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大臣答弁

 次期内閣は難産でした。最初、西園寺公望、そして徳川家達に大命降下しましたが、ふたりはこれを固辞しました。ようやく三人目にして清浦奎吾が大命を拝しました。清浦は熊本出身です。司法官僚として治罪法(今日の刑事訴訟法)の制定に係わる内、山県有朋に見出され、長州系藩閥官僚として出世し、司法大臣などを歴任し、貴族院内の重鎮となりました。山県の後ろ盾と貴族院の支持があれば政権運営は可能だと思われたのです。清浦は組閣を進めましたが、躓いたのは海軍大臣でした。就任を要請された海軍中将加藤友三郎は入閣に条件をつけました。先の議会で削減された海軍予算の充当です。ところが清浦はこの要求を言下に拒否してしまいました。これに海軍側が硬化し、ついに海相を出しませんでした。清浦内閣は海軍大臣を見出すことができず、流産しました。先に山本内閣が軍部大臣現役武官制を見直し、予備役や後備役の武官でも大臣に就任できるよう官制を変えていたのですが、結局、効果がなかったのです。

「次期内閣をどうする」

 元老会議は紛糾しました。そこへ顔を出したのは三浦梧楼です。三浦は長州出身で、若造の頃には高杉晋作に可愛がられたという経歴の持ち主です。

「人は愚を学ばねばならぬ」

 高杉はそう教えてくれましたが、まだ若かった三浦にはその意味がわかりませんでした。やがて三浦は奇兵隊に入ります。隊内では山県有朋と同輩でしたが、二人は諸事ことごとく意見があいませんでした。それ以来、三浦は長州閥内の反主流派として自由に行動しつづけています。生粋の長州人でありながら藩閥打倒を主張しました。余談ながら三浦梧楼は当意即妙の人物評が得意でした。「観樹将軍縦横談」によれば、伊藤博文と山県有朋を次のように評しています。

「伊藤の泣く折は本当の涙を出すが、どうも目白の涙は当てにならんぜ」

 目白には山県の本邸があります。また後藤新平については次のように諷しました。

「うん、あれか。あれは何だよ。子供が植木を植えるようなものだ。朝植えると昼にはもう附いたかと抜いてみないと気がすまんのじゃ。あれが何かやったって附く気遣いがない」

 アイデアマンでせっかちな後藤を見事に評しています。犬養毅に対しては面と向かって酷評しました。

「貴様はどうも人を容れる雅量に乏しい。あれでは部下はとうてい五十人以上に達することはできんぞ」

 大隈重信については次のように評しています。

「柳原の土手の家と同じじゃ、間口は広いが奥行きがないぜ」

 さて元老会議です。ふらりと現われた三浦梧楼は突飛なことを言いました。

「権兵衛が火事を出した後は、早稲田の蒸気ポンプに限るよ」

 早稲田の蒸気ポンプとは大隈重信のことです。三浦の意見は論理的ではありません。ですが、どこか本質を突いています。乱世を生き抜いた豪傑には不思議な頓知があるらようです。

「大隈は後先なにをしでかすかわからない。そんな危ないものは御免である」

 山県が反対しました。これを三浦はあざ笑っておっかぶせます。

「なあに構うものか。やらせてみるがよい。蒸気ポンプの役目が終わったら辞めさせるまでのことじゃ。長くて半年か一年、それ位の堪忍ができんでどうする」

 結局、他によい知恵もなく、議は大隈に決しました。山県有朋、井上馨、松方正義、大山巌の四元老と大隈重信との会見が開かれました。いずれも七十才を超えた老人たちです。大隈は引き受けました。

 こうして第二次大隈内閣が成立するのですが、こういうあたり大日本帝国はなお藩閥専制の国でした。今日のような議院内閣制であれば、最大与党の政友会党首が後継するか、あるいは山本内閣を総辞職に追込んだ野党党首が総理に任命されて然るべきです。藩閥の元老たちは死ぬまで政党というものに信を置かなかったのです。

