襲撃者
初めて、和久の狂った感じがしっかり書けたような気がする
「じゃあ、僕そろそろ寝るねー。おやすみー」
夜の11時ごろ和久が大雅に声をかけ、ベットに入る。部屋は2人1部屋で、男女別の出席番号順で前から部屋割りをしたため、番号が前後の和久と大雅は同じ部屋である。
「ああ、俺も寝る。おやすみ」
大雅が部屋の電気を消し、部屋が暗くなる。30分もすると、和久の寝息が聞こえてくる。
暗い部屋の中で大雅が1人ベットから起き上がる。大雅は和久が寝ていることを確認すると、鞄の中に忍び込ましておいた暗闇でも目立たない八雲から支給されている戦闘服に着替える。身支度を整えた大雅は、念のため和久に睡眠スプレーをかける。
(和久、ごめんな)
心の中で和久に謝る。身体には害は無いが、3時間程和久は起きることはないだろう。だが致し方ない。万が一大雅が部屋にいない時に和久が起きたら騒ぎになるだろうし、一般人に大雅の正体がバレる訳にはいけない。
そうして大雅は物音たてずに、部屋の窓から暗闇の広がる外へと向かった。
***
宿泊施設の裏には、木々が生い茂る森林がある。昔は訓練で使用されることがあったが、現在は街を模倣した訓練施設や、その付近の山の方を使用するため、宿泊施設の裏の森林は殆ど人が入ることはない。人が入るとすれば、森林の管理のために業者が入るときぐらいだけである。
生徒や殆どの人間が寝静まった午前零時過ぎ。宿泊施設から約1キロ程離れた森林の中に1人の男がいた。ガタイがいい男で、迷彩の戦闘服を着ている。
「あー、怠いな。ガキ数人の誘拐なんてクソ楽な仕事じゃねえか。寝ているガキの部屋に忍び込んで気絶させて連れていけばいいだけだろ。もっとやりがいある仕事はないのかよ」
男はいわゆる裏の世界で働く人間である。元々は海外で兵士として働いていたが、引退後は世界中で暗殺などをしている。今回は日本のある組織に依頼を受けた。その依頼内容は、高校生能力者の誘拐だ。理由をそれとなく尋ねたが、答えなかった。この世界ではよくあることだ。詮索のしすぎは良くない。だが今までかなり危険な依頼や仕事をしてきているため、今回の任務は男にとって物足りないものである。だから、いつもより気を緩めていた。
「そろそろ、仕事を開始するとするか」
男が学生たちがいる宿泊施設へ行こうとした瞬間、腰から下が何かに覆われて動かなくなる。
「ーーーっ!」
いきなりのことに驚くが、今まであらゆる戦場や窮地を乗り越えてきた男はすぐに冷静さを取り戻し、自身に起きたことを確認する。
(これは…氷か?能力者か)
「一体今からどこへ向かうつもりなんだ?」
暗闇から1人の少年が姿を現わす。10代後半で顔の半分程隠れている戦闘服のようなものを着ている。
「…誰だ」
「お前がそれを知る必要はない。ただ俺はお前を捕らえるだけだ」
目の前の少年が、淡々と話す。
「こんな氷程度で俺を捕らえたつもりか」
男にとってこんな氷ごとき障害にはならない。男は能力者ではないが、海外で長い間軍兵士として戦ってきたのだ。氷ごとき少し力を入れれば砕くことができる。男は目の前の少年から目を離さず、自身を覆う氷を砕こうとした。
「ーーーそんなことをさせると思ってるのか」
一瞬、ほんの一瞬まばたきをしただけだった。
さっきまで数メートル先にいた少年が目の前にくる。
「ガッ!?」
男の腹に衝撃が襲う。男はしばらくしてから、自分が殴られたのだと理解した。そしてその殴られた場所は既に氷始めている。
自身の体がどんどん冷たくなっていくのを感じた。思考がまとまらなくなる。
「任務完了。隊長に連絡するか」
そんな少年の声を最後に男の視界は暗くなった。
***
「隊長、霧氷です。こちら襲撃者1名を確保しました。学生の誘拐が目的であったようです。気絶させ取り押さえているので回収をお願いします」
八雲専用の携帯をきった大雅は自身の目の前に気絶している人物を見る。大雅が気絶させたが、この男はさっきまで学生の誘拐を目論んでいた。
(能力高校の学生を誘拐…?最近の能力者の行方不明と関係があるのだろうか)
五分程度経つと、瞬間移動の能力を持つ八雲のメンバーがやってきた。事情や状況などの説明をし、後を頼む。大雅は念のため施設内と周辺の見回りをして部屋に戻った。
***
大雅と襲撃者が戦闘を始める少し前。
「あいつは、ダメね。あいつの近くに誰か来ているもの」
1人の女が宿泊施設に近づいていた。女は能力者。超音波を操る。そのため遠くの様子は超音波を使い知ることができる。
「まあ、もともと組織の人間誰もあいつに期待してなかったし、あいつはもしもの時の囮だしね。だけど、こんなに早く気づかれるなんてもしかして、あの噂の八雲とかじゃないわよね。そうだったら、早く任務を遂行してボスに伝えな」
え?
