地下へと階段があった。
地下へと続く階段を降りる。明かりが一切なくライトで下を照らさなければ階段を踏み外してしまいそうだった。そのまま進んでいくと、目の前に扉があった。鍵はかかっていなかった。俺が一番前にいたので、その扉を開けた。
夢かと思った。
だがそれは現実だった。
目の前に広がるのは、赤、赤、赤。
蛍光灯の白い光に照らされ、鉄の匂いが充満する部屋。
壁に飛び散る赤。床に広がる赤。
「え…?」
理解が出来なかった。それが何なのか。後ろで美由紀の必死に抑えた悲鳴が聞こえた。今にも吐き出しそうな隊員もいる。
俺は呆然としながらも、足を踏み出した。すると何かを踏んだ。動かない頭を無理矢理動かしながら足元を見ると人間の足だった。大人のものではない。小学校低学年ぐらいの小さな子供の足。だがそれは真っ赤に染まっており、膝から上はない。顔を上げて左側を見ると、腹に大きな穴を開け、ちょうど片方の膝から下がない子供が何も映さない目をして倒れていた。
俺はすぐに自分の足を退けた。そして美由紀の制止する声を聞きながら足元の子供の足を持って腹に穴を開けて倒れる子供の元へ行き、本来あるべきだった場所へその足を戻した。
手や服が赤く染まる。
似たようなものが部屋中に広がっていた。四肢のない子供。頭がない子供。胴体と下半身が真っ二つにされている子供。血の匂いに隠れてしまっているが、微かにする薬品の匂い。この部屋の隣にはガラス張りの窓がありその先には広い手術室のような部屋。手術台がいくつかある。白で揃えられた壁や床や置物。今はそれら全てが赤く染まっている。その部屋にも刃物のようなもので切られ大きな血だまりを作り倒れている子供。壁に棒のようなもので体を打ち抜かれて大量の血を流す子供。もう人と認識できる状態ではない子供達も何人も倒れている。誰の足や腕かもわからない。ただわかるのは、ここにいる八雲のメンバー以外生存者はいないということだけ。
「た、隊長。…これは何ですか?」
美由紀が震えながら部屋の中心に立つ隊長に声をかける。
隊長は全身真っ赤に染まっていた。
「ここは燃やす。お前たちは周囲の家の人間に、ここが燃えているのを気づかれないようにサポートしろ」
感情の無い声で言った隊長は、俺たちを見ることなく地上へと続く階段へと向かっていく。
燃やす?何を?この子達を?
隊長の能力は炎。これぐらいの建物だったら15分ほどで塵になる。
「どうしてですか?!まだ小さな子供なんですよ!それにこの子達は被害者じゃないですか!」
俺が必死に声を出しても隊長の歩く足は止まらない。
「どうしてと言われても子供達は全員死んでいる。それにこの施設やこの子供達の証拠を少しでも残して、世間に知られたりしてみろ。パニックどころじゃなくなるぞ。今保たれている能力者と一般人の均衡が崩れる。これは命令だ」
この施設で行われていたのは、7歳以下の子供を対象にした能力者の人体実験。能力が発現するのは遅くて7歳だと言われていて、この組織は能力が発現したばかりの子供達をあらゆるところから攫ってきたり、買い取ったりしていた。攫われた子供達は親に問題があるケースが多い。例えば親から暴力を受ける子供や育児放棄されている子供。そういった子供の親達は、自分の子供が行方不明になっても警察に通報することを躊躇うことが多い。自分たちが子供に対してしていたことがバレたくないからだ。そのため子供の行方不明が発覚した頃には殆ど形跡が残っていない。
この組織の尻尾を掴めたのだってほんの3ヶ月ほど前だった。それからはスルスルと情報が集まり、今こうやって組織を解体することができている。しかし犠牲が多い。子供達は救う計画だった筈だ。
だけど子供達は全員死んだ。
それにこの子供達がいた証拠を残してはいけない。ここで行われていた実験の内容を知れば、能力者は強力な力を手に入れることができる。
能力者は一般人より単純な力で考えると上になる。だから一般人は、知識や技術を使うのだ。それによって能力者と一般人は平等な立場になり、現代の社会を築いていた。
だがもしも、この子供達のデータがだれかほかの能力者の手に渡ったら。
能力者は確実に一般人より力を持つ。知識や技術では埋められない力の差が出る。
全人口の約3割の能力者が残り7割の一般人を力で支配することができるのだ。
おそらく、いや確実に世界は崩壊する。
あらゆる場所で争いが起き、もしかしたら奴隷のような存在も出てしまうかも知れない。
だからって、俺たちは被害を出さないためだけにこの子供達を燃やすのか?