 十数年ぶりの政界復帰となった大隈重信は、大命を拝すると、まず同志会総裁加藤高明を訪ねました。加藤高明は外務官僚上がりの政治家で、日本郵船社員から外交官に転進したという変わり種です。第一次伊藤内閣の外相だった大隈重信の下僚として働く内、その能力を認められ、以後、大隈の知遇を得ました。加藤は非常な秀才で、大隈に限らず陸奥宗光、松方正義、伊藤博文など大物政治家から信頼を集めました。加えて岩崎弥太郎の長女を妻としていたことも加藤に箔を付けました。従来より加藤高明を信頼することの篤い大隈重信は、大隈内閣の実務を加藤に一任しようと考えました。そのため組閣の大枠を加藤に決めさせました。大隈と加藤は、同志会を中心として内閣の顔ぶれを固めました。尾崎行雄が大隈邸に招かれたのはその頃です。

 大隈と加藤は経緯を説明した上、行雄に入閣を促しました。大隈にしてみれば、自分が見込んだ男たちを閣内に結集したかったようです。しかし、行雄は組閣の手続きが気に入りませんでした。

「もし英国であったならば、大命はこの尾崎に降下してもおかしくはなかったはずです。なぜなら山本内閣の打倒に最も貢献した者が後継するのが当然だからです。何の貢献もないあなたに大命が降下したのは、日本の特殊な事情によるものです。組閣のご相談というのなら納得できますが、すでにできあがった内閣に入れというのならお断りします」

 特殊な事情とは、いうまでもなく元老会議のことです。藩閥的政権交代の方式に唯々諾々と従っている大隈が、行雄には歯痒いのです。それに同志会と相談して組閣してしまったことにも不満があります。なぜ最初から同志会、国民党、中正会の三党首を呼んで組閣を協議しなかったのか。憲政に関する正論になると行雄は頑固になり、相手に見境がなくなり、強情の虫が出ます。行雄の拒絶は大隈を驚かせました。二つ返事で引受けるものと思い込んでいたのです。

「外務と内務と大蔵以外なら好きにしてくれいい」

 好きなポストを選べ、と大隈は譲歩しました。ですが、行雄は大臣ポストに興味がありません。

「入閣は致しません」

 なお説得しようとする大隈を振り切って行雄は辞去しました。

(これではどうせ長続きしない)

 行雄の観測は当然でした。衆議院で過半数を握っている政友会が野党なのです。同志会、国民党、中正会の三派が連立してもまだ足りないのです。それにもかかわらず同志会が独断で組閣してしまっては、三党の連合は難しい。そもそも同志会の結党時、桂太郎が国民党内に手を入れ、国民党議員の約半数をごっそり寝返らせたという経緯もあります。

(犬養君が納得するわけがない)

 国民党総裁犬養毅は煮え湯を飲まされたのです。それが今になって連立などできようはずがない。事実、大隈は犬養にも入閣を打診していましたが、犬養はこれを峻拒しました。

 大隈はなおも行雄の入閣を諦めず、朝吹英二、永井柳太郎のふたりを説得に当たらせました。ふたりは代る代る尾崎邸を訪れて巧みに説得しました。

「大浦兼武の内相だけは納得できない」

 行雄が最後までこだわったのは内務大臣でした。大浦兼武は薩摩出身の政治家で、一介の巡査から成りあがった立志伝中の人物です。典型的な薩摩隼人の性格を持ち、廉直かつ勇断な、根っからの薩摩隼人です。行雄は大浦を知っています。東京市長時代、農商務相だった大浦に幾度か面談し、産業政策について相談したことがありました。いかにも薩人らしい丁寧な動作と言葉づかいが印象的で好感を持っていました。しかしながら、芳しくない噂も行雄の耳に届いていました。中には聞き捨てのならないものがあります。大浦には立憲政治や議会政治に対する理解がなく、あるものといえば藩閥に対する絶対の忠誠心です。大浦は汚れ仕事を得意としていました。選挙干渉や議員買収などの裏工作です。その手法は密偵と買収です。相手の秘密を暴き、金で買収し、意のままに操縦する。大浦には「蝮」という異名さえありました。立憲主義の行雄が大浦の内相就任に同意できなのは当然でした。