女は最後まで言葉を連ねることができなかった。声を出そうとしても空気だけがヒューヒューと出ていく。胸のあたりが熱い。これは、なに。何が起きているのかわからない。なぜ自分の左胸からナイフの先のようなものが見えているるのだろうか。
「さっきから、お姉さんちょっと独り言多いんじゃない?」
自分の真後ろから少年のような声がした。
そして自分の体の中から金属のようなものが抜かれる感覚があった。クスクスと笑い声が聞こえる。
立っているのも困難になり前のめりに倒れる。自身の胸から熱いものがドクドクと流れ出る。
刺されたの?
呼吸がだんだんできなくなる中、女はなんとか顔を上げて自分の後ろにいる人間を見た。
そこに立っていたのは、1人の高校生だと思われる少年だ。あまり目立たない雰囲気で服装は黒のパーカーにジーンズ。自分の血なのだろうか、血がベッタリついたナイフを片手に持っている。
女は恐怖した。女は能力で、自分の半径4キロの生物の行動はわかる。しかしこの少年は女が気づかないうちに、自分の背後にいた。そこからして、もうこの少年は普通ではない。自分よりこの少年は強いのだろう。
それに1番の理由は、自分を見る少年の目だ。感情がこもっていなく、ゴミでも見るような、それでいて底がなくドロドロとしていて、見ていると引きずりこまれそうな、そんな目。確実に裏社会の人間だ。いや、裏社会でも滅多にいない、こんな壊れている奴。体の底から冷たくなり、自分の体温がわからなくなる。恐い、怖い、コワイ、こわい。自然と女の身体がカタカタ震える。
「ほんとこんな夜中に嫌になっちゃうよー。しかも今日ついてない。同級生の女の子には変な奴扱いされるし、同室の人には睡眠スプレーかけられるしさぁ。まあ、あんなの効かないんだけど。それに加えて、施設に侵入者。大雅くんこういう環境で気が緩んでるのかなあ、こんな奴に気づかないなんて。お姉さん、隠密行動が得意みたいだけど、まだまだだね。あ、それでね、今日は特別にお姉さんのお話を聞こうと思うんだ。いつもはすぐ殺しちゃうんだけど。だから、ね。お姉さん、正直に答えてね」
目の前の少年は、女の顔の前にしゃがみ込み笑顔で話しかける。しかし女は息が上手くできないので、声を出すことができない。その様子を見た少年が気づいたように声をあげる。
「ああ!ごめんね、お姉さん。こんなんじゃ上手く話せないよね。じゃあほら」
そう言って少年はうつ伏せに倒れる女の背中に手を当てる。すると女はだんだんと息ができるようになった。
(なに?こいつの能力?だけど怪我が治ったならラッキーね。早くここから逃げないと)
「あー、そっか。怪我治ると、お姉さん逃げちゃうよね。うーん、あっ!こうしよう」
そんな少年の呑気な声が聞こえた。
そして次の瞬間、両手、両足に鋭い痛みが襲いかかる。
「ーーーっ!!!」
声にならない、悲鳴が上がる。
「逃げれないように、地面にくっつけておけばいいもんね」
楽しんでいるような、明るい少年の声がする。
女が痛みの先に目を向けると女の両手、そして両ふくらはぎに、先程より長めのナイフが柄の付近まで深く刺さり、ナイフは地面にまで届いている。
「それで、お姉さん。今回の目的は?逃げられるなんて思わないでね。ほらほら急いで。僕もあんまり時間が無いんだよー」
これを拒んだら確実に殺される。
本能がそう警告している。女に拒否という選択はない。というよりできない。この少年はおかしい。なぜこんなにも、息をするようにナイフを振るうのか。
「こ、今回の目的は、学生の誘拐よ。能力者の高校生を数名誘拐するように、い、言われてたの」
女が震えながら声を出す。ナイフで刺されたところもそろそろ感覚がなくなってきた。
「ふーん。あんま興味ないなー。それでお姉さんどこの組織の人なの?」
組織の名前。それを言えば、組織を裏切ることになる。そんなことはできるわけがない。裏切れば自分に待ち受けるのは死だ。
「そ、それは、言えないわ!だってそれを言ったら」
女が必死の思いで拒んだ。
「っーーー!」
すると左目に衝撃があり、視界が真っ暗になった。
イタい、イタい、イタい!!!!