「む、無理です!俺にはこの子達を燃やすなんてできません!」
そんな残酷なこと俺にはできない。せめて子供達の亡骸だけでも、その子供の親に返してあげたい。
「そうか。それならお前は今すぐにでも八雲を抜けろ」
だがそんな俺の思いは隊長には伝わらない。
「この世界は綺麗事ばかりじゃない。確かに裏の世界は存在してるんだ。その現実を見れないのならお前は八雲に居るべきではない」
わかっている。そんなことわかっている。
「で、でも!」
そう言いかけた瞬間、目の前に炎が広がった。
隊長が能力を使ったのだ。
その瞬間、肉が焼ける嫌な臭いが立ち上る。先ほどまで充満していた鉄のような匂いとは比べ物にならないほどのきつい匂い。
これが人が焼ける匂いなのか。
勢いを増し続ける炎の隙間から、子供の姿が見えた。もう息を吹き返すことはないが、それでも。
熱い
燃え盛る炎に対してそう思った時には、俺は炎へと足を進めていた。
「誠治!やめて!止まって!」
美由紀が泣いて叫びながら、俺の手を掴んで止めた。
だけど俺は足を止めようとしなかった。
「誠治!いい加減現実を見て!あの子たちはもう助けられない!私たちは指示に従うしかないのよ!」
「っ、そんなことわかってる!だけど、あの子たちには何の罪もないんだよ!それなのにっ、何で、何で」
そんなことをしてる間にも炎は広がっていく。この部屋には、俺と美由紀以外の八雲のメンバーはいなくなっていた。
俺はいつのまにか泣いていた。
悲しかったわけではない。
絶望したのだ。
この子達を救うことができなかった、何も出来なかった俺自身に。
「この子達の存在はあってはいけない!そんなこと誠治だってわかってるでしょ?これ以外方法はないわ!私だって、この子達を救いたかった!だけど、もうこうなってしまったら私たちには何も出来ない!」
この時になって、俺の腕を掴んでいる美由紀の手が震えていることに気づいた。感情の高ぶりを抑えるように美由紀は深呼吸してから再び口を開いた。
「私たちが無力だったから、何も出来なかったから、この子達を救えなかった。これは変わらない事実なんだよ。誠治が今炎に飛び込んだところでそれは変わらない。だからこそ今私たちはできることをしないと」
美由紀のまっすぐな目を見て、俺はやっと現実を見た。
今、俺が何をしても状況は変わらない。
何をしているんだ、俺は。
美由紀は俺の様子を見て、もう大丈夫だと判断したようで、行こうと言って俺の腕を引いて部屋の出口へと向かった。
部屋を出るとき俺はもう一度現実に目を向けた。こと切れた幼い子供達は、逃げることなく炎へと包まれていく。
(ごめん、助けられなくて)
この日、二度とこのような犠牲を出さないと心に決めた。
***
「…じ。誠治!」
美由紀の声ではっと現実に戻る。
「何ぼーっとしてんのよ」
「あ、ああ。ごめん」
美由紀に返事をして、目の前で話す3人の高校生を見る。それにしても随分昔のことを思い出していたもんだ。
(あの子供達も普通に生きていたら、今頃この子達と同じぐらいの年齢か)
大雅と楽しそうに話す男子2人。この子達と話している時大雅は、どこにでもいるような普通の男子高校生で、八雲の霧氷とは程遠い。大雅が能力者として強くなっていくのを嬉しく思う反面、こんな風にどこにでもいるような普通の男子高校生として過ごして欲しかったと思ってしまう。
「はぁ?!和久お前、立山中出身なのかよ!!!」
「そんなに驚くことかなぁ」
「ん?立山中ってどこだ?」
3人は出身中学校のことについて盛り上がっていた。ちなみに大雅は中学には行っていない。勉強や社会で必要なことは、俺や美由紀、他の八雲のメンバーが教えていた。それに強い能力を持ち、加えて幼いながらも八雲のメンバーだった大雅を一般の学校に入れるには、大雅は精神的に安定していなかった。大雅を高校に通わせようという話になったのも、大雅が能力的にも精神的にも安定してきたからだ。
普通の能力者の生活も知ってほしい。
任務の遂行も大雅を高校に通わせた理由だが、実はそんな思いもあったのだ。これは大雅には言ってはいないが。
まあ、そんなことは置いといて。3人の会話に出てきた立山中といえば…
「おまっ、大雅、知らねえのかよ!立山中ってここらで有名な超不良中学だぞ!生徒の半分以上が不良!毎日何かしら問題が起きて警察にお世話になりっぱなしの!」
「えー、なんで圭介くんそんなに詳しいの?地元神奈川だよね?」