「内務相は吾輩が兼務して、大浦は農商務相にする」

 大隈が妥協案を示したため、行雄は前言を翻して入閣することにしました。

「どこでもいいなら司法にいってもらいたい」

 大隈の要請で行雄は司法大臣に内定しました。入閣することになった行雄は、犬養を説得して入閣させようとしました。どう考えても三党連合でなければ大隈内閣は運営できないと考えたからです。

「大隈内閣は、実質的に加藤内閣だよ。我々の意見が通る見込みなどまるでない。だから辞める」

 犬養は意見を曲げませんでした。行雄は反論しました。

「見込みはある。僕一人でも随分と意見をするつもりだ。大隈さんが加藤の傀儡になどなるものか。君がいてくれれば事実上、ふたりの内閣にでもできるじゃないか」

「いや、加藤がいる限り、そうはいかない」

 結果的に犬養毅の観測が正しく、行雄は自分の読みの甘さに臍を噛むことになります。

 第二次大隈内閣は大正三年四月十六日に成立しました。祇園の憲政芸妓川勝歌蝶からは行雄の司法相就任を祝する手紙が届きました。しかしながら、行雄にとってはむしろ後悔の日々の始まりとなりました。最初に直面したのは文官任用令という官制です。司法大臣たる行雄には司法省内の人事権がほとんど認められず、唯一、大臣の裁量で任命できるのは秘書官のみでした。官制は政党出身大臣の人事権を制限する一方、官僚出身大臣の人事権は広くこれを認めていました。明らかな不公平官制です。官僚の組織防衛は、政党政治家の介入を完璧に防禦していたのです。わかっていたこととはいえ行雄は大いに不満です。これを打破するには官制を変更しない限りどうにもなりません。

 行雄は閣議において積極的に発言し、日頃の抱負をひとつでも実現せんものと努力しました。しかし、行雄の意見が通ることはほとんどなく、外相加藤高明の意見が重きをなしました。

「それでいいんであるんである」

 大隈総理も独特の言い回しで加藤外相に賛同するのが常です。行雄は発言すればするほど閣内で孤立する羽目になりました。

(犬養君の言ったとおりだ)

 行雄は甘かった。行雄には、正論が通用すると思いこんでいるところがあります。正論には強い行雄ですが、政治の裏事情には疎いのです。大隈と加藤の蜜月関係は行雄の予想を超えていました。さらに行雄を失望させたのは、農商務相大浦兼武が実質的に内務行政を仕切っていたことです。大隈総理の内相兼務は表面だけでした。

(大隈さんに欺された)

 行雄は思いましたが、しかし約束は守られています。大隈は行雄を入閣させるため、自身が内相を兼務すると約束し、それを実行しました。その一方で大隈は大浦と内約し、実質的な行政事務を任せることにしていたのです。この程度の寝技は政治世界では初歩のうちでしょう。行雄は自分の甘さを思い知らされました。

 閣内での孤立に加え、行雄は国務大臣になったばかりに、国会で苦しい答弁をする羽目にも陥りました。行雄が司法大臣として初答弁したのは六月二十三日の第三十三議会本会議です。この日、大隈総理の施政方針演説、若槻蔵相の財政演説に続いて質疑が行なわれました。元田肇議員は行雄に関する根も葉もない風聞を持ち出して中傷しました。行雄は厳しく応じます。