左目から尋常じゃない痛みを感じる。女がこの尋常じゃない痛みを堪え、無事な右目で少年を見ると、少年は血がついたナイフをくるくると回していた。それも、素晴らしいような笑顔で。
「今、お姉さんの事情は関係ないんだよ。それとももっとナイフを刺して欲しいのかなぁー?」
くすくす笑いながら少年がナイフの先を女の右目の前に向ける。まばたきをすればナイフの先にまつげが当たってしまう。
狂ってる。
恐怖で口には出せないが、少年を表す言葉はこの言葉で十分だろう。
女は全身の痛みに耐えながら、自分の属する組織を口にする。
「…オフィウクスよ」
「……」
今までニコニコ顔だった少年の顔が無表情になり、動きが止まった。
女はそんな少年の反応に驚いた。
(え、一体どうしたっていうの?こいつは私たちの組織を知っているってこと?…そうだとしたら、もしかして、こいつ怖気付いたのかしら)
自分たちの組織を知っている者は多くない。そしてこの組織の名前は世間には公にされていない。だが、この普通でない少年のことだ。自分たちの組織のことを知っていても、おかしくないだろう。
もしかしたら、この少年は自分たちの組織のことを知っていて、それでいて自分たち組織のしてきたことも知っているのではないだろうか。自分も上司からその話を聞いた時、寒気がしたのを覚えている。
そうだとしたら、この少年が怖気付いているということに納得できる。
と女は思ったのだ。だから調子に乗って話過ぎた。
「どうしたの、君。もしかして怖くなったの?今私を殺せば、組織を敵に回すわよ。それが嫌だったら、私を助けなさい。貴方ぐらいの実力者だったら、ボスは快く組織に入れてくれるわ。それで私たちと一緒にこの国を変えましょう。能力者が上に立つ世界に。貴方、今生きづらいでしょ。私たちと一緒ならもっと貴方も生きやすくなるーーー」
今まで感じたことのない恐怖を感じ、女は続きを話すことができなかった。実際にも息をすることができなくなり、首あたりが熱い。体は冷たくなっていき、意識が遠のく。
「さっきから聞いてないことベラベラ喋ってうるさいんだけど」
そんな少年の冷たい声と、ゴミでも見るかのような目線を最後に、女の意識は切れた。
***
「よいしょっと」
和久は腰をあげて、目の前のものを見る。もう和久にとってはゴミでしかないものだ。和久はジーンズのポケットから携帯を取り出しある番号に電話をかける。3コールもすると電話が繋がる。
「もしもし、クロー?悪いけど、ゴミの片付け頼んでいい?今僕取りこんでて、片付けまでできないんだよね。……え?なんでってそりゃあ、僕も一応学生だしー。クロのワープ使ってちょちょいとここまで来てちょちょいと片付けてくれればいいからさぁ。お金は出すから。……うん、場所は後でメールするから。出来るだけ早くお願いねー。あっ、それとクロ、オフィウクスって言う組織についてちょっと調べておいてくれない?もちろん今回のとは別依頼だよ。……まあ、理由なんて気にしないで。お互い深追いしすぎないのがこの世界のルールってもんだよ。じゃあ、よろしくね」
電話をきった和久は、自身の位置情報をメールして携帯をしまう。
「はあー、ほんと今日はついてないなぁ。それにクロは後1分もすれば来るだろうけど、僕も早く戻らないと大雅くんに気づかれちゃう」
和久は返り血で汚れた服を着替え、使ったナイフとともに持ってきた鞄の中に入れる。
「これも一緒にクロに片付けてもらうとして、僕は早く部屋に帰るとしますかねー」
そんな陽気なことを言いながら、和久は宿泊施設の部屋に向かった。