「そりゃあ、町歩いてると立山中の不良がそこらにいるから、気をつけろって噂になってるからだよ!」
そう、菊地くんが言った通り立山中学校とは、この東能高校からそれほど離れていない場所に位置し、そして超荒れているということで有名な中学校だ。不良の生徒が半分以上を占め、警察沙汰など日常参事。窓が割れるなどは当たり前で、毎日学校のどこかで必ず喧嘩が起きている。
流石に八雲が駆けつける大きな事件は起きていない為、実際行ったことはないが噂に聞く限りかなりの問題校である。
その立山中に大雅の友達である観月くんは通っていたという。観月くんのことは事前に大雅から聞いていた。大雅が高校に入って最初にできた友達の1人。能力は治癒でサポート系だが、体術が上手く頭もキレるため高校卒業したら八雲に誘いたい!と大雅が話していた。その話を聞いた時は、流石に能力が治癒で戦闘要員として八雲に入れるなど冗談だろと思ったが、いや…うん確かに彼は凄い。
ナイフの使い方、体術、それらは確かに優れているが、一般の能力者の域を出ることはないだろう。言ってしまえばレベルCの能力者にはゴロゴロいるレベルだ。だが、彼が凄いのはその頭の回転の速さだ。頭の回転が速いから、相手の能力、弱点、癖を見分け一番効率のいい攻撃をする。元々優れている体術や技術を、頭脳が何倍にも高めていた。
先ほどの試合でも、彼は二度目の攻撃を受けた時点で相手の能力を殆ど把握したのだろう。相手の顔にナイフを投げ、相手がそれを防ぐために腕で顔の前に出したとき、視界が遮られた瞬間に彼は一本のナイフを空高く投げた。ものすごい勢いで回転するナイフに、相手の生徒は気づかない。投げられたナイフは頂点に達し一瞬止まった後、再び物凄い勢いで落下していく。ナイフが空中にある間、相手の生徒に彼は攻撃をしかけていた。先ほどと同じような攻撃の仕方で、相手の生徒も先程と同じように攻撃を防いだ。一見、前回の攻撃を反省していないとみれるかもしれない。だが、観客の中で気づいた者はどれぐらいいただろうか。
彼が先程と同じ攻撃をしながらも、相手の生徒を落下してくるナイフの真下に移動させていることに。
恐ろしいほどの、頭の回転の速さ。相手の動きの把握、予測、そして誘導。
大雅が彼を八雲に誘いたいと言っていたのにも納得できる。
「そんな、荒れてる学校に和久通ってたのか?危なくないか?」
「うーん、僕は結構楽しく過ごしてたよー。不良の人たちも仲良くなれば、面白いし」
「なんか、今の和久がなんでこういう風なのかわかった気がする」
菊地くんが顔をしかめる。観月くんは見かけによらず、なかなか図太い根性を持っているようだ。
「てか、和久が体術つえーのってもしかして中学の時喧嘩してたから?」
恐る恐る菊地くんが観月くんに尋ねる。うん、俺もそれ聞きたかったよ。だって今までの話聞いたらそういう答えにたどり着く。
「ん?喧嘩?ああ、うーん。………ご想像にお任せするよ!」
にこりと観月くんが笑う。
これ絶対中学の時問題児だったな。
ひくっと菊地くんの顔が引き攣る。対して大雅は特に気にした様子がなく、そうか、だから和久は体術がうまいんだな、などと言っている。なんでこんなに大雅は図太いんだ。親の顔を見てみたい。あ、俺だったわ。
いや、だけど観月くん。人は見た目によらないって言う言葉のいい例じゃないか。
確かに中学の時喧嘩するほどの問題児だったら、あの体術のレベルは納得できる。
「まあまあ、もう過去のことだから。気にしないでよ」
「いや!気にするだろ!和久、お前こえーよ…」
「えぇー、なんでー。ほら僕はこんなに大人しそうで人畜無害なのに!」
「見た目だけだ!この詐欺師が!」
「圭介くんうるさい」
「そうだな。圭介、少し落ち着け」
「えっこれ俺が悪いの?!ぜってー、和久のせいだよな?!俺悪くないよな?!」
「「静かにして(しろ)」」
目の前の高校生3人が楽しそうに騒ぎ始める。美由紀はその様子を先程からにこにこと眺めている。
必然的にしろ、大雅を八雲に入れたことを俺はどこかで後ろめたく思っていた。普通の子供の生活を送らせてやれないことに。
だけどこうやって、友人たちと楽しく過ごす大雅を見て安心した。
オフィウクス、回収屋、指名手配犯…まだまだやらなければならないことが沢山ある。
だけど俺たちは諦めずに進み続ける。
あの日、助けられなかった子供達を前に心に決めた。
これからも大雅や全ての人々が友人、家族、大切な人と笑っていられるように。