「元田君等の首領として戴いて居る所の原敬君は、前々議会において新聞紙上の記事に対しては答弁する限りでないと答えられたことはご承知と思う」

 痛烈な皮肉で一本とると、さらに続けます。

「そんなことは何所で言われたか私は聞いたことがない。無論、言ったことはないのであります」

 次いで行雄に対する質問を発したのは国民党の鈴木梅四郎議員です。鈴木は行雄の言動に矛盾があると追求してきました。今国会に大隈内閣が提案した予算案には海軍補充費六百五十二万円が含まれています。もちろん行雄は閣員としてこの予算案に賛成しています。しかしながら、去る第三十一議会において行雄は海軍拡張予算に反対する演説を行なっていました。鈴木はそれを矛盾だと指摘したのです。

「この説の大変化、即ち黒と言ったものを白と言う、まさに正反対に変ぜられたということは、これまた我が憲法政治あって以来、議会開設以来おそらく類例のない珍事実であろうと私は思います」

 鈴木梅四郎の指摘はそのとおりです。確かに行雄の言動は立場の変化とともに変わっています。変わらざるを得ません。野党の一議員として発言したことと、国務大臣になってからの発言が矛盾することは往々にして有ることです。

「変節改論の次第をどうぞ御答弁あらんことを希望いたします」

 鈴木は鬼の首を取ったかのような態度で質問を終えました。これに対して行雄は立場の違いを主張しました。

「私は国務大臣としてでなく、議員として答弁を為すことの自由を議長に求めます」

 議場は騒然となりました。賛否の野次が乱れ飛びます。

「ご静粛に願います」

 奧繁三郎議長が叫びます。

「お静かに願いたい。これはただ議員時代の質問に過ぎないから、一議員として答弁いたします」

 行雄は席を大臣席から議員席に移した上で答弁したいと申し出ました。野次が激しい。

「恥を知れ」

「腹を切れ」

「良心に問え」

「大臣として答弁できなければやめろ」

 これまでは野党議員として舌鋒鋭く政府を攻めあげてきた行雄ですが、今は野党から攻められねばならない立場です。

「お聴きなさい。お聴きになればわかります。聴きたくなくば答弁せぬまでの話であります。聴きたくば静かになさい」

 行雄は声を荒げました。

「ただ今答弁すべきことは司法大臣時代に為したる言動に対してのことでなくして、議員時代のことであります」

 行雄は一議員として答弁すること求めましたが、議長は聞き入れません。

「議長は国務大臣に発言を許しております」

 奥議長はあくまで司法大臣として答弁せよという。こうなっては強弁するしかありません。

「鈴木君は、私が海軍予算を全部削るべしと唱えたところだけを知って、その後に院議に服従したところをご承知ないものと見える」

 行雄の言う院議とはこういうことです。第三十一議会では政友会が多数を以って軍艦一隻分の予算だけを削り、予算案を可決してしまいました。これに対して貴族院が陸軍の師団増設を含む修正を要求したため、貴衆両院で意見が対立しました。その際、行雄は衆院案にも貴院案にも反対でしたが、どちらをとるかと言われれば衆院議員として衆院案に賛同せざるを得ませんでした。いわゆる院議尊重です。

「私は海軍拡張を認めた衆院予算案を支持した」

 行雄はやや強引に言い立てました。当時の経過を詳しく説明し、長く苦しい答弁をやり通しました。ところが、同趣旨の質問を受けた武富逓信相の答弁は簡潔にして要領を得ていました。

「海軍補充費を削減せんことを主張した理由は、当時の海軍当局者の不信任にあるのである」

 武富はシーメンス事件のことを言いました。今日すでに海軍当局者が代わっているのだから、説を変えて当然だと武富逓信相は答弁しました。

(うまいもんだ)

 行雄は感心しました。それにしても皮肉です。第三十一議会で行雄は山本内閣を弾劾し、海軍予算の削減を主張し、民力休養を訴え、大喝采を受けました。その名演説がいまや司法相としてのアキレス腱になっているのです。

 ちなみに、海軍拡張予算の背景には日米の摩擦がありました。米カリフォルニア州では日本移民を排斥する立法がなされ、これに対して日本政府は抗議をしていました。だからこそ政府は海軍を拡張しようとし、行雄は日米関係を刺激しないように海軍予算拡張に反対したのです。

(海軍の拡張などしない方がよいのだ)

 行雄はそう思っています。しかし、行雄の意見は閣内の少数意見でしかありません。閣議決定は国務大臣の全会一致で為されます。行雄は不本意ながらも閣議には従うしかありません。さもなければ行雄が辞職するか、あるいは内閣総辞職になります。ここは我慢するしかない。

 翌日の予算委員会において鈴木梅四郎議員は再び同じ質問を行雄に投げつけ、竹越与三郎議員も同趣旨の質問をしました。こうなるともはや嫌味のようなものです。野党側は何とかして閣内不一致の言質を取ろうと躍起になっています。答弁側はどうしても受身になります。行雄は同じ答弁をくり返しました。本音を隠しての答弁には迫力がありません。

 翌六月二十五日の予算委員会でも行雄は標的にされました。澤来太郎議員はまたもや言行の不一致を突いてきました。

「尾崎国務大臣は有名なる陸海両大臣の文官制度の主張者である。然るに武官制のままなる現内閣に無条件に入閣せられたるは、平常の持論を擲って武官制度なるものを是認せられたる結果でありましょうか」

 かつて野党時代の行雄が威風堂々と行なった政権批判が、今やブーメランのように行雄自身に襲いかかってきています。

「平素の持論を実際に現わすの時期方法等は、自ずから胸中の機略に属するべきものである」

 行雄としてはそうとでも答えるしかありません。小山完吾議員は陸軍二個師団増設がいずれ実現する形勢であるが、その際に尾崎大臣はどうするつもりかと質問しました。

「未来のことを仮定して、そうしてそれに国務大臣として答弁せよというのは無理な話。それは非立憲的なお尋ねでありますから、立憲的大臣としてお答えいたしませぬ」

 国務大臣になることは行雄にとって天地逆転を意味しました。野党議員であれば、持論を堂々主張することができる。しかし、今の行雄は自説を述べることもできず、言い逃れのような苦しい答弁をくり返さざるを得ません。腹ふくるる業です。傷口に塩を揉み込むように、小久保喜七議員は海軍予算問題を再び持ち出してきました。

「院議尊重のために自説を抑え、海軍予算案に賛成しているということは、前非を悔いたと解釈してよろしいか」

「解釈はご自由でありますが、前非を悔いたのではありません。必要に応じて宜しきに従ったのであります。多数が決定すれば反対のものも法律となって、それが実行せられ、実行せらるれば立憲国民としてそれに服さねばなりません。多数の決定に従うのは立憲国民の当然の処置であります」

 この日の予算委員会の最後、上埜安太郎議員がしつこく行雄の言行の不一致をあげつらってきました。

「第三十一議会において同志会は院議尊重に反対したはずである。その同志会を中心として組閣されたのが大隈内閣である。その現内閣になぜ院議尊重の尾崎大臣が入閣されたのか。理解に苦しむところであります。また尾崎大臣の御持論によれば、総理は政党員たるべしと言われております。しかるに大隈総理はいかなる政党にも属して居らぬにもかかわらず、尾崎大臣が入閣したのはなぜか。ことに尾崎大臣の一言一行は国民の模範となることでございますから、十分にご説明を願いたいと思います」

 皮肉に対してはまともに答える方が馬鹿です。

「内閣は未来の仕事をするためにできているのであります。過去の仕事をするのではない。つまり過去は問題ではない。また、大隈伯には党籍こそないものの明治十五年以来、政党のためにご尽力され、今日もなお政党のために尽瘁されて居られることは今さら言うまでもありません。名簿党籍の問題ではないのであります」

 政府予算案は翌日の予算委員会において可決されました。


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